44話 出遅れた出発
皆さん、こんにちは。ヒカリです。今日は待ちに待った校外学習に来ています。
なぜこんなにも期待していたのかって? それはもちろん、一日中レイジと一緒に居られるからですよ。行き帰りのバスは隣同士、班も一緒だから一緒に行動もできます。自由行動の時間も、色々とエスコートしてもらったりして。考えただけでにやけちゃう……
バスの中でも今こうして行き先を決め合っています。班なんてあってないようなもの。二人きりの時間をたくさん作って、いっぱい思い出作っちゃいます!
以上が現地に到着するまでのヒカリの心の浮き具合だ。バスを降り、先生の説明が終わったらめでたく班行動が始まるところ。
班というのはクラスごとに約三十人を八グループに分けて作るもので、レイジの班にはヒカリ含めて四人いる。組み方は自由で言わば早い者勝ち。あくまで八グループ作ればいいので、人数の偏り、例えば五人グループがある状態で二人グループがあっても問題はない。
レイジとヒカリは最初から二人だけになろうとしていたのだが、全部で九グループできてしまっていてもう一つ二人だけのグループがあったのであぶれ者同士合成されるという仕打ちを受けてしまい、組む気のない人と組まされてしまったのだ。
当然その二人は切り捨てて行動するつもりでいたが、今この場には他の班のメンバーであるコミチとそもそもクラスの違うイブキかいる。
そのめちゃくちゃな状況に、ヒカリのテンションは駄々下がりだ。
「なぜここにイブキがいるのかしら? 他のクラスでしょ、あなた。」
「他の班のコミチがいるのも変だけどな。これにはちょっと複雑な事情があってな……」
自分のことを棚に上げて聞くコミチとさっきから不機嫌そうに黙っているヒカリの二人に、今回の校外学習の行き先がトシヤたちの家の近くであること、そしてイブキが彼に会いたくないと言っている理由を話した。
話は遡って校外学習前日、つまり昨日の夜。イブキはレイジに、自由行動と班行動の時間、一緒に回ってくれと頼んだ。自由時間ならともかく、班行動の時間に他のクラスの生徒が一人ついてくるのはどうかと彼は思ったが、今回の行き先を考えると彼女がそう言うのも無理はないと思えた。
要するに、何があってもトシヤに知られたくないから常に周りを見て立ち回るという、ボディーガードの役目をしてくれということだ。なぜレイジなのかというと、人の気配を読んで対処方を事前に教えてもらうのが確実でありそれができる能力を持っているからだ。
「明日校外学習よね。」
「トシヤたちの家のそばらしいな。でもあいつらの学校は平常日課だし、会わないだろうけど。」
「駄目よ。どんなことがあろうとあいつに会うなんて絶対に嫌。だから付き合って。」
別に一日くらい会ったっていいじゃないか。ヒカリはあれほど楽しみにしているのに。そう言い返すと、もし私が彼と遭遇してしまえば、辺り一帯巻き込んだ大喧嘩の始まりだ。その結果これから私たちの代は校外学習禁止にされる可能性があると言い張られた。もちろん修学旅行も含めて。
「それだけは嫌!」
「だろ? だから今回は我慢してくれ。」
ヒカリはイブキの過去に詳しいわけではないが、彼女が四天格の一員であり他のメンバーとガチで争えば恐ろしい事態になるのは想像は難くない。それに例年の修学旅行の行き先はこの辺りではないので、そのときは誰にも邪魔されず楽しめると前向きに考えると、今日一日我慢するくらいどうってことはないと思えた。
「で、コミチは何でこっちにいるんだ。お前俺たちの班に入ってなかっただろ?」
「ええ、他の班に数合わせと雑用のために入れられたわ。ここにいると邪魔かしら?」
邪魔だ。主に傘が。もっともその傘が原因で元の班、以前彼女に本の返却を押しつけた三人組から邪険に扱われてきたのかもしれないが。
持っている傘も、今日は予報では降らないとあったうえに仮に入れてもらおうとしても小さ過ぎて無理だ。
何にせよ元々は四人のグループであり、余計だったメンバーが入れ替わっただけだと考えればそこまで気にすることでもないだろう。
