37話 日も月もない明けない夜
放課後、すでに部活動は始まっているが、いつも通りなら顧問の先生はまだ職員室に残っている。図書室に行くだけで大分時間を使ってしまったが、まだいるはずだ。むしろいないと困る。レイジは職員室に着くと、壁際に立ち中の様子を伺った。
職員室には誰かがいる。誰かがいれば、何かを考えている。直接中を覗くほうが早いが、もしいなかったり手が放せなかったりしたら出直さなければならず、面倒だ。
部活欠席の連絡をするだけなら顧問の先生に伝えるよう誰かしらに頼めばいいのだが、退部の話をするには本人に尋ねる他はないし、かといって他の先生に話すのも気が進まない。
確実にすぐ話せるタイミングに入って、手早く済ませるのがベストだと考えたレイジは、中の人に見つからないようにしなければならなかった。
実際に室内にいて、今手が空いていることを確信すると、レイジは職員室のドアをノックし、中に入った。
退部の手続きは済んだ。
初心者ながらあれほどの成長を見せたのだから、ぜひ続けてレギュラーを目指してくれと懇願されたが、そんな願いは叶わせなかった。
そもそも部活動というものは強制的に入らなければならないものではない。適当に、学業に専念しますとかバイトに専念しますとか言っておけば、あっさりと受け入れてくれると思い前者を理由に挙げて話をしたのだが、それで認めてもらえるのは平部員としての話。
部員が一人でも減ってしまうと廃部になる所や、手放すには惜しい人材がいる所はなかなか生徒の意見を尊重してもらえず、考え直してほしいとまで言われる。
「だから、俺は期末試験に向けて勉強する時間が必要なんだ。」
「試験なんて二ヶ月も先じゃないか。もう少し、後一ヶ月でいいから続けてくれ。」
そう言っておきながら一ヶ月後に退部を認めるつもりはまったくなく、さらに引き延ばしを続けられ退部させないつもりだ。顧問の先生は、レイジが何を言っても引き下がらなかった。
事態が急変したのは他の先生が話に割り込んでからだ。
「彼はこの高校で唯一Sランクの一年生。そんな貴重な存在を、素質を活かせない部活動に束縛する権利はあなたにはない。」
そう言い放ち、退部を後押ししたのだ。
その先生はレイジの担任だ。担任に相談せずに退部しようとしたことについては叱られたが、退部すること自体には賛同してくれた。
「いや、しかし……」
それでもなお、顧問は引き下がらない。仕方なくレイジは彼を職員室の外に連れ出し、人気のない校舎の隅に誘導した。
「こんな所に連れ込んで、何をするつもりだ。」
「顧問が悪いんだからな。すぐにはい分かりましたと言っていれば、こんなことしなくて済んだってのにな……」
レイジはこの顧問には娘がいて、来年私立高校を受験する予定だ。親子揃ってFランクの、一般的な家系であるがゆえに、純粋な学力と面接による人間性が評価の対象となる。親は教員で、受け持った部活動では好成績を残しているという、娘本人にとってはプラスにならないようなアピールポイントを持ちたいというだけで、要は自分の名誉のためだけにレイジの退部を認めないということを、スクールカウンセラーや教頭に話す。彼はそう脅した。
すると顧問の先生はみるみる顔色が悪くなり、自分を守るためにレイジの退部を認めたのだった。
「まったく、面倒な奴だ。」
レイジは一度職員室に戻り退部届を受け取ると、再び図書室に戻った。保護者の署名が必要なので、今日提出することはできない。彼の場合は、実親ではなく居候先のライフセーバーに書いてもらえば大丈夫だ。
提出こそ済んでいないが承諾を得ているので退部はほぼ確定した。そのことをコミチに伝えるために、彼女がまだ残っている図書室に戻るのだ。
すると突然、レイジのスマホが鳴り出した。またセツナなのだろうと適当に応答するが、声の主はセツナではなくクオンだった。
『どうしたんだ急に。また事件じゃないだろうな。』
『その通りよ。あなたの高校に、組織が乗り込んでくるわ。』
あまりにも急な予告にレイジは一瞬理解できなかったが、クオンが言うからには事実だろう、とすぐに落ち着かせてメモ帳とペンを取り出し、誰もいない教室の中に入った。
