310話 “ノーツ”の弱点克服作戦
六月ながら真夏の気温。砂浜を駆ける足音。抱えたバレーボールを空高く放り投げ、大きくジャンプ。手のひらで弾かれたボールは、砂浜に突き刺さった。
「どうだ?」
「どうだじゃないですよ。一体これは何ですか」
浜金谷飛影は突然スパイクを披露すると、観客の品川刹那に感想を求めた。
「ヒエイ、行くぞ」
ボールを拾った三門玲司はヒエイに声を掛け、そのボールを両手で投げた。ヒエイは彼に目を向けず、片手でキャッチしてみようとしたがボールは頭に当たった。
「読み違えたか」
「全然ですよ。へたくそ」
単純に機嫌の悪いセツナは平気で辛辣な言葉を浴びせる。休日に呼ばれ来てみればよく分からない言動を見せられ、説明を求めてもまともに答えてくれない。真面目に関わるのが馬鹿らしく思えてしまう彼女は、なげやりに言葉をぶつけていく。
「あなたたちは普段からこんな感じなの?」
「ええ。突発的で意味不明な活動に巻き込まれては被害を受けるのがテンプレです」
「要するに三馬鹿だ」
レイジたちと一括りにされるのには納得がいかない。セツナは彼に発言の撤回を求めるが、聞く耳をもってもらえない。
そのやりとりを眺める両国命里の頭からは混乱が離れなかった。
「というかいい加減説明してください。何で私たちは集まったのですか?」
「俺も知らん」
セツナたちを呼んだのはヒエイだが、人の心を読めるレイジも彼の考えが分かるはず。だから目的も知っているだろうと思われるが、他人の“ノーツ”が効かないヒエイに限っては意図を読み取ることはできない。
ゆえにレイジも集合の狙いを知らなかった。
「ピンポイントで役に立ちませんね」
「何をするか分からないから、面白いと思えることもあるんだ」
心が読める分、未来の展開が読めてしまうレイジにとってはヒエイのアクションは未知数で面白いと感じるものだ。ろくなことにならないのが目に見えているセツナにとっては微塵も共感できるものではないが。
「それにセツナだって乗り気じゃないか。水着になって」
「だってチナツも来るって言うから……それで海岸に集合なら水着が普通と思いますよ」
太陽を生み出し擬似的に夏を作ることができる二重橋千夏の“ノーツ”をもってすれば、たとえ十二月の夜だろうと真夏真昼の海辺に変えられる。
セツナは元々の気温も天気も気にせず、海水浴を想定して準備してきたのだ。
「チナツも起きてください。日光浴なんてしてないで……」
ご丁寧にアイマスクを着けて砂浜に寝そべるチナツは、いくらセツナが揺すっても起きなかった。
当分起きないと判断したレイジは、目覚めを待たずヒエイに突然集まろうとしたわけを尋ねる。
「ヒエイ、どうしてバレーなんか始めたんだ?」
「バレーじゃなくてもいいんだけどな。何かしら武器を増やしたいと思って」
ヒエイはスランプに陥っていた。自分の“ノーツ”をさらに万能で強力なものにしたい。だがアイディアが浮かばず、色んな人に尋ね回っている。レイジたちもその一角なのだ。
「実はこの前、清澄って奴に負けてさ……東核備田の、ノエルって言えば通じるか」
今となっては清澄祈聖は有名だ。ヒエイたちの同学年の中で男子トップの“ノーツ”持ち。何より名前が印象的で、一度耳にすれば忘れる人はあんまりいない。
「ノエル、って確か、男子学年一位の人でしょ? ヒエイなんかじゃ勝てませんよ」
「いや、一度勝ったんだ。チーム戦という形式だったが」
バスケットボールという団体競技では、ヒエイはノエルの学校に勝利した。だがそれは彼の力だけで掴んだ勝利ではなく、個の実力が上とは言えない。現に先月は一騎討ちで敗れてしまった。
「でも、一対一じゃ勝てなかった。俺のバトルスタイルに、足りないものがあったんだ」
「足りないもの?」
ヒエイはボールをセツナに向かって投げた。キャッチした瞬間、彼女は意図を理解した。
「……遠距離攻撃ですか」
「ビンゴ」
ヒエイの“ノーツ”は他人の“ノーツ”が効かず自身の幻影を見せるというもの。相手の攻防手段を無効化しつつ奇襲することに長けているが、パワーは素の状態なうえに近接オンリーの戦い方というバリエーション不足がネック。
その弱点をカバーすれば、ノエルのような序列が上の相手にも勝てるようになる。そう考えたヒエイが思いついたのが、遠くからでも勝負できるスタイルの確立だった。
「レイジも遠距離は苦手だろう? 去年の全体祭とか見る限りは」
「まあな。俺もそこは不足してると思ってる」
