12.
クビにしたという言葉で思い出すのは預言者と言われた男のこと。
「せっかく何もかもが上手くいってたっていうのに…。何で俺を捨てた?」
「捨てたって…、人聞きの悪い。クビにしただけでしょ? それについてもあんたが欲張ってあれこれ言い出したからよ。私はルメリアに関してだけで良かったのに」
「…でも、最初は全く関係ない預言もしてたじゃないか」
「そんなの当たり前でしょ? まずは衆人の信用を得る、それが第一だもの。つまりはそういうこと。これで納得がいった?」
続いた会話を聞くに、それはきっと間違ってはいない。
じゃあ出ていって。とシャーロット様はすげなく言う。相変わらずの煽り体質。出来れば止めて欲しい。
男はスッと笑みを消し眉を寄せた。心なしか瓶を握る手に力が込められた気がする。
「……大体、俺は細々と天気を読んだり占いをしてるだけで良かったんだ。それをあんたが良い話しがあるからと引き込んだ、あんたがっ!」
「でもそれに乗っかったのは自分じゃない。そして結局は味をしめたってことでしょ?」
「……っ」
男はグッと喉を鳴らした後、低く声を漏らす。
「…ああそうだよ、その通りだ! だけど味をしめたのは周りもだ。……また、前と同じような生活に戻ろうとした。けどあいつらが求めるのは明日の天気や、今日の運勢とかそんな他愛ないものじゃないんだよ」
話しからすると、男は元々占いか何かで生計を立てていたのか?
「この投資が上手くいくかどうか。どの家と縁を繋げばいいか。当主は何時くたばるのか…。 天気にしたって洪水や災害の予測をしろだ。そんなの、わかるわけないだろう。 俺は神じゃないんだから」
一度膨れ上がった要求を、欲求を、萎ますことは難しい。それは提供する側もされた側も。人は甘く弱い。簡単にすがれる結果を得てしまえば依存してしまうのも仕方ない。
でもそんな弱さを一刀両断する声。
「そんなこと知らないわよ」
「……は…?」
「だからぁ、私に言われても、って言ってるの」
呆れたように返すシャーロット様。男の眉間のシワが深くなる。
「何度も言うけど私の話しに乗ったのは、選んだのはあんたよ。別に私は無理強いはしなかったよね? 断ることだって出来た。なのに今更ごちゃごちゃ言うなんておかしくない?」
「――っ!」
「それに、あんたがどういう結末を描いてたのかは知らないけど、こういうのは全部一時のものよ。ほとぼりが覚めるまで身を潜めていれば良かったのに、元の暮らしに戻ろうとしたのは持て囃された名声が消えるのが惜しかったんでしょ?」
「あんたは――っ! ………あんたは、本物だからそんなことが言えるんだ!」
声を荒げた男。「ホンモノね…」とシャーロット様は苦笑した。その意味は本人にしかわからない。
「本物でも何でも、起こしたことの結果は全部自分のもの。誰のせいでもないでしょ」
無茶苦茶なことを言うようでいて、シャーロット様は時折ぐうの音も出ない正論を投げ掛ける。ならば。
「誰の…、せいでもない…」
私の零した声にシャーロット様はチラリとこちらを見た。
「シャーロット様がしたことは…?」
シャーロット様は再び苦笑を浮かべた。
「そうだね。ルメリアの為と言ったけど、結局は自分の為だよ」
「………」
「子爵も他の男たちも、国が滅ぶのだって、本当はルメリアのせいじゃないんだよ。それなのに貴方は――…」
私ではない私に向けられた言葉は最後まで語られることはなく。それに重なるようにガシャンと響く音。
見れば、足元で転がる割れた瓶。そして広がる油の匂い。
「――…!?」
流石のシャーロット様も気付いたようだ。「…ちょっと、まさか…」と小さく零す。
男はまたひとつ瓶を鞄から取り出した。
「………もういい。もう、いいや…」
呟きながら男は瓶を目の前へと上げる。瓶を掴む手は筋が浮き上がる程に力が込められているのに、その顔はいっそ穏やかとも取れる無だ。
