54話 どこまでが演技なの
六月も半分が過ぎた。気温や天候等の面で体感する季節的にはもうとっくに夏モードだが、まだ海開きはしていない。ゆえにほとんどの海の家は閉まっている。
にもかかわらず、海岸にやって来た高校生だちがいた。
「あのお、私たちなんでここにいるのですか?」
買ったばかりの水着を着て、波打ち際から砂浜の上で暇そうに体育座りをしているセツナは不機嫌そうに聞いた。彼女の目線の先では、レイジとヒエイが沖を見つめて仁王立ちしている。彼らも水着に着替えてはいるのだが、まだ一度も海に入ってなくまったく濡れていない。海開き前なのでシャワールームも空いていないため、髪も体も乾ききっている。
なぜ彼らは海に来たのか。
誘いかけたのはヒエイだ。彼は昨日とある出来事によってイブキへのライバル心が再発し、近いうちにリベンジしたいという話をレイジに持ちかけた。
それなら明日来ればいいじゃないかと返したところ、決戦は明日日曜日の夕方に行い、それまでは海辺で対策を練るということになった。
しかし二人だけでは対策のための発想力に欠けると思い、暇しているであろうセツナも呼ぶことにしたのだった。
当のセツナは明日海に行かないかという話を聞かされただけで、完全に海に入って遊ぶものかと思った彼女はその日の内に新しく水着を買い、今日になるのを楽しみにしていたのだ。
近くで一軒だけ開いている海の家ほたるに行けば浮き輪やデザートを買えるからできないことがないわけではない。しかし海に誘った張本人たちが遊びではなくよく分からない勝負に向けて修行をするとか言い出して見向きもしなかった。
一人だけ海に入ったり食べ物を食べたりするのも気が引けたセツナは、レイジたちが気が変わり遊びだそうとするまで待つことにしたのだった。
「いいかセツナ、これは俺の一世一代の大勝負なんだ。俺は今日の夕方、あいつに勝たなければならない。」
まだ諦めていなかったのか、そしてなぜまた突然勝ちたいと言い出したのかと、セツナの頭には次々と疑問が浮かんできていた。
「ヒエイ、何があったのかセツナに説明してやれ。」
ヒエイの心を読めればわざわざ話してもらわなくても内心を読み取ることで彼に代わって説明できるのだが、能力を影響を受けない能力を持つヒエイに対しては完全に無力だ。
それを知っているのもあるが、それ以上にヒエイは自分の気持ちを口にせずにはいられなかった。そして彼が強くイブキに対抗心を持っていることを誰よりも知っているセツナが相手ならなおさらだ。
「俺は昨日、この近くを走っていたんだ。」
実際ヒエイは今日も朝早く家を出てバイクに乗り、三時間以上かけてこの海岸に来たのだ。昨日も同じだけ時間をかけてこの町までやって来ていたのだと思うと、セツナはくだらなさに返す言葉もなかった。一方彼は気にせず話を続ける。
「俺はこの海岸で、困っている人を助けようと思って来てみたんだ。しばらく待っていると見かけない高校生がツーリングでやって来た。案の定奴らは騒ぎ始めたよ。時期外れにもかかわらずナンパし出してな……」
まだ海開き前でライフセーバーは巡回していない。そして今日は気温が高く天気も良い、絶好の海水浴日和だ。だから海に来る女性がいて、監視の目の届かない隙に声をかけにくる男たちが現れる。その瞬間を待ち望んでいたヒエイは、エンジンをかけて急発進して飛び込む準備をした。
波乗り道路から飛び出した勢いで現場に突入し、巻き込まれている女性を乗せて逃げ切る。それがヒエイの狙いだった。
なぜ彼がそこまでするのかには深い理由がある。以前この海で誘拐されかけた女の子を助けるためにバイクで車を追ったが、足で走って彼を追い越して誘拐犯の車に飛び込み救出した人がいた。それがイブキ。
せっかくの見せ場を奪い、逆に注目を集めた彼女に嫉妬したヒエイは、それから彼女にライバル心を抱いた。
そしていつかこの海で、イブキより先に誰かを助ける。一度でいいから彼女より役に立つ存在として評価されたい。そんな願いは叶わないまま、昨日新たに負け越してしまったのだった。
「だから俺はあいつに宣言した! 明日こそ、お前に勝つと!」
気合いは入っているようだが聞いていたセツナはぽかんとしていた。そして彼願いを叶えるのは無理だと直感した彼女は、あまりに無茶な高望みに思わず噴き出した。
「何がおかしい、答えろセツナ!」
「何でそんなことで見栄張ろうとしているのですか? いい加減自分は敗北者だと認めてください。」
「敗北者だと……!?」
「ちょっ……幻影使うのやめてください! 邪魔です。」
ヒエイはセツナの元へずかずかと歩き迫っていく。それはあまりにも一瞬の出来事で、彼女が気づく頃にはすでに目の前まで迫っていた。
