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オートセーブは深夜0時に  作者: 夕凪の鐘
Episode7 久遠
38/536

36話 夜のドキドキ

「へっくしょん!」

「うへぇ、どうしたのレイジ!? 風邪?」

「多分な。泳ぐにはまだ早かったか……」

 昨日の夜中、イブキに海に放り投げられ、泳いで浜に戻ったレイジは、今朝起きて熱があった。

 くしゃみと鼻水が止まらないが、動けないほどでもないし原因があまりにもバカらしいもので休むわけにはいかなかったレイジは、マスクをつけて登校した。


「じゃあ今日部活出れないんだ?」

 ヒカリは残念そうにしているが、レイジにとっては好都合だった。

 放課後の部活は、病院に行くと言って休める。ついでに退部届をもらいにいって、明日には提出する。つまり今日からはもう練習に出ないということだが、レイジには悔いはなかった。


 レイジは悩んだ。退部することをヒカリに伝えるべきかどうか。話したところでどのみち彼の意志は変わらない。けれども彼女が部活を続けている理由の一つが彼とともに時間を過ごせるというものだ。レイジが退部することで、ヒカリの心に影響を及ぼすのは間違いない。


 別の視点で考えると、ヒカリにとって一番の時間が部活というわけではない。教室にいる時間や帰り道、レイジと出かけるときなど、彼と過ごす時間は他にいくらでもある。彼女自体バドミントンを始めたのはついこの間だし、すでに女子部員の中では一番強くなっている。以前市民大会で他校の生徒のチハヤに負けはしたが、バドミントンでリベンジしたいというこだわりを抱えているわけではない。


 レイジほどではないが、入部当初ほどの意欲を持っているわけではなかったから、レイジが辞めると知ればすんなりと辞めるかもしれない。

 彼は結局ヒカリには話さないことにした。無能力者であっても一緒にいたいとヒカリは考えるかもしれないし、そもそも辞めること自体が決して正しいことではないからだ。レイジが辞めたところで今後ヒカリがどうするのかは、本人の意志に委ねるのが正解だろう。そう考えた。


 その日の放課後、レイジは帰り支度を済ませ職員室に向かおうとした。まずすることは風邪による欠席の連絡、そして退部届の入手だ。

 今まさに席を立とうとしたところ、コミチの席から会話が聞こえてきた。


「ねえ淡路さん、ウチらの本も返してきてくれない? ウチら今日用事あってさあ。んじゃあヨロシクっ。」

 クラスの女子三人組が、コミチの机の上に本を十冊以上もドサッと置くと、彼女の返事を聞かず教室から出ていってしまった。


「何よあれ。酷いことするのね。」

 レイジの目線を追うようにして一連のやりとりを見ていたヒカリは文句を言った。ヒカリはコミチと親しいどころか会話したこともなく、彼女のことは普通の独りぼっちの子だと思っている。まあ今も室内で傘を差していてめったに口を聞かない人とは関わらないようにする心がけを否定するわけにもいかないのだが。


「あれっ、どうしたのレイジ?」

 レイジは階段に近いドアのほうではなく、逆方向に歩いてコミチの席に向かった。それに気づいたヒカリは無意識のうちに彼を追いかけた。

「運んでいくぜ。」

 そう言ってレイジは机の上の半分くらいの本を一度に抱えあげた。熱のせいで少しふらっとしたが、持ち運べないほどではなかった。

「あっ、じゃあ私も。」

 ヒカリは部活には行かず、先に本を運ぶことにし、残りの本を半分抱え込んだ。後はコミチに任せようとして教室を出ようとしたが、レイジは引き返しヒカリは二人が来てないのに気づき立ち止まった。


 結局レイジとヒカリはさらに二冊ずつ積んで運んでいった。本は全部で十五冊あり、レイジが想定した元々の配分は彼が七冊、ヒカリとコミチで四冊ずつというものだった。そしてヒカリも四冊持っていったのだが、コミチはついてこなかった。傘を差した状態で本を持とうとして、うまくバランスがとれずあたふたしていたからだ。

 結果コミチの分も二人で分けて持ち、彼女だけ一冊も持たなかったのだ。


「まったく、手伝ってるのはこっちなんだから少しは持てっての。」

「悪いわね。鞄に入らなかったし、袋もなかったから。」

 両手で抱えずに運ぶ手段の前に、傘を閉じれば済む話なのだがそこに一切触れないコミチにレイジは呆れてしまった。加えて広げた傘が通行の妨げになっているのと、変な集団のように思われている周りからの目線と心の声が鬱陶しかった。


「もう、私たちいなかったらどうするつもりだったのよ。」

「私は返しにいかなかったわ。返さなかったところで私に害はないし、あんな頼みを受け入れたわけでもない。」

 正論ではあるが、よくもここまで利己的になれるものだとレイジは皮肉を言った。明日になれば女子たちに本を返さなかったことに文句を言われ、図書委員に注意されれば責任を押しつけられるし、紆余曲折を経ていじめに繋がってしまうことだというのは想像がつく。

