93話 俺だけの能力
「わーっ、危うく出禁になるところだったー。」
「せめて片付けはやっておいた方が良かったんじゃない!?」
千迅の言い分ももっともだが、顔を覚えられてしまうくらいなら逃げるのを優先するべきだ。幸い全員私服だったものの、見た目は三人とも派手であり特定されるのもそう遠くない。何よりこれから入店すればすぐ警戒され監視下に置かれてしまう。
四人は走って店を出て駅まで戻り、日陰に入って息を整えていた。
「でも捕まらなくてよかったー。ラッキーだったよ……」
見逃してもらえたのは決して偶然ではない。玲司が右目を使って店員の願いを叶わなくさせ、散らかしたまま店を出ることに成功したのだ。しかしレイジはそのことを明かさない。明かすことにメリットはなく、自分のおかげだとアピールして感謝してもらいたいなどと思っているわけでもなかったからだ。
「戦の続きはどうしましょうか?」
「決まってるわ。あっちへ行くわよ。」
浪郁が指差したのは、方角的には駅から少し離れた超大型ショッピングモールだ。しかしここからは見えないので、チハヤたちは彼女が何を指して言っているのか分かっていなかった。
「歩いていくのか?」
「バスはお金かかるもん。」
レイジは尋ねた。駅前にバス停があるが、その店の前まで行くには運賃が必要となる。目的地までは離れていても屋内を歩く分には暑さは気にならないので、二十分程度は我慢して歩いていくようだった。
それでも暑いのに変わりはない。歩き始めて十分、階段を上って歩道橋を渡らなければならず、さらに遠くに感じる。今になってバスを使えば良かったと後悔するナミカたちは、歩くのに飽き始めていた。
「あー、気持ちいいー。」
郁爽は背中に十字の物質を生み出すと、さっきのゲームセンターでやったときと同じようにプロペラのように回転させ、自分の背中に風が来るようにした。さながら電気のいらない扇風機代わりとして、自分自身を扇いでいる。後ろを歩くナミカは、自分にもやってくれとせがんだ。
「私にもやってよ、それ!」
「模倣すればよろしいのではありません?」
言い返されたナミカはイクサを見て能力をコピーした。すると彼女の背中にも大きな十字の物質が生えた。
「えっと……こう、かな……」
ナミカのコピーはあくまで見た人の動きを見た通りに再現し、能力は見ずとも持ち合わせるものはすべてできるようになる。イクサはその物質に一切触れず、まるで自分の体の一部のように回し始めたので、見ただけでそのやり方が分かっていないナミカは回転させられたものの加減を効かせられなかった。強い風に流される彼女は体が前に進んでしまい、前にいるイクサに激突した。
「痛い痛い痛い!」
イクサの背中で回転している物質に直撃したナミカは伸ばした腕が回転に巻き込まれてしまい、ちぎれるような激痛が走った。
大事には至らず、けれども不用意に使うのに恐怖を覚えたナミカはイクサのすぐ前に立って歩く。イクサが起こす風を少しでも浴びて涼むためだ。しかし二人の息は合わず、足と足がぶつかったり踏んだり踏まれたりと散々だ。
「邪魔なんだけど!」
「踏まないでくれる!? 風もっと強くして!」
暑さでイライラしているのかことある度にこんな形のやりとりが発生し、レイジとチハヤの気は休まることがなかった。しかしモールの入口に着くまでの体感時間は短くなり、クーラーの効いた屋内に入ると自然と闘争心も治まっていった。
「着いたはいいけど、どこ行くつもりなの?」
「決まっているわ。まずはバスケ!」
ナミカの言っているのはショッピングモールの奥の方にあるアクティブモール、そこの外にある小さなバスケットコートのことだ。しかしそこへ行くには、ここからさらに歩いていかなければならない。スポーツ関連のアクティブモールは、の先だ。
「ここのエスカレーター上るか。」
本屋の手前のエスカレーターの近くでレイジは足を止めた。先にいる人の心を読み、楽に進むには一度上の階へ上がる方が良いと思えた。
「どうして? 結局下りるでしょ?」
「この先、道路があるから一度外へ出ないといけないみたいだからよ。結構車通りは激しいし、正面に横断歩道もないみたいだぜ。」
そういえばそうだったかもしれないと、ナミカたちは納得した。この先にも道路があるので、上の階を通り屋外に出ないルートには賛同の声が上がった。
「あれ、一回外出るみたいだな。あと八十メートル。」
