23話 昼休みは修羅場
午後の部の試合が始まり、レイジとヒカリは3回戦を突破した。ベスト8ともなると残り選手も試合も少なくなり、選手に休み時間を与えるためにも審判に就かない自由な時間が生まれた。レイジはぱぱっと弁当の購入を済ませにアリーナから出ようとしたが、チハヤが試合していることに気づくと足を止め、コートとコートの間に立って試合を眺めていた。
レイジの想像していた通り、チハヤのプレーは美しいものだった。緩急激しいにもかかわらず崩されないフォーム、正確にコートの端に刺さるショット、相手の球を無視すればそれはアウトになる。まさに自身を最大限にアピールしているプレースタイルだった。
試合が終わると、レイジは思わず拍手をする。素直に称賛してくる彼に気づいたチハヤは、荷物を纏めると彼の元へ歩いていった。
「見ててくれたのね。あなたも3回戦突破おめでとう。」
自分が認めた相手に戦う姿を見てもらえたこと、そして拍手をしてくれたことが、チハヤにとっては嬉しいことだった。
「この後しばらく時間空くんだろ? 良かったら話を……」
誘いをかけている途中、腹の音が鳴った。レイジは自分の腹に手を当てると、チハヤはやっぱりかというような顔を見せ、鞄からエナジードリンクを取り出した。
「飲みかけで良ければ、あげるわよ。上に行けばおにぎりとか、余っているから良かったら食べにくれば?」
レイジは嬉しそうに受け取った。話を聞くとも言ってくれたし、彼はチハヤを尊敬したいと思った。
「でも、彼女はいいの?」
チハヤの目線の先を振り返ると、ヒカリが口を膨らませて睨んでいた。
「私のお弁当はいらないのに、その子のは食べるんだ。ふーん。」
「ち、違うんだヒカリ。お前のは、ちょっと少なかったから悪いと思っただけで、別に嫌だったわけじゃ……」
「そうよ。さっき彼は私と話をしていてお昼を食べ損ねたの。だから私は責任を取ってお昼を分けないといけないの。」
事実だが言ってほしくなかった。けれどももう遅い。ヒカリはさらに機嫌を悪くした。
「お昼……私が待ってる間にそんなことしてたんだ……」
言い訳はもうできない。ともかく今は、チハヤのおにぎりを食べさせてもらうしか選択肢はない。
「良かったら、ヒカリも一緒に来いよ。お前も分けてもらってさ、俺もヒカリの弁当食べたいしさ。」
ヒカリは納得いってなかったがそれでいいと言ってきた。3人はチハヤの席を目指して歩き出した。
チハヤの取ったギャラリー席。見えてきたレイジは驚きを隠せなかった。
「あれ? 2人とももう来てたんだ。早かったわね。」
「やっほーチハヤ。あれ? お友達?」
チハヤの席にいたのは、彼女と同じ開幕の生徒、そして彼女が昼に電話をしていた相手、モモカとハルカだった。
「うん。って言っても、今日この会場で会ったばかりだけどね。みんな準決勝進出して、この子は次の対戦相手。」
そういえばそうだった。次は4回戦すなわち準決勝。ヒカリとチハヤは、次の試合で対決する。それなのに一緒にご飯を食べるのもどうかと思ったが、ヒカリはこれでいいと言うのでレイジもそれでいいということにした。けれどもハルカがいるのは本能的に怖く、レイジは恐る恐る腰を下ろした。
ヒカリは1度自分の席に戻り、弁当箱を持ってきた。レイジが食べるかもしれないと思い、半分ほど残してあった。レイジは先にヒカリのお弁当に手をつけた。
「おおっ、美味しいぜヒカリ。全部食べてもいいか?」
ヒカリの表情が明るくなった。決して嘘を言ったわけではないが、大袈裟なリアクションをすればより喜んでくれると思い、恥を忍んで口に出した。
「も、もちろん! 少ないけど、食べて食べて。」
ヒカリは弁当箱をレイジに預けると、チハヤのおにぎりに手をつけた。美味しいが、自分の弁当のほうが美味しいに決まってる。彼女はそう思っていた。
