39話 息の根を止めないで
暗闇の組織との決戦の翌日。夕方が突然夜に変わり、学校に残っていた多くの教師、学生が眠ってしまったという事件が起きた日の翌日であるのだが、何事もなかったかのように終わりを迎えようとしている。
レイジとヒカリは朝にそれぞれの担当に退部届を提出し、彼らの部活動という青春は幕を閉じた。そして授業が終わると体育館ではなく駅に向かった。
「本当に良かったのか? 部活辞めちまってさ。」
「いいんだ……からかわれることも多かったし、折り合い、悪くなっちゃって……」
レイジから見ている分にはそこまで雰囲気が良くない気がしていたが、やはり下級生にレギュラーの座を脅かされるのは、上級生にとってはいけすかないことだったらしい。成長が早く、仲のいい異性がいる。それだけで陰口を言われていることを知っていたようだ。レイジは知らなかったわけではないが、彼女自身が知っているとは思っておらず、無性に自分に怒りが沸いてきた。
なぜヒカリを妬む者に何も言わなかったのか。彼女の耳に入らせないよう忠告しなかったのか。過ぎてしまったことをどうこう言っても仕方ないが、もう彼女を傷つける者は放置しておけない。どんな理由があろうと容赦はしない。そう誓った。
「ただいま。買ってきたぜ。今日の夕飯の材料。」
そうは言うものの返事が一つもない。
この家の住人はレイジ含めて全部で五人。この近くの海のライフセーバーの長にして一家の大黒柱、通称旦那さんとその妻、通称奥さん。そして一応隣のアパートに部屋を借りているもののよく実家に入り浸っている、彼らの一人息子の大学生にして同じくこの海のライフセーバー、通称兄さん。この海でライフセーバーにならないかとスカウトされ居候の身で住んでいるイブキ。
彼女は小学五年生のときにこの家に住み始め、救命法等を学んだり泳力を伸ばしたりする自主的な訓練から、実際に海岸という現場での研修を経て、中学生になると学科試験と実技試験を受け資格を取った。そして今は、高校生以上の人が受験できる資格の取得に向けて励んでいる。
そんなイブキは今日も吹奏楽部の放課後練習があり、帰りが遅い。といっても、夕食の時間以外は基本家におらず、トレーニングに出掛けて帰ってくると入浴を済ませ、自室に戻って勉強しそのまま眠るのが彼女のスケジュールだ。
他の三人は海に行っているのだろうか。この家が所有するもう一つの拠点、海の家“ほたる”。彼らのもう一つの仕事場であり、だんだんと日が伸び気温も上がって海への客が増えてきたため、営業時間が延びたのだろう。
しばらくの間レイジは家の中で一人で過ごすことになる。食材があっても料理ができなければ意味がない。買ってきた食材を冷蔵庫やキッチンに置くと、自室に籠り家主の帰宅を待っていた。
「ただいま……って真っ暗、誰もいないの?」
下の階はすべて電気を消してあり、鍵も締まっていたので誰もいないのかと考えたが、イブキは靴を脱ごうとしたとき黒のローファーが脱ぎ捨ててあることに気づいた。
「レイジー。いるのー?」
彼には聞こえている。しかし返事はしない。どうせ今朝のことを問い詰められるのだから。
部屋に籠っていれば、時間に厳しいイブキは諦めてトレーニングに出掛けるにちがいない。そう考えたのだが、甘かった。どんな手を使ってでも、強引に部屋に入り込もうとしている。
身の危険を感じたレイジは、諦めて部屋から出た。隠れてしまうと何をされるか分かったものじゃない。
「おう、おかえり。」
「ずいぶん潔く出てきたわね。ちょっと来てもらえるかしら。」
イブキに言われるがままに、レイジは彼女の部屋に入った。物色すると、ライフセーバー用の参考書やトレーニング用のダンベルやバトルロープでいっぱいでとても現役女子高生の部屋とは思えないが、ベッドやカーテンの色等はピンクでしっかりと女の子している。
「それで、今日のあれは何のつもりなのかしら?」
「連中の野望を止めたのは俺やクオンたちだ。安心しろ。今回の件はトシヤは関与してねえよ。」
それを聞いて一安心していたが、それだけでは話は終わらない。昨日の組織と戦ったのはレイジ、ヒカリ、コミチ、クオン、アイコの五人だ。同じ高校の生徒でもヘキサフリートのメンバーでもないアイコがなぜいたのかを聞かれたが、レイジと同じネオ・ヘキサフリートのメンバーだということを話すとすんなりと受け入れていた。まるで興味がないようだったが。
「そんなことより、何であの手柄は全部私のものになっているのよ!」
「敵の親玉掴んで屋上から飛び降りる奴なんてお前くらいだろ。」
「……飛び降りる?」
レイジは咄嗟に口を押さえたが、もう手遅れだ。そうだ。公表した情報は、ボスが屋上から落下したというもの。壁に擦られながら落下した。だから外壁に血の跡が残っている。だからボスは外壁に叩きつけられたまま落下したと伝えた。
