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オートセーブは深夜0時に  作者: 夕凪の鐘
Episode14 耀の文化祭
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77話 涙のメッセージ

 数多(あまた)の人々を苦しめていた幻聴は収まり、視界も元通りになった。ざわついていた会場は混乱が収まり賑やかになっていき、普通の文化祭らしさを取り戻した。

 視聴覚を操るS+ランクの能力者、星香(セイカ)の暴走を止め、拘束して日中は誰も近づかない体育倉庫に閉じ込めた玲司(レイジ)は自分たちの学級の出し物であるカジノの当番に出るために教室に戻ろうとしていた。


「それにしても、あんな攻略法があるなんてねー。作戦通りとはいえ本当に成功するなんて思わなかったわ。」

「簡単な話さ。見えなくても姿は実在する。なら全体に及ぶ攻撃をすればいい。」

 体育倉庫という密閉された狭い空間へセイカを誘導し、一気に花粉をばらまく。目や耳に頼った一点への強力な攻撃が通じる可能性は限りなくゼロに近いが、どこを狙って使っても等しく全体に及ぶ攻撃なら視聴覚が狂わされても関係ない。当たらなければどうということがないというのなら、当てさえすればどうとでもなる。それがセイカの弱点だ。

「そして的確にあいつを追い詰めることができたのも、目や耳に頼らず鼓動を聞いて逃さず追い続けることができる未来(ミライ)、お前の協力があってこそだ。片手が塞がっている俺だけだったら、きっと抵抗されていたからな。とにかく、二人ともありがとう。」

 セイカを追跡するなかで自分の存在意義は何か、レイジ一人で事足りているのではないかと思い悩んでいたミライには、レイジは同行を申し込んだ理由と力を貸してくれたことへの感謝を伝えた。


「あなたが内心私のことをいらないと思っているわけではないことは分かっていたわ。けど、そんな風に必要と思ってくれているとは思わなかった。」

「なら囮にでも使うって思っていたのか?」

 こんなムードになるのは苦手に感じるレイジはひねくれた問いかけをする。雰囲気を台無しにしたその一言にミライは少し気が立った。

「ええ、あなたのことだから。」

「明確な役割が見えないってだけでそんな疑いは持たないでほしいねえ。」

 ピリピリした空気で会話する二人を見て、春菜(ハルナ)は思わず笑いを溢してしまった。そして彼女の思っていることに気づいた二人は恥ずかしくなり、言い合うのをやめた。

「まっ、ともかくこれで一件落着だ。せっかくの文化祭、存分に楽しんでいってくれ。」

「そうね。私、冬華(トウカ)に会ってくる。」

 ハルナは倒れた親友を気にかけ保健室へ向かい、残ったのはレイジとミライの二人だけだ。

「お前はどうするんだ? 刹那(セツナ)の所に行くのか?」

「ええ。でも、あなたたちのライブは見に行くから。」

「そっか。俺はこれからずっとシフトに入る。よかったら昼は一緒に」

「結構よ。」

 ミライは振り向くこともなく、セツナを待たせている場所へ向かっていった。しかし彼女がいるのは耀(ヒカリ)のいるカジノの教室であり、行き先はレイジと同じだった。


「お待たせー。」

「おっ、レイジが戻ってきたぞ。結局、どうなったんだ?」

「体育倉庫に閉じ込めてきた。もう自由には動けない。」

 クラス中から歓声が湧いてくる。昨日も散々迷惑をかけられ、誰一人して応戦することができなかったセイカを、人知れず撃退したと言っているのだ。間違いなく彼らにとってのヒーローなのだろう。


「んで、誰と代わればいい?」

「でも、もう昼になるぞ。飯は食ったのかよ。」

 シフトは一時間ごと。とはいえ午前中に二時間抜けたレイジは、午後に入っている二時間に加えて入るためぶっ続けで四時間入らなければならない。本来は十一時から十二時までが空いていたためその間に済ませられたのだが、三時から始まるライブの準備の都合で二時半までしかいられない。それが午前中抜けた二時間を埋め合わせることはできないため、一刻も早く入らなければならないという責任を感じていた。その責任において、昼飯の時間がどうこう言っている場合ではない。


