307話 久しぶりの顔合わせ
「……他校生が何の用?」
昇降口を出て帰宅しようとした辰巳息吹が見たのは、この学校の生徒ではない知り合いが校門の前に立っているところだった。
ただの知り合いではない。彼らは中学校の途中まで同級生だった。今は三人とも地元を離れ他の同級生とは違う学校に通っている。
そして何より、“ノーツ”と呼ばれる特殊な力の序列で学年上位に君臨する問題児だ。
「口調キツいな……前と別人みたいだ」
「邪魔しに来たんじゃないって」
清澄祈聖と住吉透依。二人は警戒心剥き出しのイブキにたじろぎを見せる。
だが校舎内を探索したり待ったりせず、すぐにイブキと会えたのは好都合だと考えた。アポなしの訪問だったので、話せる距離になるまでに時間を要すると思っていた。
それもそのはず、イブキは二人が来ることも、自分に話があることもある人から聞かされていたのだ。
「分かってるわよ。あんたたちが来るのはレイジから聞かされてたし……」
「レイジ……ああ、あいつか」
人の心を読む“ノーツ”を持つ三門玲司。イブキは今日の放課後に突然同級生の彼に呼ばれ、ノエルたちが会えたがっていると告げてきた。
それだけ言ってレイジは去ってしまったが、話の中身については追って尋ねなかった。どのみち話をすれば聞けると思っての判断だが、面倒事の予感がしたのも事実だ。
「なら話は早いな」
「ああ。イブキ、俺たちと同盟を組まないか?」
「嫌」
イブキは即答した。返事はノーで、ノエルたちは一瞬反応が遅れた。
「……いや、即拒否かよ」
「同盟ってのは、俺たち三つの学校で協定を結ぼうって提案なんだ」
具体的な意義を伝えられず引き下がるのも納得できないので、せめて話だけでも聞いてもらおうと二人は粘る。
「なんでうちの学校なのよ。もっと近くの学校を誘いなさいよ」
「それはイブキ、お前がいるからだ」
三人の共通点。それは中学校まで同級生だったことだ。三人とも転校していなければ、同じ高校に通っていた。
この島では高校まで公立の場合は受験せず最寄りの学校へ進学する。つまり、二千代高校のメンバーとなっていたのだ。
二千代高校。“ノーツ”と呼ばれる特殊な力を持つ同学年は十七人と、群を抜いて多い強豪校。そんなエリート集団の元を離れた者同士というわけだ。
「俺たちアンチ二千代、結託して奴らに挑もうって話だ」
「俺たちが組めば、あんな連中……泣きっ面に蜂の巣にしてくれる」
二千代高校、主に自分の幼なじみ絡みの話であることは、薄々イブキも勘づいていた。ノエルたちにとっては憎たらしい同級生たちであっても、彼女にとってはかけがえのない仲間だ。
そんな仲間を負かすための同盟など、加盟するどころか破壊したいくらいだ。
「一緒にしないで。私は……」
「ああ、別にあいつらみたいに革命なんて起こす気はないぜ」
「あくまでも正攻法で……例えば全体祭で優勝を阻止しよう、とか」
ノエルたちが二千代高校の“ノーツ”持ちを恨む理由。それは中学三年の頃、力を振りかざしあらゆる人を無差別に攻撃した革命の被害に遭ったからだ。
首謀者はイブキの幼なじみたち十七人。当時“ノーツ”を持たなかったノエルたちは、怯え蹂躙される一方だった。
しかし彼らは二千代高校の人たちを自分たちと同じ目に遭わせようと企んではいるわけではない。正式な勝負で制し、屈服させようとしているだけだ。
「勝手にしなさい。私たちは関与しない」
「そうか……規模的にはこの学校も力になってくれた方が心強いんだが……」
力ずくの交渉に持ち込むつもりはないので、一旦は引き下がろうとノエルたちは考える。一つの目標である全校一斉体育祭、通称全体祭は九月のイベント。まだ時間に余裕はあるので、焦る必要はない。
「あれー、なんか懐かしい人が集まってる」
甲高い声に、イブキは驚き振り向く。その正体は高尾星香、自分たちと同様、二千代から離れた生徒だ。
「セイカ? そういやこいつも小学校まで同じだったな……」
