11.
悪女として、終わる。
それはレディ・ルメリア・フィッシャーとして破滅の未来を迎えるということ。
それが救いだと? 死だけしか私は救われないとでも言いたいのだろうか?
怒りと悲しみと反発と諦めと、良くわかない感情が沸き起こるが、それも一瞬で、直ぐに心は凪ぐ。
昔からそう、私は感情の振り幅が狭い。特に自分のことについては。
喜怒哀楽が乏しい、そういうとこも他から見れば悪女と見られる要素なのかもしれないなと自嘲する。
「…シャーロット様こそ、どこまで分かってるんですか?」
私は警戒を解いて軽く肩を竦めた。
「ん?」
「私を救う道がそれしかないと言うのは。でも、預言者から聞いたのではないと言いましたよね? では誰が?」
「ああ――。…うん、そうだね、ルメリアが教えてくれたら私も言うよ?」
言うならば、私に死ねと暗に口にした人物に、淡々と会話を振る私も私だけど、返すシャーロット様も変わらずだ。
完全に確信があるわけではないけれどきっとそうなのだろうと、思うことはある。だから私は先に答えを告げた。
「お母様です。私のお母様が教えてくれました」
「お母様? 亡くなった?」
「……ええ」
「あの従者ではないんだ?」
「フェイですか? …フェイはそんな話しをしたことないですが」
「…………」
私の答えに、腑に落ちないという顔でシャーロット様は黙った。
私は怪訝に眉を寄せる。 彼女は何を根拠にそう思ったのだろうか?
フェイとお母様の言動が被ることはある。私自身、容姿ではなく二人が似ていると思うこともある。けれどフェイが未来を知ってるようにはとても思えない。だって二人して間違った選択をしたことは数知れずあるし、フェイが側にいても私が拐われたこともある。もちろん直ぐに助けられたけど。
それについても気になるが取りあえずは後だ。シャーロット様はまだ黙り込んだまま。だけど次は私が尋ねる番。
「それで――、シャーロット様は?」
伏せられていた視線が上がる。シャーロット様はしばらく私を黙って見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「私だよ。聞いたのじゃなくて私自身が知ってるの、ルメリアの未来を。 預言者をおいたのは謂わば身代わり。伯爵令嬢である私が急に預言とか言い出したらおかしいでしょ」
「…そうですか」
視線が僅かに細まる。
「………驚かないね?」
「何となく…、そうかなとは思ってました」
そしてそれは本人からの告白で確かなものとなった。と同時に、私が漠然と願っていた考えは、あっさりと砕け散った。たとえ同じように先を見れる力を持っていたとしても、シャーロット様とお母様が同じではないということ。それは預言者と呼ばれていた男であったとしても。
そんなの、当たり前のことだった。
シャーロット様と入れ替わるように今度は私が視線を伏せた。
「………シャーロット様、私、お母様と約束したんです」
「……?」
「幸せになりなさいって」
「幸せ…」
「ええ。本当は誰かを愛しなさいとも言われたんですがそれはちょっと難しくて…。だからもうひとつの方だけでもって」
「でも…、今のままでは貴方の未来に幸せはないよ」
「それはシャーロット様が言う私の未来ですよね? でも、私は今幸せなんです」
伏せた顔を上げて微笑む。
「だからシャーロット様が言う救いを受け入れることはできません」
誰もお母様であるはずなんかない。だから語り合う言葉なんて初めからない。
「だけどルメリア――っ」
続けようとしたシャーロット様の声は、トントントンと速いノックの音に遮られた。
「ご令嬢方ちょっとよろしいでしょうか」
声が掛かる。その返事をする間もなく扉が開かれて、少し焦った表情の兵士が顔を除かせた。
「……何? 一時間は見て、って言ったでしょ」
不機嫌にシャーロット様が文句を言うが、兵士は慌てた様子で続けた。
「ですが、今、会場の方で火災が発生したとの一報が入ったもので」
「かさい? …ああ、火事ってこと?」
「ええ、そうです。こちらまで広がることはないとは思いますが、私たち兵士は現場に向かわなければなりません。なのでご令嬢方も他の方と同じく一旦違う建物へと避難していただけ――」
「こちらまで広がらないんでしょ」
「え? ――あ、…はい」
「じゃあ、私たちはここに残るわ」
私たち?
