73話 告白
ついに文化祭当日。といっても、レイジにとっては今日は遊びみたいなものだ。本命は明日土曜日の方。客が校内からしか来ない今日は強い相手と戦うことなどめったにないし、ひたすら特訓してきたライブの発表も明日だ。
今日は気張らず気の向くままに過ごす。そして文化祭が終わったら、明日に向けた最後の練習だ。そしてそれさえも終われば期末試験が待っている。
この島の中学校、高等学校の規則として、あらゆる科目の筆記試験に加えて能力の使用ありの試験がある。学力に関係するものとは限らず、能力者は十人十色なのでその手段は多岐に渡る。
しかし筆記試験は単純な学力勝負であるため、故意の能力の使用が発覚したら即退場、点数は無効となる。
例えを挙げればレイジが試験中において分からない、自信がない問題に直面したときに、その問題を解いている生徒の心を読み解き方そして答えそのものを聞き取る。それを書けば、誰も解けない問題がない限り確実に満点を取れる。しかしこれが発覚したならば0点扱い、以降の試験は受けられないというわけだ。
裏を返せばバレなければ問題ないと考えられる。レイジがこの島にやって来て、能力が審査されたのは三ヶ月前の入学式の日。三ヶ月の間にレイジ同様の心を読む性質を持った試験官、またはロボットを用意することができるだろうか。いや、できない。
能力をコピーできる者がレイジの能力をコピーするとする。彼の能力は無差別であり、一定の範囲内では心の声を聞く対象を選ぶことはできない。距離が離れているなら声を聞く対象を選ぶことはできる。世界中の人間、動物の心を声が一斉に聞こえてしまうと夜も眠れなくなるが故の制約だ。
つまりどういうことかというと、レイジの能力をコピーする者がいてその能力を使えば、彼自身の心の声が聞こえてくるということになる。
そしてそれは、精神の崩壊へ繋がる。彼の心の闇を覗くことは、誰にも許されないのだ。
レイジの能力、心を読む方は常に発動しているため、使用中の変化が目視できるというものではない。また声を聞かれている相手にも感覚が伝わらないため、そもそも発動を抑えられなければ彼の間接的カンニングに気づくのさえも不可能ということだ。
レイジの知らない所で彼の能力を監視する物があるとする。それを試験官が知らないはずがない、事前に作動しているかの確認もするはずだ。
試験前に担当の先生の心を読めば、その装置の有無が分かる。もしあったのなら正々堂々自分の力で解けばいいし、そもそも勉強が不得手というわけでもない。他人を見下すために、常に学年首位を保持してきたのだから。
問題は能力ありの実技試験だ。能力の有無にかかわらず全生徒が試験の対象となるが、量は人それぞれ。一般的に能力者は校内で能力を駆使してぶつかり合うので、試験の数は能力者の方が多い。
現段階でレイジの高校の一年生で能力者は五人、内Sランク以上は二人。レイジともう一人は、S+ランクの息吹だ。
S+ランク四人衆、通称四天格。レイジより格上の能力者。彼らを越えることで、Sランク最強からS+ランクの一角へと昇格する。そのためにレイジは彼らに勝負を仕掛けて勝利する。
一人目、リーダーであるトシヤには勝利し、次はイブキだ。そして彼女との勝負の場は、期末試験という絶好の場だ。
この文化祭の先に控える期末試験に向けて、すでにレイジは気持ちを高めていた。そして今は当日準備を終え各自自由行動になり、昼過ぎまで出し物のカジノのシフトが入っていないレイジはヒカリと行動をともにしていた。計画は各学級の出し物と配置が決まりパンフレットを配られた段階で立てていたが、混み具合や実際入っての評判次第で臨機応変にスケジュールは変更する予定だ。
「こっちとか見てみたことなかったよね。」
「あっ、そっちは……」
ヒカリが踏み込んでしまったのはお化け屋敷エリア。彼女の頭には先週の春桜たちの高校の文化祭で入ったお化け屋敷での出来事が蘇ってきた。各教室の準備が進み、一目でお化け屋敷だと分かるくらいに外装が出来上がってからはその通路を避けるように過ごしていた。図書室や下駄箱に行くときは先に階段を上り下りしてから廊下を渡るようにしたりと、とにかく同じ階にあるお化け屋敷を目に入れさせたくなかったのだ。
