55話 だいたい茶番です
「おい、もっとスピード出せないのか!? 追いつかれるぞ!」
「安心しろ。イブキに見えているのは幻影だ。本物を捕まえることはできない。」
レイジとセツナを乗せてバイクで爆走するヒエイ。それを何の乗り物にも頼らず自身の足だけで追いかけて徐々に距離を詰めていくイブキ。
普通に走っていてはすぐに追いつかれてしまうので、ヒエイは自身たちの幻影を生み出した。
幻影というのは他の人すべてに自分の姿と同じ像を一つだけ見せるというもので、その間は本来の姿を隠すことができるが幻影に人が触れれば消えて本来の姿が見えるようになってしまうというもの。
それならばイブキが幻影に追いつき触れた瞬間に偽物と分かってしまい、見えるようになった本物を改めて追いかければいいだけの話になると思われるが、それは彼女の弱点である。
イブキの能力は瞬間的に身体能力を向上させる代わりに骨や筋肉、心臓への負担が能力解除後に一気にかかってくる。つまり全力で幻影に追いつきバイクを押さえ込んだ瞬間に能力を解除してしまえば、その時点で彼女はかなり体力を消耗する。
よって改めて本物を追いかける体力を残さずに全力を出し切ってしまったイブキにはさらに追いかける気力は残らない。追いつかれることはないというのがヒエイの作戦だった。
けれども、その程度で振りきれるほど甘くはなかった。その幻影はとうに見破り、そこで体力を使いきってもいないイブキはさらに先にいる本物に気づくとスピードを落とすことなく追いかけ出していた。
「その幻影、一つ破られた! もう無理だ、追いつかれる!」
次の策を考えているような余裕はない。運転に全力のヒエイの目の前に迫っているのは急カーブ。一人で乗っているときならともかく、交通違反である三人乗りの状態で誰も落とさず曲がりきることができる保証なんてない。
かといって減速すれば追いつかれてしまう。まさしく打つ手なしの状況に追い詰められてしまった。
「曲がるぞ! しっかり捕まってなあ!」
左カーブ。一か八か曲がろうとしたところ、左側からイブキが追い抜いた。
イブキだと認識できるほど目視できる速度ではなく、このまま曲がれば何かにぶつかると判断したヒエイはハンドルを戻してブレーキを踏んだ。
今ならギリギリ間に合う。ガードレールを突き破って崖の先の海に落下することはない。その可能性を信じて急ブレーキをかけたが、残念ながら間に合わなかった。
衝突音と破裂音が轟き、バイクに乗っていた三人はバイクごと海に投げ出された。宙を舞うヒエイ、レイジ、セツナ、そして彼のバイク。
急に足を止め残ったガードレールに体当たりすることで踏みとどまったイブキは咄嗟に上着を脱ぐと海に飛び出しセツナを抱え込んだ。
続けてイブキは空中を蹴って落下方向を修正し、砂浜への着地を狙った。
砂に沈むように真っ直ぐに着地することで衝撃を和らげたイブキは、抱えていたセツナを下ろすと沈んだ足を抜き出した。
「今回ばかりは本当に死ぬかと思いましたよ! 感謝します、イブキ。」
「怪我がなくて良かったわ。うっ、痛っ……」
一気に体力を使った反動で、全身に痛みが走る。けれどもまったく動けなくなるほどではない。数分休んでからならかろうじて歩けるようにはなる。それまでは絶対に安静にしていなければならないのだが、抵抗はなかった。
「助けてくれぇ、流される! 沈む!」
「おいそこのライフセーバー! 海開き前だからってサボるな!」
海に落下したヒエイとレイジの、助けを求める声が聞こえる。助けにいくかどうか決めるために、イブキはセツナに尋ねた。
「あなたあいつらと何してたのよ。」
「私だって知りたいですよ! 見知らぬ男にナンパされてたらレイジに連れていかれて、そのまま乗せられていったのですよ! 訳が分からないです!」
もしかしたら彼らは自分ではなくその男たちから逃げていたのかもしれない。女の子の叫び声が聞こえて外に出てみたら三人乗りで発進するバイクが見えたので咄嗟に追いかけてはみたが、実は助けようとしていたのではないか。そんな風に思えてきたイブキは、迷わず海へ駆け出していった。
先にレイジを、次にヒエイを捕まえ二人を連れて砂浜に戻ろうとしたが、ヒエイは何かを訴えていた。
