308話 逃れることはできない
打倒二千代高校を掲げ同盟を組んだ三校の生徒たち。最後の一校を引き入れるための交渉に、四人は放課後その学校の前に集結した。
清澄祈聖の“ノーツ”をもってすれば他校の生徒を集めることなど容易い。授業が終わるとメンバーの回収を終え、ゲートで学校の前の道路に出た。
「そういやここ女子校じゃん」
「なんで一発で来られたのよ……もしかして」
「変な誤解をするな! まぁ、前に来たことあるのは事実……」
ノエルの“ノーツ”は指定した距離と方向に一方通行のゲートを作り、ワープできるというもの。地名や建物名を知っていても正確に着けるものではないので、以前から場所を知っていたのではという疑惑を持たれてしまった。
「私たちはともかく、男子二人がこんな所いたら不審よ」
「それなら私に任せて」
高尾星香は校舎から出てくる生徒たちを一望した。ノエルたち男子の存在に視線を向けていた少女たちが、目を逸らし平然と横切っていくようになった。
「何をしたんだ?」
「女子に見えるように視界を弄くったの」
見た人の視覚と聴覚を操るセイカは、自分たちの外見をここの学校の生徒に馴染むように映らせた。
本人たちには分からないが、他の人からは自分たちと同じ制服を着ているように見えるように変えたというわけだ。外見は変わらないので、人が出てくる度にセイカが暗示をかけることになる。
「女装してる幻覚を見せてるってことか!?」
「うーん、声も変えないといけないかも」
自分たちは変化を感じないが、大きな男声を出しても何とも思われていない辺り一般的な女声に聞こえるよう聴覚を弄ったのだろう。
「まあ、本当に女装しているわけじゃないし……」
「でも恥ずかしいからとっとと終わらせようぜ」
ちょうどそこに、ターゲットの少女が現れた。ノエルたちと同じ、二千代高校への進学の道を逸れた仲間だ。
「来た、アイリ……」
美南哀月。中学受験を口実に二千代を離れた元同級生で、同盟の交渉相手だ。ノエルはアイリが校舎から出てきたことに気づいたが、隣を歩く少女を見て先月の出来事を思い出した。
「お腹殴ってすみませんでした!」
ノエルは猛然と駆け寄って、西浦あかりの前で土下座を決めた。
「もう、まだ幻影見せてないのに……」
「いや、あいつらだけはそのままで良さそうだ」
アイリには事情を伝えないといけないので、正体を隠していてはいけない。外見も声も変えたままでは、相手を混乱させるだけだ。住吉透依はセイカに“ノーツ”を使わせるのを止めさせた。
「っていうかノエル、いきなりどうしたのよ」
「知らん。とにかく俺たちも行こう」
三人はひとまずノエルを追いかけて、彼の言動を確かめることにした。辰巳息吹は聞き間違いでなければノエルに制裁を加えるつもりでいた。
「えっと……あなたは?」
「あ、その……」
顔を見せる間もなく頭を下げたノエルは、ゆっくりと顔を上げる。アカリにとって思い出したくない顔だとしても、その恐怖を植えつけたのは自分だと黙ってはおけなかった。
「あっ、あなたは……アイリの……」
アカリは思い出した。最近学校に来なかったアイリを解放するようカチコミに出向き、もう少しで連れ出せるところまで来たところで立ち塞がった人物。
殴られた後のことはあまり覚えていないが、幸い軽症で済みすぐ復帰できた。
「あのときは本当にごめんなさいでした」
「ううん、気にしないで……もう、大丈夫だから……」
結果的にはアイリも学校を休まなくなり、解放という目的は果たせた。アカリはノエルに憎悪の感情はなかったが、なるべく会いたくない、忘れたい相手だとは思っていた。
その彼が再び自分たちの学校に現れた。また何か企んでいるのか、アカリは不審に思う。
「あのっ、何のようですか」
「いいの、アカリ……」
勇気を出して尋ねたアカリに、アイリは体の前に手を伸ばした。何聞かなくていいという合図、そして自分の問題だという責任の表れだ。
「私に用があるんでしょう。でも、アカリたちは巻き込まないで」