しかしレイジはうっかり歩き出してしまったヒカリを呼び止められず、彼女の脳には一週間前の出来事が蘇ってしまった。そして体を震わせてはレイジの右目、前髪で完全に隠された右目をチラチラと見ていた。
「あー、ヒカリ。」
「きゃっ、何!?」
そこまで驚かれてしまうとは、よっぽどショックが大きかったのだろう。宣伝や私語で騒がしい廊下でも、ヒカリの声に反応した野次馬の何人かがこちらを見てくる。
「ちょっと、こっちへ。」
この騒がしい所で話をするなら、こちらも大声を出さなければならない。大事にしたくないレイジはヒカリの手を引き、静かで人のいない場所を探しに走りだした。
遠く、遠くへ。
今は文化祭が始まった直後。多くの学生が廊下を歩いている。道は狭く、人波を潜り抜けながらレイジはヒカリの手を引いて走っていた。周りの冷やかしの心の声がうるさく感じるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
屋上へと続く階段。扉は封鎖され屋上に入ることはできないため、普通の人はやって来ない場所だ。レイジは階段を上り終えたところで近くに誰もいないことを確かめると、ヒカリの手を離した。
「ふぅ……ここなら誰も来ないだろう。いいかヒカリ、あれは本当にメイクだからな。」
ヒカリは一週間前にレイジに驚かされて以来、彼の右目が気になって仕方がない。その日のうちにそれがメイクだということを証明するべく、剥がしたメイクを見せようとしたら怖がって目を逸らされた。かといってもし見せていたらあのときの光景がフラッシュバックしかねない。しばらくは触れないようにし、ほとぼりが冷めた頃にレイジは本物の右目を見せようと考えていたのだが、作戦はもう失敗だ。
廊下を走り階段を駆け上がったばかりのレイジは息が乱れている。はぁはぁと吐息を漏らしながら、レイジはヒカリに顔を近づけた。
「見せるぞ、俺の右目……」
「ま、待ってよレイジ、私まだ心の準備が……」
今明かさないでどうする。血のように赤く染まり抉り取られたように穴の空いた右目だと思われたままで、まともにライブの本番を迎えて成功させられるわけがない。
ここは多少強引にでも、一時的とはいえ泣いてしまうことになってでも、誤解を解いてもらわなければいけない。レイジは両手でヒカリの頬をしっかりと押さえ、よそ見をできないようにした。
「やぁ……やめてよ、レイジ……」
「あのときは悪かった。お前には、本当の俺を見てほしい。」
ずっと目を逸らしていたヒカリが、ちらりとレイジを見上げた。真っ直ぐに見つめてくる彼の目を見て、彼女も覚悟を決めた。
「行くぞ、ヒカリ。」
「うん……ゆっくり、ね……」
ヒカリの合意を得て、レイジは頬に当てていた右手を離した。そしてゆっくりと前髪を解き、本来の右目を見せようとする。
気持ちを切り替えると同時に今の状況を振り返ったヒカリは、頭の中で激しい想像を始めた。
薄暗い屋上の扉の前。自分たち以外に人の気配はなく、二人きりの空間。そして目の前にはレイジ。彼の左手で頬を押さえられていて、身動きはとれない。
さらにヒカリは、レイジとの会話のフレーズを思い出す。そしてこの状況と重ね合わせれば、このシチュエーションはまるで告白をされる直前だ。そう思い至ったヒカリの鼓動は激しさを増した。
本当は告白なんてものではないことは分かっている。だからといってこの状況で冷静でいられるはずがなかった。今にも顔と顔がくっつきそうなほどに近くで見つめ合い、息が乱れて顔は少し赤らんでいるレイジの手が頬に当たっている。ヒカリの心臓は、今にも爆発しそうなほどに激しく動いていた。
レイジの右目が徐々に見えてくる。以前見たときのような黒い穴が存在する様子は感じ取れず、特に変哲のない右目を大きな理由はなく前髪で隠しているだけと言われても納得できる。
しかしヒカリの目には靡いていくレイジの前髪は映っていなかった。彼女の頭にあるのは右目への恐怖心ではなく、かつてないほどの近さに迫っている彼の顔だけだ。
突然着信音が鳴り響いた。ヒカリは飛び退くとポケットからスマホを取り出し、相手を確認した。そして電話に出ようと応答アイコンをタップしたが、距離を詰めていたレイジに取られてしまった。慌てて取り返そうとするが、レイジは黙って人差し指を立て、ヒカリの唇に重ねた。
