30話 願うなら 叶えてみせよう その祈り
誰かの願いを叶えれば、誰かの願いが叶わない。この世界で生きる者たちが皆、常に自分の思い通りにできてしまえたら、世界はあっという間に滅んでしまう。
だからこそ競争社会がある。願いを叶えるためには人よりも努力をする。ときには実力行使で。
力のある者が生き残り、弱い存在から消えていく。だとしたら、常に力のある者は己の欲望の赴くままに願いを叶え続けるのか。いや、そうではない。なぜなら自身以上に力のある存在があるからだ。様々な過ちを繰り返し、考えを改めてきたこの国にはもう、絶対的な力を有する生き物はいない。欲望のままに願いを叶えれば、天罰が下る。それを皆恐れるから、願いが叶わないことを受け入れる。
今レイジの目の前にいる少女アイコは、人の願いを自由に叶える力を持つ一方で、あらゆる物質を破壊するエネルギーを蓄積してしまう力を持つ。そのエネルギーは願いを叶えれば叶えるほど多く溜まっていき、適度に発散させていかなければ大変なことになるという。
適度に発散させるといってもそう気軽にできるものでもなく、エネルギーを打ち込んだ周囲にいる生き物へ大きな被害をもたらす。そして溜めすぎるとどうなるかというのも能力を分析した結果での予測であって、どれほど恐ろしい規模の災害になるのかは本人にも知らされていない。
だから彼女は、毎日どれだけの願いを叶えたのかをしっかりと記録している。話は変わるが、ツトムのアルバイトのスケジュールを管理しているのもそれだけアイコが几帳面であり心配性であるがゆえの行動なのだろう。
「ちなみに私、親はいないから。」
レイジには心の声で分かっていたことだったが、アイコから話してくるとは思わなかったので突然言われて驚いた。てっきり触れてはならない話題だと思っていたが、彼女はその生い立ちを話そうとしていたのでレイジは何も知らないふりをして聞くことにした。
「道理で終電とか気にしてなかったのか……独り暮らしなのか?」
「いいえ。居候よ。」
思っていた以上にきっぱりと言ってくるものだから、レイジは思わず苦い顔をした。
「居候が勝手によその家に泊まりにいくなよ。まあ、俺も人のこと言えないようなものだけど……」
レイジはこの島に来るところからイブキの家の居候の身になるまでをアイコに話した。自分の過去や能力はこの島の人には話さないと決めておきながらペラペラと話しているのは良くないと思い直したが、そんな意識はまたすぐに忘れてしまった。
同じ居候の身でもアイコの生い立ちはレイジと全然違った。
組織から福音書を守るために生まれた精霊。それがアイコらしい。見た目は人間そのもので、精霊というよりも精霊が宿った人と言ったほうが良いのだろうか。
福音書に選ばれた者は人の願いを叶える力を与えられる。良心に従いその力を使い、誤った道へ進むことのない正統な心を持った者が選ばれる。その福音書を悪用しようとする連中から福音書を守り抜き、とあるバラ園の最奥で目覚めた力によって生み出された精霊が、今ここにいるアイコという少女だというわけだ。そして生まれ持ったその破壊の力で、組織を壊滅させた。
「それで、その福音書に選ばれた子と一緒に暮らしているってことだな。」
「ええ。彼女もまた、親のいない気の毒な子なのだけど。」
いない、というよりは失ったというのが正しい。選ばれた子の記憶を引き継いでいるアイコは、その子の過去を知っているが語りはしなかった。彼女の知らないところで口外してはならない、触れてはならないものだった。
「でもその子がヒエイのこと知ってるっていうんなら、安心できるだろう? 泊まるって電話すれば、すぐに了承してくれるんじゃねえか?」
「まあ……信頼はされているんだろうけどね……納得はしないだろうけど。」
要するに、その子、名は渋谷祈里というのだが、イノリが好意を抱いている相手の家に泊まりにいくといって黙っているかという話だ。そもそもヒエイの家の了承を得ないと話が進まないので、まだイノリに伝える必要はないと判断した。
「着いたぞ。ヒエイは駅で待ってるようだが、バイクに乗ってるから目立つと思うけど……」
心が読めないと気配が読めない。それが分かっているからか、ヒエイは街灯で見えるところにはいない。隠れているのか実はまだ着いていないのかは知る由もなかった。
「よう! ……ってあれ、誰だ? アイコか?」
改札を出る音とともに聞き覚えのある声が聞こえ、後ろを振り返るとヒエイがいた。
「うわっ、なんで改札から出てきたんだ!? ってかバイクは……」
ヒエイが言うには、バイクで駅まで来たら時間に余裕があったのでバイクを隅に置いて駅のホームで待っていたらしい。