「えっ? いや、あの…」
「――ね、ルメリア、いいかな?」
戸惑う兵士を置き去りに振り向いたシャーロット様が尋ねる。…ああやっぱり、私のことだよね。
返事を返さずに無言でいたら同意と取ったようで、シャーロット様は兵士に向き直ると「そういうことだから」とのたまった。
いや、どういうこと…?
同じ思いに駆られたのだろう兵士が、私に困惑の眼差しを向けるのに小さく首を振るが、兵士はため息の後に言った。
「分かりました。一応ご令嬢方は避難したと報告させてもらいますが、本当に危なくなったら直ぐ逃げてください」
「ええわかったわ」
全く同意も何もしてないけど、何故か話しは纏まってしまったようで、渋々とした顔をしながらも兵士は扉を閉めた。
え、ちょっと…?と思うも兵士は行ってしまった。仕方ない。あきらめて、確認の為に窓辺へと向かう。
会場とは繋がった場所ではあるが、ここは渡り廊下の先にある裏方的な場所で。窓を覗いた先の少し離れた会場、炎は見えないが上空は赤く染まっている。
思ったより燃えてる気もするが、お父様やフェイや侯爵様は大丈夫だろうか?
「本当に避難しなくていいんですか?」
「大丈夫だよ、ここは会場から離れているし、燃えるのは会場がある建物だけだから」
「………」
室内の明かりで鏡になった窓越しに、そんなことをさらりと話したシャーロット様を見る。
それもきっと彼女がみたことなのだろう。
「それよりも――、さっきの話しの続きをしよう」
と、同様にシャーロット様は窓に写り込んだ私を見ながら言った。
私はため息を一つ吐き、窓から離れてソファーへと戻る。テーブルの上のお茶はもう完全に冷めてしまっている。シャーロット様も同じように向かいに座る。
とは言え、結論は既に出たはずだ。
「……もう話すことなんてないですよね」
「ルメリアは、誤解してるよ」
「誤解……」
「そうだよ。私だって貴方の幸せを願ってるの」
「破滅がわたしの救いで、そして幸せだと?」
「そうだよ!」
「………無茶言いますね…」
お母様が亡くなった時、私の幸せなど無くなったと思った。
約束があったとしても永遠に叶わないものだと思った。
だから私は、お母様の元へと早くいくことこそが幸せなのだと思った。
そんな死を願った私の、でもそこには同じ思いを抱えるお父様がいて、一年後にはフェイもいて、私を囲む世界にはフィッシャー家の人たちがいて。そして皆の幸福の中に、私という存在が刻まれていることを知った。
私の中のお母様のように。
同様にそれは私自身にも。
愛とは言えない、言わない。
だけど私には今大切だと思えるものがあって、幸せだと思う、幸せになりたいと願う自分がいる。
だから死を望むことは出来ない。仕方ないと受け入れることなんて出来ない。
「たとえシャーロット様が言うように、それが私の幸せだとしても。今の私は、ハイそうですかと受け入れることは出来ません」
「でもそれがルメリアが幸せになる為の唯一なんだよ?」
「だけど私が何を幸せだと思うかなんて私にしかわかりませんよね?」
「そうだとしても! ……それが、それしかないんだよ。レディ・ルメリア・フィッシャーは、…今の貴方は悪女として終わるしか…」
「シャーロット様…?」
強く声を上げた後、急に肩も声のトーンも落としたシャーロット様。私は訝しげに目を細める。
彼女が私に向けるこの執着は何なのだろう。私が何かをしたのだろうか。
だけどシャーロット様と会ったのはあのマダムの店が初めてだったし、向こうもそんな感じだった。
シャーロット様は私の怪訝な視線に気付かないまま続ける。
「……ルメリアが、炎に包まれて…、でも貴方は、それを微笑みながら受け入れるの。熱いとか痛いとかじゃなくて、とても嬉しそうに…、それこそが望みみたいに」
ポツリポツリと語るシャーロット様の話しを、私は口を挟むことなく聞く。
「結末はね、元から知っていたの。そうなることもネタバレされて知ってた。 ……ふふ、寧ろネタバレを知ったから読んだっていうのもあるけど。でも――…」
一旦言葉を切って私を見た。そのシャーロット様の薄茶色の瞳は焦点を定めずどこかボンヤリとしていて。私を通して別の何かを見ているような。
