69話 あれでもやりすぎ……?
耀は十二時には高校を出なければならない。この時間帯なら乗り換えが比較的スムーズではあるのだが、それでも未来たちの高校へ行くには電車に乗るだけで二時間弱、高校と駅の間に歩く分を見積もればさらに三十分かかる。
一方千迅は最後までいられる。文化祭が終わるのは四時で、玲司が見に行く華燐たちのダンスは三時から。すなわちレイジの自由時間は午前九時から午後三時までの六時間で、ヒカリのいられる前半三時間とチハヤの残れる後半三時間できれいに二等分できる。
「ってわけだから、午前中はチハヤは他の人たちと回ってくれ。」
「えー、二人は来週も一緒にいるんでしょ? だったら私も今日ぐらい一緒にいてもいいじゃん。」
というのがチハヤの言い分だ。しかしそれでヒカリが納得するとは思えない。せめてここにもう一人来てくれれば話を進めやすいのに、とレイジは頻繁に周りを見渡していた。
「あ、おーいチハヤちゃーん。こっちこっちー。」
看板を持ってやって来たのはチハヤの幼なじみの春桜だ。今は非番だが宣伝も兼ねて看板を持ったままあちこち回っているようだ。
「あっ、おはようサクラ。その看板、お化け屋敷ね。」
「うん。うちらの出し物。私もお化け役やるんだ。」
サクラは札から桜の花びらを巻き起こすことができる能力者だが、お化け屋敷に向いているかと聞かれると答えに詰まってしまう。能力者のいる出し物はレベルが高いのが多いため、サクラは少し自信なさげだった。
「えっと……レイジくん、だっけ。」
「覚えていてくれたんだ。久しぶりサクラ。」
どこで知り合ったのかとこっそり尋ねてくるヒカリに、四月に一度カリンに呼ばれてダンスを見に行ったと話した。そのときは本当に初対面でまともに話していない、何よりサクラが好きな相手は他にいるとも伝えると、安心したのか少し表情が和らいだ。
「先週の勝負見に行ったよー。十四哉くんに勝つなんてすごいねー。」
「そういえば見に来てたっけ。まあ、あれぐらいやってみせないとな。」
先週の土曜日、ちょうど一週間まえのことだ。レイジより格上のS+ランクの四人衆、人呼んで四天格。そのリーダーであるトシヤと勝負をした。
一対一の勝負と言っておきながらほとんどはイブキの手柄なのではあるのだが、サクラもチハヤもそのような印象は抱いていなかった。息吹の投げた豪速球にタイミングをピタリと合わせ軌道を反らし、トシヤの鎖を突破したのは紛れもなくレイジ自身の実力。だから謙遜することはないとも言っていた。
「ところで飛影くんは来てないの?」
「俺は何も聞いてないけど呼べば来るんじゃない?」
サクラはスマホを取り出しヒエイ宛のメッセージを作成しようとしたが、勇気が出せず下書きを削除した。
「と、とにかく、私が出るのは十時からだから、それまで一緒にいてもいいかな?」
シフトは一時間ごと。サクラは十時から十一時までお化け役として働く。しかし着替えの時間もあるので五十分には教室に着かなければならないのでだいたい四十分間はサクラが同行し四人でいることになる。
チハヤと知り合いの人が一緒なら一安心だ。レイジたちはしばらくの間一緒に行動し、物色したり話をしたりしていた。
「じゃあ私、中で待ってるから。」
サクラは段ボールで作られた裏口を通って教室に入った。もう五分待てば彼女がお化け役として出てくるので、レイジたちは列に並んだ。教室の中からは次々と悲鳴が聞こえてくる。
「本当に入るの……」
「怖かったら待っててもいいわよ。私とレイジの二人で行ってくるから。」
中からの物音や悲鳴に怖じ気づいたヒカリと対照的に、チハヤは怖がる素振りを見せなかった。むしろサクラがどんな風に驚かしてくれるのか楽しみにしている。しかし内心一人で行くのは抵抗があるようだ。
「俺が先に一人で入る。そして後から二人も入ればいいだろ?」
通路の狭さの都合で一度に入れるのは二人まで、前の人が出るまでは追加で入れないというのがこの学級のルールだ。とはいえ中には一度に二グループ入ることができるので、前の人さえ出てくれば四人までだったら中で合流できる。そのためレイジは一人で先に突入する。来るとしたらヒカリたちを待てばいいし、来ないのなら一人でゴールまで行けばいい。来るかどうかは心を読めば姿が見えなくても分かるので、レイジにとっては容易いことだった。
レイジの順番が回ってきた。今のところ二人も入る気はある。しかしその二人だけで突破できるかは中身のお化け次第だ。
