85話 昨日の敵はなんとやら
夏休み前の最後の週が始まった。今週で一学期は終わり、試験と終業式を残すのみとなった。
この島での期末試験というのは各教科の筆記試験に加えて運動能力や判断力などを向上させつつ超能力を目覚めさせる、あるいはさらに伸ばすための特殊な試練がある。単純な殴り合いや競走、球技対決など様々だ。それぞれの学校が擁する生徒の発現した能力に応じてプログラムを作成するため、本来は試験直前まで誰が何をするのかはどの学生も知ることができない。
最近まではこの高校の一年生ではツートップと言われていた玲司と息吹が直接対決するかと思われていたが、彼らを凌駕する能力者、星香の台頭によって分からなくなった。イブキ含め多くの生徒はレイジではなくセイカとイブキが勝負するのかと予測しているが、レイジにはその真相を事前に確かめる手段があった。
それは三連休の内に高校の職員室に接近し、教員間での話し合いを盗み聞きすることだ。無論盗聴器なんていうこすい手を使ったりはしない。近くにいる人の心が読めるという、あくまで自身の能力だけを活かした正攻法。
そのためレイジは三連休の二日目の朝、こっそりと高校へ近づいていた。
この連休期間は課外活動はなく、学生は敷地内に立ち入ることができない。しかしレイジの読心は、敷地内まで入らずとも職員室内は有効範囲。最悪人がいなくとも、家まで近づくなりすれば良いだけの話だ。ペンと手帳を持っていると怪しまれるので、スマホをいじるふりをしてメモを取る。
そんな彼と似たような行動に出ていた少女を発見した。
「高校は立ち入り禁止って言ってだだろ。」
「うわっ、バレてる!?」
レイジは閉まっている校門を乗り越えようとしている星香に出会した。非力な彼女は腕の力でよじ登ることができず、足をばたつかせている。咄嗟にレイジの視覚を操り視界に映らなくさせると再び登ろうと試みるが、見えなくなったところで心の声は聞こえてくる。そしてそこから徐々に離れていくように幻聴を聞かせるが、それで本物の心の声が聞こえなくなるわけではない。レイジはそこから動かず、見えない彼女の姿を見守っていた。
「降ろしてほしければ視覚を元に戻してくれ。見えないとどこ支えていいか分かりにくいんだ。」
「なんで降ろすの? 押し上げてくれない?」
どうもセイカは中に忍び込んで気づかれない自信があるらしい。もし立ち入った瞬間に警報器が鳴ったり監視カメラに気づかれたりしたらどうすることもできないというのに。
「……中に玄がいるけど。」
「早く降ろして!」
レイジは適当に嘘をついた。他校の生徒がいるはずもないのに、もし会ってしまったらという恐怖に圧されたセイカはすぐさま侵入を諦めた。しかし結局自力で降りることさえできないので、レイジの視覚を元に戻し助けを求めた。
「ふぅ……助かったわ……」
「ったく……運動音痴のすることじゃねーだろ。」
正論とはいえその発言が頭にきたセイカは、レイジの脳に電子音を叩き込んだ。レイジは頭を抱えながら謝り続けて攻撃を止めてもらえたが、セイカの不満は治まらないようだった。
「はあー。試験どうすればいいのよお。」
教科の試験や成績は能力の高低に影響することはない。けれどもセイカが高得点を取ることに執着しているのには大きな理由があった。
文化祭二日目でレイジたちにやられしばらくした後、セイカはある人物に倉庫から出してもらった。その正体は玄。鍵を開けてもらったセイカはすぐさまレイジたちに仕返しに向かおうとするが、それをハルカに止められた。物理的に、一方的に。
「私が最強だったのに、たった一日で上を行かれるなんて……あいつがいなければ、私はこんなことしなくて済んだのよ。」
「まあ、お前の能力とは相性が悪かったな……」
レイジはセイカが名前も知らなかった少女ハルカのことを話した。桁違いの実力でありながら能力者として扱われていなかったその強さ。一度見た物であれば、その後目を背けていてもその動きが分かるという能力は、見た者の視聴覚を操るセイカの能力をピンポイントで対応するためにできているかのように、優劣がはっきりしている。二人が面と向かった時点でセイカの逃げ道はなくなってしまうのだ。