「無茶すんなレイジ。お前はライブもあるだろう。」

「けど、俺は一分でも長くシフトに入らなきゃ。サボった分を、埋め合わせなきゃ……」

「いいからしっかり飯食べてこい! そんなんじゃ体力持たねえぞ。」

「お前が騒ぎを鎮めてくれたんだ。誰も無理してシフトに戻れなんて言わない。」

 レンジは教室にいるクラスメイト全員の心を読んだ。確かに彼の言う通り、自分を責めている人はいない。そして感謝をしている。

 けれどもレイジは意思を曲げなかった。どうせ誰も食事に誘う気がないのだ。一人で食べるくらいなら、我慢して仕事に取り組む。そう決意したところだった。


 そんなレイジの心を見透かしたかのように、ポーカー担当の小通(コミチ)はレイジに呼びかけた。

「十二時まで待ってくれたら、同行してあげられるわよ。」

「仕方ないな。定時に上がれよ、コミチ。」

 時間があるので、レイジは挑戦者の邪魔にならないように空いている種目を回って時間を潰すことにした。


「あっ、おかえりなさいレイジ。」

「おう。約束通り、二時にここを出るぞ、ヒカリ。」

 ヒカリはルーレットの当番をしていた。さっきまでセツナとミライもいたが、すべて回り終えたセツナは景品交換に行っていてミライはついていったので今はヒカリ一人だ。

 レイジは午前中休んだ分の埋め直しはなくなり、予定通り午後二時までのシフトが終わり次第ライブの準備に向かうことを彼女に伝える。


「そうだ。お昼一緒に食堂行かない? セツナとミライも一緒に行くの。」

「やだよ、男一人なんて……それに、コミチと行くって先に約束しちまったから。」

 ヒカリはがっかりした表情を見せる。もし自分が先にレイジが帰ってきたことに気づき、先に誘うことができていたら一緒に食べられたのかなと考え、後悔した。

「中学までの仲間同士、楽しんでこいよ。高校ではめったに会えないんだからさ。」

 自分とは同じクラスなんだし、いつでも一緒に食べに行くことはできる。高校は別々になってしまったヒカリを気遣っての提案だということを伝えると、彼女も納得してくれたようだ。最初で最後の大事なライブが控えているんだ。こんな些細なことで落ち込まれては困る。

「ライブが終われば楽しい打ち上げが待っているからな。そのときは一緒に食べよう。」

 誘われればの話だが、片付けが済めば学級でファミレスに行って打ち上げだ。そこではちゃんとヒカリと先に約束をした。それを破るなんてことは絶対にしない、そう誓った。

「うん! ライブ、絶対成功させようね!」

 レイジは緊張こそ感じるが、失敗を恐れることはない。楽しいことはまだまだ先に控えているのだから。



「それでは、これから始まりますは我ら一年C組が誇る厨二病コンビ、三門玲司と一ノ宮耀によるオリジナルユニット、その名も‘Khan Night’。一発限りの大舞台、温かい目とコールで見届けてください!」

 委員長の挨拶が終わると幕が上がった。学級で考案し用意したお揃いのTシャツは脱ぎ、このときのために用意した衣装を着て二人はステージに立っている。

 セイカによる混乱は朝のうちに収まり、一般公開というのもあり今日は観客がたくさん集まっている。そんななかで最前列を確保しているのは、各地の高校からやって来た、この島に来て知り合った能力者たち。

 あの町にいた頃は決してできないと思い込んでいた仲間たちが、三ヶ月という期間でこんなにもたくさんできた。彼らとの絆は、これからも深まっていくだろう。だから今は見届けてほしい。