「それで、最初はどこ行くのよ。もう誰も残ってないわよ。」
イブキの言う通り、皆すでに行動を開始している。スタート地点に残っているのはレイジたち四人だけだった。
「好きな所回ればいいんじゃないの? 午後四時まではトシヤたち学校から出れねえし、心配することないからな。」
そう。自由時間の大半は他の学校の下校時刻より前にあり、一度目の自由時間、つまり午後一時の集合まではまぜず出会すことはないのだ。問題は四時から五時半までの自由時間。五時まではバスに戻ることができないので、最低でも一時間は見つからないよう注意しなければならない。
「じゃあ午前中は一緒にいなくていいじゃん……」
ヒカリは愚痴を溢した。レイジも同じことを昨晩言ったのだが、早退して街中に出てくるかもしれないと妙な所で心配性なイブキに何を言っても無駄で、ついに彼は折れてしまったのだった。
「まあ私はこうする他ないのよ。それよりミチコ、あなたこそ一人で行動すればいいじゃない。」
邪魔? と聞き返すと躊躇することなく邪魔だと言い返した。やはり彼女からしても傘を差した人がそばにいられると危ないし、何より目立つからだ。
一方のコミチは思い返したかのように傘を閉じ、イブキの横腹をつつくと再び傘を差した。昨日もそうだが、人前でミチコと呼ばれるのは嫌がっている。故の反撃のつもりだった。
「ひゃぁん!」
イブキの口から変な声が上がる。思わぬタイミングで彼女の弱点を知ったレイジは、弱みを握って調子に乗ったのか突然彼女を煽り始めた。
「へえー。お前そんなところ弱いんだぁ! 何だよ今の声、ひゃぁん、だってよ。あはは、笑っちまうぜ。」
憎たらしい表情で見下ろしてくるレイジに堪忍袋の尾が切れたイブキは、拳を握りプルプルと震え始める。今にも彼を気絶させに動き始めそうだが、それよりも先にレイジはスッとボールペンを取り出し、イブキの脇腹を突いた。
彼女は声を漏らさないよう目を瞑り歯を食い縛って耐えているが、そう抵抗されると何としても堕としたくなるレイジはその手を休めることなく制服越しに腹を突いたりなぞったり、緩急激しくボールペンを動かす。
イブキの頬は紅潮し、もはや我慢の限界だ。後少しだと確信し直に摘まんだところ、ついに喘ぎ声を上げその足は崩れ落ちた。
震えが収まらず立ち上がれないイブキに、レイジは勝ち誇った顔で前に立ち言い放った。
「どうだ、俺の力は。この前まで散々こきつかってくれやがって、今謝れば許してやるけどな。」
「……風呂に飛び込んできたときのこと言いふらすわよ。」
「すみません調子に乗りすぎました!」
途端に態度を翻したことに余計イラッとしたイブキは、土下座するレイジの頭を右手で撫で回した。
笑っている。端から見ればあれだけやられて土下座して一言謝るだけで許している心の広い人だ。
しかし、レイジには分かっている。笑顔の裏側に疼く、どす黒い感情が煮えたぎっていることを。
「痛い痛い痛い死ぬ死ぬ死んじゃう!」
撫でていた手をさらに広げ、後頭部を鷲掴みしたイブキは五本の指に力を込めてレイジの頭を締めつける。骨がミシミシと音を立てる。
教室のドアの溝に頭が乗るよう寝かせられ、ドアを押されて頭を潰されていたときと同じ、いや、それよりはるかに痛い。あのときは仰向けになっていたので押してくる子どもたちの目を見て悪夢の瞳を使い切り抜けることができ、お返しにドアをおもいっきり押し返して指を挟ませることができた。
その後レイジは病院にも保健室にも行かず、しばらくしていれば痛みは治まったので何ともなかったのだが、指を挟まれた男の子は爪がドアによって砕かれ病院に搬送された。翌日のピアノコンクールには参加できなかったという。
しかし今のレイジは土下座しているがゆえにうつ伏せだ。いくら痛みに耐え目を開いても、イブキの目を見ることなど到底叶わない。
このまま死んでしまうのだろうか。抵抗を諦めかけたレイジの脳内に、今までの思い出が次々と走馬灯のように浮かんでくる。
島に着いたときのこと、入学したときのこと、色々な人と戦ったこと。
