10.
「彼女も…、ルメリア様も仲間なんです!! 彼女が彼らを手引きしたんです!」
「………え?」
今…、何て言った?
「シャーロット嬢!? 急に何を言うんだ!?」
「――きゃっ!」
「リッツラント侯爵! お下がり下さい!」
呆けた私の代わりに詰め寄った侯爵様に、怯えた顔を見せたシャーロット様を兵士が庇う。
その背に隠れるように顔を伏せたシャーロット様。さっきの豪胆な様子は一体どこへ? と言うよりも今の発言は?
唐突に付けられた敬称にも違和感を覚えるが、今のはどう考えても私を陥れる為の言葉に聞こえる。
「……、おいっ」
「ちょっと待て――」
「……っ離せって! その部屋に用事が――」
急に、入り口の方が騒がしくなった。そして聞き覚えのある声が微かに聞こえる。
「どけっ!! ――ルメリア様!!」
投げ飛ばされたのだろうか、転がる兵士と共に部屋に飛び込んで来たのは思った通り。
「フェイ!」
その名を呼ぶ。呼べる。姿が見える。
それだけで、何もかもがもう大丈夫だと思えることの不思議。
ホッと息を吐く私に、フェイは直ぐに駆け寄ると私を一通り眺めてから同じく安堵のため息を吐いた。
「……何もないですね?」
「うん、大丈夫」
「ホント、マジ止めて下さいね」
「でも私何もしてないし」
そんな会話の間にもフェイの乱入に慌てた兵士がやって来たが、侯爵様がそれを手で制し、シャーロット様を背に庇った兵士へと顔を向けた。
「彼は彼女の従者だ、問題ない。それよりさっきの件だが、君、その令嬢は嘘を言ってるぞ」
「嘘…、ですか…?」
険しい表情と硬い声で告げる侯爵様に兵士はたじろぐ。だけどそこに被せるようにシャーロット様が再び声を上げた。
「そんなっ! 酷いわっ、私嘘なんて……! 本当にルメリア様が彼らを部屋に引き込んだのよ!」
「―――は?」
引き続きの謎の発言に、今度反応したのはフェイだ。
「……何言ってんだ? アンタ」
低い声で呟くそれは兵士の後ろにいるシャーロット様に向けて。だけど矢面に立たされるのは気の毒な兵士。侯爵様とフェイの圧を一身に受け体をビクリと強ばらせるが、当のシャーロット様はあくまでも怯えた表情のまま続けた。
「私は嘘なんて言っていないわ、その証拠に――」
言葉を切り彼女が視線を向けた先、肩を落とし兵士に連行されて行くカーストン子爵。
「ねえ! カーストン子爵!」
シャーロット様の呼び掛けに、男は項垂れていた顔を上げた。
「………?」
「貴方たちは元からルメリア様と約束してたって言ってたでしょ!」
「……何?」
「彼女とこの部屋で落ち合う約束だったんだよね!」
「………は?」
今のは私の口から。
本当に、シャーロット様は何を言っているのか?
仮にそうだとしたら、窓を割る必要はなくシャーロット様も拘束される謂れはない。そんな辻褄の合わない話しを彼女がする意味がわからない。
だけどカーストン子爵はハッとしたように目を見開き、助けに船とばかりにその話しに乗った。
「――そ、そうだ! その令嬢の言った通り、元々ルメリア嬢とはここで会う約束をしてたんだ! だからきちんと招き入れてもらったのであって、ガラスを割って無理やり侵入なんてしていない!」
「そう! そして私がその場を邪魔したからルメリア様は不快に思い彼らを使って私を排除しようとしたの!」
「その通りだ! 私は悪くない! 全部ルメリア嬢に言われたんだ!」
そんな無茶苦茶な…。私は半目になる。
全く、絶対にあり得ないことだけど。よしんば私が子爵と約束してて、そこにシャーロット様が邪魔に入ったとして、なんでそれを私が不快と思う状況になるのだろうか?