「うわー、なんかイライラしちゃうなー。応援に来ただけなのにこんなの見せつけられるなんて。ねえハルカ。」
チハヤの学友モモカは言った。ハルカはじっとレイジを見つめる。能面を被っていても感じる突き刺さるような視線。レイジは何かをしたわけではないが、目を合わせることができなかった。
「不思議な人。どうしてそんなの被っているの?」
ヒカリは物怖じせずに聞いた。無神経なのか、レイジが敏感なのかはわからない。それでも能面の話がタブーだというのは、モモカの心の声を聞いてわかった。レイジは早く試合の呼び出しをしてほしかった。自分のでなくてもよい、直近の試合がコールされれば、ウォーミングアップをすると言って抜け出せるからだ。レイジは急いでヒカリとチハヤの弁当を食べる。食べ過ぎたあまりに試合に支障を来さないか心配されていたが、それ以前にレイジは不安と緊張で押し潰されそうだった。
午後の部の試合が始まり、レイジとヒカリは難なく3回戦を突破した。ベスト8ともなると残り選手も試合数も少なくなり、選手に休み時間を与えるためにも審判に就かない自由な時間が生まれた。レイジはぱぱっと弁当の購入を済ませにアリーナから出ようとしたが、チハヤが試合していることに気づくと足を止め、コートとコートの間に立って試合を眺めていた。
レイジの想像していた通り、チハヤのプレーは美しいものだった。緩急激しい動きをしているにもかかわらず無駄がなくそして崩されないフォーム、正確にコートの端に刺さるショット、相手の球を無視すればそれはアウトになる。まさに自身を最大限にアピールしているプレースタイルだった。
試合が終わると、レイジは思わず拍手をする。素直に称賛してくる彼に気づいたチハヤは、荷物を纏めると彼の元へ歩いていった。
「見ててくれたのね。あなたも3回戦突破おめでとう。」
自分が認めた相手に戦う姿を見てもらえたこと、そして拍手をしてくれたことが、チハヤにとっては嬉しいことだった。
「この後しばらく時間空くんだろ? 良かったら話を……」
誘いをかけている途中、腹の音が鳴った。レイジは自分の腹に手を当てると、チハヤはやっぱりかというような顔を見せ、鞄からエナジードリンクを取り出した。
「私の飲みかけで良ければ、あげるわよ。上に行けばおにぎりとか、余っているから良かったら食べにくれば?」
レイジは嬉しそうに受け取った。話を聞くとも言ってくれたし、彼はチハヤを尊敬したいと思った。
「でも、彼女はいいの?」
チハヤの目線の先を振り返ると、ヒカリが口を膨らませて睨んでいた。
「私のお弁当はいらないのに、その子のは食べるんだ。ふーん。」
「ち、違うんだヒカリ。お前のは、ちょっと少なかったから悪いと思っただけで、別に嫌だったわけじゃ……」
「そうよ。さっき彼は私と話をしていてお昼を食べ損ねたの。だから私は責任を取ってお昼を分けないといけないの。」
事実だが言ってほしくなかった。けれどももう遅い。ヒカリはさらに機嫌を悪くした。
「お昼……私が待ってる間にそんなことしてたんだ……」
言い訳はもうできない。ともかく今は、チハヤのおにぎりを食べさせてもらうしか選択肢はない。
「良かったら、ヒカリも一緒に来いよ。お前も分けてもらってさ、俺もヒカリの弁当食べたいしさ。」
ヒカリは納得いってなかったがそれでいいと言ってきた。3人はチハヤの席を目指して歩き出した。
チハヤの取ったギャラリー席。見えてきたレイジは驚きを隠せなかった。
「あれ? 2人とももう来てたんだ。早かったわね。」
「やっほーチハヤ。あれ? お友達?」
チハヤの席にいたのは、彼女と同じ開幕の生徒、そして彼女が昼に電話をしていた相手、モモカとハルカだった。