「……哀しかった。知ってたけど、やっぱりこんな終わり方ってないと思った。 だってルメリアはとても綺麗で美しくて。 …だからどこかで少しでも救いの要素があるって思うじゃない。でもそんなの全くなくて…。悲しくて悲しくて一晩中泣いて次の日が大変だったよ」
急にシャーロット様は勢い良く身を乗り出した。手をついたのでテーブルの上でお茶が零れる。
「――だけどねっ! 作者はやっぱりちゃんと考えてくれてたの!」
「え、…作者?」
「そうよ! 救済の手は作ってくれてたの!」
思わず口を挟んでしまったけど、彼女が先ほどから話していることは、私についてで合ってる? 時折どうかと思う単語が聞こえるが。
気色ばんだシャーロット様は更に身を乗り出して、テーブルに乗り上げるように私の手を掴んだ。
「ルメリア、貴方の幸せはねっ、悪女である貴方が終わった先にあるの!」
「…先、ですか…?」
とても大事なことこようにシャーロット様は言うが、それって何も変わってないのでは? 結局のとこ私は悪女として死ねと言っているよね。
私のしらっとした反応に苛立ったようにシャーロット様は続けた。
「そうよ! 貴方は悪女レディ・ルメリア・フィッシャーとして最期を遂げた後に、新たな世界で幸せになる運命が待ってるのっ!」
いや、そう言われても。
驚くよりも呆れが勝った。
「………………はあ…」
流石に、どういった反応を取ればいいかわからずに気の抜けた返事が漏れる。
シャーロット様は、何を言っているのか。来世とかそういったオカルト的な話しだろうか。
お母様の先見の力は信じるとはいえ、本来私はそういったものは信じないタチだ。
そんな私にシャーロット様は尚も言い募ろうとしたが、「――バンッ!!」と、大きな音を立てて部屋の扉が開けられて。
二人してビクッと肩を揺らした。
本当に今日は千客万来だ。
全開にされた入り口に立つのは見知らぬ男。
「やぁと見つけた。随分探しましたよ、シャーロットお嬢様」
だけどシャーロット様とは顔見知りのようだ。
「………何で、あんたがここに?」
「何で? 何でって? …わかんないんですか?」
「知らないわよそんなの。用があるならさっさと言いなさいよ。 それでとっとと出ていって、私は彼女と話しがあるんだから」
不機嫌そうにシャーロット様は言う。相手との仲はあまり良くなさそうだ。
「シャーロット様、私なら気にしませんよ」
そう提案してみたが、シャーロット様は「いいの」と首を振って男をひたりと睨む。
それを受ける男はゆったりと笑みを浮かべて。
別に、私は気を遣ってその提案をしたわけではない。
何となく嫌な予感がするのだ。この男を刺激しない方がいいと。
未だに誰かはわからない男は、笑顔で近付いて来る。ゆっくりと。
足を進める度に男が肩から提げた鞄の中でカツンカツンと硬質なものが当たる音する。同時にちゃぽんという液体の音。それと、男から漂う覚えのある特有の匂いと、貴族らしくはないが、きちんとした身なりのあちこちが黒く煤けていることに、私はチリチリとした焦りを感じて少しだけ腰を浮かせた。
「……シャーロット様、逃げる準備を」
「え…?」
男に聞こえないように小声で言う。
だけど出口である扉は男の後ろで、窓はあるがここは二階だ。
さてどうするか?
こんな時に浮かんでくる顔は一人。
フェイ――と、大きな声で呼べば駆け付けてくれると思う。どんなに離れていても、それは絶対。
でも今大きな声を上げるのは駄目な気がする。
――カツン。
――ちゃぽん。
そんな音を引き連れて男は私たちの側まで来た。取り立てて特徴があるわけではない普通の男だ、その表情を除けば。
何度となく見たことある、妄執に囚われた人間の顔。その口角が上がる。
「――…ふ、ふふ…、あはは。 …………貴方のせいですよ、貴方が俺をクビにしたから…」
そう言いながら男は鞄の中から取り出したのはガラスの瓶。思った通り中には液体が入っている。そして想像通りならそれは――。
チラリと一瞬向けた窓の外の空はさっきよりも赤く染まる。
―――…フェイ…っ!
神頼みならぬ従者頼み。刺激せぬよう心の中で名前を呼ぶ。何とか届いてと、無茶な願いを込めて。




