57話 見えない勝算
「隙だらけなのはどっちだ、馬鹿め。」
「ひゃあ!?」
本物のヒエイはセツナの背後に回っていた。そして両手の指を交互に重ねてカップを作り、海水を溜めると小指の付け根をセツナの項に向けて手の中に圧力をかけて噴射した。
冷たさと水圧の大きさに驚いたセツナは思わず水鉄砲を放してしまい、レイジに取られてしまった。
水鉄砲の引き金に指を当てたレイジは、不気味な笑みを浮かべる。考えていることを察したかのように、ヒエイは背を向けている彼女の両手首を掴んで持ち上げた。
危険を察知したセツナは足をバタバタさせて抵抗するが、海水に阻まれて思うように当たらない。ぶつけられてもまったく痛みを感じない彼は、掴んだ手を決して離さない。
「お返しだ。」
レイジに銃口を顔に向けられると、セツナは抵抗を諦め全力で弁明した。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 撃とうとしたのは謝りますから、その手を下ろしてくださいー!」
このくらいで許してやろう。勝負の相手は他にいる。
レイジは銃口を少しだけ傾け、セツナの後ろで薄ら笑いを浮かべるヒエイの顔に標準を合わせてすかさず引き金を引いた。
いくら他人の能力を無効化できても、天然物の水を防ぐことはできない。それが弱点だということを教え込んでやる。
「痛い! め、目に入ったぁ……」
「なっ、お前また幻影を!」
「ご名答、よく見破ったな。けど、もう手遅れだけどな。」
ヒエイの幻影。レイジに対しては自分の顔がセツナの顔の本来の位置に映るように、セツナに対してはレイジに見えている通りになるように見せることで、銃口の方向を変えた後でセツナは自分に向けられていることに気づかせなくさせていた。
セツナからすれば噴射先にはヒエイがいるように思えていて、その心を読んだレイジは迷いなく指を引いたので、海水が彼女の目に直撃したそのときまで幻影を見せられていると疑えなかったのだ。
「よし、今度こそ……」
「何発撃とうが無駄だ。幻影は無敵、そもそも攻撃力のないお前では、いくらランクが上でも勝てやしないのさ。」
やみくもに狙えば当たらないし、顔を狙えばセツナに当たってしまう。心が読める能力は効かないし、願いを叶えなくさせる能力を使えば水を浴びたくないセツナの願いを打ち消してしまい攻撃を吸収されてしまう。
まさに天敵。格の上下に関係なく、一方的に優位に立たれてしまう相性最悪の相手だ。
打つ手はない。そう考えた直後、レイジは後ろから波に飲まれた。彼が知らない内に遠くまで離されていたセツナは、無警戒のところから突然波を浴びてしまい、目をごしごししている彼の姿を見て笑いが止まらなかった。
「あはは、馬鹿ですよ、馬鹿。誰もいない所に水鉄砲撃って気づかないまま波に飲まれるなんて、なんて頭のおかしい人なんでしょうか! 罰が当たったんですよ、このへっぽこ……」
セツナは言ってる途中でヒエイに手を離され勢い余って潜ってしまった。それでもすぐに顔を出し、解放された隙をついて一気に距離を取る。
「そこですね!」
誰も見えない所へ向かって、セツナは両手に溜めた海水を噴射した。彼女の思惑通り、姿を消していた本物のヒエイに直撃し、幻影が消えると同時に本物の姿が現れた。
「冷てぇ、てかなぜ分かった!?」
「それを教えたら対策されちゃうじゃないですか。自分で考えてください。」
ヒエイ自身は知らない。強力な能力だと自負しているだけに、発動中の行動パターンが単純だということに。
姿を隠している間でも、能力によるものではない障害物の影響は受ける。ここの場合ならば本人がいることをバレないように海面を錯覚させなければならないし、幻影を見せている所の水に穴を開けてあかなければ偽物と見抜かれる。
陸上に比べてカバーしなければならない点が多く、注意が散漫になってしまう。
だから本体は水の幻影を見せやすい、波の揺れの少ない所を進む。本人も無意識になっていて知らなかったその癖は、セツナに見抜かれていたのだ。
「くっそぉ……Dランクのくせしてこの俺をこけにしやがって……」
「観念したらどうですか? わざわざ不得手な場所で挑もうなんて、負けたくてやってるようにしか見えませんよ。」
調子に乗るセツナの背後から、海中に潜り迫っていく一つの影。それが突然飛び出し、彼女の身体を捉えた。
