38話 夜明けの暗躍者
「あっ、いたいた。やっぱりあなたの仕業……ってわけではなさそうね……」
本来なら誰もいないはずの理科室。ライトを点けてそこに入ると、両手を後ろに縛られ教卓の上で寝かせられているコミチを発見した。イブキは彼女の隣に黒いコートの男がいること気づいたが、まったく恐れず情報を聞き出した。
「あなたたちの目的は何かしら?」
「我々の目的、それは……」
男は右手を上に上げ、人差し指以外の四本を曲げた。指差す先を見上げたが、そこには天井しか見えなかった。
なかったのではなく、見えなかったのだ。影と同化した黒い霧が、イブキに向かって振り下ろされた指に合わせて流れていく。
霧が彼女の全身を包むが、彼女はそれに気づかない。ただのハッタリをかましたのだと判断を誤ったイブキは、そのまま一直線に走り出そうとしたが、一歩踏み出した瞬間、倒れてしまった。
「イブキ! ……あなた、何をしたの!?」
いきなり倒れたイブキが心配になり、コミチは体を起こそうとするが教卓から降りることができない。前後左右すべてから、見えない何かに押し返されてしまう。
「安心したまえ。眠っただけだ。しかし、二度と目を覚ますことはないがな。」
男は高笑いする。コミチにとっては、この学校一のランクを誇るイブキを失ったことは相当まずい状況だ。せめてレイジに居場所が伝わればいいのだが、校舎の端の図書室から二つ下の階のもう一つの端にある理科室まで、男の仲間の襲撃を避けてくるのはかなり難しいことだ。
この男は、コミチの能力が計画に必要だと言っていた。そのコミチが捕らわれてしまった時点で、その計画は後少しで完遂してしまう可能性が高い。せめて何とかしてここから逃げたいが、打開策が見つからない。
打開策といえるか分からない。しかし、これに賭ける他ないだろう。そう考えたコミチは、自身の能力‘深淵の夜’を使った。
元々夜なのは変わりないが、夜に選ばれた人が高校の敷地内にいれば、身体能力等のあらゆる力が向上する。そうすれば、影の連中にも対抗できるかもしれない。そう願い、コミチは能力を敷地内全域に及ばせた。
ヒカリの体を闇が覆う。レイジは助けに向かいたいが、足はふらつくうえに視界がぼやけてくる。ただでさえ周囲が暗いのに、体調を崩れているのだから今にも眠ってしまいそうだ。
何か策はないか。手当たり次第制服の中や身の回りの物に手を伸ばす。するとポケットの中にナイフがあることに気づいた。
そうか、これなら……
レイジは自分の腕にナイフを突き刺す。そうすれば眠気が覚め、ヒカリの救出に向かうことができる。そう考え左腕に突き刺そうとした瞬間、彼の体が紫色の鮮やかな光に包まれた。
「何だ、これは……」
光に包まれた瞬間、眠気は覚め、頭の痛みや足のふらつきもなくなり立ち上がることができた。
そしてなんと、ヒカリの体を飲み込もうとしている影のシルエットがはっきりと見える。今こそ撃退できる。そう信じて立ち向かった途端、影がヒカリから飛び退いた。
ヒカリの体は傷一つついていない。それだけで安心したのだが、彼女の体もまた、レイジ同様紫色の光を帯びている。ヒカリにも影の正体が見えているようで、持っていたラケットで影の体を突いた。普段の彼女とは思えないほど素早い動きで、影の……男の腹に深く突き刺さり、大きく吹き飛ばされた。男はゴロゴロと廊下を転がり、壁に強く頭をぶつけて動かなくなった。
「大丈夫か、ヒカリ。」
「うん……ラケット、折れちゃったね……」
ヒカリは布のラケットケースを開けて取り出し、ラケットの容態を確認した。面を張ってある部分であるフレームと、シャフトと呼ばれる細い柄の部分を持ち、持ち手を指すグリップをおもいっきり突き刺した影響で、ラケットはポッキリ折れ曲がってしまった。基本的にこうなってしまえばもう直らない。イノリかアイコの能力なら直せるが、ヒカリにとっては今折れたことが自身の退部するという決意を確たるものにしていたので後悔はあまり感じていなかった。逆に直してしまうと、心が揺らいでしまい困らせてしまうだろう。
ヒカリは放心してグリップを持ちブンブン振り回していると、折れ目が千切れて面が飛んでいった。
「それより何だったんだろうね。さっきの光。」
今は消えてはいるが、力は漲ったままだ。遠目に他の連中の姿も見えるし、五感が研ぎ澄まされているのか普段より遠くの物が見える。するとレイジの脳内に、コミチの心の声が聞こえてきた。場所は二つ下の階の最奥部、理科室だ。
「行くぞヒカリ、理科室だ。」
レイジはヒカリの手を引き、階段を駆け降りた。階段もはっきり見える。明かりがなくとも、手すりも壁も使わず一段飛ばしで降りられた。
敵の気配も感じられる。物陰に隠れてやり過ごしたり応戦して撃退したりすることで、いくつもの敵を越え理科室に辿り着いた。