『それで、狙いは何だ?』
『永遠の夜よ。あなたの学校に、夜を生み出す能力を持つ人はいない?』
おそらくコミチのことだろう。他学年の情報は知らないが、もしそうだとしたら二年生、もしくは三年生版の高ランクの出番だろう。そう思ったレイジは、該当者はコミチに絞り、話を進めることにした。
『世界のすべてを夜に変えるという、めちゃくちゃな野望を掲げる集団よ。メンバーは十八人。その全員が、小湊原高校に向かっているわ。』
間の悪いことに、交戦に間に合うのはクオンとアイコだけのようだ。コスモは仕事中で、他のヘキサフリートと四天格は学校が遠く間に合わない。頼れるのはその二人と、部活中のイブキだけだ。
いや、もう一人いる。小湊原高校一年生で唯一のAランク、佐倉満だ。少なくとも彼は、コミチの言う選ばれた人であり、ランクの高さも相まって貴重な戦力だ。彼の居場所は分からないが、コミチは知っているかもしれない。レイジは図書室へ向かって走り出した。
「コミチ、ちょっと。」
図書室に着くと、コミチはさっきと同じ席に着いていた。日傘を左手で持ち、右手で本のページを捲る彼女は、レイジの声を聞いて本を閉じ、傘から顔を覗かせた。
図書室の中と廊下のどちらが安全なのかは分からないが、いざとなったときの逃げ場を考えると、行き止まりの室内にいるほうが危険だと考えたレイジは、コミチを連れ出した。
「あの子は呼んでくる?」
コミチのいうあの子とはヒカリのことだ。ヒカリは動悸が治まった後部活に行ったものだと思っていたが、どうも違うらしい。
意識を取り戻したらコミチはレイジが部活を辞めると言っていたことを話した。案の定彼女もすぐに辞めると言った。そして今日は心拍数が乱れ気味だと忠告を受けたことにして休むらしい。部員にそう連絡した後は、二人は一緒に図書室にいて、ちょうどヒカリだけ席を外していたという。
「この際あいつにも協力してもらうか……」
レイジはコミチを置いて図書室に入った。心の声を頼りに、真っ直ぐにヒカリの元へ向かった。
「よう、ヒカリ。」
「えっ、なあ!? レイジ!?」
突然戻ってきたのもあるが、数十分前の下駄箱前での出来事を思い返したヒカリは、レイジの顔を見れなかった。思わず大きな声を出していたことは軽く注意したが、動揺は収まっていない。冷静になってもらえるには時間がかかりそうだが、のんびりしている時間はない。
「しばらくスマホ気にかけていてくれ。またすぐ連絡するから。」
レイジは図書室を出て、イブキのいる音楽室に向かうことにした。しかし、入口で待たせていたはずのコミチはもうそこにはいなかった。
近くの部屋を覗いても姿は見えず、心の声も聞こえないから大体の居場所も分からない。
あの一瞬の時間に捕まってしまったのだろうか。クオンからは何の連絡もない。状態が把握できない以上、すぐにイブキに情報を伝えて力になってもらわなければならないが、かといってここでヒカリと離れるのも危険だ。
考えている間に、辺りが突然暗くなった。外は日が沈んだように暗く、中の電気は次々と消えていく。図書室のパソコンも、電源が落ちてしまった。
幸いスマホの電波は通っている。おそらく外にはコミチのような夜に変える能力を使い、建物内はブレーカーを落としただけだろう。
レイジは図書室の入口から動かなかった。唯一の入口を見ておけば中にいるヒカリが巻き込まれることはないし、正面突き当たりの音楽室からイブキが出てきても気づくことができる。
クオンの情報が正しければ、敵は十八人。電車のダイヤから推測すると、クオンとアイコが高校に到着するのは五分から十分後。レイジは窓から暗い外を見て警戒しつつ、どう攻略するかを考えようとしたが、急に激しい頭痛に襲われた。風邪がひどくなってきた。頭は締めつけられるように痛み、耳鳴りもする。あまりのつらさに、壁にもたれかかってしまった。
「レイジ……」
図書室の奥から出てきたヒカリは、スマホの光を頼りに入口へ向かい、レイジを探していた。
その途端、不気味な気配を感じた。廊下の奥から、姿の見えない何者かが一直線にこちらへ……ヒカリのスマホの光めがけて迫ってくるのが分かった。
(そうか、こいつらが!)
