315話 うそは言い様
「じゃあ、しばらくの間お願いね」
「任せな。ごゆっくり」
私営業の喫茶店。アルバイトの三門玲司は、バイト仲間の少女がシフトを外れる間の業務を任された。といっても、それほど多忙になることもない。
コーヒーを求める客の多くはチェーン店に足を運ぶ。値段が張り内装も商品も地味なこんな店には、あまり人が来ないのだ。
しかしあまり事実を言うと、オーナーの孫娘である国立晴空が気を悪くする。彼女が気分良く抜けられるように、レイジは最低限の返事で済ませた。
彼がこの店で働くこと一年。いい加減業務には慣れてきたので、セイラとしても心配事はなかった。
だがそれは、普段通りならという前提の話。メンバーが不調のときはカバーしたり注意をしたりと気が休まらないものだ。
「ん、もう上がるのか」
「忘れたのかよラクア。今日はセイラが“同期”で集まるんだ」
バイト仲間の三郷楽阿はセイラの言っていたことを度忘れしていた。レイジに言われてそのことを思い出しはしたものの、最近の彼はどこか抜けている。
そんなラクアのサポートがどれだけ大変なことになりうるかというのが、レイジの懸念点だった。
「そうだったか」
「ああ。しばらくは俺と二人だから、いつも以上に集中してくれよ」
「ああ。分かってる」
分かっていないだろうと指摘すべく、レイジは足を出してラクアを引っ掛けた。案の定、バランスを崩すに留められずまともな受け身もとれないまま転倒した。
「何をする……」
「反応が鈍いんだよ、最近のお前は」
だからといって転ばせることはないだろうとラクアは内心不満に思う。だがふわふわした頭をリセットし集中力を高めるため、思ったことを言い返さなかった。
「ほら、早く立て。お客様のご来店だ」
レイジは周囲の心の声を聞き、入店する人が近くに来ていることを読み取った。ラクアに手を差し伸べ起き上がらせると、何事もなかったかのように接客モードへ切り替える。
「いらっしゃいませ!」
「えっと、待ち合わせを……あっ、あそこです」
入店してきたのは三人の学生。彼らがセイラの“同期”であり、セイラを含めた四人がこの店でミーティングを行う。彼女が一時的にシフトを外れるというのは、この会議に出席するためなのだ。
扉を開けたのは八王子漫芦。四人の中では一足早く“ノーツ”を持ったがゆえにリーダー的存在であり、他の二人を案内してきた。住まいも所要時間もバラバラの三人が合流し入店できたのは、ソゾロの“ノーツ”があったからだ。
ソゾロはセイラを見つけると、そのテーブルへ向かって進む。同行してきた二人も無心でついていくのだった。
「いらっしゃい。どう座ろうか」
「俺は奥でかまわない。けどその前に……」
頻繁に離席するつもりのないソゾロは窓際の席でもよかったが、すぐには座らなかった。その前にレイジに渡す物があった。
「三門に頼みがあって……これを一ノ宮に渡してくれないか」
「それは?」
意図も中身も知っているレイジは無言で受け取ったが、野次馬が聞いてきた。ソゾロとしても見られて困るものではなく、聞かれたことには素直に答える。
「お詫びの品だ。先月のランク対抗戦で、いろいろ迷惑かけたから……」
ランク対抗戦。それはゴールデンウィークのイベント。“ノーツ”により割り振られたA、B、Cランク以下の生徒が、同学年のSランク以上の生徒と勝負するというものだ。
Bランクのソゾロはの一ノ宮耀とペアを組み、勝負に挑んだ。だが負けてしまい、彼女の体と心に深い傷を負わせてしまった。
「直接渡さないの? 家知ってるのに」
「多分、俺の顔を見たら嫌なこと思い出すかもって……」
セイラの店でレイジがバイトしていると知って好都合とみたソゾロは、ヒカリと直接合わずにプレゼントできると考えた。だから今日、持参してきたのだ。
「すまないが、頼まれてくれないか」
「ああ」
レイジは素っ気なく返事をすると、ソゾロは座席に着いた。彼に続いて皆席に着くが、本題には入らず今の話を掘り返す。ちなみに本題というのは、“同期”になって一年を振り返るのと、去年の文化祭のような騒ぎを起こさないよう念押しするというものだ。
「ねえ、そういうことなら先に言っといてよ。私何も用意してない」