『ヒカリ、大丈夫なの? また急に、何が起きたの!?』
『悪い。今、大事なところなんだ。』
電話をかけてきたのは未来だ。またヒカリの鼓動を聞いていて急に速くなったことに気づき、焦って電話をかけてきたのだろう。
『その声、レイジね。なぜヒカリの電話に出たの。』
『……大事な、ところなんだよ……』
レイジはそれだけ言って通話を終了すると、ヒカリに返さず自分のズボンのポケットにしまい込んだ。それから電話はかかってこなかった。彼女の高校の文化祭は先週であり、平日のこの時間は授業中なので何度もかけ直すのはできないのだろう。そしてレイジは再び彼女の方へ目を向けた。
「今の電話、未来から……」
「言っただろう。大事なところだって……」
ヒカリはさらに動揺していた。たとえ女子でも、自分の知り合いでも、レイジは今自分以外と話をすることを認めないということだろうか。自分だけを見てほしい、自分のことだけを考えてほしい、そんな強い束縛があるのだろうとヒカリは思い込んでいた。
決してそういうつもりではないことは黙ってないで言うつもりだ。しかし物事には優先順位がある。
ここで右目を見てもらわなければ、明日どうなってしまうか分からない。ヒカリが今何を考えていようと、レイジの伝えることは一つだけ。それは決して変わらないものだった。
「続けよう。他に誰か来る前に。」
レイジは右手で前髪を掴み持ち上げた。ヒカリは咄嗟に目を瞑るが、何度も同じ失敗はさせない。持ち上げた前髪が元に戻る前に、彼女の目を開かせたい。レイジは再び彼女の頬を両手で押さえ、顔を近づけた。思わず見張った彼女の目には、しっかりと彼の瞳が映っていた。
赤く染まった、透き通った右の瞳が。
「えーっ! 何その赤い目は!? すごくかっこいい!」
穴が空いているわけでもなく、しっかりと眼球もある。以前見たのが本当にメイクだったと安心した反面、両目の色が左右で異なっていることに強く惹かれたヒカリは興奮を露にしていた。
結局レイジは右目の力‘悪夢の瞳’を使ってしまったのだ。右目を見たくないというヒカリの願いを叶わなくさせるために。結果赤く光った瞬間をヒカリに見られ、左目とは違う色をしていることを知られてしまったというわけだ。
「まあ、俺の能力ってところだな。本当は左目と同じ色をしているんだけど、使った瞬間は赤く光るんだ。」
ヒカリは興味津々にレイジの話に耳を傾ける。レイジは右目の能力をすべてヒカリに説明すると、彼女は信じられないような表情を見せた。しかしレイジがSランク最強と評価されていること、じゃんけんに四十九連敗したことがあることを考えると、その強さに頷けた。
レイジが明かしたのは右目の能力だけ。もう一つの、無差別に相手の心が読めるという能力にはまったく触れなかった。ヒカリとじゃんけんをして勝ち続けたときも、バドミントンの試合で相手の動きを逆手に取った勝ち方をしてきたことも、どちらかといえば読心術の影響だ。
しかしこちらの能力は、不用意に他人に広めてはならない。人を助けることよりも、傷つけることの方が圧倒的に多いからだ。
だからといってもう一つの能力も不用意に口走っていいというわけでもない。むしろこちらの能力の存在を広めてしまったせいで多くの人の夢や命を奪ってきたというのは皮肉な話だ。
「まっ、何にせよこれで俺の右目の疑いは晴れたわけだ。もう安心しただろう?」
「う、うん……いろんな意味でびっくりしたけど……でも良かった。」
ヒカリは心を落ち着かせていた。さっきまでの動揺の原因は、右目のことより告白と勘違いしてしまうような迫られ方をされたことなのであるのだが。
「それと、勝手に取って悪かったな。」
レイジはポケットからスマホを取り出し、ヒカリに返した。すると思い出したかのように、ヒカリは着信履歴に目を通した。
「やっぱりミライからだ……なんて言えばいいんだろ……」
「あまり変なこと教えるなよ。俺がお前を驚かせたこと知られると、間違いなく怒られちまうからな。」
ヒカリは階段に座り、ミライの高校の一時間目が終わって休み時間を迎えるのを待っていた。そして再び電話がかかってくるのを待った。




