42話 イカサマ○●オセロのラブ♥️ゲーム
家の前、朝帰りのごとく玄関を出る二人の男女。撮られた写真はネット上を飛び交い、校内はおろか島内全域に広まる勢いで拡散している。ただ規模こそ広いものの、直接レイジやイブキを知らない人たちからすれば赤の他人の不祥事であり彼らにとっては大事でもない。一部の人が晒し上げているだけだ。
一方校内では不純異性交遊と噂され、イブキの信用は一気に下がっている。泊まっていたのはたまたまだと言い訳しようにも、家の場所を聞かれてしまえば答えることができず言い逃れができない。
今のご時世、一度ネットに上がった情報を抹消するのは不可能に近く、本気で抹消しようとすると大変な労力がかかる。信用を回復させるのは非常に困難な状況だ。
「お前やっぱりイブキと付き合ってたのか!」
「それで、どこまで行ったんだ? 教えろよ。」
クラスメイトの話など、いくらでも無視できるし担任は事情を知っている。選挙中でなければまったく相手にする必要はないのだが、あいにく時期が悪い。彼ら全員が敵に回るわけではないが、二択の選挙で票を失えば差を縮められ、追い抜かれると差がつけられる一方だ。
レイジのしなければならないことは二つ。今まで通りの演説に加え、放課後から夜にかけてに校舎や公園等に呼び出し、投票者を逆らえなくさせることだ。人の心が読めるという能力を持っていることがバレようと構わない。とにかく水面下で組織票を集めなければならなかった。
まず手始めに、一年生。一人一人呼び出していてはきりがないので、一人当たり五人の票を集めさせるようにする。
「バラしてほしくなかったら、五人の票をイブキに入れさせろ。」
「もし投票させることができなかったら、責任をとってもらう。」
基本的にはこの二言だ。周りに知られたくない秘密や大事にしている物を餌にして脅せば、選挙権くらい簡単に放棄する。
この辺りまではレイジの一方的な武力行使に見えるが、脅しの対象は今朝の写真を周りに広めた者ばかりだ。極端な話、自業自得。そして恨むなら写真を撮ってきた向こうの陣営を恨め。そう言ってしまえば、もう彼らは噂を広めたりしなくなる。これは向こうの作戦を逆手に取った策略だ。
次に三年生。まだ五月とはいえ大学受験の不安でイライラしている人も何十人かおり、彼らへの第一志望校合格を約束する代わりに一人当たり五人に票を入れさせろ。票が入ってないことが発覚したら何浪しようと絶対に合格できなくさせる。という交渉はなかなかスムーズに行く。
ただこの場合、レイジの約束は嘘のものだ。交渉を守ったから約束通り合格を確実なものにさせたという彼の言葉を信じ、それから一切勉強しなかったら当然志望校に落ちる。だから受験に失敗したことをレイジのせいにする人がいれば、それ以来勉強が足りなかった。何も知らないまま勉強を続けていれば落ちなかったのに落ちたのはお前の責任だと言ってしまって片づく話だ。
最後に二年生。ここは特に会長候補の女と繋がりが大きく、他学年のような交渉では失敗する可能性がある。ゆえにより小規模に、細かく仕掛けにいかなければならないのだが、それとは別に話をしなければならないグループがいる。
レイジが部に所属していたときに入っていたオンライングループ。そこで入手した連絡先を利用し、女子高生三人を校舎裏に誘きだした。
「一体何の用よ。一年の癖にこんな所に呼び出して、ウチらだって忙しいのに。」
愚痴を言いながら約束の場所にやってきた彼女たちを見て、呼び出した他に誰もいないことを確信すると木陰から出ていった。
「誰一人彼氏いないのに、忙しいってどの口が言ってるんだ?」
彼女たちはバドミントン部の先輩にして、ヒカリを妬み悪口を言っていた張本人だ。選挙に関係なくともいつかは会って話さなければならないと思っていた。ヒカリの心を傷つけた報いを受けてもらわなければならなかった。
「はぁ? アンタ一年の癖に生意気よ。敬語使いなさいよ。こっちは先輩よぉ。」
一つ先に生まれ、一年長く学校にいるだけで何を言っているのだろうか。近い将来、社会的な立場は俺のほうが上になるというのに。
言われたところでレイジは口調を訂正せず、これからする気もない。時間も限られているので、話を先に進めた。
