46話 後悔するのはどこだったのだろう
「ラーメン屋だって。私たちも入る?」
「遠慮しておくわ。見た感じ混んでいるし。」
ヒカリとコミチはレイジたちを追いかけ、店に入るか話していた。
「ごちそうさま!」
悩んでいる間に、数分前に入ったばかりの二人が飛び出してきた。
「おかえり。諦めたの?」
「いいえ。もう食べ終えたわ。」
イブキは一口ですべてすすり、スープすら残さず平らげてしまった。レイジはゆっくり食べようとしたが、麺と具を圧縮されまたしても球体にされてしまった。驚いて叫んだところ口に突っ込まれ、そのまま店を引っ張り出された。
「なんで冷まさず一息で食えんだよ……しかもまた潰しやがって……」
レイジは元々、食べている間にイブキを説得するつもりだった。頭だけで考えないで、行動すれば道は開ける。だから今は深く考えなくても、おのずと答えは出てくるだろうと。
そこまで伝えたところで注文したラーメンが届き、決意を改めたイブキは箸さえ持たずにどんぶりの中身を一瞬で吸い取ると、店を出ていこうとした。
その地点でレイジは唖然としていたが、彼が食べ終わるのを待ちきれないイブキはどんぶりに触れるとスープ以外の中身を圧縮した。密度がえらいことになっているため、ラーメンだったものは勢いよくスープに沈む。
すると今度はスープを暴発させて中身を球体のラーメンだけにした。飛び散ったスープが手や顔にかかり、熱さのあまり叫んでしまったレイジの口に、どんぶりを持ち上げて固形と化した麺と具を流し込んだ。
そして強引に飲み込ませると、今度はイブキがレイジの手を引き勢いよく店を出たのだった。
「私だってラーメン屋は一回も連れていってもらったことないのに……ずるい。」
ヒカリは嫉妬しているが、中でどんな目に遭わされたのかを分からせてあげたい。少なくともあれは若い男女がラーメン屋に行ったときにすることとはかけ離れていると言い切れる。そもそも今までラーメン屋に行きたいとはまったく思っていなかったじゃないか。
レイジからも突っ込みたいことは色々あったが、収拾がつかなくなるうえ乙女心は理屈が通じないものだと割りきってしまっているので声に出すのをぐっと我慢した。
現在時刻は十二時過ぎで、一時にはバスに戻らなければならない。よって残りの自由時間は実質二十分だ。
「もうあまり時間ないから、二人はコンビニでも行って昼飯済ませてこいよ。」
なんてことを言ってヒカリが納得するはずはないのは分かっていた。
飲み込まされた固形ラーメンは徐々に消化されていくため飲み込んでしばらくの間は空腹は満たされない。しかしここでさらに何か食べてしまうと、消化が進んできた頃に胃もたれを起こす可能性があるのだ。
一緒にご飯を食べたいというヒカリの願いを叶えてあげることはできなかった。
けれどもヒカリの認識、レイジはイブキを誘ってご飯を食べ、自分は置いていかれたという認識は変わらない。彼が店を決め一緒に食べない限り納得することはなかった。
「ああ分かった分かった! 連れてってやるから!」
レイジは帰り道の途中にある喫茶店を探した。時間内に行ける場所で、ヒカリが喜びそうな場所。一軒だけあったので、そこへ向かおうとしたところ、イブキに腕を掴まれ動けなくなった。
「待って。今また昼ご飯食べたらあなた絶対にお腹壊すわよ。それで午後動けなくなったらどうするのよ。」
「だったら無理にあんなもん食わせんな! 金は払ったから食べないで出ても怒られないってのに。」
もっと早く体調を心配できるか今このタイミングで心配なことに気づいていなければ問題はなかった。いや、イブキの忠告を無視して食べていようものなら、ただでさえ固形ラーメンのせいで腹痛が起こるのにさらに胃の中を満たそうとしたら相乗効果で悲惨な事態になるのは免れなかったのだが。
いずれにしても今こうしてヒカリとイブキが揉めることになることはなかったはずだ。
「班は一緒に行動しなければならないの。部外者は口出ししないでくれる!?」
