314話 終わりの関係
“ノーツ”を消す方法を探す三門玲司たちの旅は終わった。気まぐれに訪れた図書館で見つけた確かな答え。それは、生きて“ノーツ”を失える手段は皆無だということだった。
それはある日突然目覚める力。持たない人が大半ではあるが、その研究は確かに進められていた。“ノーツ”を奪えば命を奪うことになる。それが研究の答えであり、旅の目的を果たすことは不可能という提示だ。
人によっては常時発動されてしまい、それを欠点に感じる人もいる。だが一時的にでも手離せないと分かった以上、改善は諦める他ない。
自在にオンオフ切り替えられなくても力を伸ばす方法はあるはずだ。今度はそれを課題とするということで、団体行動は幕を閉じた。
だがそれはレイジたちの話。元から別の理由で図書館に来た人たちは、解散する理由はない。佐貫町藍子は三郷楽阿とともに自習を再開していた。
「あっ、よかった。いてくれて」
「あら、忘れ物?」
渋谷祈里は自習席にアイコたちがいてホッとした。
「ううん、確認だけ」
「私たちは家に帰るけど、アイコはまだここに居る?」
「ええ。お昼は要らないわ」
一緒の家に帰るのに、置いてきぼりにするわけにもいかない。だから念のため、確認をしに戻ってきたのだ。
案の定、アイコたちはまだ勉強を続ける予定と答えた。
「じゃあ夕飯は要るのね」
「本当に? 朝まで帰ってこないなんてことには……」
「そ、そんなことしないわよ! からかわないで」
取り乱してしまったアイコは辺りを見渡し、他の利用者に頭を下げた。そして声のトーンを落として話すようにした。
「とにかく、変なことはしないから、静かに帰りなさい」
「はーい。行こう、ルイン」
イノリたちは図書館から出ていくと、それから戻っては来なかった。
「まったくあの子たちは……ごめんね、うるさくして」
「あ、いや……大丈夫だ」
アイコはラクアのことがあまり大丈夫には見えなかった。さっきから上の空になっていることが多く、こちらの問いかけに若干鈍くなっている。
それは朝からのことではなく、イノリたちが来た後の変化だ。レイジと何かを話していて、自分も本探しを手伝うと言い出してから、神妙な顔つきに変わっていた。何か悩んでいるのは確かだが、ラクアは何も話してくれない。
「ねえ、さっきから様子が変よ」
「……そうか?」
「ほら、今も少し遅れてたし」
ラクアは自覚している以上に態度に出てしまっていることに気づいた。それでも頭から離れない。
かつて思いを寄せていた少女を助けるべく、主犯の男の学校に乗り込んだヒエイたち。対して参加を断ったラクア。
挑んだ末に敗れたヒエイは鍛え直す手がかりを探し、対して自分は過去の出来事として忘れようとしていた。
自然と比べてしまい、自分の決断の間違いに頭を悩ませる。あのとき自分も加勢していたら、そんな後悔が、一ヶ月経った今になって再発、膨張しているのだった。
「相談に乗ろうか?」
「いや、いいんだ」
そんな悩みを、今の交際相手のアイコに言えるはずがない。昔好きだった少女で、ラクアは自分からアイコを選んでおきながらウジウジと考えていることを、知られてはならないと思って黙秘を続けていた。
埒が明かないとみたアイコは、こっそりレイジにメッセージを送った。
ラクアの考えていることを、心を読んで教えてくれないかと頼んだ。
レイジはラクアの思考が分かっている。何を悩んでいるのかも、それをアイコに知られたくないと思っていることも。
彼はスマホを開く前に、しばし考えた。
「私には知られたくないことみたいね」
「どうして、そう思った」
図星を突かれたラクアだが、なんとか否定できないものかと根拠を求めた。
「今ね、レイジに聞いたの。既読がつかないってことは、伝えていいか悩んでいるってことでしょう」