「俺のバイク……どこだ、どこに沈んだんだ!?」
自分の身を考えずに何度も潜ってバイクを探すヒエイを強引に連れ戻そうと手を引いたが、その瞬間一気に体力が失われてしまった。
「おいイブキ、どうした!? しっかりしろ!」
体力の限界か。いや違う。他に可能性の高いものがある。
レイジはイブキの手を探した。そしてヒエイを掴んでいる手を無理に放させた。
ヒエイに触れたことでイブキの能力が打ち消され、能力によって体力を絞り出すことができなくなってしまったのだ。元々の体力は使いきってしまっていたので彼女は動けなくなったと考えられる。案の定、手を放させた瞬間に彼女の意識は戻った。
ヒエイに触れればイブキは動けなくなってしまう。ならば最適な行動はこれだ。
「ヒエイは俺が送っていく。だからイブキはバイクを探してくれ!」
イブキが自分たちを疑っていないことに気づいたレイジは、彼女に協力すると同時に必死に頼み込んだ。
一刻も早く体を休ませたいと思っているイブキだったが、レイジたちの力になるためにバイクを探しに潜ってくれた。そしてレイジはヒエイを背負って海岸へと戻っていった。
「大丈夫なんだろうな!? 俺のバイクは……」
「間違いなく壊れてるだろうけど、きっと見つけてくれるさ。少しはあいつを信じろ。」
それを聞いたヒエイは自分で泳げると言ってレイジから離れると自力で浜へ泳ぎだした。
「ふー、とりあえず一安心だな。」
「何が一安心ですか、人をこんな目に遭わせておいて!」
セツナは本気で怒っている。家に押し掛けたときと同じくらいに怒っている。なんて弄り甲斐のある子なんだと、レイジはまるで反省する気がなかった。
「元はといえば一人でどっか行って絡まれてたセツナが悪いんだからな。これに懲りたらなるべく家から出ないように。」
「私が悪いって言うんですか!? それに家の鍵を破って侵入してきたのは誰ですか!」
水や高所等に恐怖心を持ってしまったことはなさそうだ。それに元々二人に呼ばれた以上何かしらの被害に遭うのは覚悟していたから、思っていたほどショックは受けていなかった。
「ほら、見つけてあげたわよ。」
海面に顔を出したイブキは、バイクを引っ張って砂浜に泳いできた。レイジたちは海に入り、一緒に引き上げに行った。
「ありがとう、見つけてくれて!」
「これで良かったのならいいけど、もう動かないんじゃないかしら。」
五メートルはある高さから海面に落下したのだから、壊れている部品もあればエンジンも水没している。修理できるとは思えないし買い替えるのが賢明だと思うが、ヒエイにとっては特別な一台らしい。
「なに、イノリに頼めばこれくらいすぐだ。」
人の願いを叶える能力があるイノリ。しかしヒエイの願いを叶えようとすれば無効化され直せないはずだ。
けれども彼は言った。そんなときは、イノリ自身の願いとしてバイクを直せば解決だと。
ただそうなると、イノリが彼のバイクを直したいと願う必要が出てくる。
「そう易々とやってくれるのか?」
「代わりに大量に洋服を買わされるだろうがな。」
それが頼みを聞くときの条件か。なんにせよ、バイクを見つけられて直すことができると分かったヒエイは満足そうにしている。
「用が済んだなら私は戻ってもいいかしら? もう疲れちゃったわよ……」
「ああっ、無茶しないでください。私の肩貸しますから。」
イブキはセツナと一緒に海の家へ戻っていった。疲れているから休みたいというのは事実だが、彼女は夕方にヒエイと勝負することを忘れている。今日はこれからゆっくりできると気を抜いていた。
「あれぐらいでバテたのか? まあそうだよな。今休まないと夕方のヒエイとの対決に負けちまうもんな。」
イブキの歩く足が止まった。レイジの挑発を聞いて思い出したイブキは、気を引き締め直して言った。
「そんなわけないわ。今すぐにだって相手してあげられる。でもね……」
イブキは後ろを振り返り、二人の格好を見た。
「その格好じゃ風邪ひくわよ。」
彼女の言ってる通り、セツナと違って落下したときに助けてもらえず海に沈んだレイジとヒエイはずぶ濡れだった。確かに勝負どうこうの前に着替えるのが先かもしれないが、二人は着替えなど持ってきていなかった。