「あなたにレイジの何が分かるの? あなたの勝手でレイジを潰されるとこっちも困るのよ。」
一触即発の二人。このままおっ始めようものなら間違いなくヒカリが不利だ。力ではまずかなわないうえ、昼食を取り損ねる可能性が高い。手がつけられなくなる前に、ヒカリを説得して引いてもらわなければならない。
「いいから店に行くぞ! 話はそれからだ!」
ここで揉めていては食べる時間がなくなる。レイジは思いついたアイディアを話しながら、店に向かって歩いていった。
「……で、こうなっているわけね。」
四人卓に着きヒカリとコミチの二人は注文を頼んだ。一応ランチメニューがあるのだが、二人が頼んだのはデザートとドリンクだけだった。それでも合計金額はレイジたちが注文したラーメンよりずっと高い。それで足りるのかとイブキは疑問が絶えない。けれども二人は満足していた。
無論レイジも注文していない。どうやってヒカリを納得させたのかというと、スプーンで掬い上げて口に運んで食べさせてあげているのだ。
「それにしてもよく分かったわね。食べさせてあげればヒカリは満足するって。」
デザートを味わいながら、コミチはレイジに尋ねた。実はこれ、ヒカリが最初から望んでいたことではなく、完全に彼の判断だった。なぜレイジがそう判断できたのか、それを聞いてきたのだった。
「ああ、前にイブキとやったからな。あっ、あのときは立場が逆だったか。」
前にイブキに食べさせてもらったのは食べたいという気のしない固形ラーメンだったが、異性に食べさせてもらえるという点では嬉しいものがあった。一方彼女は食べさせてあげる側であり自分は食べなかったが満足するようであり、つまりはあーんをすることによって食べさせる側と食べる側の両方が満足することができる。
ゆえにヒカリに食べさせることによって彼が何も食べなくても満足するようになり、二人が納得いくよう丸く収めることができるという算段だ。
「へぇ……食べさせてもらったんだ……私だってまだなのに……」
だから些細なことで競い合うのはやめてくれ。代わりに今食べさせてあげているじゃないか。レイジは何とかしてヒカリに納得してほしかったが、この件はいつまでも引っ張りそうに思えた。
「イブキも食べてみる?」
ヒカリの口にスプーンを運んでいるレイジを見てたコミチは、一口掬い上げてイブキの顔に近づけた。
「そ、そうね……めったに食べられるものじゃないし……」
イブキはスプーンに乗せられたデザートをチラチラと目を向けては背けている。
「どうしても食べてほしいなら、ちょっともらってあげてもいいわよ。」
分かりやすいツンデレだ。コミチにも見透かされている。優しいコミチは一口と言わず分けてあげようと思い、皿ごと彼女に差し出した。
一方で図々しいイブキは待っていたとばかりに皿をぶんどり、目を輝かせて食べようとしていた。
「あっれー? 人にあれだけ食べるなと言っておいて自分は食べるんだー、へえー! おっかしいなー?」
レイジが耳元で叫び続けていると、イブキはスプーンを持った手をプルプルと震えさせた。意地でも離さないようなので、口を休めることなく煽り続けた。
「ああっ、食ーべた食べた。自分だけ食べた。あ、もう一口いこうとしてやがむぐっ!」
堪えきれなくなったイブキはついにスプーンを口に運ぶと、すかさずもう一度掬い上げた。今度は自分の口ではなく、喧しくも隙だらけのレイジの口に突っ込んだ。
「ほら! これでおあいこ!」
「あっ、ずるい! 私も!」
ヒカリも真似してレイジの口にスプーンを近づける。
それを見たコミチは、面白そうに思って真似しようとするが、彼女の皿はイブキの手の中で、デザート本体はものすごい勢いで減っていき、残って返されるとは思えなかった。仕方なくテーブルを見渡すと、注文したドリンクに気づきグラスを手に取った。
「私からはこれを。」
コミチはグラスの中のストローの先をレイジの口に突っ込む。彼は思わず中身を飲んでしまった。
「わ、私だって!」
ヒカリはテーブルの端から新しくストローを一本取り出し、自分のグラスに差した。いわゆるのアベックストローのような、二人で一緒に飲む飲み物を見た目だけ似せた物だ。