単にスマホを見ていないだけの可能性は、レイジの場合通用しない。心が読める彼は、通知をオフにしていても誰がいつ何を送ったかリアルタイムで把握する“ノーツ”を持っている。
そんな彼が返事を寄越さない理由として有力なもの。それは伝えていけないことだということだ。
「もしかして、ラクアの方に連絡あった? 私に話していいか、みたいな」
「いや、来てない……」
アイコに返信する前にラクアに一報入れ、許可が下りたら送信する。それが今レイジが考えていることだろうと彼女は推測した。
だが実際、彼には一切メッセージは届いていない。ここで一つ仮説が立った。
「バッテリー切れか……そもそも持ってきてないか」
「え、まさか……スマホ持たずに外出するなんて……」
二人はレイジの特徴を思い出す。鞄も何も持たず、スマホを持っている姿は見ていない。
このご時世、スマホを携帯せず外出する学生はいない。他校の生徒と集まり電車に乗るならなおさらだ。だが合点のいくことも思い返せた。
「確かにあいつ、来る前に何の連絡も寄越さなかった……寄越せなかったからか」
勉強デートをしていると知っていて黙って揃ってやって来た。ラクアは気の利かないレイジのことを責めたが、連絡手段がなかったのなら仕方のないことだとも考えられる。
仮にそうだとしたら、悪いことをしてしまった。ラクアは彼に罪悪感を覚えた。メッセージで一言残すが、直接言葉に出して謝りたい。次回アルバイトのシフトが被った日は、忘れずに伝えようと決めた。
「でも、私に聞かれたくないことってのは本当みたいね」
レイジから返信が来ないことは直接的な根拠にはならなかったが、ラクアの反応からして推測が当たっている可能性は高く思えた。彼もこれ以上の否定は苦しいと感じ、無言になった。
話したくはないが、嘘をつきたくもない。黙ることでこれ以上の詮索を嫌がっていると伝わることを祈った。悪いことをしたとバレて黙秘を貫く子どものやり口と変わらない。
「まだ、あの子のことが忘れられない?」
ラクアの願いと反対に、アイコは踏み込んできた。言葉には出さないが視線を逸らし、露骨に避ける素振りを見せる。
「私はね、ラクアのことが好きよ。それはあなたの力になりたいから」
ラクアが困っていることがあれば、その解消を優先したい。けれども別れ話をもちかけるまではしたくない。今の関係を続けた上で、彼の力になりたい。それがアイコの願いだ。
「私の存在が、逆にあなたを困らせてしまうのは嫌だから……何かしてあげたいの」
ラクアの方も、別れることが一番手っ取り早いことは気づいている。しかし自分から付き合おうと言っておきながらそんな話を持ち出せるはずもなく、良く言えば責任を投げ出さない、悪く言えば自分を悪者にしないために、アイコの意思で持ち出してくれないかと待っている。
ゆえに進み出せない状態なのだ。
「今はまだ整理できていないと思うから、いつか話してね」
最後にそう告げると、アイコは勉強を再開した。ラクアを一人にはさせない。すぐそばに自分がいることを理解してもらえるよう、席からは離れなかった。
一方レイジはくしゃみを連発していた。
「汚いですね……マスクないなら口元押さえてください!」
「体調が悪いわけじゃねえよ」
レイジたちは今、駅から離れて店に向かっている。
少し前のこと。改札を通り、自宅へと向かう彼らは上りと下りに分かれそれぞれのプラットホームへ階段を上った。レイジは電車を待っていると用事を忘れていたことに気づいた。
来週に控えている誕生会のプレゼント。図書館に来たついでに買って帰ろうと思っていたレイジだが、うっかり入場してしまったのだ。
駅員に事情を話し外に出させてもらったレイジは、品川刹那とともに街中へ向かって歩いているのだった。
「悪いな、家遠いのに付き合わせて」
「いえ、かまいませんよ。ヒカリのためですし」
