32話 赤と青のシグナル
用件は済んだ。明日からまた授業が始まる。地元民の自分たちはともかく、レイジやヒエイは帰るべきだと考えたアイコは、解散を提案した。
「さて、用が済んだならもう帰りましょう。明日からまた学校よ。」
イノリとルインは顔を見合わせた。ヒエイは帰る気満々なのか、何も言わずに立ち上がって歩き出した。しかし、彼の思うようにはいかなかった。
「あーあ。こんな時間になっちゃったなー。お腹空いたなー。」
ヒエイは一瞬足を止めた。イノリの声のトーンが落ちていることにはちゃんと気がついていて、恐る恐る後ろを振り返った。
2人はヒエイをじっと見つめる。ヒエイは諦めがつき、やけくそになって叫んだ。
「あーもう! 連れていきゃいいんだろ!?」
ヒエイは財布を取り出し残金を確認した。そして財布をポケットにしまうと、公園の出口に向かって早歩きで進んでいった。
「あっ、ちょっと! 今度は私の番だから!」
「違う! 結局私も連れていってもらってないし!」
昼もヒエイはアイコたち3人を連れてレストランへ行った。イノリとルインで勝負をして、勝ったほうの希望の店に行くことにしたのだが、決着がつく前に彼は独断で店を決めてしまった。そのとき勝ったのはイノリだったが、昼は譲ったから夕飯は自分の番と言うルインと、勝ったのに希望通りの店に行けなかったから今度こそ自分の番と言うイノリの間でまた論争が起こっている。
3人はそのまま先へ行ってしまい、公園に残ったのはレイジとアイコだけになった。
「で、アイコはどうするんだ?」
「私は別に……これ以上迷惑かけるわけにいかないし……」
昼は3人ともヒエイに奢ってもらったらしい。朝の騒動によって食事中にもかかわらずギスギスしていたのもあり、アイコは居心地が悪かった。帰ろうと思えば歩いて30分ほどで家に着くので、奢ってもらうのも申し訳ないし自腹で済ませるのももったいない。どっちかと言えば、このまま帰りたいというのがアイコの本心だ。
ヒエイの言動が、アイコがついてこないことを想定したうえでのものだとすればこのまま帰るのが正解だ。けれどもそうでないとしたら、一緒に行くのが正解の可能性もある。
ヒエイに能力が通じないだけで、ここまで選択に悩むことになるとは想像もしていなかったレイジは、なかなか決めきれなかった。
「さて、聞かせてもらおうか。お前がそこまでしてネオ・ヘキサの加入に抵抗があるのかを。」
レイジはスマホのマナーモードを切り、着信音量をなるべく大きくした。これで万が一ヒエイから連絡が来ても、すぐに気づくことができる。
「まず本家ヘキサフリートに入れなかった……その理由はアイコ、お前はあいつらの誰の代わりにもなれないからだ。」
力が及ばないことを叩きつけられたと錯覚したアイコは、ショックで顔を強ばらせた。けれどもそれは誤解だということをはっきりと伝えなければならない。レイジは間髪入れず話を続けた。
「見返してやればいいじゃん。そもそも、あいつらに勝てなきゃだめってわけでもないし。だいたい深く考えすぎなんだよ。俺がどうやってあいつらに勝ったか知ってるか?」
知らなかったアイコに対し、レイジは事実を次々と話す。カリンとのサッカー、クオンとの水鉄砲、ワタルたちとの缶けり。トモエに至っては勝負そのものが成立せず、どっちが勝ったのかさえ曖昧な結果に終わっている。しかしそれらはまぎれもない事実であり、レイジが評価される強さだ。
そんな適当な試練をこなすだけで加入を勧められるのだから、自分の適性をアピールすればいいだけだ。
「入ったら強制的に仕事に駆り出すとか、そんなことはしねえよ。四天格の管理下にある本家と違って、独立した新チームだから、気が向いたときだけ力を貸してくれればいい。だって俺がリーダーだし。」
アイコはぽかんとした顔で固まっている。彼女が思っていたものとはかけはなれた、緩すぎるものだったことを知って目が点になっている。
「だからだ。お前は誰とも違う、誰もお前の代わりになれない。周りが評価してなくても、俺には感じられる。」
