312話 用途に合った使い方
“ノーツ”と呼ばれる、限られた人に突然目覚める特殊な力。火を出したり筋力が上がったり、人それぞれの超能力のようなもの。
それを一時的にでも手離すことはできないか、手がかりを探す旅に出た。
だが今は見当はついておらず、徒然なるままに移動しているだけ。七人組は静かな電車に並んで座り、旅の経緯について話していた。
「ねえヒエイ、そもそもどうして“ノーツ”をなくそうとしたの?」
「んー、なくせばもっと強くなれるかもって思ったから、だな」
“ノーツ”は必ずしも自身の戦闘能力を上げるものではない。だが浜金谷飛影のそれは、他人の“ノーツ”が効かないというもので、加えて自身の分身を作ることもできる。
そんな“ノーツ”を持つことは決してデメリットではない。質問した渋谷祈里は彼の答えに疑問があった。
「このバレーボール、普通のボールに見えるだろう」
ヒエイは最初に海に集まったときに使っていたボールを鞄から取り出し、イノリたちに見せた。何の変哲もない市販品だ。
「それ、実は持ってるだけでお金が貰えるボールだったんだ」
「え、どういうこと!?」
真面目な表情でヒエイは呟く。“ノーツ”が効かないゆえに嘘をついていると見抜けない三門玲司も信じ込んでいた。
「さっきセツナが色を塗ったんだ。億万長者になれる魔法のボールになるように」
イノリたちは品川刹那に目を向ける。じっと見つめられるセツナは、ヒエイが何を言っているのか分からずしばらく固まっていた。
だが次の刹那、彼女は嵌められそうになっていることに気づき慌てて弁明した。
「何をでたらめなことを言っているのですか! そんな使い方しませんよ!」
“ノーツ”を使えば錬金術に手を出していいというわけでもない。転売さえ罪なこの島は、金銭的制限の監視は強いのだ。
「色を塗ったのは事実ですけど、それは狙った所に当たるような魔球にしただけです!」
「俺が取り上げたんだ。そんな使い方するなら没収してやるって」
ヒエイはセツナを完全に無視して話を続けていく。あたかも自分の言っていることが正しいという認識を植えつけるように、淡々と嘘を吐いていく。
「仮に俺に“ノーツ”がなければ、持つだけで大金持ちになれた。けど触れた瞬間魔法は解ける」
「無効化は強制、ゆえにデメリット。そう言いたいってことなのね」
イノリはヒエイの言い分を理解した。セツナが“ノーツ”を悪用していたことの真偽にあまり興味はなかったが、当のレッテルを貼られたセツナは誤解を解こうと必死だ。
「だからそんなことしてませんって!」
「俺が言ってることが本当のことだとも分かってもらえない。レイジのように心を読むことのできる奴にも、俺の無実は証明してもらえない」
ヒエイの心は読めないことは事実だが、ボール絡みの話はだいたい嘘で固められている。心を読まれたら嘘を言っていることが知られるだけだ。
「確かにそうだ……ヒエイが罪を着せられたら、俺は無実を証明できない」
「他の人を手がかりにすればいいですよね! 私が嘘をついていないのなら、ヒエイが嘘をついているのは確定しますよね!」
レイジはセツナが嘘を言っていないことを知っていて、ボールに色を塗った現場にもいたのでヒエイの言っていることは間違っていることに気づいている。
だがレイジは彼女の思考と言葉の情報の多さから理解に苦しみ、腕を組んで天井を見上げた。
「悩むことですか!?」
「セツナ、電車の中は静かに」
横から咎められたセツナは、納得いかない様子でじっと動きを止めた。
「でも、そんな無理に力を追い求めなくても……」
「そうよ。Aランクは十分高いじゃない」
“ノーツ”によって割り振られるランク。S+、S、A~Eの七段階。ヒエイは上から三番目のAランクに属しているが、同学年にその上の階級がいる。
序列がそのまま強さを表すわけではないが、格上相手では勝負にならないことがほとんどだ。そしてヒエイも、S+ランクの同学年に挑み、あっさり敗れたことがある。
「俺は負けた。俺がやられていなければ、他の奴もやられることはなかった」
「負けたって……もしかして先月のこと?」
噂程度に広まっていた、三校結託のカチコミ事件。ヒエイは囚われの女子を救うための乗り込み部隊の一員として事件に関わった。
