81話 暗闇に響く慟哭
気がつけば玲司は自分の部屋にいた。体はまったく濡れていないし、痛みも感じない。夜中外出して雨に打たれて地面に倒れていたが、いつの間にか自室に戻っている。レイジは時計を見ると、やはり現在時刻は0時過ぎ。そして日付も十四日の土曜日になっている。
またループが発生したのだ。これで四度目。ゲームで例えるところのセーブポイントに辿り着けず、すべてゼロに戻ってしまったようなものだ。さすがに疲れが出てきたのか、起きてすぐ倒れるように寝そべってしまったレイジは無心で眠りに就いた。
前回と同じように、未来と春菜と手を組み星香を鎮めに行く。前回はこのルートの選択によってセイカの怒りを買ってしまい苦しむことになったのだが、時の石の力はすでに香李によって失われてしまっていたので、セイカに会おうとも会わずとも結末は変わらなかった。だからセイカを野放しにするという選択はない。そして彼女に会わないよう注意して計画を進めるだけだ。
さすがに四度目になるのでスムーズに対処できる。狙い通りにセイカを倉庫に閉じ込め教室へ戻ろうとしたところ、レイジはミライに引き止められた。
「ねえレイジ、あなたは何をそんなに焦っているの?」
レイジ自身は余裕はあるつもりだった。目にも耳にも頼らずセイカを追いかけ、密室に追い込んだところでハルナの能力で花粉をばらまく。ミライにとっては成功するか不安だらけの策だが、過去三度経験しすべて成功させているレイジにとっては緊張することでも失敗を恐れることでもなかった。
けれども彼女の言っていた焦り。それは別のことだろう。土曜日のループから抜け出せないことへの自分への苛立ち、そして必ず死の運命を迎えなければならない耀への罪悪感。
しかしこの苦しみを誰に打ち明けられようか。誰に助けを求められようか。このループを認識できているのは自分一人しかいないのだ。悩んだって答えは出ない。どれだけ焦ってもそれを解消することなどできない。そう思い込むレイジは、誰にも話さず、誰にも聞かれまいと背を向けた。
「ああ、けどお前には関係ない。」
レイジはミライを突き放した。それが本心ではない、我慢したがゆえの言葉だったことが分かっている彼女は引き下がらなかった。
「関係ないって、じゃああなたは一人でそれを抱え続けるの?」
「俺の問題に手を出すんじゃねえよ。邪魔だ。」
何を言っても聞かないとみると、ミライは何も言わず追ってくることもしなかった。代わりにスマホでメッセージを送ったようだが、レイジはそれを無視した。
夕方を迎えた。前回同様に時多たちと合流し、例の場所へと向かっていたところだった。彼にとっての誤算、そして前回とは違う未来が生まれてしまった。
「石が誰かに見つかった。移動の周期がずれている。」
本来移動すべきタイミングをとうに過ぎているのに、その場所からほとんど動かない。これが意味することは一つ。人の手に触れ身に付けられているということだ。そしてこの移動速度。歩きか車椅子といったところか。
「誰が持っているかは分かるの?」
「いや、そこまでは……でも微妙に移動を続けている。持ち続けているのは確かだ。」
そうとなればそこへ向かうの一手だ。電車を折り返しターゲットのいる最寄り駅まで行く。幸い移動の最中に手放され、また別の場所に転移されることはなかった。
「この場所、確か……」
タブレットの地図を見て、駅からの道をなぞるレイジは心当たりがあった。
「喫茶店、らしいね。」
祭は自分のスマホで地図を検索し、タブレットの印と照らし合わせて場所を特定した。彼女が見つけた喫茶店は写真も載っており、外装や内装を見ることができる。
「やっぱり……俺のバイト先だ。」
最寄り駅とそこからの道を見てもしやと思ったが、写真を見てはっきりした。そこはレイジが楽阿とともに勤務している喫茶店だった。
「なんてラッキーだ。今すぐ電話して、預かっておいてもらおう。」
「いや、持っているのはただの客だ。あそこはキッチンでも更衣室でもない。客席だ。」
