35話 夜の海岸
この島では小学校に入学すると、それ以来定期的に能力診断を行う。基本的には入学式と夏休み明け、冬休み明けの年三回で校内で一斉に、転校あるいはその他の事情で入学した人はその日にも個人単位で行う。
今のランクは最も高いものはS+で、その後はS、A、B、C、D、E、Fと下がっていく。この島の高校一年生はおよそ五万人。現状の割合は、何らかの能力があるとされるEランク以上が0.25%、つまり四百人に一人という計算だ。そしてS+ランクは四人。Sランクは十人。
これだけの希少な存在でありながら上層部はこの能力の育成に尽力する。教育のカリキュラムを変更するのではない。それに代わる措置として生まれたのが、同じ学年の高ランク同士で組んだグループ、ヘキサフリートと四天格だ。
かつてはAからFの六段階であり、科学の発展と目覚ましい能力の発達により、ランクのボーダーラインが度々変更されたものの六段階という決まりは維持していた。それを破ったのがヘキサフリートのリーダーにして初のSランクとなったワタルであり、それを超えるS+ランクを生み出したのが四天格のリーダー、トシヤだ。
歳月を経て、より強力な能力が目覚めていくが、一度目覚めた能力が大幅に成長することは少ない。一方で、今までFランクの無能力者でありながら突然能力に目覚めてSランクになる者もいる。しかしそれでも四百人に一人の確率であり、誰もがなれるような特定の事象があるわけでもない。
学力も身体能力も関係ない。目覚めなければ伸ばしようもない才能のようなものにもかかわらず、持っていない者はどれだけ勉強ができようとスポーツや音楽で結果を残そうと、評価をされない。この島だけは、そんな世界だ。
ならば能力を持たない、Fランクの学生はどうだろうか。端から見れば勉強や運動、趣味などの様々な分野に特徴を持つ、個性溢れる人たちだ。けれどもこの島での評価では、Fランクというだけで見向きもされない。
そんな島になぜこれだけの無能力者がいるのか。その理由は単純。親に期待されているからだ。一%にも満たない確率を信じてこの島の学校に通わせ、能力を目覚めさせるという親の欲望を背負わされた子どもたちがたくさんいるから、学生の母数が増え一%未満という数値が表れる。
能力が目覚めるのは学生の間とは限らず、就学前、卒業後の事例もある。けれども親に諦められてしまい、急に態度を変えられる学生も多い。その結果、不祥事を起こす情緒不安定な学生が度々問題となり、それを押さえるのが高ランクグループという始末だ。
過度の期待をしていたり、背負わされていない学生も多いが、彼らは無能力者同士親しくする一方で能力者を羨む。だからこそ、どうしても両者の間には相容れない溝が生じるのだ。
「ランクの低い者に、興味がない。」
それをクラス内でも薄々感じ始めてきたレイジは、同じ能力者であるコミチの言葉を繰り返し言った。
「ああ。まったくその通りだ。」
部活にだって飽きた。能力があれば経験や体力の差なんていくらでも埋められるし、能力を使って勝てない相手に勝ちたいならわざわざ苦手なスポーツで勝負する必要もない。続けていく意味がないのだ。無能力者たちとコツコツ練習するより、能力者と遊んでいるほうがよっぽど楽しい。
だからレイジは選んだ。
これからの、自分の道を……
「俺は部活、辞める。」
周りは静まりかえっていたが、そんなことはどうでもいい。なぜ彼らのような無能力者といる時間を過ごすことに疑問を感じなかったのか。コミチのような身近な能力者と過ごす時間を作らなかったのか。一ヶ月もしてやっと気づけたのか、一ヶ月で気づけただけ良かったのか。それはもう考えていても仕方がない。
「そう……それなら今後、この時間はどうするの?」
決まっている。ヒエイやアイコからの誘いを断らざるを得ない元凶が消滅するのだ。他校の能力者と過ごす時間は増える。ネオ・ヘキサフリートとしての活動やメンバー集めの機会も増える。レイジにとっては、メリットしかなかった。
そして、外に行けない、行かない日でも、過ごす場所を見つけた。それは、ここだ。
「明日また来る。じゃあな、コミチ。」