結果は失敗。彼を負かした少年の拳がメンバーの一人に傷を追わせ、撤退を余儀なくされ幕を閉じた。
「知ってたのか」
「うん、私たちも行こうか相談したんだけど……」
捕まっている少女とはあまり関わりがなかったこと、授業を抜け出してまでして加勢するべきものなのかという点から、イノリとルインはギリギリまで悩んでいた。
だが自分たちより遠くの学校から行く人たちが遅れることなく出発したと聞き、彼女たちに託すと決意し参加は見送った。
「サボりの口実に困っちゃったし」
「それに淡路小通たちがいるし、きっと大丈夫だって思ってたから」
レイジと同じ菜の花原高校から二人の同学年がカチコミに加勢していた。他にもヒエイも行っていたことから、イノリたちは彼らの成功を信じて待っていたのだった。
「Sランク以上の奴ら、去年に比べて増えたよな」
ランクの階級が上なほど人数が少ないピラミッド型というわけではなく、むしろ低ランクが珍しいくらいだ。
“ノーツ”を持たないFランクは同学年の過半数を占めるが、DやEは片手で数えるほどしかいない。
去年のこの時期から増えた人数も、AランクよりSやS+の方が多い現実を、ヒエイは改めて受け止めた。
「ランクの中での序列はキープしていても、その上の奴らがどんどん増えている」
相対的にトップ層から離れているのは、紛れもない事実。コンプレックスに抱えるほどではないが、目指していた場所が遠くなっているのは否めない。
「今年の全体祭は荒れる。特にSランク以上限定の競技、俺は参加資格もねえ」
レイジたちも一度経験した去年の全校一斉体育祭。“ノーツ”を駆使した滅茶苦茶な戦いが続き、特にタグ取りは大波乱だった。
だが大きな成長ポイントでもある。その戦いを経てより高みを目指す者もいれば、参加できず見上げているだけの者もいる。ヒエイは後者である自分ではいけないと思っていた。
「でも“ノーツ”のオンオフが自在になれば、そのレベルに辿り着けるかもしれないんだ。レイジやチナツのいるステージに」
少なくともレイジたちSランクの舞台に上がれれば、そこからさらに上を目指せるかもしれない。ヒエイはそんな希望を抱いていた。
「すごい執着ね」
「お金足りるかなぁ……」
「真剣だけど、無理に求めようとは思わない。今できることをやって、今後使える記録になれればいい」
見つかるまで諦めないとか、見つけられないと罰を受けるとか、厳しい縛りなんて存在しない。やれる限りの手は尽くすが成果が得られなければそれで中断。
またどこかで役立てるよう、発見や実感の記録を残して旅は終えるつもりでいる。
「今さらだけど、どうやって探すつもりなの?」
「そうだなぁ……」
電車に乗ったはいいものの、そこから先はノープラン。いつまでも乗っているわけにもいかないし、改札も抜けなければならない。
じっと考えていてもどんどん終点に近づいていて、タイムリミットは迫っている。
ヒエイは思いつきで方面を決めたのと同じように思いつきで下車駅を決めようとしていたが、いざ来てみると何も閃かないもので、なかなか動き出せずにいる。
「レイジ、何か聞こえてますか?」
心の声が聞こえるレイジなら、見えない情報が得られるかもしれない。移動していれば偶然“ノーツ”に詳しい人の近くを通ったことに気づくことができる。
セツナは何か収穫はあったかと尋ねるが返事はなかった。
「寝てる場合ですか!」
セツナの叫び声にレイジの体が一瞬飛び上がる。うたた寝していた人が体を突然揺らす現象と遜色ない反応だった。
「寝てない。ちゃんと聞いてた」
「嘘ですよね! おもいっきり寝てましたよね!?」
レイジは目を塞ぎ耳に指を入れた。叫ばなくとも心の声で聞こえているのだから、本音で叫ばれると耳も頭も痛くなってしまう。
半分の声にしてくれれば、耳が痛いだけで済むのにと内心で文句を言う。
「セツナ、移動中くらい寝かせてあげたら?」
「移動中が仕事時なんですよこの人は! 適当に仕事されると私たちの帰る時間が遅くなるんです」
レイジにとっては到着するまでが“ノーツ”を発揮する最大の場だ。
例えるなら、見張りと救助隊の関係。事見張りは件が起きてからはできることはないが、いち早く事件に気づき救助隊に報告することで迅速な解決を可能とする。救助隊と一緒に眠っていては、早期発見に失敗してしまう。
