311話 すべてを失ったとき
「駅に向かっているのは分かりますが、行くあてはあるのですか?」
「今のところ、ない」
“ノーツ”と呼ばれる固有の力。浜金谷飛影はそれをリリースする方法を探すことを今日の課題とした。決断してすぐ海岸を後にした彼らは歩いて駅へと向かっているが、そこからどうするかは誰も決めていなかった。
「でも海岸に残っていても仕方ねえだろ。海の中にあるとは思えんし」
「それはそうですが……」
「電車に乗ると決めたわけじゃないから、まだお金の心配は要らないぞ」
あてもなく電車を乗り回しては時間と小遣いを無駄にするだけではないか、そんな危惧をしている品川刹那の心を読んだ三門玲司は先に彼女の不安を解消させた。
「何言っているんだレイジ。電車が来たらすぐ乗るぞ」
「あてずっぽうですか! 一瞬安心させてくるのは卑怯ですよ!」
二分の一を読み外したと、レイジは舌打ちをする。ヒエイの心は読めないので、駅に着いてからの動向は完全な推測の発言だった。当たればラッキーくらいの感覚だったが、外したことで信用が落ちてしまった。
「どっち方面に行くの?」
「決めてない。電車が来たらそれに乗るつもりだ」
両国命里は尋ねるも、ヒエイは何も決めていなかった。上りか下りかは先にどっちの電車が到着するかで進路が変わり、どこで降りるかも未定の旅だ。
どこにヒントや答えがあるか分からない。だからこそ運命の気まぐれで道を選び、手探りで進む予定としている。
「時刻表だと下りが先ね」
「遅延しているかもしれないから真ん中で待とう」
駅舎の時刻表を指でなぞりながら、メイリは先に到着する電車の行き先を確認する。だがシカと衝突するなどで遅れが生じる可能性がある。ヒエイたちは下りのホームで止まらず、上りホームへの歩道橋を上った。そして中央で横並びになり、どちらかの電車が来るのを待った。
一分たりとも遅れることなく、下りの電車が見えてきた。後ろを振り返ると上りの電車は影も形もない。
「よし、あっちだ」
「分かりきってたことですよ」
「レイジ、行かないの?」
「……そういうことか」
セツナは何の捻りもない結果にあきれているが、レイジは今の一連の余計なムーブが進路を変えることになると気づいた。二重橋千夏には疑問を持たれたが出遅れた理由は話さず、ヒエイたちに着いていく。
ちょうど停車したところで、ヒエイは階段を降りきって扉の前に出た。そして下車する渋谷祈里たちと鉢合わせた。
「あれ、乗るの?」
「お前こそ、どうしてこんな所に……」
イノリに続いて浅草流音も車内から出てきた。そしてヒエイが入れ替わりで乗ろうとしていたことに驚き、三人揃って立ち止まっていた。
「ルインも、何でこんな所まで来たんだ?」
「それはヒエイが、こんな所に来るって言ってたから……」
イノリたちはヒエイがSNSにアップロードした一言を見かけ、彼に会おうとしていた。だから入れ違いになろうとしていたことに困惑している。
「地元民の前でこんな所連呼するな」
「ねえ、電車が……」
レイジはかれこれ一年暮らしている街の悪口を言われた気がしてヒエイたちに文句を言った。そうこうしているうちに電車の扉が閉まり、発車してしまったのだ。
「行っちゃったじゃないですか! こんな所、一本逃すと一時間待ちですよ!」
「そこまで過疎ってねえ! あとこんな所とか言うな」
多方面から馬鹿にされるレイジは田舎という認識が広がることに嫌悪感を抱いたが、負け犬の遠吠えだ。
「もしかしてレイジ、電車に乗れないって分かってた?」
「まあな。わざわざ歩道橋に向かったことでこいつらと鉢合わせることになるって気づいたから、予測できた」
おとなしくホームで待っていれば、入れ違いになることに気づかず電車を見送ることにはならなかった。理屈に沿わない思考と行動が進路を左右する一例を実感したわけだ。
「えっと、つまり」
「俺たちの目指す道は、あっちということだ」
次に来るのは上りの列車。だから手がかりはその電車に乗った先にあるとレイジは断言した。
「要するにだな、俺たちは旅に出ることにしたんだ」
「だから駅に戻ってきて……じゃあ私たち」
「逆走、しないといけない」