「何で、あんたが火なんて…」
やっと状況を理解したのか、シャーロット様が警戒を顔に浮かべて言った。
そう、今起きている火事を起こしたのは目の前の男――。
「だってこれが一番直近な預言だったから」
「……は?」
「待ってたんですよ。何が起こるだろうかって。だけど軽い騒ぎがあっただけで大きな事件は起こりそうもない」
男の視線が窓の外へと流れる。その先にあるだろう会場は今どうなっているのか。男はうっすらと笑う。
「やっぱり、出来るだけ派手にしないと駄目でしょう? 盛大に、豪勢に。……そう、預言の信憑性を見せつけるには」
用意しておいて良かった。と、話す声に重なるようにシャーロット様の深いため息が落ちた。
「ここでまた話しを合わせてくるんだ…」
零されたその呟きは小さすぎて私にもはっきりとは聞こえなかった。
「――で、どうするつもり?」
仕切り直したシャーロット様の問いに男は視線を戻す。
「……どうするとは…?」
「こんなに派手に騒ぎを起こしたのだからあんたはもう終わり。なのに、そんなに悠長にしていていいの? それこそさっさと身を隠した方がいいんじゃない」
「――ああ…」
男の、笑顔の質が変わった。とても嫌な感じだ。
「終わり…、ふふ、確かに終わりかな。本当は、貴方とまた二人で、と思っていたんですが」
「それはあり得ない」
「ええ。 だからもういいと」
「? ……いいって何よ?」
これは不味い兆候だと思う。むすりとした顔で尋ねたシャーロット様に、それ以上の追及は止めるよう言おうとしたが既に遅く。男は場違いな程朗らかな声で答えた。
「そんなの、決まってるでしょう」
男の手が動く。
私は咄嗟にシャーロット様の手を掴むと、窓際まで下がった。
同時に聞こえる高い音。私たちが居た机の上には新たに割れた瓶が転がり、表情を消した男がその向こうに立つ。
そして低く声を放った。
「…貴方なんてもういらないってことですよ」
男はゆっくりとした動作で胸元のポケットからマッチを取り出し一つ擦った。小さな炎が点る。
男から視線を外さぬまま私はシャーロット様に確認する。
「……シャーロット様、油、被ってませんよね?」
「え…? ええ…、大丈夫、だと思う…」
向けられた本気の憎悪に、少し動揺した様子のシャーロット様。私は側にあったフロアランプをもう片方の手で握る。別にこれを男に対しての武器とするわけではないが、男の目がスッと細まった。
「シャーロット様カーテンの中に――」
早口にそれだけ伝えると、シャーロット様をカーテンへと押し込み、私は彼女から手を離すと両手で以てランプを掴み窓へと勢いよく叩き付けた。
―――ガシャンッ!!
盛大な音が鳴り響く。
入り込んだ風に髪を乱された男は瞬間驚いた顔をしたが、直ぐに小さく頬を歪めた。手元には火の消えたマッチの残骸。
「なるほど…、風上を作ったわけだ…」
それは確かにひとつの意図。
幸いなことにまだ油は被ってはいない。男が火を放とうとも風上にいる限り一気にこちらに火が回ることはないはずだ。
「レディ・ルメリア・フィッシャー…」
男は改めて私を見た。シャーロット様でなくやっと私を私として認識して。
「聞いていた通りと言うか、それ以上と言うか…。百聞は一見にしかずとはよく言ったものだな。噂の根源は女の嫉妬か? はは、恐ろしいねぇ」
男の呟きはただの独り言だ。だから無言まま。
「でも、そんな悪意ある噂を広めようとしたのは、今君が後ろに庇っている人間だぞ?」
うす笑いを浮かべそう話す男。これまた無言でやり過ごそうとしたが、男は私の答えを待つつもりのようで沈黙が落ちた。
今、時間を引き伸ばすのは良いには良いが…。
少しだけ迷った後、私は口を開いた。
「…それは知ってます」
「ふーん…、知っていて何故?」
「シャーロット様は嫉妬とかとは無関係です。話しましたので」
「へえ」
