58話 俺の知ってる回転寿司と違う
「さて、いよいよだな。」
昼食を済ませ海岸に戻ってきたレイジたち。現在時刻は午後四時半。約束の時間まで後三十分だ。
用意したものは市販の握り寿司。味は様々で、どれも元からわさびは抜いてある。順番を決めたらこれを五個ずつ取り、一皿に一貫ずつ乗せて、さらに一つだけわさびを見えないように入れる。
勝負開始前の準備は整った。そして今、運命の戦いが始まろうとしている。
「えー、これより、レイジとヒエイの一対一の真剣勝負を始めます。お互いに礼。」
「「お願いします!」」
やる気のないセツナとは対照的に気合いの入りまくっているレイジとヒエイは、固い握手を交わすとお互い一歩ずつ下がって向き合った。どちらが先に仕掛けるかを決めるじゃんけんを行うためだ。
ヒエイの手は読めない。だからこれも、能力に一切頼ることができない純粋な運勝負だ。
「じゃんけんぽん。」
レイジの手はパーで、ヒエイの手はグー。そう見えた。
「俺の勝ちだな。」
そう言った瞬間、突然ヒエイの手が変わった。彼の右手が示していたのはチョキだった。
「後だしか? 俺は見逃さなかったぞ。」
「違う違う。お前たちが最初に見た俺の手は幻影。元々チョキを出してたのに、レイジとセツナにはグーに見えていただけなんだよ。」
そういうことか。本来出した手に強い手の幻影を見せる。見せた幻影が勝つかあいこならばバレなければ勝ちまたはあいこになって続くし、負けたとしても本来の手を見せて勝ちになる。
つまり、絶対に負けないということだ。
「そういうことか……じゃんけんは俺の専売特許だってのに……」
「悔しかったら俺の幻影を見抜いてみろ。少なくとも今は、俺の指を掴んでいれば指が出ていることに気づけたはずだぜ。」
言われてみればそうだとレイジは思った。無効化ばかり気にしていて、幻影という能力のもう一つの性質を見落としていた。
「当然俺は先攻を選ぶぜ。そしてこの一回で決める。」
先攻、つまり先に寿司にわさびを仕掛けるということを選んだヒエイ。五皿の中に一皿だけわさび入りの寿司が乗っていて、その皿がどれかを知って状態で勝負をするのだから、先攻が絶対有利。
しかし相手にハズレを引かせて勝つ確率より、相手にターンを渡す確率のほうが高い。その差は七パーセント弱。残り一皿になるまでハズレを誰も取らないか、セツナが取ってしまえば相手のターンになる。
ハズレを引く確率が一番高いのは、じゃんけんで負けてしまい相手のターンにしてしまったほう、つまり今のレイジだ。自分のターンが来るまでに決着が着いてしまう確率は四十五パーセント強もある。
それでこそ越える価値がある。元々じゃんけんで負けることも想定済みだったレイジは、ヒエイが仕組み終えるのを冷静に待っていた。
「できた。さあ、選べ。」
砂浜の上に持ち出したキャスター付きのテーブル。砂を巻き込むので車輪がまったく意味を成さなかったそのテーブルの上に、一つの大きな円状のお盆の上に五つの皿を円状に並べてまとめて持ってきたヒエイ。
最初に皿を取るのはレイジ。次にヒエイで最後にセツナ。勝つためには、最後の一皿を残すこと。失敗したとしても、自分にターンが渡るときのことを考えるとするなら、彼がわさび入りをどこに仕掛ける傾向があるか、審判のセツナはどこを選ぶ傾向があるかをしっかり観察しつつ自分もハズレを引かないことを心掛けなければならない。
「これだ。」
レイジは自身の立つ位置から最も遠い皿を選ぶ。相手からしたら一番取りずらい場所は取らないだろうから、そこにわさびを入れてこないだろうと踏んでの選択。
それは正解だった。至って普通の辛くないマグロの味がする。ちなみにここの皿に盛られているものはすべてマグロである。予算的にも、多種類の刺身を揃えるのは難しいというものがあった。
贅沢して別々の刺身を並べていたならば、手の内を読み合うための良い判断材料になっていたのだが、そこまでくると今の彼らにはハードルが高すぎる。
「ちっ、ハズレか。俺はこれを取る。当然ハズレだ。んじゃ、次はセツナな。」
「私も巻き込れてるのは納得いきませんが、三択でヘマするほど馬鹿じゃないです。二人とも、恨まないでくださいね。」
一口で食べた。そしておもいっきり噎せた。
「んん!? なん、こ、これ、痛い痛い痛い鼻が痛い!」