初めてだった。この世界で言う、精霊として生まれた少女、アイコ。彼女はSランクと評価された。間もなくラクアと出会い、Sランクの上位グループヘキサフリートの存在を知った彼女は加入を要求するも受け入れられなかった。自分では力不足なのか。これ以上伸ばすことはできないのか。そう悩んで2ヶ月、彼女はようやく答えが見えてきた。
「ヘキサフリートと並ぶSランク上位以上のメンバーで結成予定のネオ・ヘキサフリート。アイコ、加入したいか? お前の気持ちは、どっちなんだ?」
聞かずとも分かるが、お互いのため、声に出して伝えてほしい。アイコの答え、それは……
「私は……メンバーになりたい!」
大切なのは強さ。けれどもそれだけではない。チームを組む以上、メンバー同士の相性、シナジーが重要になる。そして何より、気持ちだ。チームの一員となり、あらゆる人を助けるために奮闘する人になりたいという意思。それがあって初めて、ネオ・ヘキサフリートのメンバーになる資格を得る。アイコには、それを十分に満たすだけの強い思いがあった。
「決まりだな。まあしばらくは研修期間だな。この街を知ることと、後は連携技の練習、それから……」
「ちょっと! 私のほうがこの街にいる期間は長いのよ! それに連携技っって、そもそも個人技さえできてないのに……」
レイジだって技と呼べるものは持っていない。ただカリンの炎の札やトモエの野球ボールのような、能力を活かせて応用の効く個性があれば、活躍の場は広まる。レイジはそう考えていた。彼の場合は相手の動きを読んで攻めに守りにナイフを振り回すのが一番だと思っていたが、フィジカルの弱さを補えない分どうにもうまく使いこなせない。
その悩みは、一人で考えていてもどうにもならない。だから連携して活かす道を探すか、別のアイデアを取り入れるか、いずれにしても仲間が必要だ。
悩みがあるのはアイコも同じことだ。願いを叶える力はたくさん使いたいが、その分破壊のエネルギーも溜まり何かを破壊しなくてはならなくなる。そのデメリットをどう改善するかが、彼女にとっての課題だ。
課題を乗り越えるために必要なこと。それは、自分の可能性を広げること。一人でなく二人、二人でなく三人。互いが互いの力を磨き、更なる高みに辿り着く。そしてできたのがヘキサフリート、四天格といったグループだ。
「お前だってこの市以外たいして知らないだろ? リーダー適性があるってのは認めざるを得ないけど。」
「この市は結構広いほうよ。レイジは……町だもんね。町民町民。」
行きたくて着いてしまったわけでもないのに、人口の少ない町に住んでいるだけで馬鹿にされ、人口の多い市に住んでいるだけで優越感に浸っているアイコの頭を叩きたくなる。
けれども昨日から抱えていた悩みは、もう解決している。結果オーライということで良いと思ったレイジは、本題へと話を進めた。
「で、どうする? 今日はもうお開きか?」
そうするとは答えないことは分かっていた。重要なのは、アイコ自身が言葉で決めることだ。
「知ってるでしょう? 私は適度にエネルギーを発散しないといけないって。その効率の良い発散の方法を考えてもらうわ。」
誰にも迷惑をかけず、破壊のエネルギーを放つ方法。レイジが納得いくやり方ならすぐに思いつくが、お人好しのアイコが納得するはずもなかったから、それは口に出さなかった。
公園のど真ん中に大穴を開けるわけにもいかないので、レイジとアイコは公園を出て大通りに出た。道路の向かい側にはレストランが並んでいる。そのどこかにヒエイたちはいるのだろう。
そう思っていたが、彼らは店ではなく歩道にいた。まだ夕食を済ませておらず、店さえ決まってなくて揉めていたところ、子どもたちに絡まれたらしい。
「この島治安悪いな。」
「そうね。ランク主義のこの街で、ランクが低ければグレるし高ければイキる。たとえ小学生でも、平気で夜遊びする子は多いみたいよ。」
小学生でも、というより小学生だからこそ自分は選ばれた人間、強い存在と思い込んでしまい、強気になって暴れだすのかもしれない。