しばらく歩くと自動ドアがあり、外は日差しで明るい。道路を横切る通路がかかっているが屋根や壁はなく、通路に出ると右手に例のバスケットコートが見えた。
「使っている人がいるな。後二十分は出ないみたいだ。」
「えー、どうしよ……先にお昼済ませちゃう?」
そういえばナミカとイクサはまだ昼ご飯を食べていなかった。今はちょうど十二時。食べ時だがゆえにどこも混んでいる。待たずにコートに入れれば、空いてきたタイミングで入ることができたのだが、予定が崩れてしまった。
「負けた方が奢るつもりなのに、先に食べちゃ意味がないもんね……」
「私は別に待てるよ。腹ペコで動けないナミカはこの時点で負けだね。」
それは単にイクサは今それほど空腹でないからなのであって、普段彼女は気の向くままに食品を買いに行っている。そうとは知らないナミカは空腹を堪え見栄を張り返した。
「私だって待てるし。なんなら待ち時間に別の勝負だって受けてやるわ。」
そしてやって来たのはボルダリングスタジオ。下の階に下りて散策していると壁に組み込まれたホールドと呼ばれる岩のようなものを見かけ、お互い未経験で平等なので挑戦することになったのだ。
店員に指導を受けながら、レイジたちも挑戦した。ボルダリングというものは小さなホールドを掴んで体を支えつつよじ登る筋肉の他に、的確なルートを選択する分析力が問われる。レイジは店員の思考を読んでその手順通りに登ることで、止まる時間を減らし過剰な体力の消費を抑え登りきることに成功した。そしてほど最高峰にあるホールドの上に、小さなキーホルダーを置いてきた。
「ここがゴールな。先に取った方の勝ち。スタートラインとかはそっちに任せる。」
レイジは同時に手足を離し一メートルほど落下する。そして両手で掴んで勢いを抑え再び落下する。これを繰り返して、衝撃を抑えて地上に戻った。
「大丈夫かな……怪我しそう……」
自信満々にウォーミングアップをする二人を心配するチハヤは、万が一落下して怪我したらと思うと気が気でなかった。
「まあイクサは飛べるし、ナミカもコピーすれば飛べるから心配いらないだろう。問題はあれだな、ステージが壊されないかどうかだが……」
イクサの能力は汎用性が高いゆえに危険性も高い。それを制御できないナミカがコピーしようものなら、壁が崩れ落ちない保証はどこにもない。
そこでレイジは提案した。
「危ないから能力は使うなー。学生の所持金じゃどうにもならない額を請求されることになるかもしれんしなー。」
物足りないと思いつつも、素の実力で争うのも趣があると意気投合し、ナミカたちは体力と判断力で勝負することを選んだ。
「分かったわ。こっちはもう準備オッケーだから、スタートの合図をお願いします!」
チハヤの声とともに、二人はホールドに手足をかけて猛スピードで登り始めた。
「さっきのレイジより速い……」
「悪かったな鈍足で。速さがすべてじゃないからな。」
自分の体力を把握したうえで、単純な最短ルートではないベストのルートを探す、また緊急時にも焦らず最適の行動を取れる判断力が必要とはいったが、単純なパワーだけで登り切れる二人にはそんな細かな話など無縁のことだった。
「チハヤ、お前の高校ってこんな教育受けてるのか?」
「そんなわけないでしょ!? あんなのできるの他に……いる、わね……」
そんな話をしている間もなく、ゴールに辿り着いていた。勝者は、イクサだ。
「勝った、私の勝ちです!」
「まだよ、もう一回!」
疲れ具合は、明らかにイクサの方が大きい。瞬発力は彼女の方が上だが持久力はナミカに軍配が上がる。二回三回と連続で競えば、イクサは勝てなくなるだろう。
「それはまた今度にして、そろそろバスケコート空くみたいだからそっち行こう。」
ナミカは納得いかない様子だったが、我先にとスタジオを出てコートへ向かった。彼女はスポーツの中では球技が好きなようで、それは両利きの利点が存分に活かせるからだそうだ。よほど勝つ自信があるのだろう。
「ご利用になられるのは三十分までですので、時間は守ってくださいね。」
受付の人からボールを借りると、レイジたちはコートへと入っていった。一つのゴールを四人で囲み、適当にシュートを打って感覚を掴みつつ遊んでいた。ゴールは一ヶ所なので、勝負内容は攻守交代制のワンオンワンといったところか。そろそろ始めようとしたところに、男子高校生三人組が割り込んできた。
「あれれー。なんか可愛い子がいっぱいいるじゃん? ねえ、良かったら僕らと遊ばない?」
ナンパか。ともかく今は自分たちの利用時間だ。出ていってもらいたい。