「ああ、そうだな……」
さっきまでの威勢はどうしたのか、ノエルたちは身構えている。
「何? もしかしてビビってるの?」
「そんなわけねえ!」
「そ、そうだ! ちょっと序列が上だからってビビってなんか……」
セイカはノエルよりも“ノーツ”の序列は上。彼らは男子学年ツートップといえど、その上には彼女含め四人の女子がいる。
そんなセイカの乱入に、イブキは二人が怯えているように見えてしまった。
「忘れてただけだ……大して目立ってなかったし」
「言われてみれば……一位の神田に比べて存在感薄かったな」
ソースは去年の全体祭。Sランク以上が出場する競技にて、セイカは神田玄に瞬殺されてしまった。
その後も敵選手を倒し続けたハルカに対し、セイカはどうにもインパクトを残せなかった。
「自覚はあるわ。私の天下なんて一瞬だったし。ま、次は負けないけど」
「実は神田たちとも交渉を予定しているんだ」
セイカの言うリベンジは、今年は果たせそうにない。この同盟は三校だけでなく、ハルカ擁する開幕と呼ばれる私立高校とも結成を企てている。
そのため、ハルカとは敵でなく協定関係になってしまうわけだった。
「いいの? それで」
「何が」
「コンセプトよ」
ハルカの学校は他にも実力者が揃っている。うまく味方にできれば怖い者なしとなりうる。
だが、そこまでして二千代という一つの学校に勝って満足か、イブキは疑問を掲げた。
「あの学校に私たちと同じ境遇の人はいない。二千代を去った人同士で勝ってこそ、意味があるんじゃないの?」
勝ったとしても、結局ハルカたちが強いから勝てたということになりかねない。それでノエルたちは自分たちの力を認めさせることができるのか、イブキは今一度考えさせる。
「彼女たちの力を借りて、あなたたちの強さは伝わるのかしら?」
「うっ、確かに……」
「……イブキの言う通りだ。これは、俺たちだけで成し遂げてこそ意味がある」
己の名誉のための同盟なのであって、勝利という結果が手に入ればいいのではない。ハルカたちの力を借りずに勝ってこそ、自分たちの強さを証明できる。
だが無関係のハルカたちではなく、自分たちと同じ境遇、すなわち二千代高校に進学しなかった小中学校までの同級生を引き入れるのは問題ないというわけだ。
「なら、一つ考えがある。もう一校、候補を見つけた」
「もう一校?」
ノエルが頭に浮かべたのは、美南哀月という少女。彼女は引っ越しこそしていないが、私立の学校に進学したため彼らと同じ境遇にある。
「じゃあ明日そいつも誘うか」
「ところで、何の話なの?」
肝心の同盟については、まだセイカに話していなかった。イブキも彼女が来るまでの間にチラッと聞いただけで、具体的何をするかは聞かされておらず謎の多いままだ。
「まさか、殴り込みに行くとかじゃないでしょうね」
「正攻法って言ったろ! まずは全体祭、二千代の二連覇の阻止!」
全体祭は学校対抗の体育祭だが、他校同士連携してはいけないというルールはない。むしろバラバラに戦い潰し合っていては強豪校には勝てない。
「体育祭か……私、運動苦手なのよね」
「だから協力するんだろ。誰にも苦手はあるから、お互いでカバーしようって提案なんだ」
“ノーツ”の序列が上だからといって、文武両道のエリートということにはならない。偏差値は高いが“ノーツ”さえ持たない人は大勢いる。
宝くじのようなもので、当たるかどうかは運次第だ。
「立ち話もなんだし、その辺の喫茶店でも行こうぜ」
「じゃあうちの管轄の海の家にしましょう。営業はしてないし、多少騒いでも問題ないから」
イブキはここから海の家へのだいたいの距離と方角をノエルに伝えた。
ノエルの“ノーツ”はワープ能力だが、場所を指定すれば正確に転移できるものではない。迂闊に飛び込めば道路線路のど真ん中に出ることだってあり得る危険な代物だ。
「一応海岸には繋がったぜ」
「じゃあ一旦移動しましょう」