周囲を確認し、スマホを開くとクオンからメッセージが届いていた。理科室には足を踏み入れるなという忠告。やはりコミチの居場所である理科室が、敵の拠点というわけだった。クオンが言うには、中に入ると黒い霧で眠らされるらしい。そして室内も真っ暗なので、どこに霧が充満しているか分からないのだそうだ。イブキの居場所を聞いてみたが、中で眠らされているのを見たそうだ。
「嘘!? イブキさんが!?」
「ああ。まあ、眠らされているだけならましかな……敵の手に堕ちられるとかなりまずいからな。」
今の漲ったレイジでも、イブキにはかなわないだろう。だからこちらの戦力が削られても、向こうの戦力が大幅に増されないだけ希望は残されている。
「もうすぐクオンたちが来る。そこで作戦を立てるぞ。」
レイジとヒカリは背中合わせになって立ち、敵の動向をチェックし情報の共有を開始した。
連絡を受けて、クオンとアイコが理科室前にやってきた。できればここにミチルも来てほしいが、誰も居場所が分からないらしい。クオンが言うには、この敷地内にはいないとのことだ。少なくとも三階までの校舎内と外のグラウンド、つまり高校の敷地内にいる人は、皆黒い霧によって眠らされている。その中にミチルがいれば、眠らされずに本性を出して暴れているはずだが、外は静まりかえっている。だからミチルはここにいないという結論に至った。
「で、どうする? もう時間は残されていないぞ。」
「そうでもなさそうよ。エネルギーの蓄積状況が予想より遅れているわ。」
クオンが確認したデータによると、コミチの能力が組織の欲するものに換算されるのだが、その進捗状況が遅れているらしい。おそらくその原因は、今彼女が能力を使用しているからなのだろう。
「ならコミチの身が危険だ。先に救出に向かわないと……」
組織を潰すための時間が延びたのは嬉しい誤算だが、そのことが連中にバレたときコミチがどんなめに遭わされるか分かったものじゃない。計画を阻害されたことで矛先を向けられる可能性が高まったとなると、一刻も早くコミチを救わなければならない。彼女を救出すること自体が連中の野望を破壊する手段の一つなので、誰一人傷つけられることなく解決するためには休んでいる余裕もじっくり考える余裕もなかった。
「でも、そのためには理科室に入らないといけないわ。とりあえず、みんなアイコの後ろについて。」
アイコが赤紫色の障壁を展開し、三人はバリアの後ろにつく。これで霧を吸収しつつ、理科室に入ることができるというわけだ。しかしそれはあくまで、障壁としての機能が成り立ったうえでの話だ。未知の力で壊されることも考慮したうえで突入し、万が一破壊されたら個々の力でコミチを連れ出してくる。イブキは救出しても戦力の強化にはならないが、敵につかれる可能性を潰すためにも救出して損はない。
「それじゃあ、行くわよ!」
あくまで第一目標はコミチの救出。皆それだけを意識して、突入を決行した。
扉を勢いよく突き破り、四人は理科室に飛び込んだ。
「まだいたのか……だが無駄だ!」
男は右手の人差し指を天井に向けて伸ばした。レイジは男の狙いを読み取った。
「あれが黒い霧の合図か。やれっ、アイコ!」
「了解!」
アイコの両手が青紫色に光り、男に向かって放たれる。男は闇に姿を隠して回避したが、アイコの狙いは男ではない。コミチを囲む霧の壁だ。
見事光線はコミチの動きを封じる壁を破壊すると同時に、その輝きに照らされ黒い霧が見えるようになった。
レイジは教室の中央通路を駆け抜け、教卓に飛び乗った。サバイバルナイフで彼女の手を拘束する紐を切り裂くと、コミチを抱えて机の上を飛び駆けた。レイジは教室の入口でコミチを下ろすと、床に倒れているイブキの元へ向かった。
「その子を返してもらおうか。」
男は再び手を伸ばし、霧をレイジに向かって飛ばした。
「アイコ、もう一度破壊しろ!」
「ええっ、もうエネルギーがないわよ!」
そう言うのは分かっていた。だからレイジはヒカリに向かって叫ぶ。
「ヒカリ、お前の能力で、アイコにもう一度撃たせろ!」
「わ、分かったわ。」
ヒカリがアイコを見ると、彼女の体に再び破壊のエネルギーが溜まった。今ならもう一度、同じ威力の砲撃を放てる。そう確信したアイコは、レイジに向かって飛んでくる霧をめがけて撃ち込んだ。狙い通り、その霧は消滅した。
これで目標は達成だ。レイジたちは教室を出て、クオンの指示に従い上の階へ向かった。
「ふむ……困った子どもたちだ。」
男は影に潜り、レイジたちの行き先を特定、先回りに向かった。
「これからどうするの? すぐに追いつかれるわよ!」
アイコの言う通り、いつどこから現れてきてもおかしくない。二人の奪還には成功したが、奴らの計画はまだ生きている。それを潰さない限り、決着はつかないのだ。
「屋上だ……」