「お前らよく一緒にいられるよな。こいつはお前のこと内心馬鹿にしてるってのに。」
女子二人は顔を見合わせる。同じクラスのとある男子生徒に好意を抱いていることを他の女子と通して聞いていた彼女は、その女子とともにこそこそ笑っていた。付き合えるはずがないのに、両思いだと勘違いしていて馬鹿みたい、などと陰口を言っている。
その事実をバラされ二人の間で揉め事が起こり出した。あっという間にお互い信頼を失っていて滑稽だ。
残る一人も他人事ではない。他の女子たちとオンライングループを作り彼女たちの悪口を言い合っていること。彼女たちの趣味を写真を添付してバラし、笑い者にしていたこと。
見かけだけの仲良し三人組の間では収まりとうのない喧嘩が起こり始め、彼は何も言わないであげたのに勝手に口にして地雷を踏み合っているのだから惨めなものだ。そろそろ一人ずつ脅し文句を言おうとしたが、三人は許し合ったわけではないが結託をしていた。
「元はと言えば、アンタが余計なことを言うからでしょ!? ただで帰れると思ったら大間違いよ。」
レイジだって、まだ話は済んでいない。所詮今のは選挙とは無関係の私怨だ。さっきので地獄に落とし、これから痛みつけていくところだ。
が、それでも彼の怒りは収まらなかった。まだ、言い足りない。
「知ってるぜ。お前らがヒカリの悪口を言っていたことを。あいつが部を辞めたのは、お前らが原因だ。」
そう言いながらレイジは懐からサバイバルナイフを取り出す。
能力により生成した物でないナイフの所持は銃刀法違反になるが、刃体の長さが六センチメートル以下のこのサバイバルナイフは適応外だ。ゆえにレイジは小学生の頃から愛用している。小学生というよりは右目に能力を宿して皆に敵意を向けられるようになってからの話なのであって生まれつきの癖ではない。
普通の人はいきなりナイフを向けられたら法律違反とかの話ができる余裕はない。
一人の制服の襟を掴み、首元に刃を当てると、他の二人は一目散に逃げ出した。
「あの二人どちらかを選べ。そうすればお前は助けてやる。」
掴まれた女子は逃げていく二人の左側を指差した。売られたのはダブルスのパートナー。なんて残酷な話だろうか。
「分かった。もうこれ以上は手を出さない。けど、もう二度とヒカリには関わるな。破ったら、もう次はないぞ!」
樹木に背中を叩きつけ、レイジは売られた女子を追いかけた。解放されたほうは放心状態。聞き分けが良いことに彼は安堵した。
「何なのよ……何で私が……」
「決めたのは俺じゃない。あいつに聞いてやったんだよ。解放してやる代わりに逃げてる二人のどちらかを選べってな。んで選ばれたのがお前ってわけだから、覚悟しろ性悪。」
顔を咄嗟に後ろに下げて、ギリギリナイフの刃に当たらない。そうなるように速さ、タイミングを調整し彼女の目先にナイフを突きつけたレイジは、足払いをして地面に顔を叩きつけた。腰を下ろして髪を鷲掴みにし、ナイフを地面に突き刺す。体重はかけてないから逃げようとすれば簡単に抜け出せるのだが、恐怖で体が動かせなくなっている。その一方で、自分に擦りつけた女に憎しみが湧いてくる。
レイジの狙いはストレスの発散と恨みを晴らすこと、そしてヒカリを守ることだ。それさえできれば怪我を負わせる必要はないので、怯えさせるだけで満足した彼は髪から手を放し立ち上がった。彼女たちならこの場で票の入れ先を強制する必要はない。連絡先は掴めているので、いつでも支配下におけるからだ。レイジは女子高生を置き去りにし、最後の一人の元へ向かった。
校舎内だろうと高校の敷地外だろうと、どこへ逃げようと心の声が止まない限りレイジから逃れることはできない。空き教室に逃げ込んだ最後の一人は清掃用具入れの中だ。コツコツと靴音をわざと立てながら、教室に入り中をうろうろした。
小さな隙間からレイジの姿は見えている。早く教室から出てくれ。その気持ちでいっぱいだと分かっているからこそ、すぐに見つけ出さずに違う場所を入念に探りながら徐々にロッカーに迫っていく。
ロッカーの真横、中から隙間を通して見えないところに移動し、その場で足踏みをしつつ徐々に足音を小さくする。今しがた教室から出ていったと安心したロッカー内の女子高生が扉を開けようとしたところで、レイジはおもいっきり扉を叩く。