「じゃあ、行ってくる。」
「ちゃんと中で待っていてよ!?」
所詮はクラスの出し物。そこまで怖がる必要もないだろう。とりわけこの中にいるお化け役の能力者はサクラだけだ。彼女はAランクと言えどもこの中で真価を発揮するものではない。炎を生み出すカリンや雪を生み出す冬雪に比べれば警戒することはない。レイジは心配無用と言い残し、お化け屋敷の闇へと進んでいった。
心が読めるレイジにとって、お化け屋敷は怖くもなんともない。どのタイミングで中の人が仕掛けてくるのかも、どんな仕掛けがあるのかも心の声で筒抜けだからだ。
中に誰もいない、すべて機械仕掛けのお化け屋敷なら話は別なのだが、そんな所はめったにない。機械仕掛けの驚かしポイントがあったとしても人力のものなので、仕掛け人様の心を読めばだいたいの手口は分かるのだ。
受付で預かったペンライトを点けて最初の一歩を踏み出した。
目の前に女のお化けがいた。半裸だった。
「きゃああああ!」
「叫び声!? ……でもこれ、レイジのじゃないよね?」
「もしかしてサクラじゃないの、この声。」
お化け役のサクラの叫び声がなぜ響いたのかはチハヤたちには知るよしもなかった。
どうもサクラは裏の通路を歩いている間に緩んでしまい直すのに手こずっていたようだ。暗くてよく見えなかったのか、通路とは別にある着替え用のスペースだと思って曲がった先は裏ではなく探索ルートであり、突然光が当たって姿を見られてしまったのだった。
中でサクラがまだ着替えているのはレイジにも分かっていた。しかしそれは裏側にいると本人が思い込んでいたから、それを信じて気にせず入ってしまったのが鉢合わせの原因だ。それに何より入っていいという合図が出てから入ったのだから、全部見てしまったとはいえ責められる筋合いはない。
だからといってヒカリやチハヤ、そして見られた彼女自身が納得するかとなるとまたややこしい話になってしまう。
しかしあまりにも衝撃的な瞬間だった。怖い物なんてないと思って入ったら半裸の女子生徒がいるのだから。
いろいろ考えた末、レイジは裏側への道を探した。他に中にいるお化け役の人は、今のサクラの声に疑問を抱いていなかった。むしろ迫力のある演技だと思い込んでいる。レイジはそれぞれの居場所を元にここから裏側へ行ける道を探した。とりあえずサクラをそこへ連れていかなければならないためだ。
「サクラ、こっちだ!」
レイジはサクラの手を引き、真っ直ぐに裏道へ向かった。
「こっちだな、着替え用のスペースは……見ちまったのは悪かったけど、あれはお互い様だからな。」
「あ、うん……気にしないで……」
あまり明るくするわけにもいかないのだが、この暗さですぐに直すのは難しい。そしてレイジの前のグループはもう出口まで行ってしまう。レイジがどれだけ手前にいようと次のグループ、つまりヒカリとチハヤは入ってきてしまうのだ。
しかしどうしたものか。サクラがどんなお化けを演じるのかを楽しみにしているチハヤが中で一度も彼女に会えなかったらがっかりするにちがいない。
「なあ、後何分で着替え終われるか?」
「んっと……もう三分くらいはかかっちゃうかな……」
三分か。前のグループはもうゴールから出てしまう。このまま行けば、チハヤたちは確実にサクラに会えないまま通過してしまう。
ならば最後の手段だ。レイジは無理にでも彼女たちを足止めするために、裏側へ入っていった。
「なあ、この辺に余ってる驚かしグッズってないか?」
「ふぇっ!? 入ってこないでよ!」
着替え中だというのは分かっていたので、レイジは後ろ向きで入っていった。パニックになっているサクラはそれを聞いて落ち着きを取り戻すと、近くの小道具箱を手に取りレイジの手に当てた。
「この箱に入っているわ。でもどうして?」
「チハヤはお前に会うのを楽しみにしてたんだ。俺が時間を稼ぐから、その間に着替えを済ませて。」
レイジはペンライトを口に加えて箱を開け、中身を漁った。
メイクや衣装のような大掛かりな準備をする時間はない。できるだけシンプルで、かつインパクトが強い物。
中に入っている物を手当たり次第に取り出してみるなかで、レイジは手鏡を見つけた。自分でメイクするときに使うのだろうか。鏡に映った自分の姿に驚くというのもお化け屋敷の定番だが、こんな小さな物では意味をなさないだろうと箱に戻そうとしたとき、レイジは鏡に映った自分の顔を見てアイディアを思いついた。
