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オートセーブは深夜0時に  作者: 夕凪の鐘
Episode15 オートセーブは深夜0時に
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82話 護りたい人のためなら命だって投げ出そう

「早く起きなさいよ玲司(レイジ)! 今日は何の日か分かっているの!?」

 ベッドに横たわるレイジは耳を押さえて(うずくま)る。何の日かだって? 言われなくても分かっている。文化祭二日目、七月十四日土曜日だ。それも六度目の。レイジの事情など知るよしもない玲司(イブキ)は、まだ朝六時だというのに下の階から大声で呼んでくる。このまま返事がなければ叩き起こそうと思っているのは分かっているので、小声で唸りながらその体を起こした。

 体は覚えていないが、この朝食も六度目。家の人たちとの会話もだいたい似たようなもの。そして相変わらず天気は夕方から雨に変わる。それを気にしてのことか、家の人たちはレイジの浮かない顔を見て元気付けようとする。そこまで酷い雨じゃないとか、日中は降らないから大丈夫だとか。

 レイジが抱えているのはそんな悩みじゃない。本当の悩みが何なのか、微塵も気づいてくれない。


 世の中はなんて不平等なのだとうか。他人の心はすべて読めるのに、誰一人自分の心には気づいてくれない。どれだけ人の悩みを理解し、声をかけたり放っておいたりと本人が望む通りの対応をしてきたというのに、自分には誰も手を差し伸べてくれなかった。

 この眼のせいだ。人の願いを叶わなくさせる眼。これのせいで、あの街では誰からも嫌われてきた。


 それでも希望は見えた。この島の人のほとんどは自分のことを知らない。眼のことを知った人も、避けようとしてこない。この島、この町でなら楽しく生きていけそうだと喜んでいたが、結局は変わらない。

 能力者? Sランク? これだけ多くの人がいて、自分と同じ、人の心が分かる人はいないのか。誰も力になってくれないのか。この島に来てからは、あの頃のような裁きを下したことはない。誰からも嫌われないように振る舞ってきたはずだ。いや、振る舞ってきた。誰も自分を嫌っていない。嫌っている人などいない。

 けれどもなぜ。誰も助けてくれないのか。そんなことばかり考えていたレイジは、高校に着くまでずっと険しい顔をしていた。


 五度の失敗を通して、レイジは薄々勘づいていた。このループを抜けるのは、自分一人では不可能ではないかと。なら何をすべきか。それは協力者を探すことだ。

 その協力者を探すにはどうするか。あちこち回っている余裕はない。となれば答えは一つ。とにかく目立って、より多くの人に見てもらう。本当に求めている人は、どこからでも手を差し伸べてくれるはずだから。そうと決まれば、今回の行動の方針も定まってきた。


「彼がレイジだ。二人とも、よろしく頼む。」

「はじめまして。」

 今まで通りに時間(ジカン)(マツリ)そして(セイン)と合流すると、自己紹介を済ませた。彼らとの交流は、誤ったルートではないと確信している。彼らと繋がらなければ、過去や未来に自由に行き来できる時の石に辿り着けないからだ。

 今回の行き先は前々回のときと非常に近い。ゆえにここからは時間がかかるが、誰かに拾われているだけありがたい。そして今回の目的地は、レイジの住居のすぐそばだった。海岸。それもレイジがこの島に初めてきた夜に流れ着いたあの海岸だ。


「こんな天気に海岸で何してるんだろうね、この人。」

 マツリたちは疑問に思っているが、レイジには分かっていた。

「ああ、今日この辺りでバーベキューやってる連中がいるんだとさ。」

「こんな雨の中!? なんでまた……」

 バーベキューをやっているのはイブキとその昔なじみたちだ。彼女の文化祭の打ち上げも兼ねて、彼女の管轄の海岸に集まっているという話を聞いていた。その中の誰かが偶然拾い、今も持ち続けているのだろう。レイジはジカンたちに、知る限りの情報を伝えた。誰がいるのか、どんな能力を持っているのか。