そう言い残したレイジは、パソコンが復旧し順番待ちの人がいなくなった貸出コーナーに向かい、本の貸出手続きを済ませると図書室を後にした。
「あら、今帰ってきたの?」
「まあな。お前は今からトレーニングか?」
レイジは玄関でイブキとすれ違った。制服から着替え、愛用している水色のパーカーを着て、スニーカーの靴紐を結んでいる。そして肩に背負った袋の中には砂浜用のトレイルランニングシューズが入っている。今から走る気満々だが、空はもう真っ暗だ。海岸のパトロールはライフセーバーの役目だとは言っているが、ここまで自分にストイックに鍛練できるのは能力以前に人として凄いと思えた。
そしてレイジはふと思いついた。
「俺も行っていいか?」
レイジが自ら運動すると言い出すことはなかったので、それを聞いたイブキは狐につままれたような顔をしていた。
「別におかしくないだろぉ!? 俺だって運動部なんだし。」
「へぇ、まだ続けていたのね。そろそろ飽きているかと思ってたのに。」
あながち間違いではないだけに否定ができない。だからレイジは飽きてないとは応えず玄関を開け、家の中に入った。先に行くと言い残したイブキはもう走り出してしまっている。追いつけはしないが行き先とルートは分かっているので、近道すればいいだけだ。
レイジは高校指定のジャージに手早く着替えると、借りてきた本を一冊と黒い傘を一本手に持って家を出た。
イブキは海岸と反対方面に住宅地を抜け大通りを走り、途中の信号を曲がり海岸を走って戻る。だからレイジは合流するために、真っ直ぐ海岸に向かった。
「ん? あれは……」
道を折り返しトレランシューズに履き替えたイブキは海岸を走って戻ってくると、ぼんやりと人影が見えた。
首から上は隠れていて、というよりは頭部が大きく膨れ上がったシルエットをしており、普通の人の影とは思えなかった。
とうに日は沈み、雨が降る気配もない。より近づいて分かったが、やはりあれは傘だ。こんな時間、こんな天気に傘を差している人なんてあの子くらいだ。そう確信したイブキは、顔が見えずともそこにいるのは誰なのか分かっていた。
「ミチコ、あんたこんな所で何してるのよ。」
するとその人は声には出さずに傘を差したままイブキのほうを振り向いた。
「残念、俺でした。」
コミチだと思った人影はコミチではなくレイジだった。
イブキは驚きつつも呆れている。状況が飲み込めず、思わずレイジに尋ねてしまった。
「あんた一体どうしたのよ。そもそも走りにいくって人間がどうしてそんな大きな傘持っていくのよ。」
「街灯が眩しかったからな。走りにいくってよりは外に出たかっただけだし。」
部屋の中で電気を消せばいいんじゃないかと言われたが、外のほうが気温が低く、風も冷たい。夜という雰囲気に合ってるからだと答えた。
そして傘を差すきっかけであるコミチのことを話すと、意外と話は深まった。イブキとはこの町に来て居候を始めてからの仲のようだ。
「あの子前からああなのよ。私が中学の生徒会長になってからいつも注意してるのに何一つ聞かないんだから!」
イブキが言っても余程のことがない限りコミチは顔を出さず、強引に傘を退かそうとしたら怯えてしまい逆にイブキが怒られてしまったこともあった。礼儀として授業中は傘を閉じるべきだと言っても、話は聞こえているし黒板も見えているから問題ない、テスト前にはカンニングと疑われるような仕掛けがないことも確認させればいいと言って聞かない。
運動会含めグラウンドで活動するときも休むときは木陰や建物の影に行けと言っているが、物陰に入れない間は常に傘を差し、隙を見つけて物陰に入ったうえで傘を差しているのだからどうしようもないと頭を悩ませられてきたらしい。
「そこまでしてあいつが影にこだわるのは、能力が影響しているんだろ?」
コミチと話しているとき心を読むだけでは理解できなかった彼女の能力は、四年生からとはいえ小中高とずっと一緒の学校に通い、ミチコとあだ名をつけて呼ぶイブキなら知っているかもしれない。レイジが突然走りにいくと言ったのも、傘を差して出掛けたのもすべてこのためだ。
「そうね。ミチコの能力の源は夜よ。自分の周囲を夜に変えることができて、そのとき必要なエネルギーを溜めるために、日頃から光を浴びないようにしているの。」