「悪いなヒカリ、練習あるのに付き合わせちまって……」

「わ、私は別に、レイジと一緒なら……」

 レイジは確信した。もし自分が退部すれば、即座に彼女も退部すると。


 長い廊下を渡り、階段に辿り着いた。ここを上れば図書室が見える。九冊も抱えて上るのは体調の良くないレイジにとってはかなりきつい。そこで彼は、ある秘策をとった。

 それは手すりに対し直角になるように本の背表紙を載せ、両手で端の表紙を押さえ手すりの上を滑らせながら階段を上るというものだ。手すりの表面が平坦ならばどこでもできる手だ。


「おおっ、なるほど!」

 ヒカリも真似して本を引きずる。昨日本を机の上に音を立てて置いたくらいで注意してきたコミチは、この光景を見て何も言わなかった。結局昨日のは、レイジに話しかけるきっかけとしての発言だったと知った。


 この運び方の問題は、手すりが直角に曲がる踊り場だ。Uターン式の階段では一度真ん中で止まって本を持ち、踊り場を歩いて再び階段側の手すりに載せなければならない。

 つまり中間で一度止まらなければならないのだが、そうと考えなかったヒカリは勢いよく階段を駆け上がると踊り場付近で止まっているレイジに追突した。

 追突したといってもそれほどの影響はなかった。ぶつかると分かっていたレイジは足に力を入れ踏ん張ったので、本を落とすことなく被害を抑えられた。

 問題はヒカリだ。本を横に並べているのだから、厳密にいうとぶつかったのはレイジの右手の甲とヒカリの左手の甲だ。手と手が触れ合ってしまったことに動揺した彼女は、両手をばっと離してしまい、重心が後ろに傾いてしまった。


 落ちる……そう直感したヒカリに、レイジは素早く本から両手を離し、後ろを向いて左手で手すりを、右手で彼女の右手を掴むと、勢いよく引っ張った。そしてすぐさま右手を離し、背中をしっかりと押さえ引き寄せた。

 バランスを取り戻し一安心したレイジはヒカリの様子を調べた。

「ふぅ、大丈夫か? ヒカリ……」

「うっ、うん……ありが、と……」

 ヒカリの心臓の鼓動音が、レイジにも激しく伝わってくる。彼女を落ち着かせるためにも早く放すのが正解だが、乙女心というのは複雑なものだ。

「ヒカリ、放すぞ……」

「あっ、も、もう少し、このまま……」


 ヒカリの言う通りそのまま抱き抱えていると、ヒカリのスマホが鳴り出した。

『もしもし、どうしたのミライ?』

『どうしたのじゃないわよ! あなたの鼓動が急に速くなったから、びっくりしたのよ! それで、何があったの?』

 ヒカリの友達、ミライはあらゆる動物の心臓の音が聞こえる。知り合いに限れば離れていても聞くことができ、今は隣の高校にいてヒカリの鼓動が急に速くなったのに気づき心配して電話をかけてきたのだった。よく聞くと電話の先からセツナの声も聞こえる。今はミライと一緒にいるのだろう。


「もう、いいとこだったのに……」

 ヒカリは向こうに聞こえないように本音を漏らす。

『ちょっと階段で滑って、びっくりしただけ。ほんと大袈裟(おおげさ)なんだから、もう……』

『まったく……レイジは何をしているんですか。ヒカリの心拍数が過去最高に多くなるくらいだから、相当危ない状況だったというのに。』

 そう言ってセツナはレイジのスマホに電話をかけてきたが、速攻で切った。一緒にいるとバレたくないのだ。何度も電話がかかってきたが、レイジは無視せず出てはすぐに切るのを繰り返した。


 レイジは散らばった本を拾い、手すりの上に並べた。ヒカリが電話を切り本を拾い始めたのを確認すると、先に上り始めた。


 その後は無事に図書室に辿り着き、返却も済んだ。ヒカリは図書室を出て靴を履こうとしたところ、レイジとコミチが出てこないのに気がついた。中を覗くとコミチは机に本を置き、椅子に座っていて、レイジはその隣に立っていた。ヒカリは気になって戻ろうとしたが、陰から会話を聞き取ることにした。


「聞いたよ、お前の能力。夜に選ばれた人って、誰なんだ?」

「誰から聞いたのかは知らないけど、私にも分からないわ。でも、経験すればすぐに変化に気づくわ。でも、突然どうして?」

 やはりコミチにも分からないようだ。けれども条件がどうであれ、試すことは一つだった。

「俺にもやってみせてくれないか?」

 コミチは驚いていた。意外にも、自分から頼んできたのはレイジが初めてのようだ。普通の人は、何一つ力を感じない、むしろ夜の冷たさを味わうだけだ。それにそもそも能力に対する適性の有無を調べるものなら、元から無能力者には縁のない話だ。


「まあ、たいして減るものでもないし、別にいいわよ。」

 たいして使わないなら日中屋内で日傘を差す必要もないと思ったのだが、それとこれとは話が別という。


「夜」

「経験すれば変化に気づく」

「やってみせてくれないか」

 これらの文節だけが頭に残ったヒカリは、ある誤解をしていた。レイジは今、こっそりとコミチを口説こうとしていると。自分が部活に行った後で、二人であれやこれやと情事に至り始めるのではないかと。