元凶はワタルたちではないかとレイジは考えた。当時中学生ながら同学年と高校生相手に討ち勝ち、革命を起こした小さな村の子どもたち。彼らのようになれると思っているからこそ、年上だろうと臆せず絡んでいく小学生が増えている。そうだとしか思えなかった。
「ちょうどいいじゃん。あいつらに撃ってしまえよ。」
「あれも尊い命なのよ! そんなことしないわ!」
イノリたちを助けるためとはいえ、やはりアイコはむやみに人に向けて撃てない。
それ以前にヒエイは何をしているのだろうか。イノリとルインは口論をしているが、ヒエイの声は何も聞こえなければ動きも見られない。
レイジは気になって向かおうとしたが、アイコに止められた。
「何であなたまで行こうとするのよ。イノリたちなら大丈夫よ。」
彼女らの実力を評価したうえでのアイコの判断だったが、せっかくの活躍の機会をレイジは逃したくなかった。
「初仕事だ。本当の強者の在り方ってのを教育してやる。」
「大人気なぁ!? どうするのよ! Sランク上位者は小学生を虐める高校生だってイメージ持たれたら印象最悪じゃない!」
それもそうだと思ったレイジは、アイコに手招かれるままに物陰に隠れた。
「いいじゃん、俺たちと遊ぼうぜ。俺のランク知ってるかぁ? SだぜS、スゲェだろ?」
リーダーの小学生の言うことは本当だが、取り巻きの二人は違う。その二人も堂々と構えているが、なんとも小物っぽい振る舞いである。
具体的に言うとスカートを引っ張ったり足をつついたりするだけで、通報されると言い逃れできない行為には至れていない臆病者たちだ。
イノリとルインはさっきからあっちへ行けと言い続けているのだが、彼らは引き下がらない。無視していても、問答無用で呼び続けてくる。店を早く決めて入ってしまえばいい話なのだが、どちらも譲らないから状況が変わらないという始末だ。
「もう限界。覚悟はいい?」
痺れを切らしたルインは、返事を待たず一歩下がると右足を振り上げ、リーダーの男子の股を蹴り上げた。
「痛ってえ! あ……ああ……」
レイジは自身の股間を押さえ、踞った。何であなたが痛がっているのとアイコに呆れられたが、男の子が声に出せないほどの痛みを感じていることが心の声を通して伝わってくるレイジにも、おもいっきりダメージを与えていた。
「しっかりしなさいよ。あれそんなに痛いの?」
「女のお前には分からないだろうな。大事な所を破壊された痛みは……」
後一年足らずで小学校を卒業するというのに、生殖器としての役目を一度たりとも果たせていない睾丸を潰された男の子も踞ったまま動けなくなった。血だまりが広がっていくのを見た他の男の子たちは、恐怖で足がガタガタと震え、すくんで動けなくなっていた。
しかしすぐに痛みは治まり立ち上がった。
イノリが両手を合わせ、全身から赤い光が生み出される。イノリの願いで、破壊された睾丸が元通りになり、痛みも引いたのだ。
けれども破壊されたときの痛みの記憶は残っているので、男の子は怯え、レイジも立ち上がれない。
「お、お前……」
ルインを睨みつけてはいるが、足はガタガタと震えている。ルインが足をぴくりと動かせば、怯んで飛び退いてしまう。
そこまで恐怖を植えつけられて逃げ出さない度胸は褒めたいとレイジは思ったが、ルインとイノリは微塵も思っていなかった。それこそ泣き出すまで、何度でも痛めては治すことを繰り返そうともしている。
「後悔しやがれ!」
男の子は両の手のひらにエネルギーを溜め始める。いわゆる魔力。破壊とまではいかないが、コンクリートを削るくらいの威力は出せる、至って普通のエネルギー弾だ。精一杯溜め、叫びながら放った弾は、両者の間に割り込んだヒエイの手によってあっさりと打ち消された。
「なっ、何なんだよお前ら……揃いも揃って気味が悪い……」
まさか三人とも高ランクだとは思わなかっただろう。実際に彼らはルインたちを最下層のFランクだと思い込んで話しかけていた。ルイン、イノリともに能力を持ち、ヒエイさえ能力を持っていることを察した男の子は、完全に戦意喪失していた。