「悪い」
ソゾロとヒカリを負かしたのは、“同期”の一人であるこの少女、神田玄。ズルせず正々堂々戦ったとはいえ、三段階分のランク差のある相手にやり過ぎた感は否めない。事前にソゾロが話してくれていれば、一緒に渡す準備をしてこれたのにと愚痴を溢す。
「いや、気持ちだけで十分だ。でも話があったことだけ伝えさせてもらうよ」
レイジはハルカからのお詫びの品は要らないと言った。だが渡そうと思っていたことは、ヒカリに話すつもりでいる。
「やり過ぎたと自覚するほど本気を出してしまったってことだろう。お前ほどの相手から本気を引き出したと考えれば、自信がつくかもしれんし」
負けて当たり前。それだけ実力差がある。けれどもお互い手加減なしでやりあえたことは、決してマイナスならない。それだけ価値のある敗北だったと知れば、却って弾みがつくとレイジは予測した。
「そう言うなら……」
「怪我させたことも気にするな。もう平気だから」
勝負の際には気絶してしまったが、数日で完治した。ヒカリは負けたことを引き摺っていたが、その原因はレイジにありハルカやソゾロが気にすることではないので伏せておいた。
「ねえ、自然にスルーしてるけど家の場所知ってるってどういう……」
ヒカリの同級生の高尾星香は、ソゾロと彼女の家が離れていることも知っている。遠くにいる異性の自宅の場所を、どうして彼が知っているのか気味が悪く思えた。
だがその疑問は自己解決した。
「ああ、ストーカーか」
「違えよ! 俺の“ノーツ”はそういうことに使うものじゃない!」
セイカはソゾロの“ノーツ”が鈴虫を操るものだと思い出していた。ただ動かすのではなく、虫の視界を得ることができる彼は、超小型のカメラを自由に飛ばすのと似た芸当ができる。
ヒカリをこっそり追尾していれば、家の特定はもちろんのこと、着替えも覗き放題というわけだ。
「セイカ、変な想像しないの。あなたも人のこと言えないでしょう」
「はぁ? 喧嘩売ってる?」
いくら好きな相手といえど、ソゾロが犯罪に手を染める人ではないと信頼しているハルカはフォローするが、新たな論争の種が蒔かれてしまった。
「二人とも、落ち着いて」
「一年間一位をキープしてるからって調子に乗ってるんじゃないわよ」
「順位なんてどうでもいいでしょ。ソゾロのこと悪く言ったあんたが悪い」
ハルカとセイカ、学年一位二位の争いは、始まったら手がつけられない。爆発する前に止めに入ったセイラだったが後が続かず、おどおどして助けを求めている。そんなとき、レイジが視界に入った。
「そ、そうよっ。三門くんとしてはどうなの!?」
「俺にグレーラインの線引きを求めるか」
ヒカリの彼氏として、レイジはソゾロのストーカー疑惑は許容範囲か。その答えでハルカたちの論争を止めてほしいと頼まれた。
「俺も人のことは言えないからな……ヒカリに限らずお前たちの思考を四六時中読んでいると思われても仕方ないわけだし」
レイジの“ノーツ”を思い出すと、一同は鳥肌が立った。
「へ、変なこと盗聴してないでしょうね! 証拠は!?」
「ない。そういう“ノーツ”だから仕方ねえだろう」
レイジがプライバシーの侵害のレッテルを貼られるのは仕方のないことだ。むしろ意識されるほど、聞かれたくないことが鮮明に聞こえてきてしまう。
「俺に限った話じゃない。使い方次第で秘密を知れる奴ならいくらでもいる。だからこの話は終わりだ」
疑惑を押しつけていてはきりがない。ソゾロがストーカーか否かという話から始まったこの論争は、このままではいくら続けても決着がつかない。
肝心なのは“ノーツ”の本質ではなく人間性だ。人間性を信じられれば、おのずと疑いは晴れていく。
「俺が許せないのは、力に関係なくやらしい奴だ。浴衣姿のヒカリの胸元を覗いたオッサンとかな」
去年の夏休み。レイジが同居していた女子と帰省中、ヒカリは地元の祭りに参加していた。彼が不在のときに向けられた不埒な視線だ。
肌を見られてしまったことを伝えてきたヒカリの震える声は、今も忘れられない。
「まずい、鼻血が……」
「これアウトでしょ!」
「ごめんなさい。さすがにフォローできないしむしろ気持ち悪いです」
