15.
フェイの何か言いたげな顔が目の端に映る。
まぁ、そうだろう。私のことを好きだ愛してるだと言う相手に、ここまで心を傾け言葉を尽くすことなど、それを良しとしない本来の私ならあり得ないことだから。
ただ、思ってしまった。
お母様とは全く違ったアプローチだったとはいえ、私に対するもののその根底はシャーロット様もお母様も同じなのだと。
ならば、私とシャーロット様の想いを擦り合わせて丁度よい落とし所を導き出せれば、お母様と築いたような関係をシャーロット様とも築けるのではと。私が拒み続ける想いも、その幸せになるための条件ついても、語らうことが出来るのではと――思ってしまった。
ぐるぐるとした思考の中で導き出した答えにシャーロット様は未だに唖然とした様子で。
余りにも反応がないので「シャーロット様?」と呼び掛ければ、ハッと身動ぎし大きく見開いた目で私を見た。
が、急にその場にしゃがみ込み両手で顔を覆った。
――何事だ?
驚いて目を瞬かせていたら、その体勢のままシャーロット様は大きく悲鳴のような声を上げた。
「くうぅっ!! 無理っ! むりむりむりぃぃーーー」
「…え…っ? シャ、シャーロット様…?」
いや、本当に何事? そして無理とは?
ええっと、これは断られたってこと?
「ルメリア様、違いますよ」
そこに、ため息を吐きながらフェイが言う。だけど、私はまだ何も言葉にはしていない。
「……違うって、何?」
「今コイツが――」
「コイツ」
「……この令嬢が、今こんなふうになってるのはルメリア様が考えてることとは全く、全然、違うってことです」
考えって……。だから口に出してないからね。
フェイは私の半目の意味を知ってか知らずか自らも目を細めて踞るシャーロット様を見た。
「アレはですねー、何て言うか、萌え死にしそうになってるっていうか…」
「……もえ、しに?」
「あー……うーん、どう言えばいいか…。 ――ってかいい加減にしろよアンタ、ルメリア様が困ってんだろ」
私への説明に窮したフェイがシャーロット様に投げ戻し、踞ったシャーロット様から声が上がる。
「そんなこと言ったって、無理なものは無理! だってこれってさ、私の存在全肯定でしょ! どうすんの!? お願いされたんだよ!?」
「はあ? …知るかよ」
「最推しからのお願い…、いや、命令? …いやいやいや、どっちにしたって、何よそれ。ヤバいって…っ、ホント!」
シャーロット様はまだ顔を覆ったままなので喋ってることはやや不明瞭だ。でもそうじゃなかったとしても私にはきっと理解できなさそうではあるけど。
「ルメリア様、これは暫く放って置きましょう」
投げやり気味にフェイに言われて「そうだね」と私も頷いた。
**
「…お待たせしました」
と、コホンと咳をつきシャーロット様が立ち上がったのは状況が状況だけに早かった。
取りあえず心の整理はついたのだろうと尋ねる。
「行きますか?」
「ええ。最推しにあそこまで言われて断ったら、自分自身を末代まで呪わなきゃいけないし」
そう言ってシャーロット様は炎を避けながら自らの足で窓へと向かった。私も、それに付いて窓際に並ぶ。
視線の先、本来なら暗いだろう空は炎に照らされ赤く、立ち上る黒煙によって星は姿を消して月さえも見えない。
揺らめく黒と赤、どちらも混じり合うことのない色彩。今はもう完全に目視できるほど激しく燃え上がる炎は、戦くべき恐怖すべきものなのに、心のどこかでそれを綺麗だと感じている自分がいる。
魅いられたように眺めていれば視線を感じた。シャーロット様が私を見ている。
目が合って、一泊置いて口が開かれた。
「それもきっと間違ってはいないけど、心を揺らすものはもっと沢山あるからね。ちっぽけなものでも、ささなことでも、沢山」
「シャーロット様?」
「私は、ルメリアのさっきの言葉が嬉しかったよ。ルメリアがそう言った意図で言ったわけでなくても、私にはそれだけで充分なくらいにはね」
「…それはどういう…」
意味か尋ねようとした私にシャーロット様は急に笑顔を作り「ごめんね」と言う。
「折角、ルメリア自身から側で見届けていい権利をもらったていうのに、時間切れみたい」
側でなんて言ったか?と、フェイの不満げな声が聞こえたけど取りあえずは無視だ。
「時間切れって…、まさか」
「ああ、違うよ。別にもう一度死ぬつもりとかじゃなくて…、多分」
「多分…」
「うん、多分。…戻るというか帰るというか…」
要領を得ない言葉に私は首を傾げ、
「戻る? そんなこともあるのか?」
代わりに、フェイが引き継ぎ口にしたのはその意味をわかった上での疑問のようだ。
シャーロット様は視線だけをフェイに向けた。
「私は、きっと死んでないんだと、思う」
「は? ……ああ――、そう言う…」
ことか、とフェイは呟き私は更に首を傾げる。だけどこれも後でフェイに尋ねると決め、今は黙った。
「声がするの、呼ぶ声が。あれは多分、私の一番の親友…。それと、『満足したか?』ってちょっと偉そうな声。…うん、そうそう、こんな声だった。思い出したよ」
「発光してたか?」
「発光? 何それ? 私は声だけだったし」
「ふーん? 神様も色々ってことか…」
神様……?
