313話 “ノーツ”は命
「ここって確か、近くに図書館あったよな?」
「え、ええ……あそこよ」
電車に乗ること四十分。着いたのは渋谷祈里たちの家の最寄り駅。浜金谷飛影は過去に来たことがあり、ロータリーにある施設の一つに図書館を見た覚えがあった。
ヒエイの記憶は正しく、窓越しにその建物は見えた。
「じゃあ入ってみるか。ここで降りそうぜ」
「あっ、待ってよ」
ヒエイは即決した。“ノーツ”を消す方法を知る手がかりが、本棚のどこかにある。そんな予感がすると、迷わず下車を選択した。イノリたちはすぐに彼を追うが、品川刹那は半信半疑だ。
「本当にここにあるんですか? “ノーツ”を手離す手がかりは」
「言ってみないと分からないだろう。誰の記憶にもない本に、書かれているかもしれないし」
三門玲司はヒントを得られる確証がなかったが、ヒエイの判断に従うつもりでいた。流れに任せることで案外発見できるものがあるかもしれないという軽い考えの下、電車を降りる。
疑いを向けていたセツナも他にあてがあるわけではないので、ひとまずついていくことにした。
「ここで降りるなら、完全な無駄遣いさせてしまいましたね」
「結果的にはね。まあ、私たちが勝手に飛び出してきたわけだし」
イノリたちにとっては、家の最寄り駅から入場して一往復しただけだ。合流する時間がもっと遅ければ、二人の出費は無駄にならなかった。
それをセツナが詫びることでもないが、彼女はヒエイやレイジの制御をできなかったことに申し訳なさを感じていた。
「あの図書館にはよく行くのですか?」
「前ほどじゃないけど、頻繁に来ているわ。前はあまり、家に居たくなかったから……」
「あ、嫌なこと思い出させてしまってすみません」
市内随一の規模を誇るこの図書館。自習スペースもあり、学校帰りの高校生が利用している。イノリもその一人であり、彼女についていくことで迷わず図書館まで着くことができた。
「あれ、アイコ? 珍しいね……」
入ってすぐ近くの自習席に、同級生の佐貫町藍子がいた。イノリは彼女と相席している少年に気づき、理由を察した。
「あなたたち、さっきヒエイの所に行くって言ってたよね?」
「うん、皆で戻ってきた」
イノリに続きヒエイたちも顔を覗かせる。アイコは内心動揺していた。一緒に暮らしているイノリたちに気づかれないよう図書館に来ようとしていたので、まさかの出会しに焦りを隠している。
「デート中?」
「そ、そうよ……」
アイコの隣で一緒に勉強をしていたのは、半年以上前から付き合い始めた相手の三郷楽阿。つまるところ、勉強デートの最中だったわけだ。
「ごめんラクア、見つかっちゃった」
「俺は別に、気にしないから」
アイコとは対照的にラクアは非常落ち着いた様子だったが、視界にレイジが映ると態度が急変した。
「おいレイジ。お前分かっててここに来たな」
「そうだけど、ここを選んだのは俺じゃない」
人の心が読めるレイジが居合わせたのなら、会ったのは偶然ではなく故意だ。彼は自分たちがここにいると知ったうえで、あえて皆に黙っていた。そうラクアは勘づくと、席を立って彼を問い詰めた。
「じゃあなんで事前に言わない」
「眠かったから」
図書館に行くのが決定事項なら、こっそり連絡してくれてもよかった。そうしてくれれば鉢合わせにならないよう移動できたのだが、そうしなかったのはなぜかと責める。
返ってきた答えはひとえに面倒だというものだった。
「だいたい何の用でこんな所まで来たんだ」
「調べ物。“ノーツ”を消す方法の書かれた本を探しにきた」
レイジはラクアたちがいることを知って図書館に来たが、目的と彼らは関係ない。ターゲットはあるかどうか分からない本のみだ。
「“ノーツ”を消す? なんでまた急に」
「お前には関係ない」
任意のタイミングで発動と解除ができるラクアが気にすることではないという意味合いだったが、表現が悪かった。皆が本を探しに動いていて遅れるわけにいかないと、レイジは適当にあしらおうという気持ちが先走った。
「なんだその言い方」
「誤解させた、すまん」
レイジはすぐに訂正した。常時発揮されている力のオンオフを自在に切り替えできる方法がないか、その方法が分からずともラクアは切り替えの制御ができるから関係ないと言ってしまったということ。除け者にする気はまったくない。