レイジは音を立てず、気配を頼りに真っ黒な体めがけてナイフの柄を突き刺した。完全に不意を突かれた組織の一員は、倒れてもなお姿は現れなかったが気を失っていることは分かる。とにかく、一人目撃破だ。
「レイジ、どうしたの?」
「ヒカリ、今はスマホを、灯りをつけるな。」
「ひゃっ!」
ヒカリが両手で握るスマホの電源ボタンを押そうとレイジは手を伸ばした。押すことはできたが、ヒカリの手にも当たってしまい、指と指が触れ合う感触が伝わったせいで思わず悲鳴を漏らしてしまったのだ。
咄嗟にヒカリの口元を押さえるが、なおも彼女の動揺は収まらない。さすがにミライから三度目の電話がかかってくることもなかったが、今は電話音も鳴らないようにしておくべきだろう。
最低限の連絡は取れるように、音は出ないが振動はするように設定し、レイジとヒカリは音楽室へこっそりと向かった。状況を飲み込めていない彼女に、彼は組織のことを正確に伝えた。念のためヒカリにも聞いたが、ミチルの行方は分からないらしい。
音楽室の扉を開けて中に入ると、一時待機の指示が出されていた顧問と部員が集まっていたが、そこにイブキの姿はなかった。聞いたところ、窓から飛び降りたらしい。何も言わず出ていったので、その後の行方は分からないそうだ。
「くっそー、どこ行ったんだよ、この肝心なときに……」
「それより、コミチはどこ行ったの? さっきまで一緒にいたのに。」
「ああ、一瞬目を離した間に消えていた。無事だといいが……」
スマホを開くと、ちょうどクオンから到着したというメッセージが届いた。レイジも自分の現在地を伝えると、音楽室を出て廊下を駆け出した。
「どこ行くのレイジ、大丈夫なの?」
「ああ、ここからは戦場だ。覚悟はいいな!?」
「へっ? 何、どういうこと?」
そうは言っても、情報の少ない十七もの敵と戦うと言われて、戦闘能力のない女子が戸惑わないはずがない。分かっている敵の情報は、暗闇に隠れて姿が見えないのと、光に対して過剰な反応を見せることだけだ。
幸いこちらには暗闇でも目が利き、暗闇の潜ることもできる暗殺者のクオンがいる。炎を生み出せるカリンもいてくれると力強いのだが、言っても何も変わらない。
まずは敵の情報を掴み、目論見を潰すために必要なことを知る。そのためには敵と接触する。それだけに意識が向いていた。
普段のレイジなら、もう少し冷静に行動できていただろう。しかし、風邪が悪化し一刻も早く片づけたいという早まりと、注意力の欠落が災いし、廊下と廊下が十字に交わる所で、右方から迫ってくる敵の気配に気づかず前に出てしまった。そしてその足音に気づかれ、敵は一気に迫ってきた。
「っ、危ない!」
ヒカリが咄嗟にレイジを突き飛ばすと、ヒカリの姿が一瞬で消え失せた。
いや、消えたのではない。覆われただけだ。暗闇に覆われ姿は見えないが、ヒカリの意識は残っている。レイジは飛びかかろうとするも、足がふらつき起き上がれない。
今にもヒカリは闇に飲み込まれてしまう。まさに絶体絶命のピンチだ。
イブキは外も室内も真っ暗になると、瞬時に音楽室の入口へ向かい、少しだけ隙間を開け廊下の様子を伺った。向かい側突き当たりにある図書室も暗くなっている。うっすらと人影が見えた。頭部が大きく膨れ上がったシルエット。昨日は見間違えたが、今度こそ本当にコミチだ。そう気づいた直後、その姿が一瞬で消えた。
「何かあるわね……」
そう呟くと、イブキは音楽室の窓から顔を出し、安全を確認すると飛び降りた。
地上に降り立つと、辺りの電気はついているが学校の敷地内だけ完全に停電している。壁を走って屋上まで登ると、ある高さを境に急に夕焼け空が広がった。四階の天井、といったところか。そこより下から空を見ると真っ暗で、そこより上は普通の空だ。
再び地上に降りスマホ内臓の懐中電灯を点けると、一気に黒い影が押し寄せてきた。速くて姿は捉えにくいが、それは速さでなく周囲と一体化する色のせいだ。シルエットが見えれば簡単に腕が当たるし、ライトで照らせば黒い胴体が丸見えだ。
一通り倒し尽くすと、イブキは校舎内に入った。今度は内部の敵を倒し、原因を掴む。その役目を一手に引き受けることで、次期生徒会長としてのアピールに繋がる。そう考える彼女は、誰にも連絡をせず校舎内の探索を開始した。