アカリが酷い目に遭ったのも、自分のトラブルに巻き込んでしまったことが原因だ。もうあんな目に遭わせないという条件を飲んでくれるのなら、いくらでも協力する。それがアイリの覚悟だった。
「ねえ、こいつに殴られたって本当?」
「え、ええ……あなた方は?」
「小学校からの同級生だ。お前って奴は!」
トウイはイブキとともにノエルをボコボコに殴り始めた。
「ちょっと、騒ぎになるから……」
「大丈夫。ほら、見えても聞こえてもいないから」
セイカはまったく気づかれないように周囲の人の視聴覚を操った。彼女たちからは立ち止まっているアイリとアカリの二人しか見えていない。
同級生というワードでアイリは思い出した。ここにいる四人は、皆同じ小学校にいた。そして改めて実感する。“ノーツ”の序列がトップクラスの怪物たちが揃っているということを。
そして、自分も大きな問題に巻き込まれる予感がしてならなかった。
「ほら、ちゃんと謝れ」
「ご、ごめんなさいでした……」
「気持ちが込もってないっ」
「その辺にしてあげてください……」
虫の息のノエルにさらに追い討ちをかけていく。行為に対する仕打ちが重さが、アカリは気の毒に思えてならなかった。
「そもそもどういう経緯で暴力に出たんだよ。お前がこの学校の場所知ってたのも関係してるのか?」
「過激になれば……二千代の奴らが来ると思ったんだ」
ノエルの暴行には複雑な事情が絡んでいる。そこにアイリも関わっており、原稿用紙一枚では収まりそうにない。一言で言えば、ノエルはアイリを囮に二千代高校の“ノーツ”持ちを誘い出して返り討ちにしようと企んだものの一人相撲だったというものだ。
「話なら、別の場所で……アカリ、また明日ね」
アイリは吹っ切れたのと悲しみの混ざった表情で、アカリに別れを告げる。追いかけようとしたが、足が動かせなかった。
「行こう、ノエル。いつものアレお願い」
「はい……」
ノエルは力を振り絞って次元のゲートを作り出す。アイリは迷わず一番に通過し姿を消した。イブキたちもついていき、アカリだけが残された。
足は自由になったが、アイリの姿はどこにも見えなかった。
「何よ……終わったはずじゃなかったの……」
アイリが自由になったと思っていたのに、また連れていかれてしまった。何の相談もされず、一方で彼女の抱えている問題に気づけなかった自分にアカリは無力感を覚えた。
「マリアちゃんの匂いがしない……」
「あいつならもういないぞ」
一ヶ月ぶりにノエルのアパートに来たアイリ。しかし以前ここに暮らしていた麻布麻李杏の姿はなかった。
マリアの私物は見当たらず、住んでいる形跡も見えない。ノエル言うように、彼女はもうここにはいない。
「どこかと思ったら、ここがノエルの家か?」
「ああ。狭いけど我慢してくれ」
一人暮らしを始めるにあたりアパートを借りたノエル。しかし五人も入るとなかなかにぎゅうぎゅうだ。
「マリアってあの子のこと? そういえばあの後どうしたんだ?」
「トウイの家にもいないのか? 分からねえ、実家に戻ったんじゃねえか?」
新しい主であるトウイの家にもいない。マリアがどこで何をしているのか、誰も知らなかった。
「ってか部屋を漁るな! ないものはない!」
アイリは部屋に入るなりマリアの使っていた物が残ってないか、やみくもに探し出した。ノエルは学校で衣類も生活用品もすべて本人に返してしまっていた。ここには一つも残っていないから探すだけ無駄な迷惑だった。
「あっ……」
「うそ、何か残っていたか!?」
ノエルは顔を覗かせるが、アイリ首を横に振る。彼女は不自然な握りこぶしを作っていた。
「何か隠してねえか? その手の中」
「ううん、何も……」
アイリは一瞬背を向けて口に放り込むと、ノエルに顔を向けて手を開いた。
「まあいいか」
疑うのをやめて視線の逸らすノエルの隙を突いて、アイリは口から髪の毛を出してポケットにしまおうとした。
しかしそれはノエルのブラフ。本当は何かあると疑い再び彼女を見ると、アイリは慌てて手を離し、唾を飲んだ。
「なんか、ずいぶん馴染んでるね」
「あ、えっと……」
