76話 繋いだその手を信じて進め
「お待たせ! 白、いるか?」
「うん、入って、きて……」
生気を奪われてしまった冬華救援に駆けつけた昌太は、奥のカーテンからキヨシの声を聞くと、中へと入っていった。
「驚いたな……まさか本当にキヨシが勝てなかったなんて……」
「僕も、びっくり……あんな能力、見たことないよ。」
マサタは持ってきたペットボトルを取り出し、イメージした。中身はただの水道水だが、これを生気を取り戻す効果のある水に変える。その間にキヨシはトウカの体を起こし、顎を少し持ち上げた。マサタはペットボトルのキャップを取り外し、ゆっくりと水を飲ませる。
「十四哉たちも到着した。けどすぐにあいつに見つかって、交戦中だ。俺だけは幸いにも抜け出すことができたけど、かなり苦しい状況だ。」
マサタは信じられない光景だと驚愕していたが、キヨシはそれを聞いて疑うことはしなかった。束になれば有利に戦えるような相手ではないことが分かっていた。どんなにトシヤが指揮をとろうと、いや、むしろその指揮さえ通らなくなり大人数ゆえに混乱を招いてしまっているだろう。
キヨシのリボン、そしてトシヤの鎖といった、相手に触れれば一撃必殺の能力を持っていても、当たらなければどうということはないを地で行かれてしまい、下手に乱発すれば今のトウカのように味方が巻き込まれてしまう恐れがある。
とにかく今は、これ以上の犠牲が出ないことを祈るしかできなかった。
相手の聴覚を操り、いくら耳を塞いでも遮ることのできない超音波を脳内に響かせて苦しめる。その相手として対象に取れるのは、彼女の、星香に見られた者すべてだ。そしてセイカ自身、見た者の視覚を操ることもできるため常に姿を見られないようにすることもできる。
それはいつどんな状況でも彼女のことを警戒しなければならないと同時に、警戒しようと無駄だということをも表す。そしてそれを証明するかのように、トシヤや香李たちS+ランクを複数人加えたチームさえも圧倒していた。
コスモの歌声は無力化し、逆に脳に激痛を走らせる音を聞かせる。コスモが歌うからこそ意味があるのであって、まったく同じ音を生み出したところで物体を破壊するという芸当はセイカにはできない。コスモと違い建造物の倒壊はできないものの、個別に音を聞かせ苦しめることができるという意味では、彼女以上に恐ろしい能力だ。
しかしセイカは罪なき人を過剰にいたぶることはない。ただ単に、自分は今までの能力者とは一段上に上り詰めたということを彼らに認めさせるためだけのために文化祭という大勢集まる前で他校の能力者をおもちゃのように利用しているのだ。
セイカの矛先は彼らのみに留まることはない。これほど早いペースで圧倒しているのなら、満足せずに殲滅してしまうだろう。満たされない欲が向かうのは、昨日と同じく体育館の演奏会会場だ。
その考えが読み取れたからこそ、彼女を押さえ込まなければならないのが玲司の考えだった。
「あーあ。一方的すぎて退屈になっちゃったなあ。どこに行こうかしら。」
声に出してはいるが、それはセイカの視界に入った者には聞こえていない。そして姿さえ見えていない。
つまり、油断している。
「見ろよ。文化祭だってのに一人だぜ、あいつ。」
「目立つ容姿なのにねー。友達がいないってかわいそー。」
セイカの足がピタリと止まる。辺りを見渡すが、周りの人はどこも誰かと一緒にいる。文化祭なのだから当然のことではあるが。
突然視界に入ってきた人はいない。だからここにいる人には誰も自分のことは見えないはずだ。けれども心に刺さるその声は、しっかりと聞こえてくる。
セイカは声のする方を向いた。そして適当にぐるぐると回ってみせるが、その声の主たちはしっかりと目で追ってくる。彼女は確信した。彼らは視界をコントロールされても、何らかの手段によって自分の姿が分かっている。視界を奪うことはできないのだと。
「なんなのよ……気味が悪いしムカつくし……」
聴覚を操り痛めつけてやりたかったが、底の知れない相手に変に関わりたくなかった。連中の一人は昨日いち早く異変に気づいた男だ。確かレイジと言ったSランクの能力者。その横には二人の女子がいて、内一人は彼と同様に見えない自分の位置を把握している。もう一人はレイジと手を繋いでいるが目線は明後日の方を向いている。
彼女には見えていないが、レイジともう一人の女子には見えていると思われる。無駄だとも思ったがセイカは彼らだけの視界を操り自分の姿をした像を見せ、本来の姿は見えない状態のまま校舎内へと入っていった。
