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オートセーブは深夜0時に  作者: 夕凪の鐘
Episode13 炎の文化祭
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68話 選んだ道は

 午前八時半。玲司(レイジ)たちは予定通りの時間に目的地の駅に到着した。


 結局昨日の車両決めでレイジが振ったサイコロの目は四であり、耀(ヒカリ)千迅(チハヤ)のどちらからも離れた場所となった。

 三人の内最も早く電車に乗るのは一番目的地から遠い駅から乗るレイジだったので、彼はあらかじめ誰も座っていない三人掛けの席に座った。進行方向に対し左側、最も後ろの座席だ。一駅進めばチハヤが乗車する。彼女は自分が乗るはずだった六号車ではなくレイジが乗る四号車に乗り、彼の姿を見つけると右隣に座った。

「おはようチハヤ。ルール違反じゃないのかそれ。」

「ヒカリに見つからなければ大丈夫よ。後二駅だけここに居させて。」


 そして二駅進みヒカリの乗る駅に着くと、チハヤは席を立って隣の車両へ移動した。そして連結部分に近い席に正座し、レイジからは足が見えないようにしつつ自分はこっそり覗けるようにした。

 チハヤの想定通りヒカリは四号車に乗ってきた。そしてレイジの隣にチハヤがいないのを確認すると一号車へと向かう……と思っていたらヒカリはレイジの左隣に座った。

「おはようレイジ。」

「何しれっと座っているんだ。ヒカリは一号車だろ?」

 無理に追いやる必要はないのだが、チハヤに見られているとなると話は別だ。考え方によっては二駅分約束を無視して座っていたチハヤと平等にするためにヒカリも二駅分だけここにいさせてあげることも可能か。何を言っても退かないなら二駅進むまで待ち、チハヤのことを話して納得してもらえばいいだろうと思い、レイジはそれ以上口を出さなかった。


「それにしても眠いわ。こんなに朝早いの分かっているのに何で寝かしてくれなかったの?」

 チハヤの視線が鋭くなる。一刻でも早く、そして怪しく見えないよう誤解を解かねばならない。

「それはこっちのセリフだ。興奮して眠れないからって何度も電話かけてくるなっての。」

 そう。緊張して眠ることもじっとしていることもできなかったヒカリはことあるごとにレイジにメッセージを送ったり電話をかけたりしてきたのだ。夜更かしも早起きも苦でないレイジにとっては何ともないことだったが、二時間しか寝てない日などめったにない彼女にとってはつらい朝だ。椅子に座った瞬間猛烈な眠気に襲われたヒカリは、急に瞼が重くなってしまったのだった。


「ごめん、乗り換えのときになったら起こして……」

 やむを得ない。自業自得とはいえ睡眠不足のヒカリを一人で別の車両に乗せておくのは危険だ。

 一度のアラームでは目を覚まさないヒカリに電話をかければ起きるという確信は持てないので寝過ごす可能性が大きいし、寝ている間に貴重品を盗まれたり体を触られる恐れもある。レイジとしてはここに残して寝かせてあげたかったが、問題はチハヤだ。


 ひとまずレイジはヒカリが目を閉じたのを確認してからチハヤにメッセージを送った。

 ヒカリは寝不足だから一号車には連れていけない、このまま寝かせておきたい、という内容を伝えた。


 すぐにチハヤは戻ってきた。おもむろにヒカリの頬を引っ張ろうと手を伸ばしたのでレイジは手の甲をパシッと叩いた。諦めたチハヤはレイジの右隣に座りスマホを開いた。

 春桜(サクラ)から貰った文化祭のスケジュール表の写真だ。各教室の出し物の場所。基本的に本来の自分たちの教室で行うのではなく、出し物ごとに集まって開いているので学年もバラバラになっている。劇や演奏会等は時間が決まっているので開始時間も載っている。レイジが見に行く華燐(カリン)たちのダンスの発表会は午後三時からの会だ。


 変に話しているとヒカリの睡眠の妨げとなるし、起きられてしまうとチハヤがいることが気づかれてしまうので、乗り換えまでの一時間と十分は静かにしておいてほしい。レイジはチハヤに頼んだが、彼女は不満げだった。

 かといって他の車両へ行って二人きりにさせるのも嫌なので、チハヤは耳にイヤホンを当てスマホのアラームを一時間後にセットした。乗り換え駅に着くことに起きるのでは駄目、ヒカリより先に起きなければならないというチハヤは到着予定時刻の十分前に起きて元いた車両に戻れるようにしたのだった。


 アラームのセットを終えるとチハヤは寝ようとして目を閉じたが、隣からレイジの呻き声が聞こえた。何かと思って目を開けると、ヒカリの体がレイジの方へ傾いていた。彼の肩に寄り添うようにぐっすりと眠っているヒカリを見てムッとしたチハヤは負けじとレイジの右肩に寄り添うようにして眠りについた。