涙目で鼻を押さえ、慌てて水を飲みにいったセツナを見て笑っている場合じゃない。セツナは一番手前の皿を取った。その傾向を知っていたのか定かではないが、ヒエイは彼女にお盆を渡すとき少しだけ回していた。わざわざお盆を持ったのだ。ずらさなくても余裕で届くのに、わざわざ持って取らせたのだ。何か裏がある。レイジにはそうとしか思えなかった。
「あーあ。取られちゃったか。手前を取るとは思わなかったのに。」
わさびを仕組んだ張本人が、必要もないのにお盆を持ち上げ回転させたこと。この時点で何かあると疑うべきだったのだが、無警戒だったセツナは最も近いのを手に取った。その結果の撃沈。巻き込んでおいてハズレを引いたら気の毒だとは思っていたが、あまりにも間抜けな被害に二人とも後ろめたさは感じなかった。
「次は俺の番だな。一応、残りも順番通り食べるぜ。」
残った二皿をレイジ、ヒエイの順に取る。その後レイジが仕掛けに向かい、落ち着いたセツナが戻ってくると後攻一ターン目、レイジの番が始まった。
「なんて露骨な……」
レイジが用意した五つの皿は、一つだけ色が違っていた。チェーン店によっては、子どもにも分かるようにわさび入りと抜きで皿の色を変えている回転寿司がある。それを真似したのか、一つだけ明らかに色が違う皿が並べられていた。
「どうせそれだろ? 分かっているから。」
案の定ヒエイの最初の一手は色違いを咲けた。続くレイジも、その皿とそれに隣り合う皿を避けて取った。
残った三皿を均等な間隔になるように並べ直すと、色違いの皿がセツナに向くよう回した。
明らかにわさび入りに見える皿を、一番取りやすい場所に向けた。しかしそれを逆の罠だと思い込んだセツナは、悩んだ末に色違いの皿に盛られた寿司を箸で掬って食べた。
結果は思った通り。かけるわさびの量に限度は設けていなかったせいか、さっきの以上に刺激が強く彼女は踞ってしまった。
「あいつ単純すぎだろ。」
「いや、勘繰りすぎなんだ。それでも二択を外す不運なのは事実だけど。」
残った寿司を順番に取って口に放り込むと、レイジはお茶をついで持ってきた。その間にヒエイはお盆を持って海の家に向かい、中で仕込みに取りかかった。
「もう……どうして私ばかり……」
「悪い悪い。でも、おかげで攻略の糸口が見えてきたからな。次はいける。」
三番目に取るセツナにハズレを引かせないようにする。それはヒエイも考えてくるだろう。けれども、そうしたところで四番目に取るレイジが二択に勝利すれば、彼の勝ちは確定する。勝負は次のターンだと、彼は直感していた。
「うーん……また同じパターンかー。」
ヒエイが用意した皿は最初と同じくすべて同じ柄、同じ色をしていて、盛りつけた寿司にも違いは見られない。
さっきのことにも言えるが、ヒエイはわさびを入れた握り寿司を見分けられるのだろうか。前回はわざとセツナの手前に来るようにまわりいたが、それは最初から置いた場所を覚えていて目で追っていたのではないだろうか。
自分で仕込んでおいて二番目に取るときの四択でハズレを引いてしまっては元も子もない。レイジはあからさまに色分けしたが、彼は外見で見分けがつくような仕掛けを施していない。
ならば、これを利用すればいい。レイジは円状のお盆の縁を掴むと、おもいっきりお盆を回した。
残像ができる目まぐるしいスピードで寿司が回る。これなら目で追うのは困難だ。仕込んだ場所を分からなくしまえば、ヒエイが四択でハズレを引く可能性が見えるためレイジの勝率はさらに上がる。
回しながら顔を上げたレイジは、ヒエイがどれだけ動揺しているかを確認した。
しかし彼は、顔色一つ変えない。自分の負ける確率が上がったというのに。
考えられる可能性は二つ。最初から想定していたか、見た目でハズレが分かるようにしているかだ。
目で追えているようにも見えないし、回されるのが分かっていても不利になるのは避けられない。とするならやはり後者の、外見に違いがある、それを取らなければいいと分かっているということだろう。
レイジは回っているお盆を強く握り、回転を止めると皿そのものと寿司をじっくりと観察した。気になったセツナもお盆の中を覗き込むが、どこに違いがあるのかには気づいていない。
「なあ。これ、本当に一つだけ入っているんだよな?」
「もちろん、ルールは守っているぜ。」
ハズレを一つも入れない、または複数に入れる等はルール違反であり、それを防ぐために誰かがハズレのわさび入りを食べた後も残りをすべて食べている。どうせ絶対にバレるのだがら、そんなイカサマはしてこないと思っていたが、ここまで来ると怪しくなる。