「それより聞きたいのはアイコ、どうしてお前もいるんだ?」
「ああ、実はな……」
レイジはいきさつをヒエイに説明した。
「ってかそれなら電話していたときに言ってくれよ。」
「だってそのときはまだ戻れるじゃん。ここまで来たらもうどっちも電車ないぜ。」
レイジはヒエイに断るという選択肢をなくすためにここまで黙っていた。さすがのヒエイも、今からアイコを乗せて家まで送るとは言えないだろう。案の定、ヒエイはアイコを泊めてもらえるよう親を説得すると言った。
「お邪魔します。」
「お邪魔……します。」
レイジはヒエイの家族と会うのは初めてだった。ときどき彼がレイジのことを話しているが、悪い印象は持たれてないことが分かった。そしてヒエイの家族は彼と違って能力が通じる。家族を通して彼のことを知ることができるのではと考えた。
「つーかレイジと泊まるの懐かしいなあ。なんだかんだで2週間は経ったんじゃないか? そろそろお前の家にも行きたいんだが。」
レイジ自身が以前話したのだが、イブキの家に居させてもらっていることを知っていながら言っているのだろうというのが透けてみえたが、心が読めないヒエイのことだからわざとなのか単に忘れているだけなのかは分からない。
そしてヒエイの家に泊めてもらえると分かった以上イノリにも連絡を入れないといけないのだが、当の本人は事の重大さを分かっていなかった。
「そんなわけで、ルインの家に電話するから、余計なこと言うんじゃないわよ。」
イノリは親戚の浅草流音の家に入れてもらっている。当然優先して連絡を入れなければならないのは、イノリではなくルインの親だ。といっても、午前1時に電話をかけて繋がるかどうかも怪しいところなのだが。
『はい、無事に着きました。ええ、はい、失礼します。』
実の娘でも親戚の子でもないからか、あっさりと電話は済んだ。レイジが外泊したときも、主にイブキにまったくと言っていいほど心配されていなかったし、ハイランカーは夜帰ってこなくても心配ないという認識があるのだろうか。
幸いイノリもルインも眠っているようなので、ヒエイの家に泊まるという問題は杞憂に終わった。
「それじゃあ本題に入ろうか。」
ヒエイに布団を用意してもらっている間、レイジはアイコと話の続きを持ちかけた。ヒエイは一人っ子なので空き部屋はないものの、2部屋分の広さはある自室を持っていた。
保護者には男女分かれて寝ると言ってあるが、3人ともあまり気にしていなかった。アイコは気にするべきではないかとレイジとヒエイは思っていたが、正式な話が済むまで彼女は他のことに頭が回っていなかった。
ヘキサフリートに選ばれなかった自分を、なぜ彼らに勝ったレイジが選んだのか。新メンバーになったところで自分に何ができるのか。それらを納得させて初めて、アイコは加入の意志を見せる。
「さっきも言ったけど、お前がツトムの力になりたいっていうなら俺と手を組むのが一番だと思う。それに、あれはあの6人で完成されてる感じがするからな。」
ヘキサフリートの一員であるカリンと中学から同じ学校に通っているヒエイも交えて、レイジはアイコの説得を続ける。
けれども今一つ足りない。それに彼女の眠気はピークに達し、考えを整理できていなかった。
「まあ話もいいけど、まずは風呂入ってこいよ。どっちが先でもいいけど。」
スマホを付け現在時刻を確認したヒエイは、寝支度を整え始めた。アイコはアイコで、2時間近く夜の外で立っていたのもあり今にも眠りについてしまいそうだ。セツナの家に泊まったときも、レイジもヒエイも割りとすぐに眠ってしまったので、今日も皆すぐに眠りそうに思えた。
そして丑三つ時。布団の中から青い光が漏れだし、天井へ向かって消えていくことに、誰も気がつかなかった。
翌朝。レイジは叫び声を聞いて目を覚ました。
「うん? どうしたんだヒエイ。朝からいきなり叫んで……」
現在時刻は9時。すっかり寝坊だ。初めてのアルバイトは苦ではなかったが、体はとても疲れていたらしい。
登校日ならとっくに遅刻の時間だが、世間は休日。部活動に所属していないヒエイからは登校日という情報は聞いていない。言っていなかったから聞いていないというのかもしれないが、制服ではなく私服に着替え始めている辺り学校へ行くわけではないようだ。
「アイコは起こしたほうがいいのか?」
あれだけ騒いでバタバタしているのにぐっすり眠っているアイコの姿はレイジにとって意外だった。寝るのが遅かったとはいえ休日でも毎日早起きしているイメージがあったし、少しの物音で目を覚ますタイプだと思えたからだ。首まですっぽりと布団に収まっていて、きれいな姿勢をしている。さながら人形のように動かない。