 前回はわずか三人だというのに全員為す術なく惨敗した。最悪の場合十八人全員と戦う可能性も考慮しなければならないため、今までのなかで一番過酷な試練と言っても過言ではない。生半可な覚悟では、確実に返り討ちにされるだけなのが目に見えている。

「あっ、なんか聞いたことあると思ったら、(アオイ)ちゃんのとこ?」

「ん……確かそんなことも聞いてたな。」

 マツリはアオイのことをよく知っていた。レイジは彼女に会ったことはないが、幼い頃からイブキの一番の親友であり、彼女がライフセーバーを目指すきっかけとなった子だということは知っている。

「マツリ、知り合いなのか?」

「私の同期。ランクも一緒で、当時はちょっとした話題になったのよ。」

 そう。マツリとアオイは同時期に能力が評価され、ともにAランクの一員となった。言ってしまえばそれだけなのだが、その同期という繋がりがどれほど印象深いのかはレイジもよく知っている。

「俺とセインも同期だな。レイジにもいるのか?」

「ああ。正確には、いた、ってところだ……」

 レイジの同期、それは耀(ヒカリ)。偶然同じクラスになって、偶然同じ日の身体検査で能力者となった唯一の存在。だからこそ、彼女は自分に対して強い思い入れがあったのだと考えた。


「さて、駅に着いたな。ここからは歩きだが、くれぐれも慎重にな。」

 バーベキューに来ているのは二十人弱。誰が石の片割れを持っているかも分からないまま能力者の巣窟(そうくつ)に突っ込むのはリスクが大きすぎる。なんとかしてこっそりと持ち主だけをこちらに引き寄せ、騒ぎを起こさずに手に入れるのが最善策。だから最初は持ち主を特定すること。バーベキューの最中なら、突然帰ることはない。じっくり作戦を立て、確実に成功させる。まずはレイジがタブレットを持ち、なるべく液晶の光が目立たないようにしつつこっそりと海岸に近づいた。一応石の位置が分かるタブレットに頼らずとも持ち主の心を読めば特定できる自信はあった。しかし万が一持っていることに気づいていない、もしくはバーベキューに夢中になり忘れているという可能性もある。念には念を。それが今回のレイジのモットーだ。


「どうだった? 持ち主は分かったか?」

「ああ。石を持っているのはアオイだ。そしてそのことを知っている奴はいない。」

「よし、要注意リストじゃないなら、予定通り動くぞ。まずは頼んだ、マツリ。」

「任せなさいな。あの子のことならよく知ってるもの。」

 マツリは意気揚々と彼女に接近していった。その間にレイジたちは待機場所へと向かった。


「痛っ!」

 アオイは突然足に痛みを感じ、見下ろすと一匹の蟹がいた。突然の悲鳴に近くの人は何事かと集まってくるも、蟹に挟まれただけだと明かすとそれで騒ぎは収まった。

 アオイは蟹を手に取ると、せっかくだし焼いてみようと言い出した。冗談交じりに言った言葉を理解したのか、蟹はハサミを振り回し必死にアピールする。巣に帰してあげようと思い下ろそうとしたときに、奥の街灯の陰にマツリがいることに気づいた。アオイはこっそりと皆から離れ、蟹を抱えたままマツリの元へ向かった。