たった今改札を通ったレイジたちと違い、他の駅から入場したイノリたちは折り返す区間が無賃乗車となってしまう。同行するには一度出場しなければならなかった。
「待ってて、私たちも行く」
「ねえ、チャージする台はどこ?」
ルインに聞かれてイノリも気づいた。二人は定期券に入金せずに来てしまった。改札を出る前に券売機を使えばいいと考えていたが、どこにも見当たらない。
「レイジ、どこですか? 早く教えてあげてください」
「ない」
レイジは即答した。彼の言う通り、改札内に券売機もチャージ専用の台もない。
こうなってしまっては手の打ちようがないが、幸い改札外には券売機があり今いる駅が通学圏の人もいる。
「俺のは定期だから出入りは自由だ。二人とも、カード貸して」
レイジにとってこの駅は通学の範囲内なので、警告を鳴らされることなく無料で改札を行き来できる。だからイノリたちのカードを預かり、必要金額をチャージしてまた入場すれば、駅員の手を煩わせることなく出場できる。
レイジが改札を抜けて券売機へ向かい、一枚目を差し込んだそのときだった。
「あっ、お金渡してない」
「大丈夫ですよ。レイジが出してくれます」
カードと一緒に現金を渡さないとチャージできないことに気づいたイノリだが、セツナが引き留めた。彼女は駅のホームに精算機がないことをレイジのせいにしているが、とんだレッテルの貼られようだ。
「お金がねえ」
「馬鹿ですか!?」
財布を持ってないことに気づいたレイジは、セツナたちの方を見てヘルプを求める。
結局二人からお金を預かり、手短に入金し返却を済ませ解決させた。
「まさか本当に手ぶらだったとは思いませんでした」
「定期には多めに入っているから、現金は持っていかなくていいかなって」
ポケットに入るサイズの財布さえ、レイジは持ってきていなかった。彼が持参したのは定期券入りの学生証ただ一つだ。
「ほら、これで出られるから」
「ありがとう! ちょっと待ってて」
「助かりました」
イノリとルインは出てすぐに再入場し合流した。これでようやく出発できる。
「こんだけバタバタしていて一本も来ないなんてね」
「言うて五分も経ってないけどな。都会でもどれか一本来るか来ないかのラインだ」
島の住民である彼らは、二、三分おきに列車が到着する世界を知らなかった。
この島は外部との関係をシャットアウトしている。島の外の情勢を知る人も少なければ、逆に島の存在を知る外部の人も少ない。レイジやイノリ、メイリにチナツのように出身は島外の住民もいるが、行事に関係のない観光客の来訪は許されていない。ゆえに大規模の自然災害を除けば、外がどれだけ非常事態になろうとほとんど影響を受けないというわけだ。
定刻通りに上りの電車が到着したので、七人は並んで座席に着いた。
「そもそもどこへ行くつもりなの?」
「さあな」
ようやく落ち着いたのでイノリは電車旅の行き先と目的などを知ろうとヒエイに尋ねたが、言い出しっぺの彼さえ具体的な計画は立てていなかった。
だが目的は決めている。“ノーツ”を一時的にでも消す方法を探すこと。そしてその方法を使いこなせるようになり、戦術の幅を広げるというものだと伝えた。
「他人の“ノーツ”が効かないとサポートを受けられない。だからその“ノーツ”を消す……なるほどね」
「お前らだって、何しに来たんだよ」
「ヒエイが困ってるみたいだから、手伝えられたらなって思って……そういうことなら、私も協力するわ」
イノリの“ノーツ”で傷を治すことは、ヒエイ相手にはできない。無効化の力を消す方法が見つかれば、彼へのサポートが可能になる。だから一緒に探す旅に加わろうとした。ルインも彼女と同じ意見だった。
「島の外……」
ヒエイはふと呟いた。手がかりがないと思えるのは視野が狭いため。島の外へ行けば、何か見つけられるかもしれない。そう考えた。
「俺たちが知らないだけで、島の外に何かあるかもしれない。“ノーツ”を消す方法が」
「島の外か……俺の故郷にもあるかも」
レイジはふと思った。彼が“ノーツ”を得たのも島の外にいたときの出来事だ。聞いた覚えはないが、誰にも知られていない秘密が潜んでいるかもしれない。そんな予感がした。