「シャーロット様のやってることや言ってることは無茶苦茶だと思うし意味も良く理解出来ないけれど、それでも、シャーロット様の中には確実な信念があるから」
「信念…?」
「違うことのない思い、願い。それはある意味称賛に値するものです。…でも彼女のそれを、私は受け入れることは出来ないですけれど」
私とシャーロット様の信じる先。それはきっとずっと平行線のまま、交わることはない。
カーテンが微かに揺れるのを目の端に捉える。その私の答えに、男はフッと鼻で笑った。
「それでは結局ただの迷惑な嫌がらせに過ぎないじゃないか」
まぁ、それはそうだ。
なので振り替えす。
「では貴方は?」
「――は?」
「そんな迷惑な嫌がらせに過ぎないことに加担した貴方は?」
「…何を…」
「天気を読んで占いで暮らしてるだけで良かったはずの貴方は、見も知らない私の噂を何故広めたんですか? たまたま声を掛けられたから? 面白そうだと思ったから?」
「……は、いや…」
「貴方たちが噂を出す以前から私には色んな噂が付きまとってはいましたけど、顕著に広がったのは明らかにシャーロット様と、貴方の、行動の結果ですよね? シャーロット様の行動信念は聞きました。なので貴方のも聞きたいんです」
心持ち口角を上げた私は冷やかに尋ねる。
「嫉妬でもない。きっと別に信念もない。何故貴方は私を、…いえ、他者を貶める噂を広めることに加担したんですか?」
「……っ」
男の顔が歪んだ。怒りにか羞恥にか顔を赤らめる。
出せる答えなんてきっと持ち合わせていない。だからだろう、尋ねたこととは関係ない言葉を忌々しげに呟く。
「………性悪な部分は噂通りと言うわけか…」
そんなこと、そちらに言われる筋合いはない。
とは思うけど否定はしない。性悪で結構、シャーロット様ではないけれど煽ったのは確かだし、悪女とならないことを目指してるとはいえ聖人になりたいわけではない。ましてや、こんな暴挙に出る相手にどう思われようとも構わない。
それよりも、シャーロット様同様に物騒な物を持つ男を煽ってしまったわけだが。
案の定。吹き込む風に対して男は対策を変えてきた。
何本瓶を携えているのか、新たな瓶を取り出した男は、その瓶の口に今度は布切れを差し込んだ。
それはまずい。
私の顔色が変わったのがわかったのか男はニヤリと笑った。
「敏いな。そう、これはオイルランタンと同じ、簡単に火は消えない。瓶が割れたその場から燃え上がる。風上だろうと関係ない」
わざわざ説明ありがとうと言うべきか。
黙り込む私に男は嬉々として続ける。
「…でも惜しい。とても惜しいな、その素晴らしい美貌を焼いてしまうのは。皆が嫉妬と称賛を口にしたのもわかる。それが今から醜く焼けただれてしまうのだけど…」
「ふふ…、恐くて声も出ないか? シャーロット様も君も、やっと状況を理解してくれたようだ。君たちはもっと俺に敬意を払い尊重すべきだったんだよ。…まあもう遅いけれど」
よく喋る。とても盛大な独り言だ。
「でもそうだなぁ、やはり勿体ない。…なぁ、レディ・ルメリア、君が望むなら助けてやれないこともないよ」
「俺に跪いて命を請うならば――…ね」
眇めた目に欲を孕ませた男。やっと満足したのか独壇場は終わったようだ。
私は小さなため息を吐く。
別に恐くて黙っていたわけではないのだけど。
「お断りします」
男の表情が再び消えた。
「………………死にたいのか?」
私は緩やかに首を振る。そして微笑みながら答えた。
「それも、お断りします。私は幸せにならなければならないので、まだ死ぬわけにはいかないんです」
もう、十分に時間は稼いだ。
派手に窓を割ったのは目印。もうひとつの意図。
例え火災が起き周囲が慌ただしい様相を呈していても、必ず私を見つけ出す私の従者。
どんな時も、どこに居ても。
今なら声も届くはずだ。それは絶対。
「――フェイ!!」
私の求める声に、当然のように返事は直ぐに返った。
「ルメリア様、伏せて下さい」と――。