ノエルはゲートに顔を突っ込むと、目の前には海が広がっていた。イブキからどの海岸か分かるので、ひとまず揃ってゲートを抜けることにした。
何度か海岸沿いにゲートを潜り、目的地に到着した四人。イブキは顔パスの海の家に入り、テーブルを一席借りると伝えた。
「さ、存分に話していいわよ」
「ここまで用意してくれるってことは、同盟には賛成してくれたってことだよな?」
「まあね」
こんな遠くまで、自分にとっては家のそばという好都合な場所に連れてきて、断る前提のわけはない。
イブキはノエルたちの狙いが思っていたほどバイオレンスなものではなかったので、彼らに手を貸すと決めたうえでここまで連れてきていた。
「……どうする?」
「ああ。もう話すことなくなっちまった」
「はぁ!? 何も考えてないの!?」
イブキは彼らが三ヶ月後の全体祭に向けた“ノーツ”鍛練のプランでも想定していると思っていたのだが、実際は違った。ノエルたちが今日来たのは、同盟結託に対するイエスの返事をもらうためであり、もう用事は済んでしまったわけだ。
「まあいいわ。まだ時間はあるし……」
「正直、交渉にもっと時間かかると思っていたからさ……だからやることないし、グループ作ろうぜ」
トウイはSNS上でもやりとりできるよう、自分たちだけのグループを作っておこうと考えた。こうすると学校が離れていても情報の伝達はしやすくなる。
イブキのいう鍛練のプランも、好きなタイミングで意見を出し合える。
「グループっていえば小学校の奴、もう機能してねえな」
「あー、あったね。そんなの……」
誰が作ったのか分からず、突然招待され参加したもののここのところ誰も発言しない、形だけのグループチャット。クラス単位、学年単位、そして学校単位までも別々に存在している。
「そうか、そこから友達申請すればいいんだ」
共通のグループに入っていれば、IDやQRコードを読み取る手間を必要とせず友達登録ができる。トークのないグループでも機能できる瞬間だった。
だが登録するのは三人だけだ。グループ全員を登録するのならその方法が楽だが、その中の数人を見慣れない名前とアイコンの羅列から見つけ出すのは一筋縄ではいかない。ノエルは早々に文句を呟いた。
「見つけづらい。無駄に人多いし」
「QRコードの方が早かったろ」
「うるさい。てかこいつら漢字のフルネームで統一しろや」
グループのメンバーリストは五十音順でないうえに、本名ですらない人もいる。一巡して発見できなければまた先頭から探し直しだ。
だが変換が面倒でカタカナの名前だけで登録しているノエルが文句を言えることではないことは黙っていた。意地でも旧友のリストから探し出そうとしている彼に小言を言えば、苛立ち余計に時間がかかってしまう。
「ようやく全員見つけた」
「お疲れ様。参加したよ」
ノエルは三人の友達登録が終わると新規グループに招待した。
「グループ名……」
「決めるの面倒。好きに変えていいぜ」
いつでも誰でも変えられるうえに意味をなさない。それがグループ名と画像の特徴だ。だがノエルが思考放棄して一文字で設定したグループ名とデフォルトのアイコン画像には不満があった。
「不満ならお前が作ればよかっただろう!」
「いの一番にスマホ出したのお前だろ!」
ノエルとトウイは昨日に引き続き些細なことで揉め始めた。
「先が思いやられるわ」
チームワークに長けた二千代高校に対抗して結成した同盟が、ちょっとしたことで争い乱れていて果たして勝負になるのか。イブキはまだ、本気で彼らに協力しようとは思わなかった。
そもそもノエルたちがどこまで本気なのかも分からない。結成したグループも何の話もせずに一人、また一人抜けていくのではないかという疑問が拭えなかった。
かつて同じ学舎の下で過ごした仲間。しかし当時もさほど交流のなかった彼らが昔のことで盛り上がれるはずもなく、この日は静かに解散となった。




