80話 罪の代償は命か、それとも
二回のループを経て、玲司は気づいたことがある。確定する事象と変動する事象がある、つまり変えられない未来と変えられる未来の二つが混在しているということだ。
まず確定する事象。率直に言えば耀の死だ。今日この日に彼女が死亡することは確定している。
そして変動する事象。まず一つ目ははその死因と時間だ。殺害、交通事故、精神崩壊。法則があるかは不明だが、進んだルートによって結末は変わる。二つ目は未来、一日の流れだ。出来事を回避したりまた別の出来事に巻き込まれたりと、この日に起こることは大幅に変えられる。そして三つ目はヒカリ以外の人物の結末だ。一回目の土曜日ではレイジは死ななかったが、二度目のループすなわち三度目の土曜日でレイジは死んだ。ヒカリ以外の人物は、一度目の二十四時まで死ななかったからといってループのなかで死なないとは限らない。
これらの考察が、ループを抜ける策に直結するというわけではないが、前回レイジは突破の鍵を握っていると思わしきイベントに辿り着いた。時の石。過去と未来を自由に行き来できるその力が本物だというのならば、その力を我が物にすればループから脱出しその先へ進めるのではないか。もしそうである確信が持てなくとも、残された道を選ぶしかないというのがレイジの出した結論だった。
レイジは一度目のときと同じく、午前中に星香を封じ込め三時からのライブは事なきを得た。そして変わらず直後に弾き方をきれいさっぱり忘れてしまい、失望したヒカリは去ってしまった。
問題はここからだ。すぐに時間の家に向かい、昨日未来が石の片割れを見つけた時間に誰にも見つからないように向かう。前回と違い石の出現時間とポイントが分かっているので他の人たちを呼ぶ必要はない。つまりレイジは息吹に見つかり石を手に入れられなくなることも命を落とすということも回避できる。
レイジはジカンの家に向かい、前回同様に事情を話し計画に加わった。時の石が現れるのは今から四時間後の午後十時。ジカンの家から目的地まで電車で二時間。つまり二時間、準備や対策のための時間が二時間あるということだ。
「二時間か……」
ジカンはスマホを取り出し電話をかけた。どうやら同胞に協力を要請しているらしい。レイジは彼女らと面識はないが、時の石探しには肯定的なようでリーダーである彼からの信頼も厚かった。
「連絡が取れた。今から移動して、二人と合流しよう。」
集合場所は島を走るいくつもの路線のターミナル駅である駅。そこから最寄り駅まで一本で行ける。合流して電車に乗るとボックス席に着き、計画の話し合いを始めた。
「紹介が遅れたね。彼はレイジ。自らこのプロジェクトに参加してくれた、新しい仲間だ。」
レイジとジカンは隣り合わせに座り、その正面に二人の女子高生が座る。彼女らは自分を見ても特に疑うようなことはせず、すんなりと受け入れてくれたことに安心したレイジは、社交辞令として軽く頭を下げた。タイムトリップをして過去や未来を変えるという禁忌を侵そうとしているというのにここまで純粋でそのうえ気楽にしているのもどうかと思ったが、溶け込めないよりは良い仲間に会えたと感じた。
「私は成東祭。過去に戻りたくて、このメンバーに加入したわ。」
「ああ、天使との戦いのことね。」
「えっ、私が悪魔だってこと知ってるの!?」
彼女の名はマツリ。元悪魔であり天使だったアツカの宿命の相手の一人だった。彼女の狙いは過去に戻り、アツカとの戦いを勝利に変えるというもの。結果としては後一歩のところまで追い詰めて、突然目覚めたアツカの力によって窮地に追い込まれた。事実上の悪魔の敗北。そして彼女は敗北者。その歴史を変え勝者となるのがマツリをこの作戦の加入に引きつけた原動力。
「まあ満と同じ高校の生徒だからな。あれだよ、お前が巻き込んだ第三者の人間。」
コホン、とマツリの隣からわざとらしく咳をする音が聞こえた。確かに今話さなければならないことは他にある。
