20話 長い夜の始まり
「……そういうことだったのね。」
「聞いてた話と全然違ってたわ。ごめんね、レイジ。」
「悪いのはすべてこいつだ。」
セツナの母親と4人はリビングに集まり夕食を共にしていた。セツナもやっと気持ちが落ち着いたようで、しばらく母親に抱きついていた後、席について母親に寄りかかっていた。
母親の言い分としては約束をしたのに家に入れなかったのと、家に入られたくらいでラケットで殴りかかっていったのも悪いというのがあり、両成敗という結論が下され大ごとにならずに済んだ。
「それで、レイジくんはどうして家に来たのかしら? おばさんに相談してくれてもいいわよ。」
「実はヒカリを傷つけることを言ってしまって、頼れそうな人に聞いてみたんです。」
「私最初は断ったのよ。でもヒカリのことだって言われたから……」
「そう……で、そのヒカリちゃんはここにいるわけだけど?」
ヒカリに居場所がバレるのは仕方がないとしても、相談のことはバレてはいけなかった。居留守を使って追い返すべきだったのだが、特殊な玄関のせいで家に入られてしまった。とはいえヒカリの悩みが一応解決できたので、そのことをうまく伝えてこの話を終わりにしようと考えた。
「ヒカリは俺に誤解されたと思って悩んでいたけど、それは気にしてないよって形で解決しました。結局2人には相談しなかったわけですが、解決に協力してくれたのは確かです。セツナ、ヒエイ、ありがとな。」
セツナとヒエイは、もうこりごりだという顔をしていた。
「ごちそう様でした。美味しい夕食をありがとうございました、お母さん。」
「レイジくんの母親になった覚えはないけど……またいつでもいらっしゃい。セツナもそろそろ料理くらいできるようになりなさい。」
「私はいいもん。絵だけで生きていけるようになるから。」
セツナは絵を描くのが好きだ。小さい頃からずっと絵を描いていて、能力が芽生えたのもこれが理由なのだろう。美術部には入っておらず、放課後は自由に絵を描いていることが多い。人物画より風景画が好きだから、描いた人間を実体化させることはできないのかもしれない。
「そんなこと言ってたら恋人なんかできないわよ。レイジくんとヒエイくんだって、料理できる女の子がいいでしょ?」
「「結婚するなら料理できる人だけど、好きな人のために手をボロボロにしながら頑張ってお菓子やお弁当を作ってくれる子が素敵だと思います。」」
ヒエイの心は読めず、仮に読めたとしても言葉を合わせる必要はないのだが、なぜか一字一句同じ意見が出た。
一方ヒカリは自宅での時間をすべて歌の練習関係に費やそうとしていたのを料理にも費やすべきではないかと悶々としていた。
「それで……3人は泊まっていくの? ヒエイくんは家遠いんだっけ? 明日は学校休みなの?」
泊まっていくという言葉が出た瞬間、セツナの顔が強張った。しかしレイジとしては、自宅だろうとセツナの家だろうと学校からの距離の差はそれほどないので、このまま泊まっていくほうが楽だと思っていた。レイジは賛成一筋だったが、ヒカリは悩んでいてヒエイはわからない。
「明日早く出れば学校間に合います。結構な距離走るので今夜寝かせてくれなかったら自分は帰ります。」
ヒエイの返事は振りなのか本音なのかわからない。本音と捉えたセツナは男子2人を追い出そうとした。
「寝かせないに決まってるじゃないですか! 私とヒカリで一晩中お話していますからね。明日寝坊したくなかったら、そいつを連れて帰ってください。」
「大丈夫だヒエイ。朝ちゃんとセツナがキスして起こしてくれるから。」
「き……キス!? するわけないじゃないですか! 本当に変態的な発想力ですね! 聞きましたか母さん!? これがこの男の欲まみれの本性ですよ!」
さっきまでの敬語キャラを演じるヒカリからは出てこない台詞だろう。ただ優等生っぽくしたりクールぶって罵倒したりするのではなく、事あるごとに思いっきり動揺して叫び出す振り回され敬語キャラのほうが、見てて和むし揶揄うと面白いと感じた。そこに敬語の必要性はあまりなく、希少性や斬新性があるだけだと気づいたレイジは、いつもの素のヒカリのほうが理想の振り回されキャラによっぽど近いことに気づいた。