 一段高いステージから輝く、この姿を。


 ヒカリは熱唱した。ただでさえ熱気が篭る体育館、スポットライトもあってステージ上はさらに暑くなる。無数の汗が飛び散り、ヒカリに照らされ輝きを放つ。

 レイジは奏でた。始めて三週間しか経ってないが、それでも毎日夜遅くまで練習を続けた。

 ヒカリの願い、文化祭でステージに立ちたいという願いを叶えるために。

 アウトロを弾き終え、会場に余韻が響き渡る。そして静まりかえるステージ、そして観客席。

 次の瞬間、大きな歓声、拍手が上がった。最初で最後の二人のライブは、大成功させることができたのだった。


「すごいです! ヒカリ! 本当に、すごい歌声でした!」

「大げさだって、コミチ……それに、私の歌だけじゃあここまで盛り上がらなかったよ。」

「そうね、あなたたち二人の息が完璧だったこその結果だもの。ちょっぴり嫉妬しちゃった。」

 セツナとミライは惜しみない称賛を送る。一緒にボーカルユニットを組んでいる身として、彼女の姿は誇りたいものがあった。

「そんなこと言わないでよ。私たち三人ならもっと良いライブができるって。でも……」

 ヒカリは未練があった。レイジとの繋がりが、ここで終わってしまうことに。そして、そんな気持ちにミライは気づいていた。

「……伝えるなら今日がベストだと思うわ。あなたの本当の気持ち。」

「そうですよ! 絶好のチャンスです!」

 意図が分からずきょとんとするヒカリに、()れったくなった二人はぐいと迫って叫ぶ。

「「告白ですよ、告白。」」

 ヒカリの顔が急激に赤くなる。恥ずかしくなるも、自分の思いと向き合えば伝えるなら今しかないと思い、決意を固めた。

「わ、分かった。放課後に言うよ!」

「その意気ですよ、ヒカリ。」

「大丈夫。きっと思いは通じるわ。」

 良い結果を期待して、ミライたちは帰っていった。ヒカリは教室に戻り、一人の生徒として片付けに向かった。


 これにて小湊原(こみなとはら)高校の文化祭は、全日程が終了した。生徒たちは片付けを始め、来訪者は門から出ていく。

 教室に広げた物はすべて片付け、元の教室へ運ぶ。ここまではどの学級も済ませなければならない。自分たちの学級に戻ってしまえば、後は自由だ。

 そして今は、すべて運び終え学級としての解散の指示が出されたところだ。後は各自荷物をまとめ、用が済んだ者から帰宅できる。

「はぁーっ。終わっちゃったね、レイジ。」

「ああ。疲れたー。」

 力を出しきりふらふらと教室に戻ったレイジは、懐かしの椅子に座るとだらりと寄りかかった。演奏で酷使した右手の震えが止まらない。ヒカリは一つ前の席に座り、椅子ごと後ろを振り向いた。

「ねぇ、もしよかったらさ……もう一回、やってみない?」

「だな。疲れたけどあれだけ練習してあれっぽっちで終わるのも納得いかねえし。」

 黒板の前には、いくつもの看板やテーブルクロスが散らばっている。あまり目立つわけにもいかないと思い、教室の隅で演奏することにした二人は、向かい合って本番通りに始めた。


 ジャッ、ジャーン


 おかしな音色が教室中に広がる。教室にいるクラスメイトも思わず手を止め視線を向けてくる。

「あれっ、手、どうやるんだっけ……」


 手の震えは収まってきている。そして奏でた音はしっかりと頭に残っている。けれども指が動かない。ついさっきまで素早く的確に動かせていた右手の指が、今は全然動かない。

 痛みがあるわけではない。まるで練習を始める前の、まったくギターが弾けなかった頃のようなぎこちなさをレイジは感じていた。


 度忘れ、というものだろうか。どれだけゆっくり弾こうとしても、イメージした音の出し方が分からない。スマホを取り出し弾き方を見てその通りに演奏しようとしても、指は感覚を取り戻さない。

 そして、薄々感じていたその恐ろしい事態だということは、ヒカリにも感じられていた。


「レイジは……ここがゴールだったんだね……一度だけのライブが……」

「ち、違うんだヒカリ。確かにあれで終わりだって思ってたけど、忘れてしまおうだなんてまったく思ってなかったし、それに……」

「あれで……あれだけで、終わり……うっ、うわああんっ!」

 ヒカリは行ってしまった。相当ショックだったのだ。確かに一度だけのライブの予定だった。けれどもそれは、今年の文化祭の話だ。来年は違う学級かもしれない。けれどもまた一緒にステージに立ちたいし、何も文化祭でしか歌えないと決められているわけでもない。