「ふーん。で、その力を使わないと生きていけないのか?」
「そんなことはない。そんなことはないからこそ、私はいつまでも注意しなくちゃいけなかったのよ!」
コミチは友達はいない癖して、かなり強情な性格のようだ。イブキをここまで困らせる根性には、レイジは見習いたいものを感じられた。
「はぁ……ところで、レイジはいつあの子と知り合っちゃったのよ。」
「今日本を返しにいくとき図書室でな……知り合っちゃったとか、失礼だなおい。」
図書室で会ったことに加えてクラスも同じだということも話すと、イブキは深いため息をついた。
「私あなたと同じクラスじゃなくて本当に良かったわ。」
「昼ご飯食べにきてもいいぞ。食べるの苦労してるし。」
「だからあれほど傘を畳めと……まあ、ちゃんと学校来てるだけ安心したわ。」
来たら来たでイブキの悩みの種となるのだが、高校に進んで環境が変わり、浮いてしまわないか心配していた彼女は少しほっとした。いじめられていたわけではないのだが、誰からも避けられると居心地が悪くなるにちがいない。そう思っていたのだが、自分と同じ目をしているのなら万が一にもそう思わないだろうというのがレイジの考えだった。
「それより気になるのは、あいつの能力だよ。」
「ミチコの? ああ、夜に変えるってやつ? あれは言葉そのままよ。」
イブキの持つイメージとしては、以前レイジが味わったクオンの暗闇のドームに近かった。太陽はそこに出ているのにコミチの作り出した空間内では陽が入らず、気温も格段に下がる。電気はついたままになるが、消せば一面真っ暗の、まさに夜に変わった世界が出来上がる。
「そしてもう一つ、その空間内にいる人は、飛躍的にあらゆる力が強化されるという性質がある。けどそれには条件があってね……」
「目、だな……」
イブキの考えを読まず、自分の想像を盲信して口に出してしまったことを、レイジは後悔した。目というものが何かを知らないイブキに説明すると、その自意識過剰っぷりに呆れられた。
「違うわよ。だってあの子は違うもの。」
イブキがいうあの子というのは、彼女の隣のクラスのミチルという人だ。レイジも詳しくは知らないが、この高校の一年生で唯一のAランクという情報は知っている。そしてイブキはその人を容姿で女と思っているようだが、彼は男だというのも知っている。けれどもレイジは彼女に明かさなかった。放っておけば、面白そうな展開になりうると思えたのだ。
「じゃあその、夜に選ばれた人の条件ってのは分からないみたいだな。」
夜に選ばれた人。コミチはそう表現している。作り出した夜の空間に入ることで秘められた力を一時的に解放することができる人。ミチルがその条件を満たしていると知ったのは偶然中にいたからで、イブキも居合わせてはいたが条件を満たせなかったのか何一つ体に変化がなかったらしい。
「私はもっと強くならないといけないのに……でも、私は私のやり方で強くなるわ。」
今の段階で最高ランクのS+ランクと評価されているというのに、これ以上強くなってどうするのかと突っ込みたかったが、イブキは本気だ。
命を守るライフセーバーになったが故か誰よりも責任感が強く、自分に厳しい。毎日トレーニングをしたり、中学生になって早々生徒会長に立候補したりと、生半可な覚悟ではできないことを次々とやってのけている。
そういった固い考え方をしてしまうのが、イブキの強みであると同時に弱みでもある。適度な息抜きが必要であり、その機会を体を張ってでも設けることが自分の役目だと、レイジは考え行動した。
「夜ねえ……夜っていうとなんか、大人の感じするじゃん。今のイブキにはそんな色気が……」
失言だった。身長は140cmに満たず、全体的に平坦で女子高生とは思えない体型を気にしているイブキに言っていい言葉ではなかった。彼女は拳を強く握ると、足を少し曲げて攻撃態勢に入った。
「待て、ほんのジョーク、ジョークだから!」
レイジは咄嗟に逃げようとするも、普通のスニーカーでは砂浜を速く走れない。一瞬でイブキに捕まり、それはもうソフトボール投げのように、海の中に向かって放り投げられてしまった。