もう一人の自己紹介だ。といっても彼女の方こそどうでもいい動機しかないのでわざわざ聞くこともないのだが。
「私は神谷聖。時の支配者ってなんかかっこいいから交ぜてもらいました!」
気持ちは分からなくもないが本当にそんな理由で選択して後悔はしないのだろうか。彼女の場合は能力が目覚めたばかりで浮かれているというのもあるのだろう。人とは違う力を手に入れられる自分に溺れ、冷静になれていない。レイジは自己の行動を見つめ直した彼女が反逆したり足手まといになったりすることを恐れ、セインの本心を聞き出した。
「それだけの理由で時間遡行という禁忌を侵そうとしているのか?」
「禁忌……タブー……そう、我らは、法に叛く愚者。罰せられるべき運命。」
本性が出た。そして厨二だ。けれども不思議と嫌な感じはしない。それはセインが、どこかヒカリに似ているからだろうか。
「面白いな、お前。ヒカリと友達になれそう。」
「……ヒカリ?」
そのヒカリは、今ごろどこかで避けられぬ死を迎えてしまっているのかもしれない。彼女のことを考えては、思い悩むだけだ。このループから抜けるためには、悩んでいてはいけない。自分から言い出したことではあるが、ヒカリについての話はここで流して先へ進もうとしたそのとき、セインは話に食いついてきた。
「ヒカリって、誰? もしかして君の彼女?」
まだ何も答えてないのに、隣のマツリ共々勝手に想像して盛り上がっている。
「違う。あいつはそんなんじゃない。」
「違うの? じゃあ、妹さん、とか?」
それも違うと答えれば、余計に興味を持たれ答えを聞くまで引かなくなってしまった。
レイジは考えた。自分にとって、ヒカリは何なのだ?
恋人? 違う。違うなら何だ? クラスメイトだ。ただのクラスメイトなのか? いや、違う。俺にとってのあいつは……
「大切な人なんだ……守ってあげたかった、守らなければいけなかった大切な人……」
テーブル席が静まりかえった。遠回しに伝えようとしたことは伝わったようで、どんよりとした空気が流れた。
「ところで、どうして私たちもわざわざ電車使っているの? 飛べばただなのに。」
「あんまり目立たれても困るしな。それに経費は出るから心配するな。」
沈黙が続くなか、マツリが口を開きジカンに尋ねた。悪魔であるマツリは翼を生やすことができるため、交通機関に頼らずとも短時間で自由な場所へ行くことができるのだ。しかし暗闇とはいえ空を飛ぶのは目立つし、この雨のなか飛びに行かせるのも不安が生じる。何より全員が飛べるわけではないので打ち合わせがしずらいというのがジカンの考えであり、二人はそれを受け入れるしかなかった。
その一方で気になったことがあったレイジはすぐに尋ねようとしたが、それより先にマツリが動いた。
「いや、経費とかどこから出るのよ。」
よく突っ込んでくれたとレイジはホッとした。彼らは皆Aランクだ。どこぞのSランク集団よりかはよっぽど常識的で感情移入できる。むちゃくちゃなことばかり言い合うのではなくブレーキとなるツッコミ要因がちゃんといることに安心感を覚えた。
そして直感した。このチームならきっと成し遂げられると。
「さて、着いたな。今から十分後にここに石が現れる。そしたら各自行動開始だ。大丈夫か?」
ジカン以外の三人は強く頷き返事をした。ジカンも彼らの目を見て頷き返すと、ポケットから時の石の片割れを取り出ししっかり手に持っていることを確かめた。
十分経った。レイジの予言、というより一回前のループであった通りそこに石が現れた。
「よし、あれだ。皆頼むぞ。」
ジカンは時の石を取りに走り出す。マツリは悪魔の翼を広げ、島の中心部へ向かって飛んでいく。セインは反対に海に向かって行くのだが、そのときに姿が輝きだした。彼女の全身が白い光に包まれ、辺りは眩しく照らされる。目立つなんてレベルの話ではないが、このタイミングでなければ効果的な能力とも言えるとレイジは考えた。
「かっけー衣装だな、それ。」
「ふふん。これが我に覚醒めし能力。その片割れの姿よ。」