レイジたちは無言でセイカを追う。当然現れた像が偽物だと分かっているから、見えない本物を追って歩いている。
追って歩くこと一時間。上の階へ行こうと上履きのまま外へ出ていこうと決して遅れをとらず、そして距離を詰めることもなくレイジたちはセイカを追う。相変わらずレイジは一人と手を繋ぎ引っ張っているが、セイカ自身体力には自信がないので振り切ることはできないと認めていた。それでも不規則に歩いていればどこかで見失うか諦めるかすると思いあちこち回っていたが、追跡をやめる気配はないように思えた。
「もう、しつこくてうざい!」
セイカは後ろを振り向き、レイジたち三人を視界に捉える。そして視覚を操り、暗い景色といくつもの幽霊を見せる。加えて聴覚を操り悲鳴や物音を四方八方から響かせてくる。
レイジにとっては怖くもなんともない幻覚だったが、一般人である未来と春菜は思わず足が竦んでしまい今にも叫びだしそうになっていた。
レイジは二人の差し出した手をしっかりと握る。お互い姿は見えなくされているが、心が読めるレイジは二人のだいたいの位置が分かる。
「心配するな。これはただの幻覚、怯えることはない。」
少し前の、セイカの追跡を始める前の話。レイジはミライ、ハルナと作戦会議をしていた。
目的は一つ。セイカを野放しにさせないこと。能力を使えなくさせるなり、拘束してどこかに閉じ込めるなり、とにかく午後三時から始まるレイジと耀のライブで暴れさせないようにすることだ。
「なんといっても厄介なのは目も耳も使い物にならないことだ。心が読める俺と鼓動が聞こえるミライはともかく、ハルナではあいつを発見するどころかまともに動けなくなってしまう。」
トウカの敵をとるために無理を言ってメンバーに加えてもらったハルナは、レイジも必要と言ってくれたとはいえ力になれないことに悔しさを感じていた。
そんなハルナの心情を読み取ったレイジは、彼女の手を取って口にした。
「だからこの手を握って離すな。あいつを止めるために、お前の力が必要なんだ。だから、恥ずかしいかもしれないけど、俺からの頼みを聞いてくれ。」
なぜ彼女の力が必要なのか、一体どのような計画を立てているのか。そのすべてを聞いた後、ハルナは意を明らかにした。
「分かったわ。絶対に離さない。」
会議に使っていた倉庫から出ると、レイジはハルナに手を差し出した。ハルナはその手を取りしっかりと握ると目を瞑った。レイジはゆっくりと歩きだした。
廊下は人で溢れているが、それ以上に気をつけるのは階段の上り下りだ。見えない段差に躓く可能性があるのに加えて、見えてる段差すら幻覚である可能性もある。
だから最初から目を瞑って歩き、感覚に慣れておくのがベターと考えた。
見える情報が真偽だらけなら、いっそのこと何も見ないということだ。
「頼もしいこと言ってた割に、ずいぶん緊張してるじゃない。そんなことで盲目の彼女をエスコートできるの?」
「うるさいな。ミライだって異性の手を引っ張って歩けるのかよ。」
「別に、手を引くくらい余裕よ。」
「……今名前で呼ばれただけで動揺してたのに?」
ミライの指が空いている側のレイジの手を捉え、手の甲を強くつねる。レイジは思わず痛いと声を洩らすと、今のやり取りに疑問が湧いたハルナは目を開けて二人の顔を交互に見た。
「二人は仲良いの? もしかして付き合ってるとか。」
「付き合って……た、だな。な、ミライ。」
「誰があなたなんかと……きゃあ!」
通りかかったお化け屋敷の外装に、思わずミライは悲鳴を上げた。そしてつねっていた手を離し手首をしっかりと握る。
「怖くなったら手を前に伸ばしな。お前の手もちゃんと掴んであげるから。」
「余計なお世話よ。」
校舎から出るまで、ミライはその手を離さなかった。
一歩ずつ、ゆっくりとセイカとの距離を縮めていく。しかし真っ直ぐではない。彼女の進行方向に先回りするかのように、斜めに進みながら歩く。距離は縮まってはいるが、立ち止まっている彼女と接することなくまたさらに距離が広がっていくことになる。
何を考えているのだろうか。突然の奇妙な行動に警戒心を高めたセイカは、真後ろにある体育倉庫へと入っていった。体力的にも精神的にも、立っているが限界になったセイカは棒高跳び用の大きなマットに寄りかかり体を休めた。
「ったく、しつこいんだからあ。っていうかストーカーじゃん。」
「……これだな。被せるぞ、ミライ。痛かったらすまん。」
「んっ、苦しい……息が……」