「多数決にしよう。といっても、ヒカリの判断次第だ。ヒカリが泊まるって言えば全員泊まっていく、泊まらないって言えば全員帰るってことで。」
「それじゃあヒカリだけ泊まっていくっていう選択肢がないじゃないですか!」
「当たり前だ! 仲間外れなんて許さねえからな!」
「そうだそうだ! 俺だけこんな暗い外を1人で帰るなんて可哀想だと思わないのか!?」
「やめて! 近づいてこないでえ!」
逃げ出したセツナをレイジとヒエイは追いかけて、3人はそのまま部屋の外に出ていった。食卓にはセツナの母親とヒカリだけが残された。
「……お久しぶりね、ヒカリちゃん。学校はどう?」
「レイジは、入学したときから私たちのこと知っていたみたいです。誰にも話しかけられずに困っていた私に、真っ先に話しかけてきてくれて、友だちになってくれて……」
「あら〜いいわねえ、そういうの。今は付き合ったりしてるの?」
「い、いえ、まだそんなんじゃ……」「助けてくださいお母さん!」
セツナたちは部屋に戻ってくると、今度は食卓の周りを走り回り始めた。さすがにうるさ過ぎたようで、3人はセツナの母親に説教を受けた。ヒカリは顔を赤らめて俯いていた。セツナはヒカリの様子が変だと思い話しかけたが、両手で顔を隠し頭をブンブン振っていた。
「それで、どうすることにしたのかな?」
ヒエイはレイジを見て、レイジはヒカリを見た。ヒカリも2人と同じ方向を向くが、答えを聞きたい相手はヒカリだ。
「いや、お前の返事を待ってたんだろ!? 泊まるって言え!」
「そいつの言葉を聞いちゃ駄目ですヒカリ! さもないと私たちの純潔が奪われてしまいますよ!」
セツナの言ったことを想像したヒカリは、さっきとは比べ物にならないくらい顔を赤らめた。
「もう、ヒカリがこんなんになったのはあなたのせいですよ! 責任取れるのですか!?」
明らかにセツナの余計な一言のせいだと思ったが、また口論を始めると今度こそ母親に追い返されそうなのでやめておいた。しかしレイジは気づいた。ヒカリがたった今考えついた、とんでもなく面倒になる策に。
「よし帰るぞさあ帰るぞすぐ帰るぞ、お邪魔しましたー。」
レイジは突然部屋から出ていこうとした。ヒカリは明日、クラスの女子にレイジと泊まりにいったことを話す気だ。そうなってしまうとレイジとヒカリは学校公認の恋人同士に思われてしまう。そして段々と話が広まっていき、過剰に風評被害を盛られていくのは目に見えている。レイジはこれ以上悪評を広げないためにも、今すぐに帰るしかないと考えたのだった。
「よっし、ごめんなさいねヒカリ。お泊まりはまた今度」「セツナ、おばさん、私たちを泊めていってください。」
ついに言い出してしまった。こうなってしまってはお泊まりルートまっしぐらだ。
「そっかーじゃあ悪いけど俺は帰るんで……」
「何水臭いこと言ってるのよ、せっかくなんだしみんなで泊まっていけばいいじゃない。」
「お母さん!? ヒカリだけ泊まっていくってことじゃないの!?」
「んー、ヒカリちゃんはどうなの?」
「れ……みんなと、お泊まりしていきたいです……」
しばらく沈黙が続き、ことを察したセツナは諦めてリビングを去り自室へ向かった。
「ヒカリの分の寝間着と着替えはこれで……下着とかもこれで大丈夫ですか?」
女子2人は先に風呂に入ることになり、その間男子2人は母親の監視の下リビングで待機していることになった。もちろんレイジたちも着替えを持ってきていないので、下着等とついでにお菓子を買いにバイクでコンビニへ向かった。
「ふー、気持ち良かったー。おばさん、ありがとうございました。」
「あら、もう上がったのね。2人は今コンビニ行ってるわ。」
「道理で静かだと思いました。いつ覗かれるかわかりませんからね。せっかくのヒカリとのお風呂だったのに。」
「そろそろお父さんも帰ってくる頃ね。私も先に入ってこようかしら。アイス食べてていいわよ。」
セツナの母親が風呂に入っている間に、玄関をノックする音がした。ノックがあったら何かしら返事をしてあげてと言われていたのでその通りにすると、セツナの父親が帰ってきた。事情は全部聞いていたようで、ケーキを買ってきてくれていた。