こうなれば最初の五択は運に任せる。そしてヒエイが選ぶときの様子を見て、仕掛けを見抜く。それが得策だと考え、レイジは適当に一枚皿を選び手に持った。
ヒエイの表情は変わらない。だとすると、これはハズレではない。箸で掬って口に入れてゆっくりと噛んだ。
結果は普通の味。ハズレを引くことはなかった。
「よし、次はヒエイだ。」
レイジはお盆を持って位置を彼の近くへずらした。そして、彼がどこを見て、何を見て選ぶのかをじっくりと観察した。
しかし予想とは裏腹に、彼は一瞬で選び口に運んだ。何事もなかったかのように飲み込むと、今度はお盆を持つことなくセツナに番を譲った。
「さすがに三度目はないですよね……」
彼女は恐る恐る寿司に手を伸ばす。そして三度、最も近い皿を手に取った。
「相変わらず強情だな、セツナ。そんなんだからいつまでもからかわれるんだよ。」
皿は手に取ったが寿司に手をつける前にヒエイは彼女を煽った。その手を止めて別の皿を手に取ろうとしたが、そこで彼はストップをかけた。
「おっと、それはなしだ。一度触った皿は取らないとダメだって、回転寿司行ったとき学んだだろ?」
「なっ、今回はそんなこと聞いてませんけど!?」
「レイジはどう思う?」
考えがまとまらないまま突然の振り。話は聞こえていなかったが、セツナの心を読めば聞きたいことは分かる。おそらく彼女が選んだ物はハズレだということが彼には分かっていて、他の皿を選び直させないように仕向けているのだろう。
そうだとすれば、ここはヒエイに賛同するべきだとレイジは考えた。ここでセツナがハズレを引けば悩む必要なく自分にターンが回るので、有利に持ち込めるのがその理由だ。
「そうだな。けどこれは、ルール以前に常識的なものだから言わなかったんだ。まさかそこまで世間知らずだったとはな。」
「ぐぬぬ……レイジまで……分かりましたよ、諦めて食べますから!」
手に持った箸を震わせながら、ゆっくりと握り寿司を挟んだ。そして両目を強く瞑り、一気に噛んで飲み込もうとした。
「……あれ? なんともないです……」
レイジは狐につままれた気分になった。選んだ皿は変えられない。あれがヒエイのブラフだとしたら、あのまま変えさせていればハズレを取られる可能性があったから、あたかも最初に選んだ物にわさびが入っていて食べさせようと誘導しているように思わせるのが狙いだったら、さっきの振りは、利用させられただけだ。
セツナにハズレを引かせ苦しめるためではなく、確実に当たりを引かせてレイジに二択を迫らせるための演技だったのだ。
「くそ……ここに来てか……」
「勝負の相手はあくまでレイジ、お前だ。」
冷静に考えれば、すぐに分かったことだったのだ。自分のターンにセツナにハズレのわさび入りを取られてしまうことはデメリットでしかないと。相手にターンを渡さないために、彼女にハズレを引かせてはならないのだと。
レイジは自分にとって有利な状況にすることだけを考えて、相手の狙いを考えていなかった。それが今の自分を追い詰めてしまっている。
「二択か……どっちだ? 正解はどっちだ……」
参考にするためにヒエイの視線がどこに向いているかを確認したが、決め手にはならない。完全な二択、五十パーセントの対等な運勝負になってしまった。
「……駄目だ! 考えれば考えるだけあいつの術中に嵌まるだけ! 男は迷わず堂々とやるしかないんだ!」
あえて思考を捨て単純な運勝負挑むと決断したレイジは、再びお盆を高速で回す。
またも残像が見える。二つある皿は、どっちがどっちに移動したのか分からないほどになっている。仕掛け人であるヒエイからはそうでないかもしれないが、レイジには今までの推測を無意味なものにする奇策として機能している。
「俺は、こっちだ!」
右手に持った箸で、右側の皿に置かれた寿司を掴んで口に運んだ。
数回噛むと口いっぱいに刺激が伝わり、猛烈に鼻が痛みだした。
レイジは両目をおもいっきり瞑り、呻きながらその場に倒れ込んだ。
「えっ、これって……つまり……」
セツナはヒエイに目を向けると、彼は無言で頷いた。そして残りの一皿はルール通りヒエイが食べる。なんともない、残りの皿にはわさびは盛られていなかったのが確認できた。
「そこまで!レイジがハズレを引いたので、この勝負、ヒエイの勝ちです!」