タブレットの印をズームアップし、記憶にある間取りと重ね合わせればそこは入口付近のテーブル席だと分かった。アルバイトや社員の線は薄く、店に連絡すれば怪しまれる。
「ならどうする? 俺たちが着くまでの移動されたりでもしたら。」
「さっきまでの移動速度からして、持ち主の移動手段は徒歩だ。駐輪場にも寄ってないし、階段を上って店に入った。店を出られても追いつけるし、なんなら駅に向かってくる可能性だってある。」
この雨の中、店に入って出るのは考えにくい。しばらく時間を潰して弱まるのを待とうとしているのだろうが、あいにく今夜は止まない。それはレイジが身をもって知っていた。
「でも、車で迎えが来たら……」
「マツリ、千聖、お前たちは先に行け!」
言われてみれば、持ち主が大人とは限らない。たまたま近くの店に入った子どもで、親に迎えを頼んでいる可能性がある。それも考慮すると、悠長に電車に乗っている場合ではなかった。
「暗黒の空に降り注ぐ嵐の根源……これでは我が焔は力を吸われ爪なき獣も同然……ならば!」
プラットホームから翼を広げて飛び立とうとするセインの体を闇が覆った。前回の純白の装飾ではなく、漆黒の枷を纏った姿へと変化した。前回の全身を隠すような純白の衣装とは対照的に、ほとんど裸と変わらない薄く僅かな黒い布を纏った姿。補導されないか不安だ。
「とりあえず改札は抜けていけよー。」
レイジが呼び掛けるとセインは出鼻を挫かれたことに機嫌を損ね、不満そうに翼を閉じた。マツリも彼女と同行し、駅の外に出ると黒い翼を広げて雨に打たれながら飛んでいった。
彼女たちの狙いは石の所有者の監視及び尾行。万が一手放されることがあれば即座に手に取り身につける。とにかく放置させて時間が経つことで、想定できない別の場所に転移されないようにすることだ。予備のタブレットはマツリに渡しておいたが、彼女たちが到着する前に手放されてしまえばどうにもならないので、所持し続けてくれることを祈って待つ他はなかった。
「大変だったな、白。」
「うん……雨もだけど、急に暗くなったからね……」
夕方までは晴れており、傘を持たず外出していたキヨシは突然の雨に困り、近くにあったラクアのバイト先の喫茶店に待避した。そして幼なじみに迎えを頼んだところ、渡が傘を持ってやって来てくれることになった。彼がここに来るまでは、この店で時間を潰していようと考えていた。
「それで、例の問題はどうなったんだよ。かなり苦しい状況だったって聞いてだぜ。」
「う、うん……あの子には、まったく歯が立たなかったよ……でもレイジが、なんとかしたって言ってた。」
あの子というのはセイカのことだ。キヨシたち四天格は四人全員が応援に駆けつけたが、ワタルたちヘキサフリートはラクアのみ行けず五人で向かった。しかし視聴覚を操り見えなくなった相手に遠距離から電子音で脳を痛みつけられ、手も足も出ないほどに一方的に弄ばれていた。しかし彼らが敗れた直後、レイジたちはセイカを倉庫へ閉じ込めることに成功した。
彼らのような数と力任せの作戦ではなく、的確に能力の弱点を攻めるためのメンバーを揃えて追い詰めた少しひねくれた戦法を取ったレイジたちは、いとも簡単に、そして短時間で文化祭の騒ぎを鎮めた。そしてそのメンバーは自分たちより格下で、それも二人だけだったと聞くと、ラクアは信じられないといっているかのような顔を見せた。
「やっぱりあいつは俺らとは違うな……」
「微塵も迷ってなかったよ。素早い判断で、その決断を信じて曲げなかった。」
キヨシからすればレイジが同じ日、同じ出来事を繰り返していることなど知るよしもないので、まるですべて思い通りにできると分かっているかのような立ち振舞いを彼の自信そして実力だと錯覚していた。最強のSランクの名は伊達じゃない、自分と同じS+ランクへ上がってくるのも時間の問題だと感じたキヨシは、安心感をもつ一方で彼への恐怖心を抱いていた。
「またいつか、戦うかもね。……そしたら僕は、勝てる、かな……」
キヨシを超える人など現れない。ラクアはそう思っていたのだが、現にセイカという存在の台頭によってその牙城は崩れたのは事実である以上、いつどこで彼を超える能力者が現れてもおかしくない。キヨシが己の強さに疑問を持っているのも、複雑な気持ちを抱えているためだろう。