ますますわからない。けどフェイは納得したように頷き、シャーロット様も話しは終わりとばかりに視線を私に戻した。
そして唐突に、ガバッと私に抱き付く。
所謂ハグだ。
「――!?」
「なっ!?」
驚く私とフェイをよそにシャーロット様は私の耳元に顔を寄せ、おもむろに話し始める。
「私はもう行くよ。……それでね、ひとつ考えたことがあるんだ」
「え…えっと、考えたこと、ですか?」
引き剥がそうと動いたフェイを視線で止めて続きを促す。
「…あのね、もし本当に戻ることが出来たら、私が自分で書くよ」
「書く…」
「うん、ルメリアがルメリアとして幸せになれる話し。貴方が選ぶ未来を見届けることはできないけど、私は私なりの形で貴方の幸せを見届ける」
「………」
「それに私は実際のルメリアに会ったのだし、二次創作っていったって、どうせ見せるのは多分一人だけだし、咎められることもないと思うんだ。…だから書きたい」
その独白のような呟きに、私が何も言えないでいるとシャーロット様はこれまた唐突に体を離した。
「ただね、許可をちょうだい?」
「許可?」
「そう。ルメリア本人からの許可を」
「……はあ」
シャーロット様の言ってることは、やっぱりどうしたってわからないことだらけだ。
だけど今目の前のシャーロット様は、もう私に対して不利な言動を取ることはないだろうと思う。フェイに言えば「甘いです」と言われそうではあるけど。
私がコクリと頷けばシャーロット様は晴れやかな笑顔を浮かべ「ありがとう」と言った。
「じゃあ、先に行くね」
と、壊されてもう枠しかない窓へとシャーロット様は手を掛けた。
先ほど二人して窓際に立った時、地上で大きな布が用意されているのを見た。飛び降りれるようにということだと思われる。だけど。
何度だって言おう、ここは二階だ。
はいそうですか、なんて簡単に飛び降りれるわけない。なのにシャーロット様は躊躇うことなく枠を跨ぐ。
豪胆過ぎるし、足も見えてますよ。淑女としてはそれはどうなのか?
そんなシャーロット様に「ちょっと待て」と声を掛けたのはフェイだ。
淑女たるものへの注意か、それとも珍しく自主的に手を貸すつもりなのかと感心したがそうでは無さそうだ。フェイは顔をしかめて言う。
「行くって…、アンタ何も教えずに行くつもりか?」
「――え、…あぁ、だからさぁ、それが人にものを尋ねる態度かって言ったよね?」
「あ?」
「まあ改められても言わないけど」
「……おい」
この二人は余程相性が悪いのか。
「まあでもひとつだけ助言してあげるよ」
「何だよ」
「知らないままの方がいい」
「は?」
「その方がきっと選択肢を自由に選べると思う。これまでそうやって変えて来たんでしょ? ならそれが正解なんだよ」
「……」
その言葉にフェイはグッと眉間にシワを寄せる。それを確認したシャーロット様はニコリと笑い、「じゃ、そういうことで」と言い放つと完全に窓枠に体を乗り上げた。そして振り返り私を見た。
「ねぇルメリア、愛ってね、拗らせるほどタチが悪くなるんだよ。私にしてくれたみたいにどこかで一旦解放しないと、寧ろ幸せは遠退くかもね」
「え? それは――、」
「じゃあね、ルメリア! 今度こそ本当に来る時は、幸せになった貴方に会いに来るね!」
尋ねる私に声を重ね、再び笑顔を作ったシャーロット様はとてもあっさりと階下へと身を投げた。
急いで見下ろせば、ボフンッと白い布に受け止められたシャーロット様。その姿はそのまま布に包まれて駆け寄った人たちで見えなくなった。
全く…、とんだ言い逃げじゃないか。
小さなため息をひとつ落として、横で同じくシャーロット様の行方を見ていたしかめっ面のフェイを見上げた。
気付いたフェイは表情を解き、無言で見上げる私に眉を下げてちょっとだけ苦く笑った。
「……言いたいことはわかります。でもまあ先に避難しましょうか?」
確かにその通りだ。炎は背後に迫り皮膚をチリチリと焼く。
「わかった。じゃあ早く移動してシャーロット様からの続き聞かないと」