「みぃーつーけたあ。」
海中から飛び出したレイジは、さっきの仕返しを続けた。ちなみにセツナはレイジに対し水鉄砲を向けはしたものの撃ってはおらず、手でかけてもいない。むしろ彼のほうが何発も撃っているのだから、未遂のことに対して仕返しは量としては充分なのだ。ただレイジが満足していないだけという、冷静に考えれば理不尽な仕返しだということにすぐ気づくのだが、セツナにはそんな余裕はなかった。
「食らいな!」
「今だ!」
セツナを挟み撃ちにしたレイジとヒエイ。とにかく今はこの二人を対処しなければならない。前と後ろから同時に水鉄砲と指を向けて、噴射の体勢に入った。
両者が放った瞬間、彼女は海に潜った。放たれた海水はセツナの潜った海上を通り、交わることなくお互いの顔面に直撃した。
「うわっ、冷た!」
「目がっ、目がぁ……」
セツナが海面から顔を覗かせると、揃って目を押さえるレイジとヒエイの姿が見えた。
「あーあ、見てられませんよ。共倒れとか。」
気の毒に思えたセツナは心配して二人の元に向かった。それに気づいたレイジは右目を使った。
こうなったら皆巻き添えだ。助けに行こうとした彼女の願いは叶わず、突如大津波が三人を飲み込んだ。
波打ち際、さっきの大荒れが嘘のように静まりかえった海岸に、三人の高校生が打ち上げられている。二人は砂に突っ込んだ顔を上げると、あちこちから入った水や砂を弾き出した。
「もう……何なのですか、あの大波は。偶然なんてわけないですよね……レイジ。」
「ホホホホホホホホホホホ。」
「助けてほしいなら素直に言えよ。」
ヒエイの言う通り、レイジは砂に埋もれた顔を抜け出せないでいる。ちなみにさっきは「俺を怒らせた罰だ。」と言っていたが、ヒエイとセツナには伝わっていない。
「自業自得ですよ……ほらっ、ヒエイも手伝ってください。」
「しゃーねえな。レイジ、腕引っ張るぞ。せーの!」
顔が砂からすっぽ抜けた。しかしその勢いでうつ伏せで倒れていたレイジの体は後ろに流され、引っ張った二人が手を離すとそのまま海へ仰向けで倒れ込んだ。
砂から抜けたと思ったら顔が海に沈み、一気に飲み込んでしまって驚いたレイジは咄嗟に叫ぼうとしたが、口が完全に海中に沈み声にならなかった。
「はははっ、本当に面白いですよあなたは。」
「わざとなら分かってるはずだもんな。だからこれは偶然、そして偶然に弱いお前が悪い。」
確かにセツナの心を読む限り、引っ張った反動で海に投げ飛ばそうとは思っていなかったようだ。予想以上に軽く抜けた結果らしい。
「閃いた。」
上半身を起こして顔を海から出すと両手で水を払い、思いついた勝負を提案した。
「ロシアンルーレットで行こうぜ。」
レイジとヒエイの代表決定戦、そしてイブキとの頂上決戦のお題、それがロシアンルーレットというわけだ。
レイジが提案する勝負というのは、彼に勝算があると思わせるものではいけない。相手が勝てると思ってしまうような勝負を提案し、乗ってもらわなければならない。
勝負のテーマであるスピードの要素を取り入れたオリジナルのルールを説明するが、間違いなくヒエイもイブキも乗ってくるだろう。そしてレイジにも僅かに勝算があった。
「じゃあ先に、イブキとの勝負のルールを説明するぞ。三つの寿司を用意し、テーブルを挟んで等距離のスタートラインを同時に出発。お互い一つずつ取って同時に食べて、ハズレを引いた人が負け。」
一見先にテーブルに着いた人が有利だが、ハズレを引く確率は平等である。ハズレを引くまで勝負は続行するので、早さが勝負を決定づけることにはならない。他にも考えることはいっぱいあるが、それらの要素を利用した人が勝利を手にすると言えるだろう。
「そのお寿司は誰が作るの?」
「ああ、俺とヒエイが勝負して、負けたほうが寿司を握る。」
さすがに食べ物を描いて作ることはできないセツナは、また利用されるのではないかと危惧していたが思い過ごしだったようで安心していた。
「まあ、最終戦はそれでかまわないぜ。予選も寿司なのか?」
「ああ。だけど、形式は少し違う。」
レイジは近くにあった流された枝を手に取ると、乾いた砂の上に図を描き始めた。
五つの皿が円を描くように並び、一つ一つに一貫の寿司が盛られている。
「スピードだけで勝負するのもアレだからな。これは運勝負であり心理戦だ。」