僅か二ヶ月の間の出来事とは思えない数々の思い出が、なぜか急に懐かしく思える。楽しい日々だった。けれども、まだ終わりを迎えたくなんかない。
まだだ。
レイジはポケットからスマホを取り出し、鏡のアプリを起動させた。
直接見なくても、鏡を通して目が見えれば、もっと痛めつけたいというイブキの願いを叶わなくさせることができるかもしれない。
その可能性に託したレイジはスマホを地面に置いて、位置を調整した。自分の頭が邪魔で彼女の顔が見えない。鏡をもっと、横に、横に。
痛みのあまり手は震え、視界もぼやけてくる。けれどもレイジは諦めず、ようやくイブキの目が見える場所に鏡を置くことができた。
スマホを少し持ち上げ、手を放して音を立てる。するとイブキの目線がスマホのほうに向いた。
今だ。
レイジは瞳の力を使った。するとイブキの手からスポッと彼の頭が抜け、その反動で額をコンクリートにぶつけた。痛いが今までのに比べれば何ともない。
ともかく、生き延びることには成功した。痛みは残っているがもうやられることはない。レイジは内心勝ち誇っていた。
「まさか本当に生きてるなんて。やるじゃないの。」
本気で殺す気だったのか。確かにあのまま頭蓋骨を粉砕する勢いではあったが。
殺す気だったからこそ、助かることができたのかもしれない。そろそろ許してあげようと思っていたところに瞳の力を使っていたら、逆に解放されなくなりそのままお陀仏だった可能性もある。
イブキにこれほどの握力があるとは思いもしなかったヒカリは、何をそこまで痛がっているのかと呆れられていた。むしろさっきのレイジの言動から彼に冷たい目を向けている。
「見損なったわ、変態。」
ぐうの音も出ないが、心配もしてくれなかったのは悲しくなってくる。二人で楽しむという約束をあっさり破ったうえに自分を放っておいてイブキやコミチと話し出していたのだから仕方ないと言えば仕方ないことなのだが。
「まったく、恥ずかしいから外でこういうことするの止めてくれない!?」
外でなければいいのかと言い返すと余計叩かれそうなので黙っていた。むしろ誰も見ていない所で仕掛ければ一度心臓を止め蘇生させるというライフセーバーらしからぬ手段でやり返されていたところだった。
レイジからすればいつものような態度だが、ここまでイブキが振り回されているのは五年生のときから彼女を知るコミチにとっては斬新な光景のようだ。
「イブキは随分ツッコミ気質になっわね。」
「こいつに初めて会ったときから突っ込んでばかりよ。」
道理でか。初対面のときから、イブキはツッコミに振り回されてばかりだった。おちょくる相手を間違えてしまったようだ。
「なるほど。そして夜は突っ込まれてばかりでもあるの……」
レイジは咄嗟にコミチの口を塞いだ。なんてこと口走ってくれるんだ。イブキは言葉の意味を理解していないようで助かったが、これ以上コミチを自由にさせるわけにもいかない。
「夜? どういう意味よ。」
「な、何でも、ないから!」
そうは言っているのだが、コミチは傘を差している。そのせいでヒカリの位置からは二人の顔が見えない。彼女の想像上では、傘の中でキスをしているという光景が浮かんでいる。コミチが話している間に急に口が止まった。口を塞ぐために、レイジからキスをした。そう思っている。
本当にまずい。ヒカリの嫉妬ゲージがみるみる上がっていく。しかし下手に動けばコミチが自由になり、イブキに伝わってしまう。
こうなれば、最後の手段だ。
「いいか! 俺とイブキはそんな関係を築く仲じゃない! なんなら確かめてみろよ! イブキは処女だってことを!」
コミチを論破するためと、ヒカリに信じてもらうために大声で言ってしまったが、これは致命的な失態だ。まさかイブキが処女という言葉を知っていると思わなかったし、それを気にしているとは知らなかった。今まさに、彼女から鉄槌が下されようとしていた。思わずレイジは後退りをする。
「処女で……悪かったわねえ!」
「策に溺れて……これぞまさに処女後悔ってか……」
「うるさい! 次言ったら殺す!」
振り向いて逃げ出す前に再び頭を鷲掴みされ、レイジはまた死線を越えることになった。