「もー、これマツリちゃんの仕業でしょー。痛かった。サンダルなんだよ、私。」

「ごめんごめん。ちょっと見せてよ、その挟まれた足。」

 そう言ってマツリは屈み込むと、アオイの素足に噛み付いた。


「ねえ、アオイどこ言ったか知らない?」

「さっきの蟹を巣に送ってあげてんじゃね? それか仕返しに生き埋めにしてるとか。」

 イブキは心配になり辺りを見渡すが、どこにも見当たらず誰も行方を知らない。嫌な予感がしたイブキは、懐中電灯を持って走っていった。

「相変わらず心配性だなあ、イブキの奴。」

「昔のこと引きずってるのかね。俺たちも探してみるか。」

 電話をかけても海の家に入ってもまったく行方が掴めない。さすがにこの状況はイブキの恐れている通りの可能性も高いと思い、皆は十四哉(トシヤ)を呼ぶことにした。イブキが来るというだけでここには姿を見せていないが、近くには来ている。そして状況を伝えれば、すぐになんとかしてくれる。彼らはトシヤを信じ、そしてアオイの無事を祈った。


「この辺でいいだろう。歩きを止めろ、マツリ。」

 アオイはバーベキュー場からだいぶ離れた海沿い道路の曲がり道、崖の側のガードレールの前に連れてこられていた。マツリの能力、‘悪魔の(うたげ)’。噛み付いた人を操り、悪魔にしてしまう。悪魔になった人が他の人を噛むことによってさらに悪魔を増やすというものだった。蟹を餌にしてアオイを誘き寄せたマツリは、彼女を悪魔にして操ったままレイジの待つ崖へ誘導してきたのだった。

 そしてこのまま石を取れば、計画の成功まで後わずかだ。レイジがアオイの懐へ手を伸ばしたとき、遠くから女性の叫び声がした。

「アオイから、手を離しなさい!」


「これはこれは、お早いお着きで。よくここが分かったな。」

「しらみつぶしに走り回った結果よ。それより早くアオイから離れなさい!」

 やって来たのはイブキだった。アオイがいなくなったことに真っ先に気づき動き出すのは彼女であることは予測できていた。だからこそ、レイジはここを選んだのだ。暗い海の間際に(そび)え立つこの崖を。


「悪いがもう、お前に邪魔をされたくないんだ。けど俺は、今のお前と戦うのを避けたい。」

 レイジは石を手にすると、マツリに目配せした。

「どっちを取るかは、イブキ、お前の自由だ。」

 マツリは再びアオイの体を動かした。進みだした足が空を切り、彼女の姿は暗闇に消えた。

 イブキはアオイの名を叫ぶと全速力で駆け出した。ガードレールを飛び越え、断崖を駆け下りて落下していくアオイを追いかけ、その体をしっかりと掴まえた。

「さすがだよ、イブキ。その迷いのなさは、まさしくライフセーバーの魂だ。」

 レイジはタイミングを見計らい、再びマツリに目配せする。

「それがお前の弱点だ。」

 マツリは操るアオイにイブキを噛み付かせた。悪魔に飲み込まれまいと抵抗するイブキの体内へ、無数の海水が押し寄せていった。海へ落ちた二人の体は、すぐに見えなくなった。


 二人の心の声が聞こえなくなったのを確信したレイジは、無言で歩き出した。追いかける三人。次はこの二つの石を重ねて力を溜める。これを成功させてこそ、本当の完遂だ。レイジはガードレールの側から離れ、空き地へと向かっていった。


 一方トシヤたちは、全員を分散させて捜索に当たっていた。全員を鎖で繋ぎ止め、これ以上巻き込まれないようにしつつ、少しずつ規模を広めていた。しばらくして、(ワタル)は海を漂っている物体に気づいた。すぐさまトシヤを呼び、それらを鎖でゆっくり引き寄せていった。

