45話 幼き日のメモリー
「それにしても……」
なんやかんやあって行動を開始した四人。二人の班員とよそ者二人は、市街地を歩いていた。最初の行き先は民族文化や伝統文化に親しむことのできる施設。お茶を飲んだり、昔遊びを体験できるイベントをしにいくのだ。
「なんかあなたたちのクラス、能力者多くない?」
能力者、いわゆるEランク以上の人は今の高校一年生だと全部で百数十人いる。割合でいうと四百人に一人だが、これは百二十人近くいる小湊原高校だと一人いるかいないかの計算になる。それで六人もいるのはかなり異常なことだが、内三人が同じクラスにいるのだ。
普通は戦力の均一化を図るために各学級に散らばるのだが、六学級あるこの高校でなぜ三人も一つのクラスに集まっているのかがイブキの疑問だった。
レイジとしては、まったく気にしていなかった。
「でも俺はクラス決まってからSランクって評価されたしな。」
「私も、高校に入って初めてBになってそれまでFだったもん。」
つまり学級編成の段階で能力者と判断されていたのはコミチだけで、たまたまそこにレイジとヒカリが入った結果三人もいる学級が出来上がったというわけだ。クラス替えは年に一回ずつ。期首と期末にある能力検査で能力者が増えたことが判明しても、学年が変わるまではその学級のままということだ。
「俺一人でイブキに勝てるってのにBランクとCランクがいるからな。学級対抗戦なら俺ら一強だ。」
「頭壊れちゃったのね、かわいそうに。あなたたちぐらい、私一人で完封できるわよ。」
また彼らは言い争いを始めた。クラス対抗戦なんてあるはずないのにと呆れるヒカリは、一方でいつかレイジと共闘したい、彼の力になれる日が来てほしいと期待している。そこでレイジは考えた。
「なら校長に頼んでみようぜ。クラス対抗のタイマンバトルを。」
「面白そうじゃない。直談判してあげるわ。」
平和にやってくれないかと淡い期待をするヒカリに、コミチは言った。
「ということは少なくとも私たち、来年から違うクラスね。」
形容しがたい驚き声を上げ、ヒカリの体が固まった。現状六学級あり、能力者が六人いるならまず全員違う学級に配属される。その地点で、レイジと同じ学級になれる可能性はゼロだ。修学旅行はおろか、進級したら関わる機会がなくなるのではないかと、急に不安になった。
「そんなぁ! じゃあこれがレイジとの最後の思い出になるの!?」
パニックになり出す彼女が何を考えているのかを読み取り、落ち着かせられる言葉は何かを考える。六学級、現状五人。なら打開策はこれだ。
「心配するな! 能力者が一人増えれば最低一クラスは能力者が二人になる。だから可能性はまだある!」
「あり得ないわよ。同じ学校、同じ学年に七人も能力者がいるなん、て……」
そんなにポンポン能力者が現れるものかと冷めた目で見るイブキだったが、彼女はそれとは比にならないほどの奇跡が起こっていることを思い出した。
十七人だ。一つの学年に十七人もの能力者を抱える高校がある。そしてもう一人、多くいる可能性があった。
そう、ここのすぐそばにある、二千代高校だ。
かつて暮らした村を出て、皆同じ小学校、中学校に通い、今は高校生だ。この近くの中学校、イブキが二年生の夏まで通っていた中学校。そのときはまだ六人だけ、それでも多いが、能力者がいて話題になった。特にワタルは別格で、Sランクという概念を築き上げるほどだった。しかしイブキはその中の一人ではない。トシヤもキヨシも、今で言う四天格のメンバーの能力は、まだ発現していなかった。
黄金の世代とも呼ばれることもあった。誇りだった。そのメンバーと幼馴染みであることが。そしていつかそのメンバーに、自分も加わりたかった。
しかしそれが、彼らとイブキの仲を引き裂くトリガーになってしまった。
嫌だ。思い出したくもない。イブキは強く首を振り、考えていたことを忘れようとした。
「そんなことないぜ。ここから二駅行った所に高校がある。何せあの高校にはなんと十な……」
「レイジっ!」
イブキの心中を察した彼は、そこで言葉を止めた。ヒカリに何か聞かれても、何でもないとはぐらかした。
しばらく歩いて、最初の目的地の施設に到着した。平屋で横長、島内で唯一の伝承館であり、有名な観光スポットであるこの施設には、校外学習でやって来た学生の他にも外国人客で賑わっていた。庭園、展示物等、見所はたくさんあり加えて入館料はタダなので、平日の昼前とは思えない人の数に驚かされる。