「ありがとうございます、お父さん。あの2人はきっと自分たちの分しか買ってこないでしょうね。後で私たちもコンビニ行きますか?」
「でもちょっと遠いんじゃない? バイクで行ったんだし、今連絡すれば買ってきてくれるかも。」
「あの2人を迂闊に頼りにしては駄目ですよ。多少遠くても自転車で行くのが賢明です。」
ヒカリはヒエイとはあまり話したことはない。まともに話したのは今日が初めてだ。セツナは以前ヒエイに助けてもらったことがあるらしいが、あまりいい印象をもっていないのが不思議に思えた。
「ねえセツナ、セツナはあの2人のこと、どう思っているの?」
「どうって言われましても……ヒエイは悪い人ではないと思うのですが、かなり頭がおかしいです。ヒーロー気取ってますし。あ、これは去年の話なのですが、この近くでひったくりが出たんですよ。それでヒエイがバイクに乗って追跡したんですけど、イブキさんが走って追い抜いて捕まえて、結局ヒエイは何もいいところなかったんですよ。そのときのヒエイの顔が、もう本当に面白くて、あれからライバル意識してるみたいですよ。」
「やっぱり凄いわねイブキさん……知ってた? レイジがイブキさんの家に住んでいるってこと。」
何も知らなかったセツナは持っていたフォークを落とし、信じられないという顔をしていた。
「え、ええ!? どういうことですかそれって!? ヒカリ、詳しく教えてください!」
ヒカリは以前イブキの教室で聞いたレイジの真相をセツナに伝えた。勝手に他の人に教えてもいいのか悩んでいたが、どうしても話さずにはいられなくなった。
「なるほど……なんかもう、想像の斜め上で全然飲み込めてませんが、あいつもかなり苦労していたんですね。」
「それで思ったんだ……もし私が最初にレイジに会っていたら、どうなっていたのかなあって。」
「……つまりヒカリの望む世界ってこういうことですね。」
セツナは今までのヒカリの発言を基に絵を描き始めた。
「……ち、違う! 私こんなの!」
望んでない、とは続かなかった。セツナが描いたのは、ヒカリの部屋のベッドで横になり目を合わせるレイジとヒカリの絵だった。
「で、でもセツナ。その絵、貰ってもいいかしら?」
「……それを枕の下に敷いて寝るつもりですか?」
図星を突かれたヒカリは思いっきり動揺して言葉が出てこなくなった。セツナは呆れた目を向けその絵をヒカリに渡した。
「帰ってくる前に鞄にしまっておいてください。くれぐれもあいつに見つからないように。」
「う、うん……ありがとう、セツナ。」
「私にはあいつの良さがわかりません。まあ、コスモさんを助けるのに一役買ったそうですが、囮になっただけで何もいいところなかったじゃないですか?」
「……なんだかんだでレイジについて詳しいのね、セツナ。」
ヒヒカリは妬むかのように言った。
「ち、違いますよ! たまたまです、たまたま……」
興味があるというのは嘘ではない。ヒカリがここまで信頼し、自分たちにも命を賭けて協力してくれた男なのだから。
「……悪い人ではないとは思ってます。会ってすぐの会話で私の部屋に行きたいだとか言ってましたが、誰かのために全力を尽くそうと頑張る人なのではないかと期待しています。何よりここまでヒカリが惚れている男がただの優柔不断な変態女たらしだなんて許しませんしね。」
何かあっては口喧嘩ばかりしているレイジとセツナを心配していたヒカリだったが、セツナは一方的に嫌っていないと知って安心しつつまた別の不安を感じていた。
「それにヒエイ以上に危険に首を突っ込むタイプに見えます。いつものような言い合いという形のコミュニケーションをとっていないと、何か不安に思えてしまうかもしれません。」
セツナの言葉はさらにヒカリを不安にさせた。レイジが自分の知らないところで戦っているのは事実、そこに入り込むことができないからこそ、音楽という日常的な繋がりを持ちたかった。
そして今も、突然不安になってきた。
「そういえばあの2人、遅いね。」
「巻き込まれ体質の2人が一緒に夜道に出たのです。これは事件の匂いがします。」
「レイジ……お願い、無事でいて……」
ヒカリは祈りながら、2人が帰ってくるのを待っていた。