急に共闘しだした二人に兵士の人も流石にちょっと困惑気味だ。
「招き入れるもなにも…、廊下に通じる扉の前には私がずっといたんだから、入れるはずないんだけどね…」
ボソッと呟く侯爵様も既に呆れ声だ。
だけど唯一、一人だけ酷く不機嫌に声を発した。
「ふざけんなよ、お前ら。 訳わかんないことベラベラ喋りやがって…っ。 大体お前のせいでルメリア様が水を被って、それでお前自身が部屋を用意しろって言ったからここに来たんだろーが! ――それにお前! ルメリア様がお前と会う約束なんてするわけないだろ! さっきはっきり断られたの覚えてねーのかよ!」
前者の「お前」はシャーロット様で、後者の「お前」はカーストン子爵。伯爵令嬢と子爵に対しての言葉としては些かあれだと思うが、怒り心頭のフェイは気にしていない。
多少まずいかと、侯爵様に止めてもらおうと思い見るも、侯爵様もそこそこ不機嫌な顔で二人を見ていて。これではきっと歯止めになってはくれない。
「どうした、何があった?」
「た、隊長!」
そこに現れた救世主。兵士が隊長と呼んだからには彼らを束ねるだろう人。新たな人物の登場に場は一旦膠着状態となる。
兵士が事情を説明している間、少しの猶予が出来たのでフェイの腕をグイと引く。
「………何ですか…?」
私が言いたいことなど既にわかっているので不機嫌に返事をする。
「口が悪過ぎるよ」
「あんな奴らに丁寧に話してどーすんですか」
「だとしても」
明らかに承知しかねる顔のフェイ。だけど私の圧に負けた――わけではないだろうけど、小さく鼻を鳴らした。
「まあ、言いたいことは言ったので取りあえずはいいですよ。それより旦那様も心配してると思うんでさっさと戻りましょう。――ああ、でも服まだでしたよね。それじゃあ会場じゃなくてもう邸に戻りますか?」
フェイの提案にそれこそ願ったりと頷くと、それに待ったを掛ける声が入った。さっきの隊長さんだ。
「それはちょっと待ってもらえるか」
「……どうしてです?」
「一応全員から事情を聞きたい」
「お嬢様は巻き込まれただけですが?」
「そうだとしてもだ」
「隊長、それは後日改めてでは駄目なのか?」
「侯爵、申し訳ありませんが規定でして」
侯爵様が出してくれた提案もすげなく却下された。向こうもそれが仕事であるのだから、まあそれも仕方ない。ごねるようなことでもないし、それにこういうことはさっさと済ませるに限ると、私はその指示に従った。
**
案内された部屋でソファーに座り小さなため息を零す。この部屋には私一人。聴取が済むまでは誰にも会わないようにと言われたから。
それに対してフェイが渋ったが、フェイもそして侯爵様も事情聴取の対象であるようで、皆個別に軟禁中だ。その上扉の外には見張りの兵士まで立っていて、まるで容疑者のような扱い。
だけど別にこの対応に不満があるわけではない。なのに零れたため息の理由は、私が私であることへの自己嫌悪。
何をしても、何もしなくても。自分という存在が他者に負の影響を及ぼすことの現状に、ため息しか出ないというもの。
濡れた服は部屋に案内してくれた侍女が用意してくれた服に着替え、同じく用意してくれたお茶を口にする。
「美味しい…」
申し分のないお茶にこれまたホッ息を吐く。けど心は晴れない。
カーストン子爵があんな行動を起こしたのは本人が言っていた通りに私のせい。私に関わったから。
たとえそれが不純な動機だったとしても、私に関心を持たなければ起こらなかったことだ。
私が私で有る限りそれは仕方のないことだと言われた。その為に一人だけの愛する者を作りなさいと言われた。
だけど私の知る「愛」は儚く脆く、幻のようなものだ。幸せだった世界を一瞬で壊せるものだ。
ずれた愛に転がり落ちた男。歪んだ愛に真実を歪めた男。私への愛で、命を落としたあの人。
全部が、私がいなければ、彼らの幸せな世界はずっと続いていたはずなのだ。
そんなものが、私を救う術だとはとても思えない。
カップをテーブルに戻し小さく首を振る。一人でいるといらない思考の渦に沈んでしまう。なので思考を切り替える。
シャーロット様はなぜ急にあんなことを言い出したのか?