セツナを連れてこさせたのは帰りの方面が同じだからだけではない。誕生日を祝うメンバーの一人と中学から親しい女子だから、好みの品が分かるはず。
男である自分の主観や本人の欲しい物を読んだ通りに選ぶのでは駄目だ。
何を望んでいるか、どうすれば喜んでくれるかを真剣に考えるために、セツナのアドバイスが必要だと考えた結果だ。
セツナの方も帰る直前にプレゼント選びの手伝いを頼まれたことには文句はなかった。誕生会は“同期”で開くため“ノーツ”の目覚めた時期の違う彼女は参加しないが、レイジが彼女に渡すプレゼントを考えるというなら、断るという選択肢は自然と消えるものだ。
目的地の店まではおよそ徒歩十五分。それまでは二人でひたすら歩いている。セツナは誕生会とは別にレイジに聞きたいことがあった。今がちょうど聞くチャンスだ。
「先月言ってたこと、覚えていますか」
「ああ。俺が悪夢の力を手離すことができたら、皆に会いに行くって言ったやつだろ」
レイジの右目の辺りに宿っている、見た人の願いを叶わなくさせる力。彼はこの力のせいで、生まれ育った街では悲惨な生活を送っていた。
今も彼を憎んでいる人が大勢いる。しかしレイジは高校卒業後、故郷に戻り大学へ行くと言った。一人で進学するのではなく、セツナの中学からの親友の一ノ宮耀を連れて、二人で将来の道を歩むのだと明かした。
通学するには、この島を出る必要がある。休日に日帰りで会いに行けるほどの距離だが、レイジはある約束を果たしてから戻ると言った。
皆の心配の元凶たる呪いの力、悪夢の力を失ったとき、島の皆に会いに行くと言っていたのだ。
「手離せないと知った今も、ヒカリとともに島を出るつもりですか?」
その約束は果たせないということは、今日の旅で分かってしまった。“ノーツ”は命。失えば命を落とすという研究結果を知って、一時的にでも手離せないものと理解したことで旅は終わりを迎えた。
辿り着いた結論は、以前のレイジの約束を守れないものだと証明するものとなってしまったわけだ。
「どうなのですか?」
セツナが心配しているのは、レイジが島に戻ってくるかではない。悪夢の力を手離せないと分かった彼が、それでもヒカリを連れていこうと思っているのかどうかだ。
かつて拉致され処刑されかけたレイジ。自力ではなく他人の力で脱出に成功し、日常に帰ってこられた。そんな彼が再び故郷に戻れば、周りの人間に危害が及ぶ。一番危ないのはヒカリだ。
止めようとはした。それでもヒカリの決意とレイジの言葉を信じて、受験が成功することを祈った。だが悪夢の力を生きて手離せないと分かれば話は変わってくる。今何を思っているのか、セツナは知りたかった。
「俺の進路は変わらない。けど、ヒカリは置いていく」
一人では乗り越えられないと思ったから、レイジはヒカリに来てほしいと頼んだ。喜んで受け入れてくれた彼女が、悪夢に抗う勇気の源だった。
だが無謀と知った今、ヒカリの手を借りても無駄になってしまう。レイジは彼女の幸せのために、ともに将来を歩くことを諦めると言った。
「もしかして、ヒカリには話さないつもりですか」
レイジは図星を突かれた。だが平静を装う。至極真っ当な思考だと疑わない彼は、それでセツナの呼び掛けを打ち消すつもりでいる。
「ヒカリだけ受験に失敗すればそれでいい……なんて思ってないですよね」
「……だったら、どうなんだ」
セツナの言う通りだ。自分だけ合格してしまえば、強制的に離ればなれになれる。一人落とすなど容易いことだ。皮肉にも、悪夢の力がそれを可能にしてしまえる。
「選びに行きましょう。プレゼントを渡すのは、今年が最後かもしれません」
来年にはもう、二人の関係は終わっている。レイジの意思が変わらない限り、その未来は避けられない。そう予測するセツナは、せめて良い思い出を残そうと、プレゼント探しに協力する姿勢なのだった。