「だからっていきなり蹴飛ばさなくても……せっかくの文化祭、気がついたら終わってた。」
自分がその前日にやったことを振り返って言ってみろと言いたかったが、彼女を刺激してはまた痛めつけられるだけだ。いつどこで再会するか分からない相手に警戒心は高まったようで、今後はむやみやたらにその強力な能力を使わないようになった辺りは反省しているのだろうが、それは能力での決定的な差を見せつけられると同時に対抗心を芽生えさせた。
「能力で勝てないから学力で勝とうってのは良いと思うぜ。そのために復習しないで事前に問題見に来ようとしてこなければな。」
「そ、それは仕方のないことでしょ!? 今まで私中の下なのに、二日でトップ取れるわけないじゃない!」
ハルカの方だって能力に頼ったズルはしていないだろうに、まともに挑んで勝てないと諦めているセイカは悪用することしか考えていない。ここでレイジが何を言おうと退かない覚悟だけはできている彼女を放っておくわけにはいかなかった。
「しょうがない。手を貸してやるから、忍び込もうとするな。ちょっとついてこい。」
レイジは校門から少し離れ、職員室との距離が最も近い位置まで進む。そして持ってきたイヤホンを耳に差し、スマホのメモ帳アプリを開いた。イヤホンはスマホと繋がっていないので音楽は何も聞こえない。心の声に集中するために、外部の音をわずかながら遮断するための耳栓代わりだ。
「何してるん?」
「中の会話を聞いているんだ。もしかしたら問題が分かるかもしれない。」
学力試験に出題される範囲は一学期に学習した範囲内。問題を作成する前にも教師はあらかじめポイントを押さえている。日頃授業で意識してきたことを問題に取り入れるため、今まで読んだ心の声からある程度は問題が予測できる。
元々レイジは学力試験の問題を知るために来たのではないが、セイカのハルカの問題を引き起こした原因でもあるため彼女をこのままにしておけなかった。せめて問題だけは教えるだけ教え、その答えは自分で勉強して理解させればいいだろうと思い、ついでに学力試験の問題も聞き出そうと決めたのだ。
レイジはメモを取りつつ、学力以外の試験、つまり能力者のための試験についての情報を受信した。こちらは下手にメモをしてセイカに見られてしまえば、もし彼女と戦うことになっていれば対策される恐れがある。だからこちらは文字としてではなく頭の中の記憶として残しておこうと考えた。
しかし、彼にとってあまりにも想定外の話が出てきてしまい、思わず口にしてしまった。
「は? マラソン大会?」
「へ? マラソンってあれ? 走るやつ?」
校内の一年生全員が一斉に競走する。それが今回の一つ目の能力試験だそうだ。天候も心配ないようで、今から校庭に向かい準備にかかるらしい。
「とにかく、見つかる前にここを去ろう。」
「ちょっ、私走れないから! 待って。」
レイジも決して走るのが速いわけではないが、セイカはあまりにも遅すぎる。そして体力がない。高校の階段の上り下りだけでバテていたように、本当に運動が不得意のようだ。
「図書館に行くのがベターか……でも祝日で、しかも月曜ってのが……」
調べた通り、高校の最寄りの図書館は月曜日は定休日となっていた。近くの市内の図書館を調べても、とにかく閉まっている。最も近い所では、電車に乗って三十分かかる。どちらにとっても家とは反対方向なので、往復八百円もかかるのは気が進まなかった。
「明日ならこの近くも開いてるけど、どうする?」
「明日!? 一日で全教科満点取れって言うの!? 無理!」
一日も二日も変わらないだろうに。問題が分かっても答えを暗記しなければならないのだから、一日二日でどうにかなるものでもないし、仮に本人が本気だろうとそこまで付き合う気はない。だいたい平均点すら取れない人間が突然満点を取りたいと言ったところで到底成し遂げられるものではない。
「じゃあ……今のメモ送るから、それで気の済むまでやってくれ。」
「私一人でできるわけないじゃない。遠くてもいいから図書館で教えてくださいな。」
ここまで頼られると嫌とは言えない。それが無能力者であろうと到底敵わない能力者であろうと、その思いを無下にできなかった。
