21話 あっという間の長い夜
「ただいまー。あっ、お邪魔してます、お父さん。」
バイクに乗ってコンビニへ行ったレイジとヒエイはようやく帰ってきた。さっきと同様、セツナの能力で描いた錠をヒエイの手で破り、ノックもせずにドアを開けて入り込んできた。
「随分と遅かったですね。それと、あなたのお父さんじゃないですから。」
あまりの遅さに心配していたようだったが、ちょっとアレな雑誌を立ち読みしていて遅くなっただなんて正直には言えなかった。不安だった一方で、何か買ってきてくれたのかと期待しているようだったが、食べ物は自分たちの分しか買ってこなかった。
しばらくして母親が風呂を上がった。父親は順番を譲ってくれたので、レイジとヒエイは先に入ることにした。
「言っとくがお前たちの分はないから勝手に食べるなよ。」
なんて言うとセツナと口論が始まり、本気で食べようと考え出したので食べられないよう風呂の中まで持っていくことにした。
2人が風呂に入ってしばらくした後、ヒカリたちは話を再開した。
「それで、さっきの続きなんだけど……つまりセツナは、レイジのことを異性として意識しているわけじゃないのね?」
「当たり前です! あんな男……でも、いつまでもヒカリが思い切りがつかなければ、私が貰われにいっちゃうかもしれませんね。」
「そ、それは駄目ぇ!」
「心配いりませんよ。仮にヒカリがあいつと付き合ったとしても、私たちは親友です。もちろんミライも。なんならあいつも私たちのグループに入れてもいいと思いますよ。あのヒエイだって、一応は長袖劇団の一員ですしね。」
「そう……ごめんね、セツナ。私……」
「まったくですよ。どこまであいつに依存してしまっているのですか? 釘は刺しておきますが、今夜何かあっても私は知りませんよ。とばっちりを受けるのが目に見えているので。」
「……なんて会話してたりして。」
「レイジ……本当に人の心が読めてるのか?」
「まあな。ヒエイくらいになら話してもいいと思ったから言うけど、俺の能力は心を読むことだ。ただし、能力を使って幻影状態になったお前の心は読めないけどな。」
心が読めるなんて能力があることなんて、大々的にアピールできないのだから、認めた人にだけその能力を明かす。特にヒカリに能力を知られてしまうと、ヒカリは自分の考えが筒抜けだと気づいてしまう。知られたくない想いを抱えている心を傷つけるのは間違いないし、カリンやイブキ、トシヤにも似たことが言える。一方能力を無効化できるヒエイに明かしても、本人は困らない。他の人に安易に広めたりしないと見込み、レイジはすべてを打ち明けた。
「心が読める、それって辛い能力だな。自分が他人にどう思われているか、わかっちまうんだから。俺だって、バイクに乗ってすっ転んだときの周りの目がすんごい嫌だったからな。」
ヒエイが考えていることはわからないが、おそらくはレイジの家の近くでの出来事だろう。泥棒をバイクで追いかけたがイブキにダッシュで追い抜かれ、何もできなかったうえに転んだところをセツナに見られた。以来セツナはヒエイを笑っているということを、彼女の心を読むことで知ることができた。
「だからこそ俺は、人の心を傷つけたりしない立ち回りを身につけたし、傷ついた人を救ってあげることができた。もう一つの能力さえなければな……」
心は読めないが、今ヒエイの考えていることはわかる。
「わるいがこっちは誰にも教えることができない、知られちゃいけないんだ。」
「……もしレイジと同じ、心を読める能力をもつ奴がいたら、どうなるんだ?」
「俺の心を覗いたら……まずそいつは発狂するだろうな。俺の過去を知ったなら、二度と記憶から消えない闇を抱えて生きることになるだろうな。」
ヒエイは黙り込んだ。考えていることはわからないのは本当に厄介だ。真に受けているのか、避けているのかは表情でしかわからない。目線がブレる様子はなかったので、まず後者ではないだろう。その後突然立ち上がったヒエイの口から出た言葉は、とても意外なものだった。
「闇を生きる者……そうか、ならば俺はレイジ、お前を追いかける、いや追い抜く! 闇を切り開くのは俺だ!」
ヒエイが何を言っているのかレイジには色々な意味でわからなかったが、レイジのことをあまり重く暗く捉えていないのだろうというのは感じられた。