ひっ、という悲鳴が聞こえてきた。もう扉を開ける勇気は出せない。恐怖のあまり泣き出してしまったので、レイジはスマホで電話をかけた。
ロッカーの中から着信音が鳴り、驚いた女子はさらに大きな悲鳴を上げた。暗闇の中光るスマホの画面に目を向け発信源がレイジだと知ると、スマホを持った手は震え電話に出ることも拒否して鳴り止ませることもできない。
それからレイジは足音を立てず電話も切らずに教室を出た。一時間ほどして彼女はロッカーから出られるようになったが、ロッカーの中、もとい狭く暗い空間にトラウマを抱えるようになってしまった。
そんなこんなで、二年生に関しては手厳しく進めた。どの学年も廊下を歩くだけで会う生徒の大半はイブキに投票すると決めているようだ。
そして、彼女とレイジが同棲しているという噂もめったに聞かなくなった。一体何をしたのかとイブキに尋ねられたが、レイジは内緒の一言で通した。
それからもレイジは綿密に生徒の動向を監視し、ついに選挙当日を迎えた。この日は立候補者による演説。イブキは堂々と話し終えるが、対抗の二年生は壇上に着いたものの言葉は途切れ途切れになり、半分も言い終えないまま倒れてしまった。
それもそのはず。レイジは前日の夜に彼女の連絡先を入手し、近くの公園に呼び出した。そしてある映像を送信した。
夜の繁華街、退勤中のサラリーマンに話しかけ、怪しげな建物に連れ込む一人の少女。レイジが陰で録画した、会長立候補者そのものだ。
こんなことが知れ渡ってしまえば謹慎、退学は免れない。すぐに消去してと訴えてきたがレイジは聞く耳持たず、明日の演説中に体育館のスクリーンを下ろし、その映像を流すと予告した。
その一言だけで彼女の心は焦りでいっぱいだが、彼は追い討ちをかけるように右目で彼女の瞳を覗いて能力を使った。
バラさないで、人生を壊さないで。彼の瞳を見たが最後、そんな願いはもう叶わない。彼女は一晩中悪夢に魘されていた。
全校生徒の前で、自分の若さゆえの過ちを大画面で映される。そんな夢に魘され、耐えきれなくなり飛び起きる。結果彼女は昨晩ろくに眠れていない。
「昨晩はお楽しみでしたね。」
朝日廊下で会うと、レイジは茶化すように言った。目に隈ができ窶れているその姿は生徒会長候補の見る影もなかった。
結局体育館のスクリーンで暴露するというのはレイジのハッタリで、実際そんなことができる構造はしていない。が、そのことに恐れるあまり他に何も考えられなくなった彼女は、夢で見た姿がフラッシュバックし動悸が激しくなる。徐々に足もすくみ立っていられなくなり崩れ込んだ。そしてついに今、倒れて動かなくなった。
それでも演説はそこまででおしまいとなり、生徒による投票が開始した。結果が出るのは二日後だが、ヒエイのようにレイジの心の読みが効かない生徒がいないこの高校では彼はすべての投票先を、投票を終えた段階で知ることができていた。
同情するにもしきれない姿を見せた人に生徒会長を務めてほしいと思う人はおらず、それ以前に仕組んでいた投票先の心理的操作によりすべての票はイブキに集まっていた。
二人しか候補者のいない職で一人選考するというもので、片方の得票率が百パーセントならばもう片方はゼロパーセントになる。しかし学校の方針としては候補者が何人いようと十割の支持率を獲得したことは名誉であり、その得票率が開示された。
その結果をスマホのカメラに収め、当選者一覧の貼り紙を背景に記念写真を撮ったレイジとイブキは、満面の笑みでハイタッチを交わした。脅されて投票先を選ばれてくれなかった周りからは冷たく気持ちの入っていない拍手が上がるが、彼にとっては周りからの評価などどうでもいい。
「本当によくやってくれたわ。レイジ、あなた最高よ!」
ここまで喜んでいるイブキを見るのは初めてだ。そしてレイジはようやく、彼女の力になれたと自覚した。この街に来て良かったと、心から思うことができた。
「当然のことをしたまでだ。これからもよろしく頼むぜ、相棒。」
レイジは手を差し出し、イブキは軽く手を重ねるとお互いぎゅっと握り合った。