「うん。って言っても、今日この会場で会ったばかりだけどね。みんな準決勝進出して、この子は次の対戦相手。」
そういえばそうだった。次は4回戦すなわち準決勝。ヒカリとチハヤは、次の試合で対決する。それなのに一緒にご飯を食べるのもどうかと思ったが、ヒカリはこれでいいと言うのでレイジもそれでいいということにした。けれどもハルカがいるのは本能的に怖く、レイジは恐る恐る腰を下ろした。
ヒカリは1度自分の席に戻り、弁当箱を持ってきた。レイジが食べるかもしれないと思い、半分ほど残してあった。レイジは先にヒカリのお弁当に手をつけた。
「おおっ、美味しいぜヒカリ。全部食べてもいいか?」
ヒカリの表情が明るくなった。決して嘘を言ったわけではないが、大袈裟なリアクションをすればより喜んでくれると思い、恥を忍んで口に出した。
「も、もちろん! 少ないけど、食べて食べて。」
ヒカリは弁当箱をレイジに預けると、チハヤのおにぎりに手をつけた。美味しいが、自分の弁当のほうが美味しいに決まってる。彼女はそう思っていた。
「うわー、なんかイライラしちゃうなー。応援に来ただけなのにこんなの見せつけられるなんて。ねえハルカ。」
チハヤの学友モモカは言った。ハルカはじっとレイジを見つめる。能面を被っていても感じる突き刺さるような視線。レイジは何かをしたわけではないが、目を合わせることができなかった。
「不思議な人。どうしてそんなの被っているの?」
ヒカリは物怖じせずに聞いた。無神経なのか、レイジが敏感なのかはわからない。それでも能面の話がタブーだというのは、モモカの心の声を聞いてわかった。レイジは早く試合の呼び出しをしてほしかった。自分のでなくてもよい、直近の試合がコールされれば、ウォーミングアップをすると言って抜け出せるからだ。レイジは急いでヒカリとチハヤの弁当を食べる。食べ過ぎたあまりに試合に支障を来さないか心配されているが、それ以前にレイジは不安と緊張で押し潰されそうだった。
「あっ! あなたの名前どこかで聞いたと思ったら、カリンがよく話してたんだ!」
モモカはカリンと中学校まで一緒だった。それは隣にいる、ハルカも。高校は別々の今でも毎日メールのやりとりをするほどに仲の良いカリンはモモカに、レイジと会った日のことから何かある度に話をしているようだった。何の話かわからずチハヤは置いてきぼりを食らっている。カリンを、ヘキサフリートを知らないのも珍しいと感じた。彼女は特に上位ランクにこだわりはない。ランクそのものでなく個の実力を活かしているかが彼女にとっては気になるものだった。
「カリンは本当によく話してきてねー。結構意識しているみたいよ。」
みたい、ではなく事実だ。けれどもここでこれ以上話を深くするとヒカリの機嫌が悪くなるので適当に流した。どこかチハヤも不機嫌そうにしていたが、理由はわからない。追及するのも変な話なので、レイジは気に留めなかった。
「あいつとは別に。それよりそろそろ俺の試合が回ってくるからな。」
レイジは自分の試合のアップに向かおうとしたが、ヒカリとチハヤの試合が気になった。双方の能力と素の技術を照らし合わせると、想定される試合の流れはどうなるか……
考えたレイジは、荷物を持たずに下のフロアへ向かった。ヒカリには忘れているよと呼び止められたが、そこに置いておいてくれと言い残し彼は階段を降りていった。
しばらくしてレイジはヒカリたちの元に戻ってきた。
「おかえりレイジ。試合、頑張ってね。」
ヒカリは笑って声をかけてくれるが、彼女は何も知らない。
「俺の出番はまだ後になった。なんか相手にトラブルがあったらしくてさ。」
準決勝は本来レイジが先で、恐らく試合中にヒカリとチハヤの試合のコールが入る。しかし彼の準決勝の相手が予定開始時刻に会場に戻ってこれなくなり、後回しになったのだった。
