22話 思わぬ邂逅
5月3日。世間はゴールデンウィークを迎え、家族または同僚で国内や海外旅行に行く人で溢れかえっている。レイジは部活動に所属する高校一年生ということで、連休の大半は練習と試合で消化されてしまう。
それが嫌というわけではない。むしろ充実した過ごし方だとさえ思える。去年までの、ドリームアカデミーに通っていた頃のレイジは、どこにも出かけず家に閉じ籠っていた。ゲームやネット三昧だというわけではない。大企業の後継者として勉学に励む日々だった。去年まではそれで満足していたが、やはり自由に人とふれあうのも楽しいものだ。あの街に帰れば二度と味わえないであろう人と関わる日々は、レイジの考えを大きく変えた。以前通りのままだったならば、とっくに退部していただろう。
そして今日はゴールデンウィークの中でも特別な日だ。レイジの新住居、小御宿町の隣町、いすみ崎市のスポーツセンターで開かれる市民大会の開催日。参加者は市民と市内に在学、在勤している人に限られており、レイジとヒカリは出場できる。優勝すれば景品として遊園地のチケットが手に入る。
一応試合は男女別ではあるが、中学生以下のジュニアクラスとそれ以外のマスタークラスというように分けられてしまっているので、高校生の彼らは大人と戦う可能性もある。連休中というのもあって都合がつかず、レイジの部活仲間はほとんど出ていない。つまり、出場者の大半がレイジの知らない人だった。
試合形式は男女シングルス、ダブルスそして男女2人でペアを組むミックスダブルスの10種類で、出場できるのは1つだけ。参加者の最も少ないミックスダブルスにエントリーすれば優勝できる可能性は最も高いのだが、部活の公式戦ではミックスダブルスよりシングルス、通常のダブルスのほうが重要になるのでほとんど練習できず、まだうまく連携がとれないので今回は諦めた。
出場者の定員は各部門につき32人。一部棄権した人がいてシードを獲得している人もいるが、レイジが優勝するには5回勝たなければならない。
トーナメントなので、準決勝以外で負ければもうおしまいだ。それはヒカリも同じだったが、彼らにとっては2人のどっちかが優勝すればいいのだった。景品のチケットはペアチケットで、最低でもどちらが手に入れられれば2人で行くことができるし、2人とも優勝すれば2回行くことができる。
レイジもヒカリも高校始めの初心者で、他の選手に比べて圧倒的に実力と経験が劣っていた。そして1日に5試合もシングルスができるほど体力もついていない。しかし彼らは優勝する自信があった。
実力も経験の差もすべてひっくり返してしまう力、選ばれた人にのみ開花しランクとして評価されるその力を持つ者である2人は、これまでの試合で徐々に武器を磨いていった。
レイジの武器は読心術。相手の狙った球種やコース、打った後の動きと考えを読み、隙を狙って打ち返す。それを日頃から続けているため、相手が打ってからレイジが動くまでの時間は極限まで短くなり、様々な球を打ちラリーの主導権を握ることで基礎能力もメキメキ上がっていった。
それでも太刀打ちできない、日本代表クラスになるともう1つの能力、“悪夢の瞳”を使う。これさえ使えば、能力の効かないか本当に勝ちたくないと思っている相手でなければどんなに強い選手にも勝てる。市民大会程度の規模なら、瞳の力を使ってもそれほど負担がかからない。
一方でヒカリの能力は、21点2ゲーム先取のこのルールにおいてはレイジ以上に凶悪だ。
1度起きた事象を繰り返す、ヒカリの能力“ビギニング・オブ・フィナーレ”。
これはバドミントンにおいてはサーブ権を取った状態で得点すると、その事象を繰り返すだけで一方的に点を取り続け勝ってしまう。
バドミントンは最初のサーブ権をじゃんけんで決めてからは得点した人にサーブ権が渡る。21点を先取したら、次のゲームはその人にサーブ権が渡る。
相手がサーブを打ったラリーで点を取っても、次はヒカリにサーブ権が渡るのでその事象はルール上繰り返すことができない。つまり、ヒカリが勝つためには2連続で相手から点を取る必要がある。相手に21点取られる前にヒカリが2連続で得点すれば、そのゲームはおろか試合自体ヒカリの勝利が確定する。