レイジの“ノーツ”は人の心を読むこと。相手の近くでなくとも使える力だが、攻撃には使えない。もう一つの見た人の願いを叶わなくさせる力も同様だ。
「なら、一緒に克服してみようぜ」
「そうだな。品川は?」
「遠慮します」
レイジもヒエイとともに特訓しようと決めたが、セツナには即座に断られた。
「まぁ、できる限り協力はします」
セツナはここまで来て何もせずに帰るのも嫌だと思い、手伝えることには積極的に関わろうとしていた。彼女はヒエイたちと違い、序列や強さに興味はなかった。
「あの、私も混ざっていい?」
「本気で言ってますか!? 止めるべきです!」
メイリはセツナと違い、特訓に興味津々だった。だがそんな浅はかな動機で首を突っ込むのは自分の首を絞めるも同然だと、セツナは必死に止めようとする。
「大丈夫だ。迷惑をかけることはしない」
「本当ですか? ならいいです……」
あまり信じていないセツナだが、いい加減信じられるようになりたいと思い引き下がった。
「何をすればいいの?」
「そうだな……動く的が欲しい」
静止している的にならある程度ボールを当てられるようになったヒエイは、次のステップとして移動する的に当てられるようにしたいと思っていた。そしてその要望は、メイリにとって難しいことではなかった。
「それならできるわ。少し離れてて」
メイリは腕時計から溜めていた文字盤のコピーを放出した。大きなからくり時計の文字盤が、ぼとぼとと砂浜に落ちる。
「これを魔法で浮かせれば……」
文字盤の力で魔法を使える“ノーツ”で、メイリは文字盤を宙に浮かせる。
「その数字にボールを当てる……野球選手がやってるやつか」
「そんな感じ。後は動かすパターンなんだけど……」
向きや速さ、法則性など、動かすにもいくつかの要素を指定する必要がある。自分にあったやり方で、最初は単純でだんだんと複雑なパターンにするのがセオリーだ。
「ランダムで」
「分かったわ」
レイジはあらゆる過程をすっ飛ばした不規則な動きを指定した。メイリも彼らならできると疑わず、二つ返事で文字盤を動かした。
「はい。速度も方向もでたらめの的の出来上がりです」
「おぉ……当てても壊れたりしないか?」
「いくらでも替えはきくから、気にせずぶつけていいわよ」
目の前を自在に動き回る数字の群れに、まさしく希望していた練習ができることに興奮するヒエイは早速ボールを構える。
狙いを定めてスパイクを打つも、まったく当たらなかった。
「掠りもしねぇ!」
「ヒエイ、交代。俺の番」
レイジは走ってボールを拾い、今度は自分が当てようとした。しっかりボールの芯を捉えて打ったが、またしても外れた。
「すげぇ! 動きが読めない!」
人に当てるのならどんなに激しく動いていようと、思考を読んでパターンを見抜けば簡単に当てられる。しかしメイリの意思を離れ不規則に動く人工物に意思はなく、心を読んで当てることはできない。
レイジは自分の“ノーツ”がまるで通じないことに、却って面白味を覚えていた。思い通りにいかないからこそ、どう乗り越えるか考える楽しみがある。
見ている側としてはよく分からないうちに盛り上がっている彼らを見て、セツナはそっぽを向いた。変に興味を示していれば巻き込まれるので、傍観者としての立ち位置を保とうとする。
しかしよそ見をしていてはアドバイスのしようがないと思い、チラッと様子を見る。
ボールを打っては外すの繰り返しだが、やけに賑やかな光景だった。
「貸してください」
セツナはペンを創り出し、レイジからボールを借りた。イメージするままに表面に色を塗り、乾くのを待たずして完成させた。
「メイリ、絵の具で汚してしまうかもしれません」
「いいよ、レプリカだし。むしろ当てたらすごいことだよっ」
メイリの許可を得ると、セツナは微笑みボールを投げた。女子らしいか弱い勢いだが、宙を自在に動き一の文字盤に命中させた。
「今の動き何!?」
「ふふん。次は二ですね」
ひとりでにセツナの手元に戻ったボールは、今度は二の数字を追って命中した。
「これが私の力です。ホーミングするボールをイメージして塗りました」
「へー……じゃあ、他にも色んなことできるの?」
容易く成功させた挙げ句、驚きの“ノーツ”を披露したセツナに話題をもっていかれてしまった。仮に的に当ててもあまり盛り上がらないと思えたレイジは、彼女からボールを奪った。
「貸せ」
「あっ……手、汚れますよ」