それに驚きはしたものの瞬間移動の原因が分かれているセツナは、大きく取り乱すことはなかった。
ヒエイの能力‘幻影’は、あらゆる他者の能力を受けないのに加えて周りの人に自分の幻を見せることができる。
つまりそこにいると見えていたら実は残像で、他の場所から出てくることができるということだ。
もしセツナがヒエイの能力の詳細を知らなければ、今こうしてレイジが彼の能力を知ることはできなかった。
「確かに俺はAランクだ。S+ランクのイブキにかなわないのが当たり前と思われても仕方ないのは分かっている。けどなあ、ランクとかそういうの抜きで、俺はあいつに勝ちたいんだ!」
心の中は読めないが、彼が考えていることは自分に近いものだろうとレイジは思っていた。圧倒的な力を持っているゆえに自分の存在が霞んでしまう。だからその人に認められることで自信を持ちたいのだという思いは、きっと同じだ。
そう気づいていたからこそ、レイジはヒエイに全面協力をしようと思っていたのだった。
「だいたい、そういうつもりで呼んだのなら先に説明してほしかったです。せっかく新しく水着買ったのに、泳げないなんて。」
立ち上がって水着や足についた砂を払うと、セツナは海の家のほうへ向かって歩き出した。
「ん、どこ行くんだセツナ? トイレか? 長いのか?」
「違いますしそうでなくてもそんなこと聞かないでください! 変に思われたら嫌ですよ!」
残されたヒエイの元にレイジは戻っていった。
「海開き前だからイブキがすぐに来ないってのは間違いだったな……部活の時間以外はずっとこの海の近くにいるから。」
「俺の直感では昨日の天候なら絶対ナンパが起こるってなってたからな。あいつも同じだったのかもしれん。」
昨日ほどではないが、今日も暖かい晴れの日だ。またナンパが起こる可能性もある。
しかし今日も、日中はイブキがトレーニング兼パトロールをしているので出番はないだろうが。
「そんなわけでちょっと頼みがあるんだけどさ……」
そう尋ねるとヒエイはレイジに耳を貸すようにジェスチャーをしてきた。彼は耳を向けるとヒエイはイブキに勝つための作戦を呟いた。
「お前がナンパしてきてくんねぇ?」
何を言い出すのかと思えば八百長か。先にイブキに見つかるので全力抵抗する。そしてヒエイがやって来た途端急に無抵抗になり倒されたふりをすることで、彼女より役に立てることを証明する。それがレイジへの頼みだった。
今日の夕方の正式な勝負の前に、一つアピールをしておきたい。そのための仕掛けということだった。
「それ俺が痛い思いするだけじゃん。」
レイジはすぐに切り返したが、それもヒエイの想定内ですぐさま言い返した。
「別にやられろとは言っていないんだ。俺が着くまでイブキを押さえていればいい。それとも何だ? ヘキサグフリート全員を破った最強のSランクは多少格上のS+ランクに立ち向かえない臆病者なのか?」
レイジはカチンときた。元々S+ランクは下から順番に倒していく予定ですでにトシヤとの決戦を控えているが、今ここでイブキから逃げ出すようでは印象が悪い。ヒエイの挑発にあっさりと乗ってしまったレイジは、やる気になっていた。
「やってやろうじゃん。むしろお前が来るのを待たずしてイブキを倒してやるわ。」
水着の上に巻いたベルトから二本のサバイバルナイフを取り出し、瞬時に指使いのウォーミングアップを済ませて準備万端だ。しかし、まだ気になることが一つある。
「ところで誰をナンパすればいいんだ? そいつにも協力してもらわないと面倒なことになると思うぜ。」
八百長だということが伝わらず通報されたら本末転倒だ。イブキが通報に逃げることはないだろうが、何も知らない一般人に何も言わずに実行すればまず通報されるし、話を持ちかけたところで力になってくれる保証はない。
だからレイジはそのナンパをどう始めるか悩んでいたが、それもヒエイは想定済みだった。
「何を言ってる。そのためにあいつを呼んだんだろ?」
いるのだ。レイジたちをよく知っていて、ナンパに好都合な一人でいる女の子が。
「それセツナに言いふらされて終わるやつじゃんか。」
「大丈夫だって。そりゃあ率直に芝居に協力してくれなんて言って素直に協力してくれるはずはないが、何も言わず実行すればすぐに状況を察してアドリブで力を貸してくれるって。」
やはりヒエイはセツナにはこのことを伝えていない。彼女自身さっきまで何も考えていなかったのだから当然と言えよう。
「それにあいつ一度誘拐未遂に遭っているから、適応力はある。心配するなって。」
別にセツナが知り合いにナンパされたくらいで心を病むとは思ってもいない。昔ヒエイがバイクで追いかけた誘拐犯に捕まっていたのがセツナだ。