 そう疑うヒカリは靴箱を眺め、レイジの靴を探した。鞄はレイジが持って入っているので、彼の所有物となるのはここには靴しかなかったからだ。

 ヒカリが靴を漁り出していることに気づいたレイジは、話をぶったぎって彼女の元へ駆け出した。


「ヒカリ、それに触るな!」

「ふーん、やっぱり何か隠してるんだ。」

 ヒカリはレイジの靴を両方持ち、内側も外側も逃さずチェックしている。何を探したいのか見当を立てているわけではないが、レイジとコミチの仲を疑うヒカリは靴を放さない。


 見つかって困る物ではないが、変に触られて起動してしまうと困る物がある。

 レイジは前学校‘ドリームアカデミー’にいた頃は靴に画鋲を入れられることやかくされることが多々あり、その対策として外履きと上履きの両方に催淫ガスを噴き出すセンサーを取りつけた。自分で履いたり脱いだりする分には誤って起動してしまうことはないが、登録していない他人の指紋がたくさん、または複数の指紋が同時に付着すると、靴紐の先端から噴き出す仕掛けになっている。

 ヒカリが持ち続けていると、間違いなく作動する。その前に、一刻も早く手を放してもらう他ない。


 レイジは力づくで取り返そうと詰め寄った。ヒカリは慌ててふらふらとするが、靴は手放さない。レイジは仕方なく、仕掛けを明かして説得することを選んだ。

「俺以外の人が持ち続けると、催淫ガスが噴き出すようになっている! だから今すぐ離せ! ごほっ、ごほっ。」

 最後は咳き込んでいたものの、ヒカリは靴紐の先に奇妙な形の穴と小さく書かれたphilter(惚れ薬)という単語を見つけ、レイジの言葉の意味を理解すると、思い詰めた顔をした。すると靴を持ったまま、噴射口をレイジの顔に向けた。

 自分が浴びてしまうのも危ない側が、他の人に拡散してしまうのも危ない。レイジは靴を向けるヒカリに向かって迷わず進み、押さえ込もうとした。


 催淫ガスはレイジの目の前で噴出され、ほとんどはレイジが吸い込んだ。取り零した分はほとんどないので、周りへの害はないだろう。問題は、いかにレイジが自分を抑えられるかだ。

 ここでヒカリに襲いかかっては、彼女の思うつぼとはいえ学生として問題になるのは確実だ。どうするか考えるレイジの頭には、一人の少女が思い浮かんだ。

 そう、イブキだ。イブキの必殺技‘真空掌(しんくうしょう)’。

 それは胸に手を当て、心臓マッサージの要領で圧迫する。彼女の手は直接心臓に届き、強い衝撃を与え呼吸を止める力がある。それを浴びれば、今のレイジは何も起こさないまま気絶し、薬が切れるまで目を覚まさない。イブキの所属する吹奏楽部の活動場所、音楽室はこの廊下の突き当たりだ。今日は活動日で、彼女はそこにいる。音楽室まで辿り着けば、息の根を止めてもらえる。こうなってしまった以上、他に手はなかった。


「イブキ……イブキ……」

 名前を呟きながら、レイジはふらふらと歩き出す。目の前にはヒカリがいるが、彼には見えていなかった。


「へぇ……やっぱりイブキさんなんだ……」

 ショックを受けたヒカリは、レイジの前から退いた。その動きが目に入ったレイジは、視線の先をヒカリに向けた。

 そしていきなりレイジはヒカリを押し倒した。両者の顔は、今にも密着しそうなほど近かった。


 レイジはより良い策を考えついた。ヒカリの心の願望、彼に押し倒されたいという願いを叶わなくさせれば、ガスの効果を打ち消せる。その可能性に懸けたのだ。

 けれども実際はうまくいかず、もともと体調が悪かったのも相まってなかなか自分を抑えられない。レイジは舌を出し、ヒカリの頬を舐めた。ヒカリは声を出そうにも、動揺して言葉にならない。そして諦めたのか覚悟を決めたのか、両目を強く瞑った。


「あっ、治ったわ。」

 ヒカリが目を瞑った瞬間、レイジの能力が発動し、彼女の願いを叶わなくさせたと同時にガスの効果が消えた。

「助かったぜ、ヒカリ。でも、悪いのはお前もだからな。」

 そう言ってレイジはヒカリの上から退いた。ヒカリは顔が真っ赤になったまま動けないでいた。

 するとそこに再び、ヒカリの電話が鳴り出した。電話には出れなかったので、留守番電話に切り替わると、またしてもミライとセツナの叫び声が聞こえてきた。

『さっきよりすごい速くなってたけど! あなたどうしたの!?』

『何があったのですかヒカリ!? 返事してください、ヒカリィ!』


 レイジは靴を取り返し、ヒカリを置きざりにして廊下を歩いていった。

「さて、次は職員室だな……」

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