五つの皿、一つだけわさびを大量に盛ったハズレの寿司。それを挑戦者が交代で作り上げる。
作った人は自分がわさびを盛った寿司を覚えておけるが、取る順番は後になる。最初に相手、次に自分。二週目の最後、つまり残りの一個にハズレが残れば、それを食べなければならない。その時点で敗北が確定してしまうのだ。
「ふーん。先攻と後攻、どっちが有利か一概には分からねえな。」
ヒエイには幻影がある。見えている寿司のほとんどは幻影で手に取ることができる、取れたと思ったらそれがハズレだったという罠を張れるという強みがある。
一方でレイジは相手が作った寿司のどれがハズレかが分かるのだが、能力の効かないヒエイ相手にはまったく役に立たない。つまり、確実にヒエイが有利。確信はないが、彼はそう感じていると読んだ。
「あれ? 二人で交代交代なら、先に取ったほうが三回取るし、最後の皿も作らなかったほうが取ることになるんじゃない?」
「セツナ。俺はちゃんと平等なルールを作ったぞ。五つの皿を三人で取る。勝負する二人は二皿ずつ、残りの一人が一皿取れば、数は均等ラストは作成者本人が取る。」
三人で取るというフレーズに疑問を抱いていたセツナだったが、ふと悪い予感がして恐る恐るレイジに尋ねた。
「その三人目って、もしかして……」
「お前もやるんだよ、セツナ。」
そう。これがこの勝負のミソと言える。ハズレが分かっていれば自分はまず引くことはない。だから自分が作ったターンで勝つことが重要になるが、ハズレをセツナに引かれてしまえばターンを渡してしまう。
そしてもう一つ。相手がどこに仕組み、どこを避けながら取るか。これを観察することで、ハズレを引くよう誘導することができるのだ。
心が読めないレイジができる対策は、目に見える情報をいかに有効活用するかにかかっている。むしろ彼はこれくらいのハンデをつけて勝てなければ、イブキたちSランクに勝てないとまで考えていた。
「なんで私まで巻き込むんですか!? まさかこれがお昼ご飯の代わりだなんて言いませんよね!?」
ちょうどお昼時。散々騒いでお腹は空いているが、特盛わさび入りの寿司かもしれない恐怖を味わいながら食べたいとは思わない。セツナは全力で抵抗しているが、さすがにこれだけで昼食を済ませるつもりはない。
「いや、昼はちゃんと食べるぜ。勝負は午後からだから、食べ過ぎるなよ。」
昼飯の後に寿司ずくしの対決が待っている。それを知ったうえでどれだけ昼飯を食べるかを考えたり相手を観察することも勝負の駆け引きの一つ。短期決戦を想定してたくさん昼飯を食べるか、長期戦を考慮して分量を抑えるか。能力に頼らず戦うのだから、これくらいは情報収集の機会が必要だと考えたレイジは、あえてこのタイミングでルールを説明したのだ。
「はっきり言って、それらの勝負でレイジに勝ち目があるとは思えない。けど、そんな勝負を持ちかけてヘキサフリートを破ったのも事実だからな。」
心は読めない。しかし、ヒエイの目を見ればすぐに分かった。彼の答え、やる気の入る音、聞こえずとも伝わってきた。
「じゃあ早速昼飯タイムにするか。どこへ行く?」
「私、パスタ食べたいです!」
「この辺りの店は詳しくないからな。お前たち二人に任せるぜ。」
セツナが提案したのは、小見宿駅の近くにあるイタリアンレストランだ。ここからは少々遠いが、午後五時に間に合わせるにはちょうど良いだろう。
「よし、じゃあそこにするか。今度ヒエイの家の近くの店も紹介してくれよ。」
「ああ、いいぜ。こっちも景色なら負けねえからな。海のきれいさはかなわないけど、山が多くてロープウェイに乗れるんだぜ。」
そこはヒエイの家や高校からも遠いが、彼からすればすぐなのだろう。実際そこはレイジやセツナにとってもかなり遠い。直線距離で見ることができず、電車で大回りしなければならないのでなかなか行けないのだ。
「今度泊まりにいくよ。そのときに乗ろうぜ、ロープウェイに。セツナは高い所苦手か?」
「別にそんなことはないです。ゴンドラからの景色、是非描いてみたいです……」
「……見てはいけない物が出るってウワサもあるぜ……」
しんみりしたことを言うセツナに、レイジたちは茶化した言葉をぶつけた。じゃれ合っているとすぐに駅が見え、地図を見ながらレストランへ向かい中へ入った。