「あのっ、こ、これ……やっぱり無理ぃ!」
それをやるのは恥ずかしいと感じたヒカリは、一人でバタバタとしている。あまりの挙動不審っぷりに見てるこっちが恥ずかしくなったレイジは、グラスをぶんどって中身を飲み干した。ストローは彼女が使ったものではなく、新しく差し込んだほうを使った。
その後はすぐに店を出た。時間がないのもあるが、あれ以上長居していると周りの冷やかしに堪えきれないのだ。人の心が読めるというのは、こういうときも不便に思う。
アニメショップでCDを買っている人はレジで店員から密かに笑われているのだが、声に出されてないから堂々と買いにいけているのであって、それを実際に声に出して笑われたら二度と人前に出たくなくなるだろう。そんな人の気分を味わっているようだった。
「美味しかったわ。また来ようかしら。」
「はいはい、そりゃあ良かったな。」
コミチの頼んだデザートの残りを一人で全部食べたイブキは満足そうにしていた。時間があるから私も頼むとか言っていたが、それで間に合うのは車より速く走れるイブキだけであり、かといって先に行ってると言えばトシヤたちに見つかりたくないからレイジだけは残れとも言ってくる。能力で圧縮すれば、彼女の場合そんな小細工しなくとも一秒で完食できるから、そこまで時間を気にするものではないと思いたいが、ゆっくりと味わって食べようと考えているので無意味な期待だ。
ただでさえ班行動というルールを破っているのに、他クラスの生徒とデザート食べていて遅れたなんて言い訳するわけにはいかない。どうしても残るというなら会計をイブキ一人に押しつけると言ってみても、お金は払うからレイジは残れ、全部レイジ負担にすれば今は諦めると返され、彼はやむを得ず交渉を飲み込み代金を支払った。
今は諦める、また来よう、などと言っているのは午後の個別自由時間にまた来ようとしているということだ。むしろもう施設見学もしないで、喫茶店にずっといようとも考えている。
イブキが甘い物好きというのは意外だった。何せ給食や弁当のメニュー以外でデザートを食べたことがなく、トレーニングに不要な食事を摂ろうとは思っていなかったからだ。
トレーニングを始める前、すなわちライフセーバーになる前も食べたことはない。村に住んでいた頃は近くに店などなかったし、この市に越してからも外食をしたことはなかった。
ライフセーバーになってからは同業者に連れられてラーメン屋に行ったのが最初の外食。だが年の近い人と出かけることは、今日まで一度もなかった。
そんなわけで初めて来た喫茶店で本性が目覚めてしまった。このまま甘いものに嵌まっていってしまい、抜け出せなくなるのが容易に想像できる。
近い将来体脂肪が増え絶望に落ちるイブキの姿を想像し、からかい甲斐があると確信したレイジは調子に乗り出した。
「これを機に脂肪がつくといいな。どこにとは言わないが。」
「何か言ったかしら?」
「へっ、ウエストがバストより大きくなったら一生笑ってやる。ハハハハハ!」
二人取っ組み合って言い争い始めた。手を放されて間合いを取られると、イブキは手のひらに力を込め始める。今の彼女の手に触れてしまえば即気絶させられしまうが、頭に血が上りきった彼女の動きや思考を読んでかわすなど容易なことだ。ヒラリヒラリと攻撃をかわしつつ、レイジは好き放題におちょくっていく。
「仲良いのね、あの二人。」
「私、ああはなりたくないわ……」
コミチとヒカリは茫然として二人の暴れまわる様を見ていた。
周りが見えなくなり車道にまで飛び出して動き回るレイジの前に、一台のトラックが迫ってきた。
「レイジ、危ない!」
ヒカリの叫び声とトラックのエンジン音がほぼ同時に聞こえた。音がした右側を向くと、一台の大型トラックがすぐそばに迫っている。運転手はスマホのゲームに夢中で、路上にいる彼に気づいていない。
そして次の瞬間、レイジの体は大きく吹き飛び、塀に叩きつけられていた。