五月ではもう見れないが、つるし雛や雛人形が部屋いっぱいに並んでいる光景は写真で見るだけでも圧巻だ。三百円で雛人形作りもできるが、日時は限られており今回は挑戦できないのも残念だ。
今回彼らは昔遊びやお茶会を体験することにした。
昔遊び。けん玉やメンコ、かるたといった昭和の遊びを体験できる。といっても参加者は小学生のような子どもではないので、お年寄りに教わるのではなく好きな物で好きなだけ遊べるというものだ。
箱を漁り、興味を持った物を手に取り、遊び終われば戻す。なかなか楽しいイベントではないかと思って入ってみた彼らだったが、案外中で遊んでいる生徒は少なかった。
「やっぱり今の若者は興味がないのね。やり方を知らないのもあるのだろうけども。」
「そうだねぇ、時代が変わっていくのは寂しいものだよ。」
コミチが話していると、後ろからお年寄りがやって来た。ここの関係者で、小学生以下の子どもたちを集めて行う読み聞かせや物作りの先生をやっている人だ。
「あれ? 今日って貸し切りのはずじゃあ?」
イブキの言う通り、この部屋に来るのは小湊原高校の生徒だけで、一般客は別室になる。それは人混みになるのを避けるためにお願いしたものであったが、これだけしか学生が来ないのではわざわざ貸し切りにしてもらったのに申し訳なくなる。
「その通り。それにしても大きくなったねイブキちゃん。もう小学生だもんね。」
その言葉を聞いてイブキはこの人のことを思い出した。小学校に上がる前、村にたびたびやって来ては遊びを教えてくれたり一緒に遊んでくれたりしたおじいさんだ。小学校に通っていた頃は体を痛め入院していたためこの施設で会えることはなく、退院前にイブキが街を出てしまったので、最後に会ったのは彼女が五歳の頃だ。
このおじいさんは校外学習としてやって来る生徒リストの中で彼女の名前を見て、そして実際に顔を見てイブキ本人だと確信し、ついでに挨拶にやって来たというわけだ。
「あのっ、小学生じゃなくて、私もう高校生、だからぁ……」
「おぅ!? それは失礼、なにぶん私も歳をとってしまってね。前会ったときは、確か五歳って言ってたから……ありゃあ、もう十年経ったのか……」
そりゃあこんな見た目でも五歳のときよりは大きくなってるに決まってるだろ。
レイジは笑いを堪えるのでいっぱいいっぱいだ。ヒカリもコミチもつい噴き出してしまっていたが、連られてレイジが噴き出してしまえば制裁を下されるのは確実なのでかろうじて堪えている。
「もう……でも元気になったみたいで安心したわ。」
「いやあ本当に申し訳ない。他の子にはよく会うんだけどね。アオイちゃんもトシヤくんも、ここには良く来てくれているよ。」
これはまずい。レイジがそう思ったのは、もしトシヤたちの誰かがこの人に会ってしまえば、イブキがこの市に来たことがバレてしまうからだ。といっても、帰りのバスに乗ってしまえばもう心配ないし、今日の四時から五時までの間にこの施設に来なければ知られることはないので、よくよく考えれば大事でもなさそうだと判断した。
「あの、もしかしておじいさん、私に挨拶するためだけに来たの?」
「挨拶したかったのもあるけどね、ちょっとお願いがあって……」
おじいさんはコミチのほうを向いて言った。
「危ないから館内で傘は閉じてくれないかなぁ……」
即座にイブキは傘を取り上げ、お辞儀をして謝った。
「まったく……ミチコのせいで恥かいちゃったじゃない……」
「成長しないイブキが悪い。」
傘のことで注意されるのは何度目だ。成長してないのはどっちもだと言いたかったが、女子の口喧嘩に割り込むと酷い目に遭うと実感しているレイジは何も言わず無視して箱をひっくり返した。
中からはたくさんのおもちゃが出てくる。見たことはあるが触ったことがない物が多く、新鮮な感じがした。
「ヒカリ見ろよ。前に行った海中公園だぜ。」
「ホントだ。私にも見せて。」
レイジが見つけたかるたには、島の歴史、文化等が盛り込まれている絵札読み札をしている。いつかは彼の知らない地名を取り上げていたが、札を見ているだけでも面白いものがあった。
一方でイブキは他のおもちゃ……けん玉やコマを手に取った。さっきのおじいさんといい、昔の思い出を蘇らせる。
山に囲まれた小さな村。めったに村の外に出られない子どもたちの心を揺さぶるのはこういった電池もネットワークも必要ないおもちゃたちだ。今目の前にある物は、どれも遊んだことがある。かるたに飽きたレイジたちが力任せにコマやけん玉を振り回しては失敗しているのを見て、自分も手に取り動かし始めた。
まずはコマ。芯に紐を巻き、指で支えたところで一気に引くと一切傾くことなく回りだした。