「お前一人を超える奴がいても、俺たちがついてる。俺らの力を合わせれば、誰にも負けないさ。」
ラクアは誇らしげに言うとその結束力は本物だと自信を持って言えるキヨシは、照れくさそうに微笑んだ。
「見えたわ。あの喫茶店……石もまだあそこにある。」
真っ直ぐ目的地へ飛んで向かったマツリたちの目の前に、ようやく喫茶店が見えてきた。店の前は人通りが少なく、辺りは静かだった。
「どうする? 店の中で監視するか、それとも……って、聞くまでもなさそうね。」
振り返ってやや後ろを飛ぶセインの姿を見ると、すでに武器を取り出していた。潜入する気などまったくない。能力を使い、おもいっきり暴れようとしている。
「我が拳を振るえば、砦は瞬く間に闇に染まる。そして直ちに突撃、奪還した後に撤退と行こうではないか。」
要するに、停電を起こしてバレないように石を取りに行くということだ。最悪持ち主ごと連れ出してでも、復旧し気づかれる前に脱出する。それが二人でできる最善手だというのは、考えた末にマツリも受け入れた。
「オッケー、私が突入するから、雷撃ヨロシク!」
マツリはウインクすると急降下し、入口の扉めがけて加速していった。
「闇夜を切り裂く漆黒の生贄は、電光を生み出し雷神の目を覚ます! セイクリッドサンダー!」
セインの全身を電流が駆け巡り、高圧の電光が雨雲めがけて放たれた。そして空は青白く光ると、雷が落ちてきた。
落ちた先は例の喫茶店。店内はたちまち真っ暗になり、マツリは音を立てないようこっそりと扉を開けた。しかしこの店はセンサーによる入店音ではなく木製のドアメロディが採用されており、通い慣れてるラクアには誰かが入ってきたことが勘づかれていた。
ポケットからマッチを取り出し火を点けたラクアは、何者かが飛び込んできてこちらに向かってきているのを見た。そしてそれは、手前に座るキヨシの体に噛みついていった。しかし彼の体に触れたことで生気を奪われてしまい、侵入者は気絶して床に倒れ込んだ。
「何事だ? 一体……こ、こいつは!?」
マッチを持って屈んだラクアの目に映ったのはマツリの顔だった。彼女は噛みついた者を操る能力を持っている。対象のランクによって持続時間は異なるが、それでもキヨシは一時的に意思を奪われてしまった。
自我を失い、そして自身を制御する主も意識を失っている。今のキヨシは、コントロールが効かない暴走したロボットだ。
セインは外でマツリが戻ってくるのを待っていたが、なかなか出てくる気配がない。様子を見に行こうと近づいたその瞬間、喫茶店の壁を突き破って白いリボンが飛び出してきた。
ちょうどそこに、傘を持って走ってきたワタルが現れた。落雷とともに灯りの消えた喫茶店、壁を突き破る激しい音。いざ見える所まで来てみれば、その光景は想像を絶するものだった。
「なんだよ、これ……それに、あいつは何者なんだ!?」
ワタルは空中に浮かぶ黒い人に気づいた。そしてさらに、大きく開いた穴から人が出てきた。
セインはタブレットの反応を見る。そして石は彼が持っていると確認した。
「……はっ。僕は、いったい…」
「キヨシ! これはどういうことだ! あいつは何者だ!?」
キヨシはワタルの指差す先を見てセインの存在に気づいたものの、すでに彼女の襲撃は始まっていた。直接触れれば生気を奪われるが、間接攻撃なら問題ない。それを知ってか知らずかセインは右手に電撃をまとい、間合いを詰めた所から撃ち放とうとした。
セインの放った聖なる雷撃は、突如飛来した自動販売機によってキヨシへの直撃を防がれた。空中で爆発を起こし一瞬周囲が明るくなり、セインは店の前にいるワタルの存在に気づいた。
「我が雷拳を止めるとは、汝も手練れの使徒ということか。ならば容赦はしない。我の掲げる偽りの正義をもって、貴様の悪を打ち砕こう。グングニル!」
セインは右手に槍を持ち、ワタルに突進する。ワタルはそれを紙一重で避けると、再び手を磁石に変え投げつけた自動販売機の欠片を引きつけ手に取った。そして槍の一突きを真剣白刃取りで受け止める。