それは不自然だ。男とともに落下し、顔を壁に押し続けたりしない限り、そんなことはできない。誰かが一緒に落下したという情報は話していない。ゆえにイブキも知らなかったことだっただけに、疑問点の一つ一つがパズルのピースのように次々と繋がっていった。
「あなたがやったの!? なんて無茶な真似を……」
三階の窓から飛び降りた挙げ句、地上から屋上まで外壁を駆け上がったイブキに言われたくないと言い返したいところだが、彼女は特別だ。
イブキの能力は“覚醒”。簡単に言うと、運動能力を飛躍的に上げることができるというもの。普通の人は、いつまでも全速力で走ることはできない。イブキも実際はできないのだが、普通の人では出しきれない全力を出しきることができる。その分、力を使った後の反動が一気に体にかかるので、痛みが伴ううえに回復まで時間がかかる。
たとえば秒速七メートルで十秒間走れる人がいるとする。その人にイブキの能力があるとすれば、持続時間を二十秒、三十秒と延ばすことができるのだが、延ばした分だけ負担は大きく、足の痛みは激しくなり完治するまでの期間も長くなる。
その能力を使って限界を超え続けることで、体は鍛えられていきより高度な運動能力を手に入れられる。結果イブキは、高い所から飛び降りようと重力に逆らい垂直な壁を駆け上がろうとよじ登ろうと、たいして負担のかからない強靭な体が出来上がったのだ。
話は戻って、組織との戦いの件。レイジはなぜ、あの手柄をすべてイブキの物にしたのか。裏に何かあると疑ってきかない彼女は、何としてでも彼の口を割ろうとしている。
レイジは嘘偽りなく答えた。
「何でって、そりゃあ、イブキが一人でやったことにすれば良いアピールができるだろ?」
明日明後日と休日を挟み、週明けから生徒会選挙が始まる。
月曜日からは選考期間で、様々な学級を回り演説をしていく。そしてその翌週に投票が行われ、集計後に再度全校生徒の前で演説し、一定以上の承認があれば当選が決定するというもの。
その演説の内容の一つに、今回の事件について話をすれば生徒からの信頼が高まること間違いない。
それが理由のすべてだ。本心であるのだが、それでもイブキは信用してくれない。他にないかと、顔を寄せて聞き込んでくる。レイジは一瞬びびって尻餅をつき後退りしてしまったせいで、疑いは収まらない。
「もういいわ。」
イブキは立ち上がってレイジから離れた。
「少なくとも悪いほうには行ってないみたいだし、私の功績にしてくれたことに文句は言わないわ。」
素直にありがとうと言えよ。そもそも理科室から救出したのは誰だと思っているんだ。
レイジからしたら文句はいくつもあるのだが、ひとまず解放されたことを喜びたかった。
「それじゃあもう部屋に戻っていいわ。」
イブキからすれば話は済んだのだろうが、レイジからしたら聞きたいことを聞けていない。彼はベッドの上に腰掛けて尋ねた。
「立候補するには推薦者が一人要るんだろ? 当てはあるのか?」
イブキのシャーペンを持った手が止まる。当然レイジは、推薦者などいないことを知っている。やってくれと頼まれたら引き受けるが、こちらからはやらせてくれと頼まない。
自分のことを散々軽視し頼ろうとしなかった報いを受ける良い機会だと思ったレイジは、ベッドの上で後ろに上半身を倒し、唸りながらゴロゴロと転がって返事を急かした。
「なあ、なあなあ!」
「うっさいわね! 人のベッドの上で暴れないでよ!」
手に持ったシャーペンを持ち変えることなく握り潰すと、手をグーにして学習机をドンと叩いた。
そろそろ攻撃されると確信したレイジは、少しでも衝撃を和らげるために掛け布団と毛布を体に巻きつけた。頭こそ守られているものの代わりに膝から下が剥き出しになっており、左足を掴まれそうになったが回転して手を避けることに成功した。
イブキの移動先と伸びてくる手を読むことで、次々と避けるレイジに我慢の限界を迎え、布団ごしに彼の腰に跨がった。顔の向きをこちらに合わせるために、布団を回して微調整をすると、がっちりと押さえた。
そして布団の上、レイジの心臓の真上辺りに手を載せると、息を吸って力を込めた。
「よく見えないから外しちゃうかもしれないわ。じっとしてなさい。」
レイジの返事を待つことなく、イブキは心臓めがけて真空掌を放った。レイジの心臓はショックで動きを止め、気を失った。
なおもイブキは容赦せず、布団にくるまったままレイジをベランダから放り投げた。布団が緩衝材となり、大事には至らないだろう。
「余計なお世話よ。」
そう言い残し、代わりの布団を持ってくるべくレイジの部屋に向かった。
「困るじゃないか。あんなに布団を汚して。」
庭でイブキの布団に包まれて放置されているレイジが救出されると一家揃って会議が始まった。
「あんな奴にゴロゴロ寝転がられただけで洗わせないと気が済まなかったのよ。それに部活辞めて土日暇になったこいつにやらせるから。」