「おい、これって……」

「嘘でしょ……なんで、なんで!?」

 海を漂っていた物影。砂浜に揚げてマッチの火で照らして見えたのは、抱き合ったイブキとアオイの変わり果てた姿だった。

「なぁ、昌太(マサタ)……お前の能力で……」

「うん……どこか怪我して気絶してるんだ……きっとどこかに傷が……」

 淡い期待も虚しく、失われた命を元に戻すことはできなかった。どこにも傷は見当たらず、状況を考えれば溺死と判断するのが妥当という結論に至った。


「けど、おかしいだろ!? ライフセーバーのイブキが、息を長く止められるイブキが溺れ死ぬなんて!」

「……意地張って無茶した結果だろ。」

 トシヤは突き放すように言う。しかし皆気づいていた。この状況に、最も怒りを覚えているのは彼だということに。


「ちょっと、あれ、何の光?」

 指差す方を見ると、青白い光の筋が集まり輝いている。さっきまではあんなものはなかった。何かあると思いすぐさまトシヤは走っていった。残ったワタルたちは優しくイブキたちを運び、ある人は唇を噛み、ある人は涙を流しながら海の家へと進んでいった。


「やっぱり来たね、でもここは通さない。」

「我が拳に宿る雷電(イナヅマ)で、貴様を焼き尽くしてやろう。」

 待ち伏せていたマツリとセインは立ちははだかるが、トシヤは鎖で一蹴した。そして光の筋を元へ駆けつけ、そこにいるレイジに気づいた。


「お前か……これも、アオイも、イブキも……全部お前の仕業か!」

「トシヤ……お前は勘違いをしている。」

 ここに来て計画を邪魔されたくないレイジは、時間稼ぎのために、トシヤの心に揺さぶりをかけた。

「イブキは殺されたんじゃない。崖から落ちるアオイを助けようと自ら飛び降りた結果だ。あいつが自分で選んだ死なんだよ。」

「黙れ! その原因を作ったのはお前だろうが!」

「なんにせよあいつはライフセーバーとして……海で死ねて本望だろうな。」

 トシヤの怒りは限界に達し、無意識に鎖がレイジの首と手足を捕らえた。

徐々に首を締めつけ、手足を引っ張っていく。レイジの体は宙に浮き、全身に激痛が走っていた。

「あいつは確かに息を長く止められる。けど息を止めずに海に沈めばどうなる?」

 イブキは何時間でも水に潜っていられる。けれどもそれは息を吐くペースを極度に遅くすることで成り立つものであって、肺が水で満たされた状態が続いて息を止められるということではない。つまり自我を奪った状態で沈めてしまえば、簡単に殺すことができるということだ。

 レイジが何を言いたかったのかというと、直接手を下してはいないということだ。それでもトシヤの手は引かない。

「俺は謝らねえ。あいつが勝手に死んだ。自分の力を過信した、出来損ないの敗北者だ。」

「取り消せ! そして謝れよ!」

 鎖はさらに力を増す。トシヤはレイジを殺そうとはしていない。死にかける苦しみから解放させてもらおうと命乞い、そして謝罪をするまでギリギリまで痛みつけようというのがトシヤの思いだ。

 思い通りにはさせない。計画が途切れては意味がないのだ。絶対にこのまま耐えきってみせる。レイジは強く願った。


 そして次の瞬間、彼の首が千切れた。首だけではない。同時に手足が千切れ、彼の体はバラバラになった。


「なぜだ……俺は、ただ……」

 砕け散ったレイジの体を前に、トシヤは膝から崩れ落ちた。そこへ一人の少女がやって来た。未来(ミライ)だ。不安定なレイジの鼓動を聞き、心配になり駆けつけたところ、たった今その音が聞こえなくなった。

 ミライはレイジの顔の元へ歩いていった。そして彼の虚ろな目を見て、無駄だと分かっていながらも抱えていた思いをすべてぶつけた。

「どうして……ヒカリに続いてあなたまでいなくなるの!? どうして一人で抱え込むの! 一人で抱えた結果がこれだっていうの!?」

 零れる涙がレイジの顔に落ちる。それでも彼は何一つ言葉を返せなかった。

「……ずっと分かってたわよ、あなたが朝から、すごく重い悩みに苦しんでいるって……」 

 ミライはレイジの顔を持ち上げ、自分と目線を合わせた。冷たくなった彼の唇に、自らの唇を重ねた。そのとき彼女が何を思っていたのかは、自分でも分からなかった。

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