「お前が過去に何をして、それに苦しんでいたとしても、この島での今のお前は、未熟なヒーロー三門玲司だ。お前が過去を忘れたければ忘れればいい、向き合いたければ向き合えばいい、どっちを選ぼうと、その道を行くのはお前なんだから。」
そうか。どんなに悩んだって、この能力を手放せるわけではない。勝手に発動してしまうものでもないのだから、もう使わければいい。余計に人を傷つけないことが、レイジのできる精一杯の償いだ。
もしあの街に戻って戦わなければならなくなったら、逃げずに戦えばいい。この街の誰が味方になり、誰が敵になろうとも、逃げてはいけない、向き合わなければならない。
どうなろうとも、決めるのはレイジだ。周りが何を望んでいようと、レイジは自分で道を選ぶ。
「そうだな。俺がこの島に来て、決めたことはただ一つ。誰かを助ける、そのために俺はここにいるってことだ。」
「そうか。だったら俺は、いつかお前を超えてみせる。必ずだ……」
「いつでも受けて立つ。けど、お前は俺の大事な仲間だ。」
「困ったときはお互い様ってことか。それじゃあレイジ、早速勝負といこうか。」
ヒエイはまだ話さなかった。カリンの過去、彼女にとって思い出すことすら苦痛な存在のことを。そしてこのことは話すべきそのときまで知られないよう、常にレイジに心を読まれるのを防がなければならないと考えた。
「あの2人、いつまで入っているのかしら? ケーキ食べちゃうわよ。」
「確かに遅いですね。お父さん、ちょっと見てきてください。」
父親は浴室へ行ってしばらくすると戻ってきた。2人は逆上せていたようで、廊下に寝かせてきたようだ。
「まったく、人の家で何をやっていたのですか。いっそのこと外に出ていったほうが早く治るんじゃないですかねえ。」
なんだかんだ言って水を持ってきて団扇で扇いでくれるセツナ。全裸にタオルを巻いただけの男子を見れないのか、一切目は合わせようとしなかった。一方でヒカリは来なかった。恥ずかしがっているのかと思ったが、どうやら風呂で逆上せたくらいでは心配してくれなくなってしまったらしい。
「……ようやく気がつきましたね。まったく何してたのですか。」
「う……セツナか……そのパジャマ可愛いな……」
「な!? そ、そんなことどうでもいいです! 目が覚めたのならとっとと着替えてください!」
セツナは2着のジャージ上下を床に叩きつけてリビングに戻っていった。
「……おい、これだけじゃないだろ。浴室にビニール袋があるからパンツ取って持ってきてくれ。」
「嫌ですよ! とりあえずそれだけで我慢してください。」
意識こそ取り戻したがうまく頭が回らない。レイジとヒエイはいきなり起き上がると、2人でセツナに詰め寄った。
怒鳴り声と悲鳴が聞こえ、慌ててやってきたヒカリが見た光景は犯罪現場そのものだった。1人の少女が壁に追い詰められ、バスタオル姿の男2人が取り囲んでいる。男たちはパンツパンツ言っていて、セツナはもう許してくださいと泣いて謝っている。
「あ、ヒカリ、助けてください! パ、パンツ、パンツを……」
目を真っ赤にして頼み込んでくるセツナに気圧され、ヒカリは慌てて取りにいった。しかし勘違いしたヒカリが持ってきたのはレイジたちのではなくセツナの、それも普段は履かないものだった。
「セ、セツナ……これで……」
「私のじゃないですよおお!」
結局レイジとヒエイは自分たちで下着を取りにいき、セツナが持ってきた寝間着に着替えた。ヒカリは2人に説教し、ケーキと買ってきたお菓子を全部あげるというお詫びで許しを得た。
「さて、そろそろ寝ないといけませんね。ヒカリ、せっかくですし一緒に寝ましょう。」
「う、うん……ねえ、せっかくだし、みんなで……」
「……はあ、わかりましたよ。ヒカリがそれでいいなら私も我慢します。」
4人はセツナの部屋ではなくリビングで寝ることになった。セツナがどうしてもレイジとヒエイを部屋に入れたくないようだ。
「え、男女一緒の部屋っていうのはまずくないか?」
「別に私たちは寝ませんし。寝たかったら廊下に出てください。」
レイジはセツナの言葉を無視して電気を消した。なにやら怒っているが、電気を付けることはしなかった。しばらくした後、ヒカリは布団を出て立ち上がった。そして移動し、もぞもぞと布団に潜り込んでいった。
(レイジの匂い……)
ヒカリは背中に密着するように寝転がり、背中を撫でたり顔を擦りつけたりしつつ、いつの間にか眠りについた。
(なんだよこれ……我慢できっかよ……)
「……朝、かな……おはよう、レイ……」