言い訳を聞いてラクアもすぐに理解したが、同時に少し気が立っていると自覚した。普段ならあれくらいで噛みついたりしないのにと、精神に違和感を覚えた。
「“ノーツ”を必要なときだけ発揮できるようにすることで、より強くなれる、か……一理あるが、レイジは十分強いだろう」
「言い出しっぺは俺じゃなくてヒエイだしな」
今朝集まったときにヒエイの意思を知り、せっかくなら探すのに協力しようということでレイジは便乗した。だが彼も現状に満足しているわけではなく、さらなる強化を求めていた。
「またイブキさんに負けたとかそんな感じ?」
「いや、あいつが挑んだのはもっと格上の……ノエルって奴だ」
聞かれたからには無視するわけにはいかず、レイジはアイコの質問に答えた。彼の言った名前を聞いて、ラクアの体がピクリと反応する。彼にとって清澄祈聖は、昔好きだった少女に手を出した因縁の相手だ。
「その人、男子のトップでしょ。確か」
「ああ。だが相当堪えたらしい。自分のせいで味方は傷を負ったと思い込んでいるようだしな……」
次元のゲートを自由に生み出し、突然現れる入口を通されふりだしに戻される。他人の“ノーツ”の効かないヒエイは無視して進むことができ、一人でノエルの元に辿り着いた。
だが一人の力では敵わず、後から来た仲間がノエルに殴られてしまった。その被害でカチコミは中断し、目的の少女の奪還は果たせなかった。
自分がもっと強ければ、一人でノエルを倒し誰も被害に遭わせず解決できたかもしれない。そんな後悔を抱えているのだろうとレイジは話す。
「じゃあ、俺も本漁りに行くから」
「ごめんね、引き留めて。見つかるといいわね」
アイコは答えてくれたレイジに感謝すると、彼を見送った。勉強の再開に切り替えようとしたが、ラクアの様子がおかしいように思えて心配した。
「ラクア、険しい顔してどうしたの?」
「あ、いや……大丈夫」
ラクアは何でもないフリをしてごまかした。端から見れば勉強に熱心な人なのでアイコは追求しなかったが、彼はその後もカチコミのことを考えていた。
守れなかった責任をとるべきなのは、その場にいたヒエイたちではない。事情を知りながら協力しなかった自分だと、ラクアは思い詰める。
当時は無視するのが最善策だと考えていたが、いざ結果を知ると間違いだったと気づかされる。今さら悔やんでも手遅れという諦めと、今からでも償えないかという望みが、頭の中でせめぎ合うのだった。
少ないともラクアのとった無視という行動は、助けを求めていた少女の望んでいたことではなかった。それは彼女の口から、直接聞いたことがある。
“ノーツ”を消すかはさておき、ヒエイたちが自分にできることを探しているのに何もしないままでいいのか、改めて自分に言い聞かせると、ラクアは突然席を立った。
「どうしたの? トイレ?」
「俺も探してくる」
どんなタイトルなのかどんな色なのか、何一つ本の特徴は分かっていない。関与しないのが合理的なことであったとしても、同じ後悔はしたくない。
勢いに任せて最大限できることをしている彼らに後れをとるまいと、迷いを無理やり振り切った。
「あったよ、それらしき本」
浅草流音は一冊の本を抱えて戻ってきた。生物学の棚から見つけた古本だ。
目星をつけていたジャンルから直感で本を選んではページを捲る。繰り返すこと数冊、“ノーツ”と寿命の関係について述べられた章を発見すると、その本だけを抱えて近くの人に報告した。
ルインの発見報告は徐々に知れ渡り、気づけば彼女の周りに人だかりが出来上がっていた。
「探すんじゃなかったのかよ」
「分かってるよ。探す」
レイジはラクアも来たことに不平をぶつけた。探すことに対して何も努力せず、他人の成果を覗き見することが、彼は癪に障った。
タイミングが偶然重なってしまっただけだが、一冊も本を見ないまま他の人が見つけた答えらしきものにつられるのは虫がよすぎる。ラクアは半分意地になって、一人で本棚へと向かっていった。
「ねえ、どんなこと書いてあるの?」
「“ノーツ”を失った人は、死ぬ」