こういうことで役に立つのもどうとは思うが、私の側には常に人の目が付きまとう。だから会場でのやり取りも確実に見られている。それに、この建物は王室の管理下で必要のない場所は基本的に施錠されている。部屋を借りるにあたってはきちんとした手順を踏まないといけない。要するに鍵が必要だ。
全て、ちょっと調べれば直ぐに露見する内容である。
「………やっぱり噂かな…」
誰にも聞き咎められることはないので呟く。
「『レディ・ルメリア・フィッシャーは悪女である』」
私に付いて回る噂。そしてシャーロット様の言葉。導き出されるそれが答え。
シャーロット様が放った言葉は真実、私を陥れる為のものだろう。
本当のことなんて皆どうでもいい。自分が望む答えを信じるもの。預言者が提示した噂は、そうだと思う人が、そうだと望む人が、多かった。なので広がった。私を悪女であるとたらしめたいと思う人の手に寄って。
今回のシャーロット様の発言もきっと私の悪意ある噂のひとつになる。
では一体、どうすればいいというのだろうか。
いっそのこと世間との繋がりを断って修道院でも入るべきか?
だけどそれが私にとっての幸せかと問われればそうだとは言えない。
お母様との約束、私の幸せ。その幸せは今の今にある。
愛する、大好きなお母様は亡くなってしまったけれど、フィッシャー家にはその思い出が詰まっている。離れたくはない。それに、お父様ともフェイともフィッシャー家の皆とも、それに新たに友達となってくれたロイス様とも会えなくなるのは嫌だと思う。
何だか、段々と我が儘になってきてる気がする。前まではこんなにも何かに執着することなんてなかったのに…。
私は…、本当に悪女とならない道へと進めているのだろうか?
「……でも、今のところ私の噂は決して良いものではないよね…」
自分で呟いた言葉で自ら打ちひしがれる。「はぁ…」ともう一度ため息を吐き、テーブルに戻したカップに手を伸ばそうとしたら入り口で何やら声が聞こえる。
兵士が呼びに来たのだろうか?
立ち上がりそちらへと向かえばガチャリと扉が開かれた。
「―――!?」
思わず一歩後ずさる。そして、ゆっくりと言葉を絞り出す。
「……………どうして、貴方が…」
「うん、私の聴取は終わったから」
そう話すのはシャーロット様。私とは違いさらりと答える。が、聞きたいのはそこではない。
でもそれは向こうにもわかっていて、軽く笑うと後ろ手に扉を閉めた。
「もう少し二人っきりで話しがしたかったの。だからちょっと買収したわ」
「ばいしゅう…?」
「兵士だろうと人間だからね」
やっぱりお金って大事だよね。とシャーロット様は言う。
なるほど、買収か。頭の中でそれは直ぐに変換された。けれど今さら、そこまでして私に何の話しがあるというのだろうか。私の悪い噂を広めるのが目的だったのならもう済んだはずだ。たとえそれが望み通りのものにならなかったのだとしても、彼女の目的がわかった今、私が再びそれに乗ることはないのは向こうも承知だろう。
完全に警戒状態の私にシャーロット様は少し眉を下げ「あまり時間がないから単刀直入に聞くわ」と前置きをしてから本題を口にした。
「貴方に未来を語ったのは誰?」
それは、完全にそうであると断定してでの質問。
「……何のことか――」
「ううん、貴方は知ってるはず」
「………」
誤魔化そうとした私の言葉を遮り強い口調で言い切る。そこには先ほど見せた怯えの表情など一切見当たらない、私が知ってる限りのシャーロット様本来の姿。
それに対して私はグッと眉を寄せた。
「随分と、態度が違いますね…」
「――ん? …ああ、さっきの?」
「いたずらに人を貶めようとする人間に、答える言葉なんて私は持ち合わせてないですが」
「……怒ったの? …そうだね、故意であるのは確かだけど、でも、私のすることは全部ルメリアの為を思ってだよ?」
「は?」
さも当然のことのように言われて更に眉が寄った。
「私の為って…」
「言ったでしょ? 私はルメリアを救いたいんだって」
確かに、シャーロット様は私を助けたい、救いたいと言ったことはある。でもそれではさっきの言動と辻褄が合わない。
「………それは、矛盾してませんか?」
警戒を解くことのなく低く尋ねる私に、シャーロット様は小さく首を振る。
「ううん、これが正解だよ」
そして、何時か見せたあの真摯な眼差しで少し寂しげに言った。
「ルメリア、貴方は悪女として終わらなければならない。それが…、それだけが、貴方を救う道だから」