それが人の心が読める“ノーツ”を持っているレイジの役目なのだ。
「この力も手離せねえかな」
面倒な役目を任されるのを嫌ったレイジは、もしも“ノーツ”を消す方法が分かったらこの力も消せないかと呟いた。
「何を言っているのですか! そんな便利な力を」
「そりゃ他人からは便利って思われてるけど……全部聞こえるってなかなか不便なことだぜ」
レイジの“ノーツ”とヒエイ同様、任意のタイミングで心の声を遮ることはできない。人が聞かれたくないと思っていることも全部筒抜けなので、人付き合いには気を遣わされる。
だが一方で最大の利点がある。試験中、他の受験者の思考が全部把握できることだ。
「どんなにバカでも秀才の思考を丸コピすれば、試験とか楽勝ですよね」
「マークシートぐらいなら満点は取れるし筆記もそれなりには……今バカとか言ったな」
セツナの言わんとすることは分かるが、思考を読みつつ文字やマークを記していくのも慣れるまでは大変なことだったのだ。
特に記述式の問題は誤字に気づき修正しているとコピーしていた人に遅れてしまい、聞き逃した部分ができてしまう。そこを不自然に補完しては正答にならないので、確実に満点を取るには並以上の努力を重ねていかなければならなかったのだ。
「“ノーツ”にかまけて素の学力は鍛えてないのでは?」
「振れば正解、音の出ないコロコロ鉛筆使って解いてるお前に言われる筋合いはない」
もちろんレイジの反論はでたらめだ。だが心が読める上にそこそこあり得そうなことを言うものだから、大抵信じられてしまう。
「しませんよそんな卑怯なこと!」
「そんなこと言って、内心名案だって思った癖に」
「お、思ってませんから!」
口で否定するが実はそこは本当のことだった。万が一解けない問題があったときのために、普通の筆記用具に色を塗って特殊な効果を付与する細工をしておくのはありかもしれない。
だがセツナは激しく首を横に振った。レイジという悪魔の囁きに耳を傾けては、彼のように卑怯でずる賢く怠けた人間になってしまう。そうはなりたくない。
「余計なレッテル貼られるくらいなら、いっそ私も“ノーツ”を捨てます」
苦労して手に入れたものでも、ないと人に劣るものでもない。余計な勘繰りから誤解されるくらいなら手離し、普通の人として暮らす方がいいかもしれない。セツナはそう思った。
「どこ行くんだ?」
「自販機です。水を買います」
停車中、セツナは突然席を立った。そして駅のホームに設置された自動販売機で、一番安い天然水を購入して戻ってきた。
「ちょっと支えてもらえますか?」
セツナはペットボトルの蓋を開けるとレイジに渡した。今度は鞄から筆と絵の具を取り出し、筆先に塗った。
絵の具の付着した筆先をペットボトルに突っ込むと、水が絵の具に染まっていく。
「“ノーツ”を消す飲料水の完成です」
「おお」
思いがけないところから旅の終わりが見えてきた。さっそくヒエイは手に取ると、口に流し込んだ。
「……ただの水だ」
「あなたが飲めばそうなりますよ!」
「無効化させる“ノーツ”を無効化してしまうので、効果は発揮されない。他人の効果を受けない無効化する効果を付与しなければ、ヒエイの“ノーツ”を無効化させることはできない」
「何を言っているの?」
レイジの案は誰にも通じなかった。
「じゃあもう一回汚して」
「デザインしているんですよ失礼な!」
文句を言いながらも再び筆先を突っ込むセツナだが、水は染まらない。逆に筆先の絵の具が色を失ってしまった。
「まさかヒエイが息を吹き込んだから」
「残りの水は、“ノーツ”が効かないのか」
レイジは試しに二重橋千夏にペットボトルを近づける。そして太陽の矢を撃ち込んでもらうと、一瞬で燃え尽きた。
「この水はもう駄目だ。返す」
「要りませんよそんな物!」
買った本人に返そうとしたが強く拒否されてしまった。ヒエイに口を付けられたことが最大の理由だ。
「仕方ない、捨てて新しく買ってくる」
レイジはキャップを閉めて自動販売機に向かうと、手ぶらで戻ってきた。
「現金だけだった」
「ホント使えない人ですね!」
電車のドアが閉まり、じきに出発してしまった。