今朝お急ぎで注文した二つのガスマスク。これをレイジは自分とミライの顔に取り付ける。このとき一時的にレイジは二人の手を離しているので、ミライは不気味な音や姿に怯えながら顔を覆われることに恐怖心を感じている。待っているハルナはレイジと思わしき人のシャツを手探りで見つけるとしっかりと握っていた。
「よしっ、これで準備オーケーだ。後はハルナ、頼むぞ。」
レイジはハルナの肩をポンポンと叩く。これが決行の合図だ。
「う、うん……本当に大丈夫?」
レイジはミライと顔を合わせる。お互いに姿は見えないが、彼女の考えていることは一緒だった。彼は再びポンポンと肩を叩く。お互い表情も声も目や耳で伝わらないので、体に触れる感触で伝え合うことしかできない。
しかしレイジは心の声が、ミライは鼓動が聞こえるので、他の人に比べれば視聴覚に頼らずとも容易にコミュニケーションがとれる。これこそが、このチームの強み。他のSランクやS+ランクの人には真似できない、彼らならではの強さだ。
「今だハルナ!」
レイジは二人の手を引いて体育倉庫に突入すると、再びハルナの肩を叩いた。今度はグーで、一回。これが合図だ。
「何ッ!?」
レイジの声、そして倉庫に入ってきた三人の姿に気づいたセイカは、突然の出来事に混乱していた。案の定、もう追ってこないと思って安堵していた。それゆえの焦りだ。
「終わりにしよう。もうお前を自由にはさせない。」
「無駄よ! 死ぬほど苦しみなさい!」
セイカはレイジたちの脳に強烈な電子音を打ち込んだ。頭に激痛が走るが、ここで逃げるわけにはいかない。レイジは体育倉庫の扉を引いて閉めた。これですべての出口は塞がれた。
「こ、これ……」
「今頃気づいたか。そいつは花粉だ。スギにヒノキ、それも莫大な量のな。」
狭い倉庫内に花粉が充満していく。これがハルナの能力。春の風物詩をいつの時期でも再現する。春といえばスギ、ヒノキ、ハンノキの花粉。これを大量に作り出すのが、春の名を冠するハルナの能力だ。
「気がついてるだろ? 視覚と聴覚を操れるなら、干渉できない残りの五感が弱点だって。」
「卑怯な……はっくしゅん!」
この地域での花粉はだいぶ前に弱まったが、彼女の前では関係ない。それもこの閉めきった空間だ。まともに浴びれば堪ったものじゃない。
「そんなことしたらそっちも……そうか、それで……」
「残念だがお前の分のマスクは購入してないんでな。早く降参しないと、力技で捩じ伏せる。」
それでもセイカは抵抗をやめない。けれども花粉で苦しんでいるため聴覚への衝撃は弱まっている。それでもかろうじて視覚を操りその姿を隠し、聴覚を支配してバラバラの位置から声を聞かせて惑わしてくる。
「しぶとい奴め……行くぞミライ!」
レイジはミライの肩をポンと叩いた。その感触、そしてレイジの意志を感じたミライは彼と同時に走り出す。
「私の姿、突き止められるわけが!」
「あいにく俺たちの能力には聴覚じゃなくてね。」
反響する心の声。それでも徐々に追い込まれるセイカの心の声、そして鼓動ははっきりと伝わってくる。
近くにあった槍投げの槍を手に取り牽制するも、その動きは読まれておりどちらにも掠りもしない。そしてレイジとミライはセイカの死角を取った。
「食らえ!」
「観念しなさい!」
レイジとミライは同時に飛び出し、セイカの両腕を押さえた。槍はセイカの手を離れ、カンカンと反響して床に落ちた。
「もう好き勝手にはさせないぜ。悪いが三時過ぎまでここに閉じ込めさせてもらう。」
「あなたの能力の高さは認めるわ。けれども能力っていうのは、人を傷つけ力を見せつけるために使うのではないわ。よく頭を冷やしなさい。」
そしてセイカの能力の効果は切れ、目も耳も元に戻った。ハルナは花粉を打ち消し、倉庫にあった標識ロープでセイカの体を縛る。
「これは友達の敵!」
作り出した雛人形を雪崩のようにセイカの頭に落とす。小さい人形とはいえ素材は石膏、当たれば痛い。
「ううっ……ごめんなさい、もうしません……」
「反省が足りないな。少なくとも文化祭が終わるまではじっとしててもらう。」
拘束は一時的なもの。一度解放し自由になってしまわれると、簡単に暴れだされてしまう。同じ手が二度通じるとも思えないし、何より自分たちは真っ先に狙われる。隙を突いて反撃に出ようと企んでいるセイカを解放するわけにはいかない。レイジは倉庫の扉を開けると、ガスマスクを取り外に出た。
お昼時の晴れやかで暖かい空は、さっきまでの息苦しい悪夢のような世界が嘘のように青く輝いていた。