アイリは人前だということを忘れてノエルの家で寛いでしまっていた。何度も来たことがあること、密かに彼と付き合っていたことは極力知られたくないと思った。
「そういえばここに来る前、いつものアレとか言ってた……」
「確かに……ノエルが学校の場所も家への距離も分かってたのは、もしかして二人は付き合ってるの?」
思いのほか早くバレてしまった。アイリは苦しいがまだ否定できないかと画策したが、ノエルがあっさり認めてしまった。
「そういや最近会ってなかったな……どうなんだ?」
「えっ!? それは……」
先月のカチコミ以来、直接会うこともSNSでやりとりすることもなかった。かといって別れ話が出た訳でもないので、ノエルの言うように曖昧な関係となっていた。
「えっホントに!?」
「うっ……そ、そうだけど……」
仕方なく、アイリは正直に答えた。バレたところで恥ずかしい思いをするだけで、ノエルが気にしていないのなら誰も困ることにならないという判断の下、事実を打ち明けると決めた。
「こんな奴のどこが……」
「私も、ノエルくらい強くなれたらなって思ったから……」
ノエルほど歪んだものではないが、アイリもまた二千代高校の旧友に負けたくない思いがあった。S+ランクの彼と関われば、何か掴めるかもしれない。そう考え、アイリは彼と交際関係を築いたのだった。
「そんな話は今じゃなくていいだろう」
「おっと、そうだった……同盟のために会いに来たんだからな」
同盟というフレーズにアイリは首を傾げる。
「アイリ、お前……俺たちの仲間になれよ」
「仲間? それに同盟って……」
ノエルたちはいきさつを話した。二千代高校に進学しなかった者同士協力し、学校同士で協定を結ぶ。直近に控える全校一斉体育祭で二千代高校の二連覇を阻止する。そのために力を貸してほしいから揃って会いに来たのだと伝えた。
「なんとなく分かったけど……私なんかが役に立てる? 皆に比べると全然ランク低いし」
「そうだっけ? アイリは、確かAランク?」
アイリを除く四人は二つ上のS+ランク。だから自分が加勢しても雀の涙ほどの強化にしかなれない気がしてならなかった。
「そう。だから私、場違いじゃあ……」
「そうでもない。数が多いに越したことはないし、アイリにしかない強みがある。だから誘った」
ノエルにはアイリが必要な理由があった。ここにいる誰よりも彼女のことを知っているからではあるが、話せば納得してくれるはずだと思っていた。
「アイリは俺たちより一年近く早く“ノーツ”を得た。つまり先輩だ」
「確かにそうだけど……」
「そして何より、奴らの一番近くにいる」
アイリは実家から私立に通っている。つまり住まいは二千代高校の学区内。その条件を満たしているのは彼女だけだ。
「つまり敵情視察にうってつけだ」
「なるほど……彼女と情報を共有すれば」
打倒二千代の道は大きく広がる。スパイとして最適な人材だと、アイリは評価され好意的に受け入れられた。
「というわけで、協力してくれるか」
「うん、分かったわ」
アイリはあっさりと承諾した。今度はノエルだけでなく、他にも学年上位陣がいる。彼らとともに鍛えれば、もう守ってもらわなくても大丈夫なくらいに強くなれる。そう信じて、加盟に同意した。
「よし、帰るか」
「え、今日もそれだけなの!?」
イブキを勧誘するときも、同意を得たら用事は済んだことになってしまった。今日もアイリを加えて、ついでにグループトークにも参加させれば予定完了という計画だった。
そのため今日はもう、皆が揃って何かをする予定は立てていない。
「なあ、提案なんだが……リーダー、決めてみないか?」
アイリの加盟をもって、四校すべての結託が完成した。主軸の彼らの中から代表を決めるのはいかがかと、トウイは案を出した。
リーダー、それは彼らにとって、推薦で決めるものではないというのが共通認識。ひとえに一番強い人が相応しい。そう考えから導かれる、今からするべきことはただ一つ。
「面白そうね」
「はっきりさせよう、この中で……」
「誰が一番、強いのか……」
五人は無言で立ち上がり、臨戦態勢をとった。