セツナは気にしていないが、乾燥を待たなかったので持つだけで手に絵の具が付いてしまう。だがレイジは気にせず投げた。
「投げれば当たるんだから、誰でもできることだ」
「そのボールを作ったのは私ですけど」
明後日の方向を見ながらでも的に当てられたレイジは、セツナのコントロールが優れているわけではないと考えた。単にボールの性能が良いだけだと、今の一投で証明してみせた。
しかしそのボールを作ったのはレイジはセツナの“ノーツ”で、レイジはそれを誉めない。ヒエイも同様だった。
「そうだな。俺だって……」
ヒエイも真似しようとボールを持った瞬間、表面の絵の具が飛び散って消えてしまった。
まさかと思ってボールを投げると、案の定掠りもしなかった。当然的を追尾することはなく、放物線を描いて地に落ちる。
「ぷっ、ヒエイだけできないのですか?」
「くっ……馬鹿にしやがって」
ヒエイの“ノーツ”の無効化は任意ではなく強制なので、体に触れた瞬間セツナの付与した効果は消えてしまう。
投げるのはもちろん、キックもヘディングも元のボールに戻してしまうというわけだ。
「今のでよく分かりましたよ。他の人のサポートを受けられないのがヒエイの最大の欠点ですね」
「悔しいが事実だ……」
「でも手は汚れないからいいじゃん」
レイジは手のひらに付着した絵の具をセツナの髪で擦りながらヒエイをフォローする。
「何してるんですか!」
「お前のせいで汚れたんだ」
「貸せと言ったのはそっちです! ああもうっ……」
セツナはどれだけ汚されたのか確認しようにも、自分の両手も塗れていて八方塞がりだった。
「かわいそう……私の魔法で綺麗にするから」
「いや、いい。ヒエイが触れば元に戻ると思う」
レイジはメイリの魔力の無駄遣いを嫌い、コスト削減を重視してヒエイに任せようとした。
「なるほど。面白そうだ」
「遊び感覚でやらないでください! 全部抜ける危険性もあるんですよ!」
“ノーツ”で出した絵の具なので、ヒエイが触れば髪の毛ごと木っ端微塵になってしまうかもしれないと恐れセツナは抵抗する。
「レイジ、しっかり押さえつけとけ」
「合点承知」
「やめてください!」
そうなろうとある意味で愉快だと思い、レイジとヒエイは人体実験を始める気満々だった。
「そりゃ」
「痛っ!」
静電気が走ったような音が響き、振動が伝わったセツナは堪らず踞る。だが髪は元の色に戻るだけで、吹き飛び散らばる結果とはならなかった。
「そりゃそうか。ボールも元に戻っただけだし」
「何をがっかりしているのですか! 明日になって抜け落ちてないでしょうか……」
レイジが塗り付けた絵の具は綺麗に落ちており、セツナの髪は天然の色に戻った。ヒエイも軽く触れただけなので、髪は傷んでいなかった。だが安心もできず、しきりに髪を撫でている。
「さっきよりくすんでないか?」
「地毛に戻されたんですよ!」
「染めてたの!?」
セツナと会って一年経ち、初めて知った事実にヒエイは激しく驚いていた。
「美容院ではなく自前です」
「ヒエイに触られたから効果が切れたんだ」
かくいうレイジもセツナの地毛を生で見たのは初めてだった。
「全然違和感なかったよ……今度私もお願いしていい?」
「ええ、かまいませんよ。むしろ今やりましょうか?」
道具はすぐに揃うので準備に手間はかからない。負担に思うどころか、率先してメイリの髪を染めてあげようとしている。
「えっ……うん、お願いするね」
いざ髪を染めるとなると躊躇ってしまうが、メイリは覚悟を決めてセツナに頼んだ。
「ついでにレイジも染めてあげますよ」
「嫌だ。金髪にして笑うつもりだろ」
兄と違い金髪は似合わないというのは前ふりではない。レイジはたとえ四肢の自由を奪われようとも、悪夢の瞳を使って抵抗する気構えだ。
「ヒエイは染められませんね」
「いいよ俺はこのままで」
しかし人の“ノーツ”が効かないことが不便なことは否めず、ヒエイは浮かない顔をする。
「ヒエイは無効化を任意にできるようにするのが一番の課題だと思います」
「だよなぁ……捨てたいぜ、こんな力」
一部の人しか持たない“ノーツ”。それを失いたいと呟くヒエイに、レイジは共感できるところがあった。
「“ノーツ”は突然手に入るものだろ? 逆に突然手離すこともできそうって思えないか?」
「思う思う。よし、俺たちで探そうぜ」
自分の“ノーツ”をさらに万能で強力なものにしたい。そのために一時的に手離す方法を探す冒険の幕開けだ。