「故郷……あの街に、帰るつもりなの?」
「ああ、高校を卒業したらな。そこの大学を目指してる」
レイジの故郷が訳ありだということは、イノリとルインは知っている。特にルインは、彼が受けた仕打ちを間近で見ていた。
「あんな危険な街に……それに確か、君の家って……」
「ああ、燃やされた」
ルインは聞くのを躊躇っていたが、レイジは惜しみなく答えた。彼は処刑される前の見せしめとして、本邸に砲弾を撃たれた。彼の奪還組の主軸の一角だったルインは、その光景が目に焼きついている。
「じゃあ、島を出ても帰る家はないの?」
「あの家には帰れないが、アパートなりマンションなり借りればいい」
イノリはレイジに居場所を失ったのかと尋ねたが、彼は心配いらないと答えた。失ったから終わりではない。できることを探し、進むことだけ考えていればいいわけだ。
「あなたも大変なのね……」
「まあな。けど、それで挫けていても仕方ない」
できることなら失う前に戻って過去を変えたいが、過ぎた日には戻れない。だからレイジは未来を見据えると決めた。
彼が頑張れるのは自分だけが苦労を背負っているのではないと分かっているからだ。同じような境遇、もっと過酷な現実に直面している人もいるから、負けないように諦めないように努力できる。
“ノーツ”を消す方法を探すのと同じ、出口の見えない迷路を進む。行き止まりでも、同じ道に戻っても、いつかゴールに辿り着くために進み続けていける。
「ところセツナ、その髪どうしたの?」
「そうそう、メイリも……」
イノリたちはセツナたちの髪の色が変わってしまっていることに気づいてはいたが、なかなか聞くタイミングが掴めずにいた。話の整理がついた今、ようやく話題に入ることができた。
「これはさっき、セツナに染めてもらってね」
「私の“ノーツ”で染めたんです。逆に私は脱色させられましたが」
セツナはいちゃもんをつけるようにヒエイに視線を向ける。つられて二人も彼の目を見ると、彼はため息をついて事情を話した。
「悪かったよ、勝手に髪に触って。けどそんな根に持つことか?」
毛は抜けることなく元の色に戻っただけで、気に入らないならまた染め直せばいいだけの話。だからねちねちと責められるほど悪いことをした自覚はないし、被害の誇張が激しいことに不満を隠せないでいる。
「軽々しく女子の髪に触れることが問題なんですよ」
脱色うんぬんの前にヒエイの行動が、デリカシーに欠けている行為だとセツナは主張する。裏の二人も同意していた。
「触れただけだろ。搾ったり握ったりしてねえし」
「そういう問題じゃないの!」
特別な関係にある男女でもないのに大事な部分に触れることは、見過ごせる事例でないようだ。いまだ困惑しているような表情を見せるヒエイ。レイジは力を貸してやりたいところだが、正確な彼の思考が読めないだけに迂闊に割り込めないでいた。
「分かった。じゃあ金輪際、女子の髪には触らないと約束する」
「うん、でも……」
「そういうことじゃ、なくてね……」
要するに、イノリとルインは不公平だと訴えているわけだ。セツナには気安く髪にタッチできるのに、自分はされないことに納得がいかない。
セツナが彼に注意したのも、深い意図のないスキンシップを羨む人がいるからであり、乙女心に鈍いヒエイへ警鐘を鳴らすためだった。
「レイジ、どうすればいいんだ?」
「同じことしてあげればいいんじゃない?」
レイジはサポートを面倒に思い、雑に言葉を返した。そしてヒエイも彼の意図には気づいていない。
「同じことって、髪を触れってことか? そんなことされたら嫌がるだろう」
「嫌がると分かってて私にやったのですか!?」
だからその点については謝ったし今後は自粛するとも宣言した。ヒエイは彼女たちにどんな答えを求められており何をしたらいいのか、余計に分からなくなっている。
けれども彼は、一つの答えを見つけた。
「俺は、髪を染めてるのが嫌なわけじゃない。地毛だろうと染めてようと、本人に似合っていれば、それがいいと思う」
思いがけぬヒエイの本音に、イノリたちは欲を叶えてもらおうとする気持ちを抑えた。