「そうなんだ……あっ、じゃあすぐ私たちの試合だね。負けないから。」
ヒカリは試合が楽しみで仕方ない様子だったが、チハヤも同じだ。
「ええ。お互い精一杯戦いましょう。恐らくここが山場ね……」
チハヤは荷物を持ち、下のフロアへ向かった。下のコートはいくつか空いている。チハヤは特に使うつもりはないが、せっかくなので使いたいと思ったレイジはヒカリを誘った。
「ヒカリ、良かったらアップの相手になるぜ。コート使えるみたいだし。」
「本当? じゃあお願いしようかしら。」
ヒカリはラケット等を揃え、試合に向かう準備を終わらせた。
「よし、それじゃあ行くか。」
レイジは微笑みを浮かべていたが、内心は不安でいっぱいだった。
「いってらっしゃーい。でも、チハヤは強いわよ。」
モモカはチハヤに勝ってほしい一方ヒカリも応援している。ヒカリも緊張はしているが自信に加え励ましも受けて、不安な気持ちは抱えていなかった。決して過信ではなく、本当の自信だった。
それだけに、レイジは心配だった。
『女子マスタークラス準決勝第一試合、一ノ宮耀さんと大崎千迅さんの試合を行います。コート番号は……』
2人の試合のアナウンスが聞こえた。十分に体を温めたヒカリは、レイジにありがとうと言うと呼ばれたコートに向かった。レイジは彼女の姿を見送ると、ギャラリー席に戻っていった。
「あれ? 下で見なくていいの?」
レイジの元に、モモカがやってきた。選手しか下のアリーナ内に入れないため彼女は上から応援する他ないのだが、レイジは下に残ることができた。けれどもレイジは上に行った。
少し遅れてハルカもやってきたが、レイジはその存在に気づかず、モモカが気づいたのを知ってようやくわかった。彼女の心もまた、ヒエイ同様に読めない。元々の力なのか、被っている能面の影響なのかは知る由もなかった。
ハルカはモモカと違い手すりに寄りかからず、壁のすぐ前に立った。そんな後ろにいて見えるのかと疑問に思ったが、能面を被っている時点で見ずらいも何もないと思えた。
審判が全員揃い、ヒカリとチハヤはネットを挟んで主審の前に集まった。
「レイジはこの2人の対決、どう見えるの?」
モモカはレイジに聞いてみた。こういった解説、考察ができるのも、話しつつコートの全体を見れる上の階の利点だ。
「最初のじゃんけん。あれで勝敗が左右されると言っても過言じゃない。」
ヒカリの能力は自身がサーブをして1点を取ればそのまま一方的に点を取って勝つことができるもの。裏を返せば1点取らなければ始まらず、最初以外なら2点連続で取る必要がある。
だからこそ、最初のじゃんけんに勝ってサーブ権を取ることが重要で、そうすれば最初の1点を取るだけで試合に勝利できる。
とりわけ技術の差が大きい以上、貴重なチャンスを逃さず戦えるかがヒカリの勝利の鍵となるのは間違いない。
「へぇ。そういうことね……だとするとこの試合、チハヤに分があるわね。」
苦しい戦いになるのは、レイジは百も承知だった。
けれどもヒカリは、まったく想定していない不利対面に直面して崩されないかがレイジの心配なことだった。
だからこそ、瞳の力に頼らずこの試合の突破口を探したい、ヒカリに勝ってほしい。そういう思いがあるから、レイジは瞳の力を使った。
レイジの準決勝を後回しにしてほしい。ヒカリの試合が終わるまで待ってほしい。そう本部に頼み込んだがそうはいかなかった。だから彼は“悪夢の瞳”を使い、予定通り試合を進めたいという彼らの願いを叶わなくさせた。そしてレイジはこうして試合を見届けれらる。
絶対に勝って、優勝してほしい。レイジは強く願いながら、試合が始まるのを待った。