 ついでにレイジも眠ろうとしたが、全然眠ることができない。両隣に女の子が寄りかかっていて安らかな寝息を立てている状況で冷静にいられるわけがない。曲でも流して落ち着かせようとズボンのポケットの中のスマホとイヤホンを取り出したが、イヤホンを左耳に入れようとするとき手がヒカリの髪に当たってしまった。


 さらさらとした黒い髪。朝早いとはいえしっかりとセットされて真っ直ぐに伸びたその髪からはシャンプーの香りがする。二ヶ月前に二人でリゾートスポットに行ったときとはまた別の、レモンのような香りだ。


 ただでさえ女の子に挟まれて緊張しているのに、こんな香りを間近で嗅がされてはたまったものじゃない。二人を自分にではなく仕切りに寄り添わせるように、レイジはゆっくりと体を押して反対側に傾けさせ、その隙にイヤホンを両耳に入れることに成功した。


 しかし電車の揺れに伴い二人の体はすぐにレイジの方へ寄りかかった。心を読む限り、狙ってやっているわけではなかった。


 レイジの能力‘悪夢の瞳’は起きている相手の心を読むことができる一方眠っている相手は代わりに見ている夢が分かる。そして右目で相手を見て力を使うことでその願いや夢を叶わなくさせる。

 この力を応用すれば、目を閉じている人が生きているか死んでいるか、そして眠っているか起きているかを見ただけで判断できる。

 今ヒカリもチハヤも夢を見ている。ゆえに本当に眠っており、わざと自分の方へ倒れてきているわけではないということが分かるのだ。


 無意識の誘惑とは恐ろしいものだ。レイジは曲に集中し、なるべくヒカリたちのことは考えないようにした。この電車は各駅停車、頻繁に停車したり発車メロディが鳴り響いたりするので、その揺れや音で二人が目を覚まさないかと不安でいっぱいなうえ、周りの心の声が聞こえて猛烈に恥ずかしい。乗り換えまでの一時間がレイジにはものすごく長く感じた。


 乗り換えの二つ前の駅に着いた頃、アラームが鳴って目を覚ましたチハヤはイヤホンを外してレイジとヒカリに目を向けた。曲を聞いていても脳に直接聞こえてくるチハヤの心の声に気づいたレイジも曲を流したままイヤホンを外す。

「起きたのかチハヤ。ヒカリはあれからまったく目を覚ます気配がなかった。今もたぶん、よほどのことがない限り起きないだろうな。」

 再びチハヤはヒカリの頬を引っ張ろうとしたのでレイジは彼女の手首を掴んで未遂に終えさせた。


「もう……私は先に階段渡っているから、次の電車で合流しましょう。」

 乗り換え後は三人揃って同じ車両に乗る。無理に急いで高校に行く必要もないので、左側の階段を下った先の車両に乗ることにしてチハヤは元の車両へ戻っていった。


 まもなく乗り換え駅に到着するという車内アナウンスが入った。乗り換えの主要駅というのもあり放送量が多いため、他の駅より早めにアナウンスされる。

「おーいヒカリ、そろそろ起きろー。乗り換えの時間だ。」

 レイジはヒカリの肩を揺すったり席を立って上体の支えをなくしてみたがヒカリは目を覚まさずに寝そべった。

 そろそろ時間がなくなるので、レイジは自分のとヒカリの鞄を持って準備万端、ヒカリが起きればすぐに下車できるようにした。

 土曜日とはいえ通勤する人がいて騒いで起こすことはできない。それこそチハヤのアラームの要領でイヤホン越しに大きな音を流すか何かをしないと駄目だろう。


「……で、諦めて抱えてきたってわけね。」

「仕方ないだろ。あのまま終着駅まで行かれたらたまったものじゃない。」

 以前刹那(セツナ)とこの駅を通過したときは二つ先が終着駅であり、駅員に起こしてもらえるかもしれない、そうでなくとも折り返しの電車なので多少寝過ごしてもそう遠くへ行ってしまうことはない。

 しかし今日乗ってきた電車はさらに遠くまで進む。チハヤが高校に通うときに利用する駅をも越えて島の端まで行ってしまうので、戻ってくるのに苦労するのだ。

 結局どれだけ揺すっても音を出しても起きなかったので、奥の手としてレイジは寝そべったヒカリをお姫様抱っこして電車を降りた。

 階段の混雑が解消するのを待ちつつヒカリが目を覚ますのを待ったが結局起きず、抱えたまま急いで階段を駆け上がり、通路を渡って階段を降りたのだった。


 なんとか乗り換えは間に合い座る場所を見つけられたレイジは仕切りに寄り添わせるようにヒカリを降ろした。レイジは自分の左手を見つめた。ヒカリの頭部を抱えていた側の手のひらには、彼女の髪の感触と香りが残っている。