「あー…、それは……」
「何?」
「いえ…、それは、もう無理かなーと…」
「……?」
歯切れの悪い回答に怪訝な顔を向ければフェイは「仕方ないか…」と零し口を開いた。
「これも後で話すつもりでしたけど、あのおん…令嬢は多分もうどこにもいませんよ」
「どういうこと?」
「ああ、言い方が悪かったですね。正確には、ここ半年の記憶を無くしてるはずです」
「半年―――」
どこか覚えのある日数。
それは預言者が現れた時期。
全てがわかったわけではないけれど、フェイとシャーロット様が交わしていた会話から繋がる意味。
「私の…、知ってるシャーロット様はもういないってこと?」
ハグもお願いもありがとうもそれが最後だったから。
「ですね」
「彼女は、戻るって言ってた。帰るって」
「ええ」
「じゃあ、フェイもいつか戻ってしまうの?」
「――え?」
急に口をついた言葉。
「だって、『同じ』って言ってたよね」
「え? …あ、あー…」
「戻ったら、もう二度と会えないの?」
「それは…、ちょっと、俺にもわからないですね…」
「じゃあ駄目だよ」
「え?」
「絶っ対駄目だよ」
フェイは細い目を大きく見開き、私は目の前の焼けてボロボロの服をぎゅっと掴んだ。
「フェイは、フェイだけは、絶対に最後まで私の側にいないと。もちろんっ、それはちゃんとフェイ自身としてだよ。中身だけ違うだなんてあり得ないから」
何を、言っているんだろうと、心の中で思う。だけど言葉は勝手に零れ落ちる。
「いなくなるなんて…、そんなの、絶対に駄目っ。フェイは私の側で最後まで見届けなきゃ…っ!」
シャーロット様に言ったものと同じ。だけどあの時とは違う切羽詰まった感情。それがどこから来るかなんて…。
遠ざけたのに。そんなものはいらないって。それは私から幸せを奪うものだから。私から大事なものを奪うものだから。
なのに、やっぱり私はどうしたって失うことから逃げられないのか。
シャーロット様の最後に残した言葉が刺さる。
拗らせた想いを抱えているのは私だ。
ねえ、お母様。
私は…、何か間違ったんでしょうか?
「――…ルメリア様」
軽いため息の後に名を呼ばれて、いつの間にか俯けていた顔を上げる。
少しぼやける視界の中のフェイは、とても呆れた顔で私を見ていた。
「ルメリア様は、馬鹿ですね」
「――!!」
……は? 何、急に? どういった流れ?
馬鹿なことを言った自覚はある。けれどいきなりその指摘は酷い。そこにプラスして今度は大きなため息。
「取りあえず落ち着きましょうか」
私は最初から落ち着いてる。
ムッと眉を寄せた私にフェイが言う。
「そもそもあの女と同じって言っても全部が同じってわけじゃないんですよ」
「何? …そんなんじゃあわからないよ」
小さく顔をしかめ不服を口にした私にフェイは少し笑って続けた。
「まあそうですね。あっちにはまだ帰れる条件が残っていて、俺にはもうそれがないってことですかね」
「……」
「大体、俺がルメリア様置いてどっかに行くわけないでしょう? しかもさっき、いつまでも共にいるって言ったばかりじゃないですか」
「……」
「聞いてましたよね?」
聞いていた。
でも勝手に口をついて出てきてしまったのだ。
それを言うのも何となく癪だったので小さく頷くだけにすれば、フェイはまた笑って今度は手を差し出した。
私はやはり自然にその手を取り、その重ねた手にフェイは視線を落として。
「ねえルメリア様。ルメリア様は、やっぱり俺のことを愛してると思うんですよ」
と、のたまった。
それに対して、違う――と、いつも答えた言葉が直ぐに出てこない。
解せないわだかまりが、ひとつ心の中に出来たからだろうか?
今更ながらに死別以外にも人と人を別つことがあると思い知った。
返されない返事にフェイが視線を上げる気配がして私は顔を伏せた。そんな行動ひとつでさえも今は何らかの理由を言わなきゃならない気がしてぎゅっと口を結ぶ。
そんな私の頭上でフェイが緩くふっと息を零した。
「まずは先に移動しましょう」