結局一度家に帰り教科書とノートを持って駅に着くと家とは反対側の方面に向かい、三十分かけて隣町の図書館へ向かった。
「あれ? レイジ、どうしたの? こんな所まで。」
図書館にはネオ・ヘキサフリートの仲間である藍子がいた。彼女の家はこの近辺であり、試験日も同じなので来ていることは何も不思議ではない。しかしそれはレイジたちも同じことだ。
「家の周り、休館日ばかりでさ、一番近いのがここだったってわけ。」
「そうなのね、ご苦労様。それで、隣の子……あなたセイカ!?」
土曜日の朝、生徒会室で対策を考えていた問題の元凶。他校からわざわざ朝早くに駆けつけてくれたアイコも、その顔はよく知っていた。
「どうしてあなたたちが……」
「こいつ能力だけはずば抜けてるけど勉強はてんで駄目でさ……そうだ、アイコも手伝ってくれないか?」
アイコも頭の回転が速いし、何より同性の方が教わる方も気が楽だろう。それは初対面でなければの話だが。
「は、はじめまし、て……」
「緊張しすぎだろ。大丈夫、ハルカみたいな乱暴な奴じゃないから。」
そうは言ってもセイカの緊張はほぐれない。一方アイコの方も警戒しないている。今までのS+ランクとは次元が違うとまで評される本人を前に、声をかけるのを戸惑っているのだ。
「あー、分かった。俺たちは離れた席でやるから。無理言って悪かった。じゃ。」
レイジはアイコに軽く手を振ると、空いてる席へ向かった。すると彼女は一度自分の席に戻り、荷物を持ってついてきた。
「その、私も教わっていいかしら? もちろん、教えるのも手伝うつもりよ。」
一人で来ていながら一人で勉強するのが寂しくなったようだ。結果的にはオーケーだろうが、問題はまだ残っている。
「ほら、セイカもちゃんとお願いしろ。世話になるのはお前なんだから。」
「そ、その……よろしく、ね……」
なんだかんだで打ち解けたようだが、そろそろ声のボリュームは落とさなければならない。
「セイカ、館内の人に、俺たちの声を聞こえなくさせて。」
「そんなことできるの!? 便利な能力ねー。羨ましいなー。」
「そ、それほどでもお……」
口ではそう言いつつもセイカは得意げに周りを一瞥する。新しく人が入館してくるとその都度見なければならないとはいえ、冷房の聞いた屋内で自由に話しながら勉強できるようになるのはありがたい。さらに視覚も操ってしまえば飲食しても気づかれず叱られない。まさにここは、絶好の空間だ。
レイジはメモを開き、教科書一冊一冊に印を付ける。出る可能性が高い問題を最初にチェックし、常に最低限の学習に抑える。凡人の脳ではそれが限界だ。それが分かっているのか、セイカはそれを教科書でもノートでもなく小さな手帳に書き綴っていた。
「痛っ! 何するのよ!」
「何カンペなんか作っているんだ。視界から消したところで、監視カメラには見られちまうんだぞ。」
セイカはしぶしぶとノートを開き、一つ一つ書いていった。
あっという間に閉館時刻を向かえ、レイジたちは図書館を後にした。
「アイコは明日学校だよな。」
「ええ、そっちは明日も休みなのね。」
さすがに明日はここには来ないと思われるので、彼女とはまたしばらく会わなくなるだろう。名残惜しくなったセイカはスマホを持ってもじもじし始めたので、レイジは肘で彼女の脇腹を突いた。
「あ、あのっ、良かったら連絡先、教えて……」
アイコはぽかんとしていたところに、レイジは一言フォローを入れた。
「夜また教えてほしいみたいだからさ。電話なりメールなりで面倒見てやってくれないかな。」
アイコはセイカの顔を見ると、微笑んでスマホを取り出した。
「勉強に限らず、いつでも連絡くれていいわよ。私たち、友達でしょ?」
友達という言葉に、セイカの体が固まりそして震え始めた。そして体がほぐれると、アプリを開きアドレスを交換した。そして改札を抜けてホームへのエスカレーターを上りながら、姿が見えなくなるまで手を振っていた。
「良かったな、セイカ。」
スマホの画面を見つめる彼女にレイジは言葉をかけた。
「友達ができてさ。」
「……うん!」
帰りの電車の中でも、セイカはアイコとずっとSNS上でやりとりをしていた。