人間性で信頼を勝ちとろうとしたレイジの作戦は完全に失敗した。本題に入る前にかつてなくリーダーの株の下がった一日が始まった。
「ねえ、その箱の中……怪しい物入っているんじゃないの?」
「そんなわけあるか!」
「じゃあ何が入っているの?」
ソゾロは黙ってしまった。中身はヘッドホンとマイクで、隠すほどの怪しい物ではないことをレイジは知っている。だが中身を秘密にしておきたいという彼の気持ちを尊重し、本当のことを言わないように意識した。
「三門くんは中身分かるんだよね?」
「まあな。全然怪しい物じゃないし、あいつが喜ぶ物だと思う」
疑惑を晴らしつつ中身を伏せてくれたことに、ソゾロは安堵のため息をついた。すかさずレイジは箱を押し潰した。
「何やってるの!?」
「こんな物、いらないからな」
中身自体はヒカリが喜ぶ物。だがソゾロからのプレゼントとしてレイジから渡されたとなれば、喜びという感情は湧かないだろうという考えのもと、彼は箱ごと破壊した。
レイジは困惑しているソゾロに畳み掛けるように話す。
「考えてみろ。俺から渡されて、実は他の男からのプレゼントだって知れば、あいつはどう思う」
「確かに……素直には喜べないよね。彼氏さんの前で他の男性からのプレゼントなんて」
レイジの言いたいことはまさにセイラが言った通りのことだ。仮にヒカリが気を遣って興味なさげに受け取っても、中身を知って内心喜ぶかもしれない。
自分があげたプレゼントより喜ばれた暁には、レイジは嫉妬で狂いかねない。残酷な現実は、心が読めてしまうことで決して避けられないもののなのだ。
「だいたいソゾロもどうかしているわよ。好きな子への誕プレを彼氏に渡してと頼むなんて」
「す、好きとか今は関係なくて……渡し方はこれが一番確実だって思ったから……」
一応は他にあてはあった。ソゾロと同じBランクで、ヒカリの同級生の少年のことだが、イタズラ好きの彼に頭を下げると悪用されそうという疑いもあって躊躇ってしまった。
「それに彼に黙って渡す方がまずいだろ」
「それもそうね。どうせバレるわけだし」
ソゾロの言い分ももっともらしいものだった。とはいえプレゼントを渡そうとすること自体が間違っていたかのように、ぺしゃんこにされてしまったわけでもあるが。
「バレた結果がこれなわけか」
「でも三門くん、いくらなんでも目の前で潰すのはひどいよ」
どれだけ妬ましいと思っていても、ソゾロの前でプレゼントを破壊するのはやり過ぎだと指摘を受ける。そこで彼は種明かし、もとい本心を打ち明けることにした。
「俺が認めないと言ったのは、俺から渡すよう頼んでいることだ。顔を合わせたくないとか言って逃げるんじゃねえって話だ」
「つまり、直接渡せってこと?」
レイジは深く頷く。ソゾロの顔を見たら勝負の痛みを思い出す。そんなの彼の思い込みに過ぎない。家が遠いのも我慢しろという話だ。
「……分かった。直接渡す」
「それでいい」
ソゾロの覚悟が決まったところで、レイジは彼の席の前に、ポンと箱を置いた。彼らは目を疑った。潰れた形跡のない、綺麗な箱に戻っていたのだった。
「えっ、どうして!?」
「ちょっとしたマジックさ。本当に潰すわけないだろう」
確かに箱を潰していたように見えたが、外装のどこにも折り目はない。元の形に戻す力もレイジにはないので、いったい何が起こったのかと困惑が続く。
「もしかしてセイカがグル? 潰す幻影を見せてたとか」
「してないよそんなこと……本当よ」
これ以上隠していると“同期”間で人間不信になりかねないので、手遅れになる前にただの手品であることを信じてもらおうとした。
「俺の“ノーツ”は人の心を読むこと。種が筒抜けの手品師を見てくれば、これくらいは真似できるようになる」
「本当に手品なの? すごい……」
もちろん嘘だ。だがレイジは、手品師の原点とも言える人を騙す術を見て覚えていた。あらかじめソゾロの買った物とまったく同じ物を用意し、潰してない方を渡したに過ぎない。
「ねえ、他にも見せて」
「あいにくだがそろそろ仕事に戻らないと。それでは、ごゆっくり」
だがバレてないから問題ない。レイジは潰した箱を隠し、バイトに戻った。キッチンの奥に入ると、人知れず歓喜の雄叫びを上げていた。