「そうか……俺にはこれがある。」
そしてさらに箱を漁り、目当ての物を見つけるとそれを持って残りは箱にしまって教室の端に置いておいた。
「よし、行ってくる。」
レイジは探索通路へ進み、暗幕の隙間から首から上だけを覗かせて待機した。
「次の二人、どうぞー。」
レイジの前に入った二人組が教室のもう一つの出入口から出て、いよいよチハヤとヒカリが挑む番だ。
「うぅ……レイジ待っててくれてるかな……」
「叫び声はまだ聞こえてこないし、入ってすぐの所にいるのかもね。」
チハヤの一言でヒカリは安心したが、彼女はそのつもりで言ったのではない。レイジと一緒に行きたいという本心の現れである。
ヒカリたちはそれぞれペンライトを預かり、受付の人に扉を開けてもらうと中へと一歩踏み込んだ。
足元に注意しつつ、ライトの光を正面に向けると一点だけ、他とは違う色をしている所があることに気づいた。
「ねえ! あそこ、何かいる!」
「ど、どうせお化け役の人でしょ? 気にすることはないわ。」
二人からしたら暗幕は見えず、生首だけが浮いているように見えている。ここで一瞬足が止まったが、動いたり手を出してくることはないと思われていてすぐに通過しようと思われている。サクラの準備ができるまで、もう一工夫必要だ。
「タス、ケテクレェ……」
「ひぃっ、喋った!」
「……あれっ、もしかして、レイジ……」
顔を上げて喋ったおかげで、ヒカリたちはびびりながらも生首の正体がレイジだと気づいた。
安心しつつも、どこか危険に感じていた二人はそこから動かなかった。
「どうしたの、そんなところで……」
「そうよ、早く出ましょう!」
数秒経って二人がレイジの元へ近寄った瞬間、彼は突然頭を横に強く振り唸り声を上げた。
「目が、目がああ!」
レイジは頭を振った勢いで前髪が大きく流され、右目が現になった。この島に来てからは誰にも見せていない、見られていないその目が。
まるで眼球を抉り取られたように大きな穴があり、その奥から血のように全体が赤く染まった角膜らしきものと、黒く細長い瞳孔らしきもの。レイジがこっそり忍ばせ下から照らしたペンライトによって浮かび上がったグロテスクな右目は、ヒカリそしてチハヤの目に強く焼き付いた。
「「きゃあああああ!」」
二人は同時に叫び声を上げ、お互い咄嗟に抱きついた。
ちょうどそのときサクラの準備が終わったのが分かったので、レイジは暗幕の裏に下がりサクラを呼んだ。
「チハヤたちはまだこの正面にいる。間に合って良かったな。」
「今なんか凄い叫び声が聞こえたんだけど、何かあったの……」
サクラは恐る恐るレイジの姿を見るが、特におかしい所はなかった。すでに彼の前髪は元の位置に戻っており、赤い角膜は外から見えなくなっていたのだ。
「まあ、いっか。ありがとね、レイジくん。」
サクラは意気揚々と定位置に向かっていった。札から生み出した桜の花びらを足元で花吹雪のように渦を巻かせ、その風の勢いで体を少し浮かせた。そしてよくある幽霊のポーズをしてゆっくりと進んでいった。
それだけで十分インパクトはあるから、無理に衣装にこだわらなくてもよかったのではないかとレイジは心の中でツッコミを入れた。
「立ち去りなさい……あれ?」
サクラの視線の先には腰を抜かしてゆっくりと後退りし、両手をつないで離さないチハヤとヒカリの姿があった。今のサクラの姿さえ霞んで見えるくらいに、彼女たちの頭からはさっきの赤い瞳が離れなかったのだ。
「だ、大丈夫……?」
浮いたままゆっくりとチハヤたちに近づくと、二人は涙目だったのが見えた。このままでは動けそうにないと思い宥めようとしていたので、レイジも手を貸そうと思い裏から出てきた。
「さ、サクラ……」
「そうよ。私、サクラよ。」
サクラの姿がはっきりと見えたその奥で、レイジの姿が二人の目に映った。さっきのような赤い瞳は見えないが、問題はあの前髪に隠された部分だ。
そしてサクラは地面に着地するべく風を止めた。しかしその勢いでレイジの前髪は風に流され、再びその瞳が現になった。
一瞬ではあったが背を向けていたサクラ以外の二人には再度見られてしまった。
さっきのは幻ではない。本当にレイジの右目は赤いのだと確信したヒカリたとは、そのショックで倒れ込んでしまった。
「レイジ、私何かやっちゃいました?」
「いや、また俺何かやっちゃいました。」