翌朝一番に目を覚ましたのはヒカリだった。体を起こして横を向くと、そこにはレイジではなくヒエイがいた。もしかして一晩中背中にくっついていたのはレイジではなかったのではないか、そう思い始めたヒカリは恥ずかしさに耐えきれず叫びだした。その声で3人は目を覚ました。
「何!? どうしたのヒカリ!」
「……朝からうるせーな……どうしたんだよ。」
レイジとセツナはヒカリが場所を移動してことに気づき、ヒエイはまだ起き上がっていなかった。
「ふーん。ヒカリ、お前、無意識の内に寝場所変えてたんだな。それも昨日初めて会ったヒエイの横に。見損なったよ。」
「ち、違うの! 私は、レイジだと思って……だって匂いが……」
「匂いって……きゃっ! あなたたちなんでワイシャツなんか着てるんですか! すっごく臭うんですけど!」
それはそうだ。レイジはヒカリが潜り込んでくることを知っていて、昨日ずっと着ていたワイシャツを一晩中着るようヒエイに頼んだのだから。お泊まり会のことをバラされるなら、こちらも弱みを握ればいい。ちなみにレイジは昨日買ったばかりのワイシャツを着ていた。というより、既に着替えを済ませていた。
想い人と一つ屋根の下で夜を明かしたのに、別の男の隣にわざわざ移動して寝たということをバラせば、ヒカリは浮気者だの二股女だのと言われ放題にできる。すべてが思い通りにいき、レイジは内心ガッツポーズを決めていたが、一晩中ドキドキして碌に眠れなかったヒエイはかなり虫の居所が悪くなっていた。
「えっと……実はだな……」
「そうだよな、俺なんかよりヒエイのほうがよっぽどいい奴だよな。いいんだヒカリ、お前が誰を好きになろうと俺には関係ない……関係ないんだからな……」
「う……うわああん! お邪魔しましたあ!」
ヒカリは鞄を持ち、着替えることも忘れて部屋から出ていった。忘れ物に気づいたセツナが呼び止め、ヒカリを落ち着かせようとしたが、着替えと荷物整理だけ落ち着いて済ませたヒカリはご飯を食べずに家から出ていった。
「……で、あなたたちは何をしたのですか?」
「悪いが俺はもう出発しないと間に合わないんで失礼するよ。レイジ、とりあえずワイシャツは返す。後はお前が責任とってなんとかしろ。」
「お前たちが昨日、一緒に洗濯しないでって言うからワイシャツ洗えなかったんだよ。臭くても仕方ねえだろ?」
「それがなんなのですか! ってシーツ、シーツに臭いが付いちゃいます! 早く洗わないと!」
セツナが部屋に戻った隙に、レイジは2人分の朝ごはんを食べにいった。ヒエイは事前に朝ごはんは要らないと言っていて、ヒカリは食べずに出ていった。ヒエイの言う責任とはこのことだろう。
「あら、おはようレイジくん。これ、レイジくんとヒカリちゃんのお弁当ね。持っていってあげて。」
軽くお礼を告げたけれども、中身の同じ弁当を学校で2人で食べるわけにはいかない。これは両方ともヒカリに朝昼飯としてこっそり渡すのが得策だと考えた。
「セツナ、あなたはご飯食べないの?」
「今行きます! あの男のせいで大変なんですから!」
「ごめんなさいね、朝から騒がしい娘で。」
「いえ、ちょっとシーツ汚してしまって、パニックになってるだけですよ。」
「レイジくんも、そんな急いで食べなくても大丈夫よ。いざってときは車で送っていってあげるから。それにしても、よく食べるわね、育ち盛りの男の子は。あの子なんか、いつも何か残してばっかりで。」
「昨日娘さんたちにケーキだけじゃなく買ってきたお菓子まで食べられましたからね。お腹空いて仕方なかったんです。」
「まったく、あの子は……ありがとね、なんだかんだ言って、昨日のセツナ、とても楽しそうだったわ。またいつでもいらっしゃい。」
「ええ、今度は娘さんの部屋にも入らせていただきます。それでは、ごちそう様でした!」
ヒカリが目を覚ます少し前に目を覚ましたレイジは、着替えと荷物整理を済まし玄関に鞄を置いておいた。食卓を後にしたレイジはそのまま玄関に向かい、2つの弁当をしまって家から出た。
家を出てすぐ、レイジは違和感に気づいた。一旦家に戻りセツナと両親に尋ねてみるが、誰も知らないようだ。
「またヒカリが上着持っていったのか? それともヒエイか? 仕返しのつもりか……」
教室に着くとヒカリがレイジの制服の上着を着ていて、なんで来ているのだとか昨夜何があったのだとか問い詰められることになってしまった。