2連続で得点する、という条件はあくまでゲーム中の話。最初のじゃんけんでヒカリにサーブ権が渡り、最初の1点を彼女が取ってしまえばその後はずっとヒカリが得点し続ける。最終的には21-0すなわちラヴゲームの出来上がりだ。
レイジでさえもヒカリに勝つのは苦労する。じゃんけんは絶対に勝てるが2連続得点されてしまえばまず負けが確定する。そうなると心を読んでも絶対に点を取れない。
敗北へのループを破るには“悪夢の瞳”を使う他はない。レイジが対戦して1番消耗するのは、上級生でも経験の長い同級生でもなく、能力を持ったヒカリだった。
けれども今日はヒカリとは戦わず、むしろ優勝してもらいたいので仲間としては非常に頼もしかった。
そして今も、午前の部の試合をすべて終え、午後からの3回戦に備えていた。
「お疲れ、レイジ。ご飯食べよ。」
ヒカリは2回戦を終えギャラリー席に戻ってきた。結果は圧勝。能力が周りに知られようと対策は困難極まりないので、なるべく早く試合を終わらせて後の試合に体力を残しておくのが賢明と思えたから、早々に能力を使用しゲームエンドに持ち込んだのだった。待っていたレイジは財布を取り出した。出場者の少ない部門は決勝戦を予定通りの時刻に行うために開始を遅らせている。どこに出ていようと午前の部で負けてしまえばもう試合はできず審判に回るので、要綱には昼食持参と書いてあったがレイジは持ってこなかった。
ゴールデンウィークとなると海の仕事も忙しくなり、弁当を作ってあげる余裕はなかったようで、自分で作ることもできないレイジは昼休憩の間で適当にコンビニで済ませようと思っていた。
「あれ? レイジお弁当持ってこなかったの? 言ってくれればレイジの分も作ってきたのに。」
今から買いにいくとヒカリを待たせてしまう。今回は仕方ないが、次からはそうしてもらうほうが良いとレイジは考えた。
「そうか。じゃあ、今度からはお願いする。悪いけど今日はコンビニで買ってくるから、少し待っててくれ。」
レイジが買いにいって戻ってくるのを待つくらい、ヒカリにとっては気にならないことだった。ご飯を作ってほしい。そう頼まれたのが嬉しかった。
「いってらっしゃい。」
ヒカリはレモンのキャンディーが食べたく、レイジが買い物に行くなら一緒に買ってきてと頼みたかったのだが気が引けて言えなかった。けれども心の読めるレイジには彼女の意思は伝わっている。ついでに買ってきて、何も言われる前にすっと渡せば喜んでくれるだろうと思い、レイジは頭に入れてコンビニに向かった。
ギャラリー席から降りてアリーナの前を通ると、貼ってあったトーナメント表の線が赤くなぞられている。レイジの線が伸びているのを見て、勝ち進み状況だと確信した。
レイジはいくつか先にある女子シングルスの表を見に行った。表の前にはオレンジ色の髪の女の子が立っている。彼女は次の対戦相手を確認しており、心の声で彼女のトーナメントの位置がわかった。レイジは名前を見ようと覗き込むと、思わず声を上げてしまった。パンフレットにあった出場選手の情報。学生ならば名前と所属校が載っている。そのときに見た彼女は開幕の、ハルカと同じ学校の生徒だった。
開明教育学園幕合高校、通称開幕。島の中でも指折りの名門私立高校。とはいえ、地域ごとに進学校が決まっている公立高校は偏差値などなく、私立への進学意識は高いわけではない。成績優秀者がそこばかりに集まっているというわけではない。レイジの知る限り、トシヤとセツナは偏差値的に開幕生と同等だ。
気になったのはそこの学生がこんな所にいることだった。他校の学生は市民しか参加できないこの大会に出ているなら、住まいはこの市のはずだ。このいすみ崎市自体は広いが、最も高校に近い駅から乗り換えがスムーズにいっても電車で1時間半はかかる高校に通っていることになる。学生寮を利用しているのだろうか。そしてそれ以上に驚いたのは、彼女の電話中の言葉だった。
『あ、もしもしモモカ? チハヤだけど、午後の試合は予定通り1時20分からよ。ハルカもいる? うん、待ってる。席? 席は……』
名前だけだが、心の声を聞いて間違いないと確信した。常に能面を被り歩く、開幕生の一年生、ハルカ。かつてのカリンの級友であり、底知れない力を持つ少女。彼女とこの子は知り合いで、今からこの町に、この会場に来るということを。