「そうだな。濡れた服を着ていると体温を奪われてしまうからな。」
レイジとヒエイは周りを気にすることなく上着とシャツをすべて脱いで上半身裸になった。
「これでよし。」
「さあセツナ。俺たちの服を描いてくれ。」
「ちょうっ、だから、来ないでくださいー。」
濡れた服を差し出して迫ってくることに本能的に身の危険を感じたセツナは、そこにイブキを置いて逃げ出した。
一人残されたイブキは、そこで座ったまま休むことにした。
「あいつら出禁にしようかしら。」
やってもらいたいことはただ一つ。濡れた服を塗ってもらい、防水性の服に変えてもらうことだ。
セツナの家のドアは元々一般的な鍵穴つきのドアだったが、彼女がドアに重ねて色を塗ることで彼女のイメージによってできた、誰にも真似して作ることのできない世界に一つだけのドアに変わった。
そうなったドアはこれまた本来の鍵に色を塗ることで別物になった鍵でしか開かなくなる。
どれだけ衝撃を与えようと外すことも壊すこともできない。防犯対策が万全の物に変わるのだ。
今回はセツナのその能力を応用し、元々レイジたちが着ていた服をすべて色を塗ってもらい、彼女のイメージした防水性の服に変えてもらう。
さすがにまとめて脱ぐと通報されかねないので、先に上半身だけ着替えて後からズボンや下着をデザインしてもらうことにしたのだ。
ちなみにこれができるのはレイジだけで、自分以外の一切の能力を受けないヒエイは鍵なしでドアを破ったように、能力によってできた防水性のある服に触れることができない。
彼が触れている間は普通の服として機能してしまうため、持って水に浸けるだけであっという間に吸水してしまう。
さすがに乾いた服として着ることはできるだろうが、その服を着て海に入ることはできない。
それを知ってるのかそうでないのかは分からないが、彼もレイジ同様服をデザインしてもらうよう押し掛けている。
そんな彼らから逃げていたセツナは、海の家の裏に回って隠れた。
「もう、何なんですかあの二人は……」
迷惑に思っていながらも、このまま二人が風邪を引いてしまわないかと不安になったセツナは悩んでいた。
そもそもこんな面倒事になった原因は自分が一人で歩いていたことにあるということは、少しだけ認めていた。
多分あのときレイジは自分を助けようとしていた。けれども言動がことごとく裏目に出た結果こうなってしまったのだろう。
セツナはすべての元凶である、この海の家の前での出来事を思い出していた。
一人で来たのではない。
男たちにそう言い返したのは、絡まれたくなかったからか。人に言い返したい、それとも自分に言い聞かせたい。どっちだったのだろうか。
どうせこれからも、あの二人はろくなことをしないしとんでもないことに巻き込まれるのは分かっている。
なら帰ればいいじゃないか。でもなぜそうしないのか。
認めたくはないのだが、きっと本心はそういうことなのだろう。
「仕方ないですね……あの格好のままにさせるわけにもいきませんし、仕方なく着せてあげますよ。ええ、仕方なく。」
建物の裏から出ようとしたとき、突然放送が入った。
『迷子のお知らせです。海にも入っていないのに新品の水着でうろうろしている赤い髪の女子高生の品川刹那さん。お連れ様がお呼びですので、迷子センターにお越しください。繰り返します……』
「なんてことしてくれたんですか!」
「だってこうでもしないと見つからないし。」
「実際迷子だったしなあ。」
レイジは心の声を頼りに探し当てることはできるのだが、それでは見つけて逃げられての千日手だ。
考えついた最も手っ取り早い方法が迷子放送だった。海開き前で閉業中だったが、無理を通して呼んでもらった甲斐があった。
すぐに会うことはできたが、彼女の本心を読めていればわざわざ呼び出すことはなかったと悔やむレイジだった。
「服は作ってあげます。だから、これ以上問題は起こさないでくださいね。」
二人の服を預かったセツナは、海の家のテーブルを使って服を塗ることにした。幸い、ペンや絵の具は貸してもらえるようだった。