加えて一人で留守番しているときに開けられないドアを破って二人の男が家に押し入り、テニスラケットで迎撃をしようとしたもののその内の一人に押し倒され強い恐怖心を抱いた経験もある。
その男たちというのがここにいる俺たちということは触れないでおこうとレイジは考えていた。
問題はナンパに遭ったことを他の人、主にヒカリとミライに話してしまったときのことだ。
仮にヒエイが間に合わずレイジがやられてしまったとしても彼がセツナをナンパしたという事実は残る。それを彼女たちに話されると人間関係や信頼度がボロボロになるのは免れない。
「あいつが他の人にバラしたらどうなるんだよ!」
「他の人にナンパしようと見つかればバラされると思うけどな。」
そう言われるとぐうの音も出ない。かといって普通の人にナンパを任せれば一瞬でイブキに撃退されるだろうしそもそも彼女のいる前で手を出すことはしないだろう。
「話されたくなければ話せなくさせればいいじゃん。そのための右目だろう?」
セツナの願いを叶わなくさせて事なきを得る。そのために俺を呼んだのかと察したレイジは吹っ切れた。
この際なるようになってしまえばいい。どんな形であれ、イブキを倒せば目標達成のようなものなのだ。
「バイクの準備をしておけ。間違っても逃げるなよ。」
「ふっ、レイジこそ。俺が出る前にやられるなよ。計画は台無しになっちまうからよ。」
負ける気など毛頭ない。レイジは今まで何度もイブキと拳を交えてきた。いや、彼から手を出したことない。彼女の拳をかわしにかわして逃げ切る。そんな戦い方ばかりだった。
しかしそれでも動きや思考から対策を打てるようになったのも事実。いくら彼女のホームグラウンドである砂浜の上といえど、そう易々とやられるわけにはいかない。
イブキの気配に注意しながら、セツナの元へと近づいていった。
なにやら揉め事が起こっている気配がする。セツナが向かった海の家が見えてくると、店先に何人かの人影が見えた。
レイジは彼らの心の声を聞いた。一人はセツナだ。そして他は見たことのない男たち。
本物の声は聞こえないものの心の声ではっきりと分かる。今まさに彼女はナンパに遭っているのだ。
「まだ六月だってのに一人でこんな格好して、遊びたいって言ってるようなもんじゃん?」
「一人じゃないですし、待たせているので帰らせてください。」
イブキが来る気配はない。今ヒエイを呼べば自分もナンパせずに助けることができるのではないかと思ったが、むしろこれは自分にとってのチャンスではないかとも思えた。レイジは彼には連絡せず今ここでイブキより早くセツナを助け出そうと考えた。
けれどもやはり、作戦は作戦だ。彼らを押さえるのに想像以上にてこずってしまえばそれこそ後から来て速攻で始末できるイブキの一人手柄となってしまう。ここは作戦通りに進めるために、彼らからセツナを奪い取るべきだと決断した。
「ちょっと待ってもらおうか。」
レイジは男たちの話に割り込むと、セツナの前に立った。
「何だよお前は。ガキは痛い目見ない内に帰りな。」
助けに来てくれた。セツナはそう思っている。悪いがそれは違うのだ。
「こいつは俺が先に目をつけていた。」
何を言っているのと内心思うも口にしないが明らかに動揺して驚き顔になるセツナをよそに、計画通りのナンパを始めた。
「君、俺と一緒に遊ばないかい? さあ、来るんだ!」
足払いをかけて彼女の体勢を崩すと背中と腿を抱えてヒエイの待機場所へ向かっていった。
男たちもすぐさま追ってくる。元々足が遅く女の子一人抱えた状態で振りきれるはずがない。
レイジは右目の能力を使って彼らを見ると、砂浜で次々と足を滑らせ団子状態になり動けなくなった。
「ちょっと何をしてるんですか!? 降ろしてください!」
セツナが暴れだしたせいで足を滑らせながらもレイジは坂を登り、ヒエイの待つ波乗り道路に出るとヒッチハイクの合図で彼を呼びつけた。
「どうしたんだレイジ!?」
「いいから俺たちを乗せて逃げろ! 早くしないと追ってくる!」
詳しい状況は分からないが、レイジの言う通りにしバイクを発進させた。
三人乗り。いくら演技とはいえ見つかれば減点を食らう。そのうえ速度超過。当初の目的とはかけ離れているが、冷静に考えている余裕がないのはヒエイにもレイジにも分かっていた。
「もっとスピードを上げろ! 追いつかれる!」
「分かってらあ! しっかり捕まってろ!」
「怖い、怖いです! 何なのですかあなたたち、何をしてきゃあああ!」
三人を乗せたバイクが猛スピードで道路を駆け抜けていく。
その後方から、それ以上のスピードで猛追する人影があった。
‘覚醒’。能力により一時的に身体能力を向上させたイブキが、全速力で追ってくる。