「レーヴァテイン!」
両手で片手を受け止め無防備になっている隙をつき、セインは左手に剣を持った。そして大きな一振りで、彼の体は大きく吹き飛ばされた。
「ワタル、大丈夫!?」
キヨシは壁に叩きつけられたワタルの元へ向かった。しかしワタルは心配ないと言ってゆっくりと立ち上がった。
「見たことねえ能力だな。面白え、全力で殺ってやるぜぇ!」
ワタルは右手をもう一台の自動販売機に向け、強い磁力を発揮した。磁石に引きつけられ固定していた金具を引き千切り、ワタルの手へ吸い寄せられていく。
ワタルとセインの、文字通り命を懸けた決闘が始まった。
しばらくして、レイジとトキタは駅から走り喫茶店の前に到着した。しかしそこに広がる光景は、あまりにも無慈悲なものだった。
ワタルの手加減により致命傷を追ったセイン。ラクアによって限界まで疲労させられたマツリ。そして時の石の持ち主は、かつてレイジを一撃で地に伏せさせたキヨシ。完全敗北、詰みであった。
「なんだよレイジ、貴様のターゲットだったのか? もう動けねえだろうが、トドメは貴様に任せてやろう。」
「……これも運命だっていうのかよ。」
時の石を拾う。たったそれだけのことなのに、いつも能力者が立ちはだかる。おかげで死んだり死にかけたりと散々だ。今すぐにでも手に入れて、タイムリープから抜け出したいというのに、邪魔が入るのがレイジを苛立たせる。しかし彼には逃げる道などない。どんな相手でも倒さなければ先へ進めない。
「馬鹿言ってんじゃねえよ。俺の相手はこいつらじゃない……」
格上の相手に正面からぶつかり散った二人を見たレイジは、トキタの首にかけた時の石をもぎ取ると自分のポケットにしまった。そして代わりに、銀のサバイバルナイフを取り出した。
「お前ら全員……俺の敵だ!」
ワタルたちはまったく躊躇せず、そして三人がかりでレイジを迎え撃った。三ヶ月前はキヨシの代わりに昌太がいて、三人の攻撃を耐えつつ振り切ることができた。逃げるだけで精一杯だったのに、まともにぶつかりに行くのはただの自殺行為だ。だから一瞬で動いて奇襲を仕掛けにいったが、彼らの対応はあまりにも早すぎた。
ワタルたちの連携は完璧だった。鉄の破片を自在に振り回すワタルによってレイジの体はボロボロに切られていく。致命打となるキヨシに触れてはならないと警戒するあまり、他をすべて犠牲にしている。しかし狙いはキヨシの持つ石。これを取らない限り、レイジの戦いは終わらない。あれだけ乱暴に振り回す鉄の物体は、一欠片たりとも味方を巻き込まない。むしろその流れ弾で容易くトキタを気絶させた。
出血、過労、そして衰弱。絶望の三重苦が、レイジの体を飲み込んでいく。誰一人に傷をつけることさえ叶わず、彼は動けなくなった。
倒れ込んだレイジの顔を覗きに、キヨシは顔の側で屈んだ。そしてそのとき、彼のポケットから求めていた石が落ちた。目と鼻の先に、少し体を動かせば手が届く所に石がある。
「何だ? そのキラキラしたやつ。」
「ちょっと前に、拾ったんだ……でも何か、ありそうな予感……」
その石の正体を知らない三人は首を傾げて手に取ろうとはしない。それでいい。試合には負けたけど勝負には勝った。あれさえ手にすれば、時の石の力は解放される。
(早く、タイムオーバーで、転移する前に取らなければ……)
レイジの精一杯伸ばした手は、ワタルに踏みつけられた。痛み、そして抵抗できない苦しみに、レイジは声にならない叫び声を上げる。
「ちょっと、何やってる、の……」
「わかんねえけど、こいつに取らせたらヤバそうだと思ったからよ……」
なんとかして取りたかった。しかしこのボロボロの体でうつ伏せの状態ではろくに力が入らない。レイジの願いは叶わず、人の手から解放されたその石はどこか知らない場所へと転移してしまった。
もう、手遅れだ。最後の望みは絶たれてしまった。目が虚ろになったレイジはその現実を受け入れられず、行き場のない怒りと悲しみを乗せた呻き声を上げていた。暗い夜道に、一人の惨めな男の嗚咽が響き渡った。