次にけん玉。紐にぶら下がり揺れている玉をしっかりと押さえて動きを止めると、童歌を歌いながら三つの皿から落とすことなく玉を打ち続ける。
歌詞もけん玉もノーミスで歌い終え、成功したことにホッとするイブキに拍手が上がる。レイジたちだけではない。軽やかにリズムを刻む玉の音を聞いてやって来た施設の人の何人かが気になって見に来ていた。昔遊びの施設とはいえ、ここまで遊びに熟練している客はなかなかいないらしい。やって来た外国人客はイブキの姿を写真に収めていた。
どこで練習したのかと質問されるが、考え事をしているイブキの耳には届いていなかった。
「昔覚えたことって、なかなか忘れないものね。」
けん玉とコマを手に持ち、箱に戻そうとしたその手が止まった。手放すのが惜しい。そういう風に見えた。けれどもイブキの内心は、早くここを出たいというものだった。片づけようとしたその手が、彼女の無意識の内に止まってしまったのだった。
「お前らももういいだろ?」
このまま施設を出てもいいか、レイジは二人に尋ねた。昔遊び以外にも見てみたかったものはあるが、他の施設に行く時間が減ってしまうことを考えるとそろそろ出てもいいと言うので、二人を連れて部屋を出るとイブキを追いかけた。
施設を出るなりコミチは没収されていた傘をイブキから取り返した。ずいぶんあっさりと取り返すことができたのは、彼女が遠くを見つめてぼーっとしていたからだ。
「イブキさん、どうしちゃったの?」
「あいつは六年間この街にいたからな。思い出してしまったんだよ。」
イブキたちが小さい頃暮らしていた村は、土地開発のために潰されてしまった。村民揃って同じ地域に移住し、小学校三年生から彼女たちの新しい学校生活が始まった。
同級生は一気に増えたが、仲間たち十八人はいつも一緒にいた。学校に通うときも帰るときも休みの日も、ずっと一緒にいた。誰もが仲間を思いやり、支え合って過ごしていく。そんな約束をみんなで守り、これからもずっと一緒にいたいという思いがあった。
中学二年に上がると、能力の発現が話題になった。一人、二人、三人……次々と能力が発現し、より強力な能力が芽生えていった。それでも彼らは一緒だった。能力者と無能力者で分立することもなく、能力者同士争い合うこともなかった。能力が発現しようと、仲間であることに変わりはない。そう思っていたからだ。
その年の夏休み明け。仲間の一人がいじめに遭った。相手はこの街に来て知り合ったクラスメイト。昔からまとめ役だったトシヤはやられた仲間に代わって仕返しをした。その後担任の先生の仲介もあり、トラブルは解決した。
一人、また一人……村から出てきた子どもに限って、次々と能力が芽生えていく。教師たちも彼らに夢中で、今まで一年間半見てきた在校生には見向きもしなくなった。
それからというもの、彼らには新しい友達はできなかった。クラスはバランスになった彼らは、仲間外れにされるようになった。イブキもその一人だった。
自分の居場所はクラスではない、学校ではない。昔からの仲間たちだけだ。そう思い詰めていた頃、あのライフセーバーと出会った。
村の外に、自分を必要としてくれる人がいた。誰かを助けるために、自分が必要だと言ってくれた。
イブキの心は変わった。村の外へ、閉じ籠っていた殻の外へ、出ていく決意ができた。
だからこの街を出た。そして引っ越し先の街で、誰かの役に立っている。自分の決断は、間違ってなかった。
間違ってなかったはずなんだ。
それなのに、どうしてこんな気持ちになる。どうしてこのまま帰れない。今ならすぐ親にも会えるし、高校の下校時刻になれば仲間にも会える。
会える? なぜそう思う? 会いたくなんかないはずだ。
今の彼らは幼馴染みではない。暴力事件を起こした連中、悪者の集団だ。それが真実なはずなんだ。
他校とはいえ生徒会長の身として、倒さなければならない相手のはずだ。倒すために生徒会長になってきたんだ。
それならなぜ、私はなぜ、この街にいるんだ? 私のしたいことは何だ?
答えの出ない葛藤が、イブキの頭を苦しめる。レイジはそんな彼女の頭を、施設のパンフレットを丸めて筒状にしてポンと叩いた。
「何を唸っているんだよ。見てるこっちが恥ずかしい。」
「はぁ!? あなたに何が……」
誰かの腹の音が鳴り響く。誰のとは言わないが、自覚のある本人は顔を赤らめていた。
「とりあえず昼飯、だろ?」
レイジはイブキの手を引くとそのまま真っ直ぐ走っていき、少し先にあったラーメン屋に飛び込んだ。