セインは自慢気に言うと今度は翼を実体化し、颯爽と飛び上がった。目覚めたてゆえにマツリと比べてどうもぎこちない飛び方だが、本人が楽しそうならそれでいいだろうとレイジは割りきって見送った。
その裏でジカンは石と石を重ね合わせる。すると擦れた面から激しく光り輝き、辺りに青白い光の筋が多数出現した。この反応、間違いなく本物だと確信したレイジはその石が真の姿へと変わるのを待つ。そしてそれまで、石とジカンを守らなければならない。
この騒ぎ、能力者たちが動かないはずがない。確実にここへ集まってくるだろう。そこでここから遠く反対側の方角へ進んでいったセインたちを囮に出し戦力を分散させ、そこをレイジ一人で凌ぎきるという作戦だ。
もちろんこの作戦に勝機があるというわけではない。今回はあくまで次に繋ぐための布石。石と石を重ね合わせれば何が起こるかを知ることで、そのときのことを記憶に収めた状態で再度話し合って成功させる道を進む。
レイジの身に起こるタイムリープの弊害。それは深夜0時、つまり土曜日が終わる瞬間に土曜日が始まる状態にリセットされる。怪我をしようが元に戻るし、死んでいたって生き返る。そして記憶だけは残されている。
つまり今から無茶をしてでも数多くの情報を集めることが重要というわけだ。
そしてもう一つの試すべきこと。このままここにいて深夜0時を迎えたとき、ここにいる人たちはどこへ行くのか。強制的に最初の地点、つまり土曜日が始まった瞬間の位置と状況に戻されるのかということだ。
とにかく全力を尽くしつつ、多くの情報を持ち帰る。無力なレイジができることはただ一つ。それは、諦めずに立ち向かうことだった。
『ご覧ください! 町に広がる青白い光の筋の数々。これらは一体何なのか、何が起ころうとしているのかを、現場付近からまさに密着取材を行いたいと思います!』
騒ぎはあっという間に広まり、テレビ局のヘリコプターまでやって来た。やはりまずは上空からの情報か。レイジは彼らの心の声を聞いた。これで実質彼らの、空からの視点を得ることができる。彼らの目に何が映り何を考えているのかを知る、彼らから見たSランク以上の能力者の動きを知ることで、次の策を考えるということだ。
防衛軍と犯罪予備軍の戦力の物量差は圧倒的。ゆえに向こうが総動員してくることはない。最初にやって来るのは、数ある能力者でも一段高い位置に立つ五人のS+ランクの一人だ。
『それでは私、香李がなんとかしてきます! みんな、応援ヨロシクねっ。』
生中継で、現在コスモがヘリコプターに乗っている。しかしこの高さから飛び降りこっちへ来ようとしている。
『セイン! 今すぐあのヘリを撃ち落とせ!』
『承知!』
小型マイクで指示を受けたセインはUターンし、猛スピードでヘリコプターの元へ進んだ。
「闇夜を翔る純白の女神は、数多幾多の武器を従え具現化する! その姿をここに、ミョルニル!」
詠唱を終えるとセインの右手から巨大なハンマーが現れた。人の体ならいとも容易く潰せそうだが、果たして鉄の塊に通用するかどうか。
レイジは再び彼らの心を読んだ。セインの姿、そして鉄槌には気づいているが所詮はヘリコプター、迎撃の手段など持ち合わせていない。
『セイン、先手必勝だ。投げ飛ばせ!』
対抗手段がないとすれば、考えさせる余裕を与えずに攻め続けるのが戦いの定跡。攻撃手段は豊富なコスモでも、粉砕されたヘリコプターを直すことはできない。そして動揺した隙に追い詰める。これで彼女一人は突破できる。
「レイジ! このペースなら、エネルギー充填まで後二分だ!」
「オッケー任せろ! あいつは俺が止める!」
コスモの決断は決まった。それを読んだレイジはすぐに臨戦体勢に入った。
『ではテレビの前のみんな、後は自分で情報を探してね。サヨーナラー。』
コスモは最後にカメラに笑顔を向けると直立状態で後ろに倒れ、開けっ放しのドアから落下していった。