「今から大事な勝負をするんです。邪魔しないでください。」
「いーじゃん。俺らも交ぜてよ。」
「ちょっと。うちの連れにちょっかい出すな。」
レイジの声に、男たちの態度は急変した。気づいてなかった、というよりは眼中になかった彼が一気に近づいてきたため、威圧の一言だけ言って後退りしていた。男たちの身長はどれも百七十センチメートル未満で、レイジより十センチメートルほど低い。しかしそれで尻尾を巻くことはなく、再び突っ掛かってきた。
「ああ!? なんだテメエ。痛い目に遭う前に消えろ。」
「嫌って言うなら相手するぜ。」
バスケの道に精通しているわけでもないのに、なんて自信なのだろうか。レイジの正体を知らなかったとはいえ、そこまで言ったからには手加減はしない。レイジはその勝負を受けることを選んだ。
「じゃあスリーオンスリーでやろうぜ。こっちは一人減らすから、その間作戦でも考えてな。無駄だろうけど。」
レイジは煽り文句を言うとチハヤたちと話し合った。女性陣はチハヤ以外は未経験なので、レイジとチハヤは確定といきたいところではあった。
「啖呵きったレイジがなんでベンチなのさ!」
「仕方ねえだろ。じゃんけんで負けちまったんだから。」
負けてしまったのでなく、負けを選んだのだ。レイジは三人が一度に同じ手を出すまであいこに持ち込み続け、全員グーを出したタイミングでチョキを出した。意図的に負けたのだ。
「途中で交代してやるから、目一杯やってこい。」
余裕そうに振る舞うレイジに不安は抱かなかったが、それでも即席の未経験チームで戦うのには自信がなかった。しかしそう考えていたのはチハヤだけで、イクサたちは微塵も緊張していない。
「どっちがたくさん点取るか勝負よ。」
「何回ボールを奪えるか、もね……」
余裕綽々だった開始前とは打って変わって防戦一方になってしまった。向こうも決して上手い方ではないが、ボールの支配率は高くシュートの試行回数も多いため、その分多く得点している。一方でこちらはナミカがコピーを駆使して積極的に攻めていくがドリブルもシュートも中途半端のため攻撃が続かない。残り五分をきったところで十七点差がついていた。
「どうするの!? このままじゃ……」
「ナミカ、俺と代わってくれ。」
レイジはベンチを立つと、ナミカに交代を呼び掛けた。
「ナミカ外しちゃうの? だったら私が下がった方が……」
「俺の能力をコピーされるわけにはいかないからな。だから下がるのはナミカだ。」
人の心を読むというレイジの能力は、対象が近ければ選ぶことはできない。一定範囲内の生き物の心はすべて読めてしまうし、遮ることもできない。そんな能力をナミカがコピーすれば必然的にレイジの心も読んでしまう。耐性のない人間が不用意に彼の心の奥の闇を覗いてしまうと、精神が崩壊する恐れがあるためだ。
「分かったわ。勝つための作戦なら、私は一度引く。後は任せたわよ、イクサ、チハヤ。」
「そうね。ここで負けたら台無しだもの。本当の決着はもう少し先ね。」
ナミカはベンチに戻り、代わりにレイジがコートに立った。
「さて、後は俺に任せな。」
そこからは一方的な展開となった。中央を守るレイジを誰も抜くことができず、サイドからシュートを打とうにもブロックされてしまう。反対にレイジの攻めを止めることができず、次々とシュートを入れていった。あっという間に点差は縮まり、そして追い抜いた。そしてなおも勢いは止まらない。
動きを読むことで的確にボールをカットしたり、マークを振り切ってシュートを打ったりと、レイジの攻めは止まらない。
結果六点差でレイジチームの勝ちとなり、無残に負けた男たちは尻尾を巻いて逃げていった。
「すごいねレイジ! もしかしてバスケの選手?」
「昔はな。まあ、今年もあるバスケの大会の出場経験者ってところ。」
優勝チームのレギュラーとは言わなかった。彼女たちも今年の大会で戦う選手となる可能性もなくはない。
けれども、バスケについて教えるのは嫌ではなかった。ナミカたちは勝負そっちのけでレイジに一から教わり、そして時間が終わってしまった。
「次はボウリングで勝負よ!」
ナミカが指差したのは、ここから五百メートルほど先にあるボウリング場だった。下の階にはカラオケもあり、さらに先にはフードコートもある。もはや娯楽の延長上と化したその勝負の数々は、その日の夜遅くまで続いた。
カラオケに卓球、音楽リズムゲームと勝負は続き、レイジはくたくたになって家に帰った。