『うん、うん。じゃあまたね。』
チハヤは電話を切ると、隣で呆然と立ち尽くすレイジに気がついた。
「あらぁ? あなた、もしかして……」
チハヤはレイジの顔を覗き込み、首を傾げた。そして、勝ち上がり状況を記入した自分のパンフレットを開き、男子シングルスマスタークラスのページを開いた。
「やっぱり、三門玲司ね。小湊原高校の。」
チハヤはレイジの2回戦の試合の審判を務めていた。男子、女子等の使用するコートの区別はなく、試合が終わり空いたコートに適宜試合を入れていく仕組みだ。試合が終わればそのコートで行われる次の試合の審判に就く。チハヤは2回戦を勝ち上がり、レイジの試合の線審に入っていて試合の姿を見ていたのだった。
「どっ、どうも……」
レイジは距離を置きながら返事をした。チハヤはヒカリと同じBランクだが、ハルカの知り合いというのを知ってしまったからか気圧されてしまった。
チハヤは再びパンフレットを開くと、女子シングルスのトーナメント表を見た。
「あなたと同じ学校の一ノ宮耀……私と当たるのは準決勝ね。」
チハヤはヒカリがレイジと同じ高校の生徒だと知ると、自分と彼女の位置を調べた。彼女の言う通り、チハヤとヒカリは4回戦、次の次の準決勝で対決する。チハヤはすでにヒカリの試合も見ているようだ。もっとも、1回戦から5点以内の失点だけで1ゲームを先取し、2ゲーム目を無失点で勝利している、過去の試合データのない選手がいて目立たないはずがないのだが。
「あなたの戦い方……私に似てるわね。」
相手の心を読んで返球体制に入るレイジの戦い方が、チハヤの戦い方と似ている。彼女はそう言った。
チハヤの能力は風の動きを読むこと。どんなに微弱な風でも感じ取り、シャトルの速さ、コースそして落下点を瞬時に計算する。逆にある一点を狙うために必要なラケットの勢い、面の向きを計算しその通りに打つ。
攻防ともに優れた能力であるが、彼女の場合は素の実力も高い。レイジは打ってくるコースを読んでも、それは相手の狙いであってそこに正確に飛んでくるとも限らない。意図せず打たれたフレームショットに、レイジは何度も崩された。
その点チハヤは打つ直前に計算するから、ギリギリのタイミングでのショット変更や打つまで相手もわからないフレームショットにも対応できる。
能力の性質に加えて元の実力の高さから、レイジより遥かに強い選手だ。ヒカリが1点も取れずに負けてしまう可能性も十分にある。さすがは名門私立高校の生徒か。能力を最大限活かせる分野に力をつけた人なら、たとえBクラスでも破格の存在になりうる。
彼女のすごい所は、それほどの力を持っていながら傲らないことだ。レイジやヒカリのように生半可な心意気ではない。自分の力を試し、どんな相手にも全力で挑むその姿が、彼にはとてつもなく大きく見えた。
「でもあなたたちの実力なら、家の部内でも上位に入れるわよ。」
チハヤはレイジやヒカリの実力を認めている。彼女はしっかりと出場選手のことを見ているのだから。いずれは自分より強くなるかもしれない、今日の試合でも勝ってくるかもしれない。そう感じられるからこその評価だった。そして2人が優勝景品を獲り、一緒に遊園地に行こうとしているのではないかとも想像していた。
「じゃあね。午後の試合でまた会いましょう。彼女との試合、楽しみにしているから。」
そう言い残し、チハヤはギャラリー席へ続く階段を上っていった。
レイジはふとスマホを開き時計を見ると、10分以上ここにいてしまい昼休みは残り15分を切っていた。
「ヤバいな……」
もうコンビニに行って帰ってくるのがやっとで、食べている時間はない。レイジは審判に就いて次の試合の番がやってくるまでの間に買いにいって食べるしかなくなった。
「あっ、お帰りレイジ。あれ? お弁当は?」
レイジはそのまま席に戻っていった。
「あー、食べたいって思う物がなくてな……後でまた考えるわ。」
ヒカリは弁当を分けようかと言ってきたが、食べ損ねたのはレイジ自身のせいだ。それほど多くない、一般的な女子高校生の食べる量しかない物を分けてもらうのは申し訳ないし、次からの試合、特にチハヤとの試合でエネルギー不足になってもらいたくはなかった。