「……レイジ、こっち座ろ!」

 チハヤはレイジの手を引き、ヒカリに向かい合う席に座った。レイジは端、つまりヒカリの真正面に座り、その隣にチハヤが座る。このくらいの距離なら無防備なヒカリに何者かが迫ってきてもすぐに押さえ込むことができるし、仮に目的地に着いても起きなくてもすぐにまた抱えていける。

 これ以上ヒカリの側にいてほしくなかったチハヤはもし彼女が起きても隣に座れないように彼を端に座らせた。ヒカリが起きてしまったなら揉め事になるのは免れようがないだろう。


「そうそう。レイジに見てほしい動画があるんだけど。」

 チハヤはスマホを取り出しビデオフォルダを開いた。ゴールデンウィーク初日に行われたバドミントンの大会。あの日からチハヤは特訓を重ね、新技を編み出したのでレイジに見てもらいたいのだった。


 他校との練習試合でチハヤがシングルスの試合をやっている。

 窓を閉めて完全に外部からの風をシャットアウトした空間、その中の微弱な風の流れを読んだうえで狙い通りの球を打てるチハヤは一歩一歩が素早く完全にラリーを制していた。それだけでも十分すぎる実力だが、彼女が見せたいのはここからだ。


「いや、今の球アウトだろ。ホント審判どこ見ているんだ?」

「嘘!? 今のアウトに見えたの!? おっかしいなぁ……」

 チハヤの言いたかったことは分かっている。審判に加えカメラの位置からもごまかせるショット。チハヤの打ったそれは実際はアウト、つまり相手コートに入っていなかったのだが、線審はインと判断した。

 チハヤの新技がそれだ。審判の目だけでなく、カメラ越しに見ている人さえも騙すライン際へ放つショット。それを言いたいのがレイジには筒抜けだったからこそ、その球をしっかり目で追えていたので正確な落下点が見えていたのだ。


 正確な落下点を瞬時に計算できる。チハヤのその能力への先入観から彼女の打った球はすべてイン、見送った球はアウトという判断を下してしまう。

 その能力、言うなれば誤審誘導の対策として挙がったビデオ撮影。コート外から撮っていたビデオを主審に見せることで正しい判定に覆すという対策が使われ始めた。

 言わばメタ。そのまたメタとして編み出したのが今の新技であり、事前にカメラの位置を正確に把握してその目をもすり抜けるショットを放つ。

 しかしそんな球を打つことが事前に分かっているレイジには通じるはずがなかったのだ。


「んー、結構練習したのになー。」

 チハヤは残念そうに動画を止めてスマホをしまった。

「そもそもチハヤはそんな小細工に頼らなくても十分戦えるだろう?」

 そうは言ったが、レイジの知る世界は狭いものに過ぎなかっただけで、チハヤの知る限りこの島には、彼女でもまるで歯が立たない選手が何人もいる。彼女にとっては彼もその一人のようだ。


「私、負けたくないのよ。特にあの子には。」

 チハヤの視線の先にはヒカリ。レイジもつられて目を向けると、体を真っ直ぐにしてこちらをじっと見つめているヒカリの姿があった。

「お前、いつの間に目を……」

「二人の話し声が聞こえたから。私を除け者にして随分楽しそうだったねレイジ。」

 ヒカリは席を立つことなく、じっとレイジに目を向ける。


「他にも見てほしいものがあるの。」

 チハヤはレイジの肩をつつき、再びスマホを取り出した。ヒカリは椅子一つ分ずれて座り、元いた場所をポンポンと叩く。まるでこっちに来てと言っているように、レイジの目を見つめる。

 先に言ったのはチハヤだからと自分言い聞かせ、レイジはヒカリを無視して隣のスマホに目を向けた。

 今度はバドミントンとはまったく関係のない、高校の近くのフードコートの商品の写真だ。

「へぇ、美味しそうじゃん。どこの店の?」

「うちの高校の駅前の。ゲーセンもあるんだよ。」

 一緒に行こうと誘ってくれと言っているようなものだ。寮生活のチハヤなら気軽に行けるのだろうが、レイジが家から行くには少々遠い。

 それにこんな話をしていてヒカリが黙っているはずがない。


「ヒカリ、場所交代だ。」

 レイジは席を立ちヒカリの荷物を残して彼女の隣に座り、移動するのを待った。仕方なくヒカリは席を立ち自分の荷物を持ってレイジのいた席に着いた。


 するとヒカリはおもむろに尻の下に手を突っ込み、レイジの熱を感じていた。

「いきなりどうしたのよ。」

「うん……レイジの温もり……」

「頼むから変なこと言わないでくれ。」

 ヒカリの発言に、チハヤも少し引いていた。

 レイジは両腕を組んで座る。こうすれば手が上にあるのがチハヤにも見える。ヒカリの座っていた場所に手のひらを当てることはしないというアピールをするためだ。


 午前八時半。レイジたちは予定通りの時間に目的地の駅に到着した。

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