「いや、起こさなくていい……ってか起こすな!」
なぜ起こしてはいけないのかは分からないが、ヒエイにとって不都合なのは確からしい。そもそも彼が何のために急いで支度をしているのかも分からないので、想像のしようがない。
レイジは辺りを見渡すと、隣の枕元にスマホが置いてある。ヒエイのスマホだ。ホームボタンを押すと、新着メッセージとカレンダーの通知が表示される。指で画面をなぞりすべてのメッセージに目を通すと、なぜ彼が慌てているのかが理解できた。
「言ってくれれば俺もアラームかけたのに。てっきり今日は何もないかと思ってたぜ。」
「ちょっ、何勝手に見てんだ!? ロックは解除するなよ!」
そう言われるとレイジはロックを解くための暗証番号など知ることができる。本人がその番号やなぞり方を想像すれば、口に出さずとも脳内経由で知ることができるからだ。けれども心を読む能力が効かないヒエイからはパスコードを聞き出せない。今表示されているメッセージは読めても、ロックが解除できないから返信することができない。
適当に打ち込んでいくと入力に制限がかけられ、本人が開こうとしても数時間待たなくてはならなくなる恐れもあるので、それ以上は弄らなかった。
メッセージの送り主はイノリとルイン。文面的に2人は今一緒にいるのだろうが、それぞれ思い思いにメッセージを送っている。
そしてカレンダーには、9時に大薔薇駅とある。
これらから察するに、ヒエイは9時にその駅に着かなければならないのだがそれを忘れており、駅で待たせている2人からはメッセージが嵐のように送られているという状況だろう。そしてそれをアイコに知られるのも、アイコが今家にいることを向こうに知られるのもまずいというのがヒエイの本心である。そうレイジは考えた。
そしてその駅はここの最寄り駅からは電車で1時間はかかる。むしろヒエイがレイジの家に泊まっていたほうが乗り換えもなく30分くらい早く着けるし、セツナの家ならさらに10分は早くなる。
何にせよヒエイが寝坊して約束の時間に間に合わないという事実においてレイジは何も悪くない。急遽アイコも泊まることになったが、だからといって就寝時刻を大幅に遅らせたわけでもない。つまり責任はヒエイにある、自分は大丈夫だと思い、レイジは再び布団に潜り込んだ。一休みして家を出れば、家に帰って昼ごはんを食べ部活の支度をしてすぐに家を出れば、ちょうど良い時間に高校に着く。午前中に昼食を済ませるので今から朝ごはんを食べる必要もないと思い、レイジは布団から出なかった。
しばらくして、部屋の端の方から聞き慣れない着信音が鳴った。どうやらアイコのスマホが鳴っているようだ。レイジは目をうっすらと開けて彼女のほうを見たが、いまだに目を覚まさない。レイジは布団から出て、誰からかかってきているのかを確認しにいった。
レイジの予想通り、着信はイノリからだった。どこで夜を明かしたのかを聞こうとしたのだろう。ここで出なかったら不安に思ってしまうと思い、レイジは布団を剥いでアイコを起こすことにした。
「うぇっ、何で!?」
布団の中から現れたのは、一糸纏わぬアイコの肢体だった。咄嗟に布団を戻し、肌が見えない程度に布団を捲って探したが、寝る前は確かに着ていた寝間着はどこにも見当たらない。一般的に女子高生は寝るときに下着をつけないのかはレイジには分からないが、さすがに履いてあるであろう下着すらもなくなっており、彼は動揺が収まらなかった。
『もしもし? あっ、イノリにルイン。すまん! 今から家出るから1時間ちょっと待っててくれ。あと……』
「きゃああああ! 何よこれぇ!?」
昼ヒエイがイノリからかかってきた電話に出て、弁明を始めたところで、間が悪くもアイコは目を覚ましてしまった。そして上体を起こすと自分の体の異常事態に気づき、悲鳴をあげた。
『どうした!? ってええ!? 何で裸なの!?』
ヒエイの目に映ったのは、上半身、主に胸部を両手で隠すアイコの姿だっ
た。そしてその悲鳴とヒエイの叫び声は、電話の向こうのイノリ、そしてルインにも届いていた。
『今の声、アイコ!? って裸!? ちょっとヒエイ、あんた今何しているの!?』
『アイコ!? そこにアイコがいるの!? どうなのよヒエイ!』
それからヒエイは何も話さず、スマホを持った手を耳から遠ざけ手を下ろすと、そのまま電話を切った。彼は力なく口にした。
「もう……訳が分からねえ……」
そう言い残してヒエイはベッドの上に寝転がり、布団を体にかけた。