そしてその直後、セインが投げたハンマーがヘリコプターに直撃、大爆発を起こし燃えながら墜落した。中継を繋いでいたケーブルは乱れ、テレビ局にも視聴者にも現在の状況は分からなくなった。これを受けて、他の能力者も動き出してくるだろう。そう考えたレイジは、地上に降ってきたコスモに目を向けた。まずは彼女を倒さなければならない。
「久しぶりねレイジくん。何が狙いかは知らないけど、それは町が崩壊しかねない行為よ。」
「ふーん、一度島を滅ぼしかけたお前に、俺たちを止める権利があるって?」
レイジは煽った。もちろん彼女は自らの意思で動いたのではない。禁断の歌を歌える力を持ってしまったばかりに利用され、意思を奪われたまま他人に操られていただけだ。
「私だからこそ、止める権利、いや、止める責任があるの。」
意思があろうとなかろうと、自分の力で町に、そして大勢の人に被害を与えたことに変わりはない。だからその償いとして、私はここに立った。それがコスモの意思だ。
コスモは歌った。その衝撃でレイジの体に激痛が走る。後ろにいるジカンにも容赦なく影響が及び、彼が手にしている時の石は粉々に砕け散ってしまった。
砕けた石は元に戻らず、辺りの輝きも一瞬で消えてしまった。計画は失敗だ。おそらく土曜日はまだ終わらないだろう。ここまできてしまえば、後はどうなろうと関係ない。捕まろうが処刑されようが、深夜0時には無事に家に帰られているのだから。
おとなしく流れに任せようとしていたレイジだったが、彼の元へ一人の少女がやって来た。彼女はセイカ。今日の午前中、レイジが倉庫に閉じ込めた新たなS+ランクの生徒だ。
「あれえっ? こんな所で何してるのお?」
瞳孔が開き乾いた笑い声を上げながら歩き迫ってくるその姿に、レイジの足が固まった。彼女の考えていることはただ一つ。レイジへの復讐だ。
「どうやってあの中から……」
「知らない人が開けてくれたの。変なお面をつけた人がね。」
玄のことか。なぜ彼女が解放したのかは知らないが、ともかくセイカは今ここにいる。
「あれれ? そっちはもしかしてコスモ? あのトップアイドルの?」
コスモも当然セイカのことは聞いている。四天格を凌駕する五人目のS+ランクの能力者。警戒するのは当然だろう。
「ええ。顔を見たのは初めてね。会いたかったわ、セイカ。」
「わあ。あのコスモからじきじきに会いたかっただってえ。嬉しいなあ。」
喜ぶセイカの瞳には光は宿っていない。あくまで彼女の狙いはレイジの命だ。しつこく付きまとい、挙げ句暗い倉庫に閉じ込めたことに対する恨みを晴らすまで、その瞳に輝きが戻ることはない。
「……コロス。」
セイカが呟くと、レイジの頭に激痛が走る。コスモのときとは比にならないほどの痛さだ。状況を察したコスモはセイカに歌い、怒りを鎮めようとした。
しかしその歌が聞こえたことに気づいたセイカはその声量を遥かに上回る爆音を彼女の頭に響かせた。
コスモは悪くない。過ちを冒したレイジを守ろうとしただけだ。それでも気に食わないことをされたセイカは、それだけの理由で彼女にも手を下した。怒りが湧く。それでも体を起こすことはできない。
自分より先に、コスモの命が尽きた。
もうたくさんだ。
日を跨げば元に戻る、なかったことになると分かっていても、自分のせいで誰かが苦しむ姿を見たくはない。セイカは自身とレイジの姿を周りから見えなくさせた。そして死にそうでぎりぎり死なないほどの痛みを浴びせ続けながら、恨みを晴らしていた。
「あはっ、人が集まってきたのに、誰も気づいてくれないねえ。ほらっ、叫んでみなよ。助けてくださいってさあ。」
助けてもらう必要はない。どうせこの日は終われば元に戻る。深夜0時になれば、この痛みから解放され後に残ることもない。自分の身がどうなろうとかまわない。レイジは最初から抵抗する気はなかった。
(……そこに、いるの?)
声は聞こえない。けれどもはっきりと、そこに倒れているレイジの存在に気づき話しかけているその人の心の声が、はっきりと聞こえていた。