レイジはふと閃いた。以前クオンと戦ったとき、彼を閉じ込めた影のドームは、中にいると辺り全体真っ暗に感じるが、そこから見たら一人用のテントくらいの大きさをしていた。
今の状況も、辺り一面暗闇に見えてある一定の高さを越えると抜け出すことができる。そのために向かうべき場所はこの敷地内で最も高い場所、つまり校舎の屋上というわけだ。
その推測をいち早く理解したクオンは、屋上へ向かうよう指示を出した。
屋上に続く扉を開けて、ようやく辿り着いた。予想通り、屋上ほどの高さになると暗闇の範囲外となり、空はいたって普通の星空が広がっている。これなら電気をつけずとも、ある程度先は見える。菜園が多く占めていて多少は動きずらいものの、絶好の決戦場だ。
「見つけたぞ。もう逃がさん。」
扉の影から男が現れた。ここに来た目的は分かっているが、年頃の男子高校生として、決まり文句のようなセリフを口に出さずにはいられなかった。
「お前たちの狙いは何だ!」
それを聞いた男は不敵に笑う。そして答えた。
「この学校にはもう朝は来ない。いずれこの街にも、この世界にもな。」
夜が明けるまで目覚めなくなせる黒い霧と、辺りを夜に変えるコミチの能力を悪用し組み合わせることで、今後一切日が昇らない、誰も目を覚まさない世界の出来上がりだ。そしてその間に世界を制圧し、支配する。それが連中の真の目的だった。
「そうか……けど、俺たちのいる前でお前の好きにはさせない! 俺たち、ネオ・ヘキサフリートの前ではなあ!」
確かに今全部で六人味方がいるが、正式なメンバーは二人だけだ。けれども現時点でのメンバーが全員揃った状態での決戦なら、それはネオ・ヘキサフリートの戦いと言っても過言ではないはずだ。そうレイジは考えていた。
「ふむ……面白い。なら、これはどうかな?」
男は辺り一面に影を生み出すと、その影は男そっくりに姿形を変えた。
「本物の我を見抜けるかな? 外せるチャンスは皆一度ずつ。三回連続で本物に攻撃できればお前たちの勝ちとしよう。」
イブキは目を覚ませないから、チャンスは全部で五回。だったのだが、挑発に乗り後先考えず動いたクオンとアイコは直感を信じて攻撃し、見事に外していた。
けれどもレイジたちには策がある。彼とヒカリは目を合わせ頷くと、コミチのほうを見て言った。
「もう一度!」
「力を貸して!」
あまりにも息がぴったりだったことに驚くものの、意図を理解したコミチは再び能力を使った。
夜に選ばれた人のあらゆる力を向上させる能力。そしてこれの発動により風邪が治りパワーも向上したレイジとヒカリ。
彼らこそ、コミチ、ミチル同様の夜に選ばれた人だった。そして今、心を読む能力が強化されたレイジは、すぐに本物を見抜き攻撃を当てた。
一回目は成功、二回目はさらに分身の数が増えたうえに時計回りに回っている。
けれども二人は焦らない。ヒカリの能力、一度起こった事象を繰り返す能力でレイジの二回目の攻撃を当てさせた。
「最後だ! これならどうだ!」
三回目。二回目以上に分身は増え、それぞれが不規則に動き回る。しかし、力が飛躍的に上がっているレイジたちには関係のないことだ。研ぎ澄まされた読心術ですぐに本物を見抜き、攻撃を仕掛ける。ヒカリの援護で、いくら不規則に回避しようとレイジの攻撃は必中、絶対に避けられない。
空中に飛び上がったところを、逃さずレイジは仕留めの体勢に入る。
「これで、終わりだ!」
レイジは男の首に腕を巻きつけ、フェンスを越えて校舎沿いを通りグラウンドへ落下した。
男の頭を校舎に押しつけると、落下による加速に伴い摩擦が激しくなり、顔がどんどん削れていく。そのまま男を地上に叩きつけ、自身は着地を成功させたレイジは男の容態を確認する。息が止まっていることが確認できたら、アイコたちに合図を送った。
これで無事に人類暗闇に永眠計画は未遂に終わり、事件は幕を閉じた。
「すごいねイブキ! あんな奴やっつけたんだあ。」
翌日になって、学校は暗闇男の件で大騒ぎになっていた。暗闇の中、一人三階の音楽室から飛び降りて次々と撃退し、ボスは屋上から落下した。そしてその活躍は、すべてイブキの功績となっていた。しかし当のイブキはそのことを覚えていないので、適当に受け流すことしかできなかった。
その理由はもちろん、実際はレイジたちも貢献しており、むしろ重要な場面ではイブキは眠ったままで何もしなかったのだ。
けれどもこの件は、ネオ・ヘキサフリートのものではなくイブキ一人の功績ということで、アイコにも納得してもらった。そうすることが、レイジにとって始めにイブキに誓った、力になるという約束を果たすことになる。
「お膳立てはしてやったから、ここから頑張れよ。次期生徒会長さん。」
イブキに迫る野次馬を見届けたレイジは、そう呟いた後自分の教室に戻っていった。