ページをざっと捲ったときに文章が視界に入ったこと、そしてなんとなくそういう結果であることは読めていたことから、ルインは不気味なほどに落ち着いていた。だがレイジ以外は皆初耳であり、驚きを隠せず声に出した。
「し、死ぬの!? それ本当!?」
「もっとよく見せて! そのページ」
「皆静かに。一旦落ち着いて」
驚愕と、真相を確かめたい欲からさらに熱気が上がり本に食いつく。
レイジは一度皆を落ち着かせ、静かにするよう注意する。気持ちは分かるがここは図書館。騒ぎを迷惑に思う利用者の心の声があちこちから聞こえているのだ。
「ほら、ここのページ。“ノーツ”を失った人は、その瞬間命を落とすって」
とある研究の結果が、その章に書かれていた。いつのどんな研究かの過程はさておき、結論はルインの言った通りのものだ。
「失った瞬間って、突然消えるの!? 私たち、突然死ぬ可能性があるってこと?」
「ううん、“ノーツ”は自然に消えない。意図的に消す実験をやったみたい」
“ノーツ”は前兆なく特定の人にだけ目覚めるもの。だから反対に突然消えることがあるかもしれないという疑問が上がる。
しかしその心配はいらないことも、この本に記されているとルインは明かす。研究動機のページを見せて、それを証明した。
「でもこれ、人体実験ってこと? いくら研究のためとは言っても、そんなことする人がいるなんて……」
「人それぞれの特殊能力なんて、格好の研究対象よ。私たち“ノーツ”持ちは、名誉とお金に目が眩んだ研究者の餌食だもの」
その研究者の野望に巻き込まれ、命を落とした人がいる。そんな計画は、再発を許してはならないもの。だからこの系統の研究に関する資料は、実はこの一冊のみ。
ゆえに研究の結論どころか存在さえ、島の大半の人は知らないのだ。
「でも驚きです……私みたいに“ノーツ”を消すことができる人が、迂闊に力を使えばうっかり人殺しになってしまいます。法律に定めるべきですよ」
“ノーツ”はときに強大で簡単に悪事に利用できる代物だ。だが解放に制限はほとんどなされていない。
ものによっては“ノーツ”使用禁止で行うイベントもあるが、スポーツにしろ受験にしろやりたい放題だ。
色を塗ることで物体に任意の効果を付与できるセツナにとって、“ノーツ”を消す道具を作ることは造作もない。だが実践したことはないので、本当に消して殺せると証明はできていない。
「“ノーツ”なんて、迂闊に消してしまえるものじゃないってことだろうな」
どんな“ノーツ”持ちでもこの世のどんな物質でも、目覚めた“ノーツ”を喪失させることはできない。できてしまえば簡単に命を奪えるもので、何らかの力で制限がかけられている。
するとある疑問が浮かぶ。最もらしい答えを思いつくのは容易かった。
「つまりお前は」
「どんな物にも塗り替えられると思い込んでいるイカれた絵描き、ってことだ」
「なぁっ!?」
特殊な力を持っていると信じているだけの一般人。そんな言いがかりを、レイジとヒエイは息を合わせてぶつける。セツナからしたらたまったものではない。
何はともあれ、目的は達成できた。“ノーツ”を消す方法は分からず仕舞いだが、一時的にでも消そうとすると命を落としてしまう。だからこれ以上の探索は不要だという結論に至り、解散の流れになった。
「今日はありがとうな。二人のおかげで答えが見つかった」
ヒエイは“ノーツ”を手離して強くなる方法を諦めた。得た力に限界が見えたと思い込まず、まだまだ伸びしろがあると信じて更なる強さを求める。
その結論に辿り着けたことに、ここまでついてきてくれたイノリとルインにお礼を言った。
駅に戻り改札に入場するヒエイたちを見送ると、イノリたちは二人きりになった。
「ルイン、あなたが本を見つけられたのって……」
「たまたまよ。他の人と被らない列を探しただけ」
イノリは思うところがあったが、ルインははぐらかした。これ以上深く話すことはないと、家に向かって歩き出す。
「あ、そういえばアイコ……」
「ん? 確かに見てない」
一緒に暮らしているアイコが駅にいないことに気づいた二人は、辺りを探したが姿は見つけられなかった。
まだ図書館に残っているのかと考えると、二人は再び施設へと戻っていった。