 自分の気持ちさえ伝えれば、もう一度できるかもしれない。もう一度あのときの、ステージに立っていたときの気持ちを味わえば、気持ちを伝える勇気が出せるかもしれない。

 そんな気持ちの何もかもが、想像もしなかった結果に打ち砕かれてしまった。抑えきれない感情を抱えたまま走り去っていくヒカリを、レイジは追いかけることができなかった。


 夕方になり、雨が降り始めた。自転車で来るつもりだった人が急遽親に送ってもらうことになったりで、打ち上げの始まるタイミングは乱れてしまった。

「お疲れ様、レイジ。ヒカリは……いないか。」

「俺もあいつに会えていない。けど、もしかしたら来るんじゃないかなって思って来てみた。」

 会場の店にやってきたレイジ。しかしそこにヒカリの姿はなかった。心の声も聞こえない。近くには来ていないのが分かるが、それが分かったところでどうにかなるというわけではない。


 それから一時間。ヒカリは来なかった。レイジは注文した料理を食べてはいるが、心ここにあらず。ヒカリのことでいっぱいで、周りのことは頭に入ってこなかった。

「心配しすぎなんだよ。明日になれば、また弾けるようになるかもしれないからさ。」

 隣の席に座るクラスメイトから励ましの声が聞こえるが、から返事をするだけだった。


(レイジ……レイジ!)

 頭に強く響いてくる。徐々にはっきりと聞こえてくるその心の声。聞き覚えがある。ヒカリの声だ。激しく自分を求めているが、遠くにいるのか呼びかける声はそれしか聞こえてこない。レイジは思わず立ち上がる。彼も強く、彼女を求めた。


(助けて……助けて、レイジ!)

 レイジは席から飛び出し、千円札を置いて店を飛び出した。そして隣のクラスメイトのポケットに手を突っ込み、自転車の鍵を手に取った。彼らの呼び止める声を無視して、レイジは店を出て自転車をこぎだした。

 雨が降り注ぐなか、懸命にペダルを回すレイジ。聞こえてくる心の声を便りに、ヒカリを探し回る。

 助けを求める思いは強まっていたが、あるときを境に弱まっていった。

(痛い、痛いよ……たす、けて……)

 確かに近づいている。けれども助けを求める心の声は、徐々に消えていっている。ヒカリの意識が、だんだんと薄れていっているのだ。


「ここか、ここにいるのか!」

 レイジは自転車を降りて走り回る。雨の降る夜、人気のない山道にさしかかった所で、彼女の姿を見つけた。そしてもう一人、男がいた。彼の声に反応した男はヒカリから飛び退き、山の中へと潜っていった。残されたヒカリは、路上で仰向けになり倒れている。

「ヒカリ、しっかりしろ! ヒカリ!」

 頭を抱えあげると、その両手は赤く染まった。無数の刺し傷、切り傷。衣服を、そして皮膚、肉体をも引き裂かれている。

「何があったんだよ! 聞かせてくれよ、お前の声を!」

「……レイ、ジ……?」

「っ、そうだ、俺だよ、レイジだ! どうして、こんな目に……」

 ヒカリは弱々しい声で、精一杯の力を出して応えた。

「ごめん……ね……」

 ヒカリは発声どころか呼吸することさえ困難な状態で、ぼんやりと見えたその顔がレイジだと気づくと悲しみに満ちた表情で謝った。

「私、もっとレイジと歌いたかった……わがまま言って、一人で帰って……レイジの気持ち、全然考えてなかった……」

「俺がいけなかったんだ! お前の気持ちを踏みにじって、すぐに謝りにいけなくて! 全部俺が……」

 ヒカリの体に、水滴が垂れていく。冷たい雨に打たれたヒカリは、熱い涙を感じて心が温まった。そして最期に、レイジに告げた。


「会えてよかったよ……あなたが、好きでした……」

 微笑みを見せた彼女の心の声は、その言葉を最後に途切れてしまった。泣き崩れた彼の元へ、救急車が到着した。

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