部活を辞めたからといって休日が空いたわけではないと言い返そうとしたが、イブキからすれば、というより端から見ればバイト以外は遊びも同然の過ごし方なので何も言い返せなかった。
イブキの言い分としては、今日はレイジの布団を借りて寝るとのことだ。それを訴えると、奥さんは困ってしまった。
「でもそれじゃあ、今夜レイジくんの掛ける布団がないじゃない。昨日まで風邪引いてたのに……」
奥さんは分かっている。あの状況、被害者はレイジで加害者はイブキだということを。彼は内心余裕を覚えた。
「はぁっ!? そんなのとっくに治って……」
イブキはレイジの顔をチラッと見ると、彼は思い出したかのように咳き込んだ。そしてチラッと見返すと、もう一度咳き込んだ。
「二人仲良く一緒に寝ればいいんじゃない?」
「そんなことするくらいなら布団なんて要らないわよ!」
なくなったのはイブキの布団で、投げ出したのもイブキだ。貸してもらう身だというのに、なんて上からの態度だろうか。
カチンと来たレイジは意地でも布団を貸さないと決めたが、一日だけのことにそこまで意地を張ることはないと思い返し、考えを改めた。
「俺はもう大丈夫、風邪も治った。一晩くらい布団掛けずに寝ても平気だろ。布団はイブキに貸してやるよ。」
急に態度をひっくり返して逆に怪しまれたが、話が纏まるならそれでいいと思い、イブキは何も言い返さなかった。それに、本当に話したいことは他にある。
「じゃあ私、走りにいってくるから。」
「ちょっと、ありがとうは!?」
イブキはありがとうのあ、としか言わず、玄関から出ていった。
土曜日、レイジは朝からバイトだ。バイトに行く前にコインランドリーに行き、布団を洗い終えて干さなければならないのだが、二十四時間営業の店舗は少し離れた所にあるため、行って帰ってくるだけで一苦労だった。けれどもバイトは昼過ぎに終わり、そこからは自由時間。
ツトムはまだ勤務時間が残っていて、一緒に遊べないのでひとまず駅に向かった。
途中の公園のほうから、一人の男子高校生と一緒にいる二人の女子高生の会話が聞こえてきた。
なんという偶然か。その男は大手町白。あの四天格の中でも最強の存在、キヨシだ。初めてその姿を見たが、彼を知る者たちが持つイメージ通り、全身真っ白で、皮と骨しかなさそうなひょろひょろとした小柄な体格をしている。
何も準備はしていないが、通う高校は離れておりめったに会えないことを考えると、ここで引く手はなかった。
「おい、そこのキヨシって奴!」
レイジは公園に入るなり、周りの目を気にせず叫んだ。すると彼と一緒にいた女の子二人組が、ボディーガードのごとくレイジの前に立ちはだかった。
「何よ、キヨシ様に向かっていきなり失礼じゃない! 怪我しないうちに帰ったほうがいいわよ。」
これまた白い服を着た、そして冬の要素を詰め込んだようなコーディネートの女の子だ。春だというのにマフラーを巻き、手袋はぶら下げているが着けてはいない。そして雪の結晶がデザインされた長袖の服。髪の色も白く、まさに冬の妖精といった感じだ。
一方もう一人の女の子は春を体現したような格好をしており、桜色の髪に薄着のワンピース。冬に比べると一目でその季節と分かるような衣類は少ないが、春っぽいとすぐに気づく色合いをしている。
なぜこの二人がキヨシと一緒にいるかというと、当初は白い子……トウカはキヨシを倒すべき相手と見て何度も戦いを挑んでいき、軽くあしらわれるものの無下にはしない彼の優しさにいつの間にか惚れ、今では護衛のようについている。それは彼を狙う悪者ではなく、好意を向ける女どもを近づけないようにするためのようだ。もう一人の女の子、ハルナはただの付き添い。
「知ってるだろ? 俺のことは……」
レイジは気にせずキヨシに迫る。親友のトシヤからその名を口に出した。
「レイジくん……だね……」
「早速で悪いが勝負してくれよ。」
間髪入れず、レイジは話を進める。今の彼は、あのイブキをも凌駕するこの島最強の高校一年生キヨシと戦うことに興奮が収まらない。どれだけの力があるのか、一刻も早くこの目で見たいという強い思いがあった。
「勝負のルールは鬼ごっこだ。俺がキヨシに触れれば勝ち、それまでにお前が公園から出れば負け。いいか?」
「僕は……構わ、ない……いつでも、いい……よ。」
いつでものい、が聞こえた時点でレイジは走り出しキヨシに迫った。キヨシも咄嗟に回避するが、レイジは休むことなく追い続ける。
「見せてみろよ、最強の力を!」
そう叫びつつ伸ばしたレイジの右手は、キヨシの肩を完全に捉えた。
俺の勝ちだ。そう確信した次の瞬間、レイジの視界が真っ暗になった。
レイジは後悔した。彼の力を甘く見過ぎていた、自分の力を過信し過ぎていたと……
しかし、もう遅かった。レイジの体から徐々に生気が失われていき、暖かい春の風は、墓場に吹くような冷たい風になっていた。




