19話 施錠破りのお出ましだ
部活が終わった。レイジは走って駅に向かい、ヒエイを探しにいった。一方ヒカリは走って追うつもりはなかった。駅まで追いかけてもどうせバイクに乗っていかれてしまったら見失ってしまうし、そこから電車に乗ってセツナの家に向かっても、先に着くことはできないと考えたからだ。
「やあ、待たせたなヒエイ。」
「おう、それじゃ行くか。それで、道はどっちだ?」
「……電話してみる。」
実は2人に個別に相談の頼みをしたので、3人で集まるということは2人とも知らない。ヒエイは今レイジが誰と連絡をとっていて、これからどこに行くのかなんてことは知らない。ヒエイはレイジが店の予約でもしているのかと思っているようだった。
「まずこの道まっすぐ行って信号を右折、次は……」
「……ここで止まって。インターホン押してくるからとりあえずバイクはその辺に停めておいて。」
「この家、品川さんって……ここってまさか!?」
「知ってるのか? その通り、セツナの家だ。こいつの家の中で相談を聞いてほしいと思ってな。」
ヒエイとセツナが知り合いだというのもレイジには意外なことに思えた。
「お前こいつと知り合いだったのか……レイジはセツナにどんな印象もってるんだ?」
「敬語ツンツン妹系同級生。」
「……そこまでわかっててなぜ相談相手にしようと思った?」
「他に当てがないんだよ。この際あいつでもいいって思うくらいにはな。」
「俺がここに来るってのは?」
「もちろん教えてないぜ。さっきなんでバイクで来るのって聞かれたけど、俺が運転してきたって言っといたから。」
「まあいいや。追い返されても俺は困らないし。」
『おい早く出てこいよ。何部屋の窓から眺めて彼氏が来るのを待つ女みたいなことしてんだ。こっちは急いでんだよ!』
『本気で来るとは思ってませんでした。なので帰ってください。それになんでヒエイまでいるのですか。バイクと聞いてもしやとは思いましたが。』
レイジはなかなか出てこないセツナに電話をかけた。どうやらヒカリがレイジたちを入れさせないよう頼んだらしい。
『大体あなたはヒカリの心を弄び過ぎです。あんなにストレートに好意を寄せているのに気の毒過ぎですよ!』
『だから相談に来てんだろうが。もういい、部屋で待ってろ。』
『部屋で待ってろって……まさか!」
どうやらセツナの家の鍵は特殊らしい。普通の鍵やピッキングでは開けられず、セツナが描いた絵を実体化させた鍵でないと開けられないようだ。玄関だけでなく家の外装のあちこちが絵のように見えるのは、叩いても割れない窓や火事でも燃えない家を想定して描いた家の絵を実体化させたから。
防犯性能や災害対策は完璧だ。しかし能力で作られたドアなら、それを無効化するヒエイの手で触れるだけで簡単に開けられる。それに気づいたセツナは走って玄関に向かっていったようだが、その思考はレイジには丸わかりだ。
「お邪魔しまーす。」
そう言ってヒエイがドアを開けて中に入ると、叫びながら階段を駆け下りてくるセツナの姿が見えた。
「勝手に……入るなあぁ!」
テニスのラケットを持ってレイジたちを殴ろうとしてくるが、ヒエイはまったく動じずレイジの前に立った。能力で実体化させた物は打ち消すことができるので殴られることはない。そう考えてヒエイは余裕ぶっていたが、それは本物のラケットだった。そのことを教える暇はないと諦めたレイジはヒエイを突き飛ばした。
バランスを崩して前に倒れ込んだヒエイは段差に躓き、両手を振り上げていたセツナを押し倒した。セツナは両手を抑えられた状態で仰向けにされ、顔をほぼ密着させた状態でヒエイが覆い被さる。ヒエイは状況を理解し、恐る恐るセツナの顔を見ると頬は真っ赤に染まり目に涙を浮かべていた。ヒエイは咄嗟に離れるもののセツナは走って奥の部屋に閉じこもってしまった。絶対に開けられない鍵を破って2人の男が入ってきてその内の1人に突然押し倒されたのだから、怯えてしまって当然だ。
「ちょっと刺激が強過ぎたか?」
「当たり前だろ! なんでいきなり俺を突き飛ばしたんだ……よ……」
レイジはセツナが置いていったラケットでヒエイを突いた。そしてラケットが本物であり、あのままだったらヒエイは殴られていたと説明をした。
「わざとではないんだな。まあいい。それより親御さん帰ってくるまで留守番してたほうがいいんじゃねーか?」
「今のセツナを1人にしておくのは危険過ぎるしな。とりあえず玄関はヒエイに任せる。俺はセツナの部屋を守ってくる。」
「……30分経ったら交代な。」
「ああいいぜ。30分だな。」
レイジはセツナの部屋に入り込もうとしたが、またしても鍵をかけれられている。ヒエイを呼んで鍵を消してもらおうと呼びかけたが、30分経つまで玄関から動けないと言ってくる。
「ヒエイ! 部屋の中に怪しい奴がいる気がするんだ! 早く開けてくれ!」
「部屋の前にの間違いじゃないか?」
ヒエイは敵なのか味方なのかわからない。女子の部屋に自分だけ入ろうとしている心の狭さにレイジは腹を立てた。ヒエイが部屋に入って30分経てばまたレイジの番になる。しかしそれまでセツナが出てこないままとは限らず、家の人が帰ってこないとも限らない。ヒエイと一緒に部屋に入るという手もあるが、下の階でセツナやその両親を足止めする人がいなくなってしまう。レイジは部屋に入るのを諦め、下に降りていった。
「早かったなレイジ。部屋の中はどうだったんだ?」
レイジが部屋に入れなかったと知ってて聞いてくるのはさっきの仕返しのつもりなのだろうか。
俺の能力を使わなくてもセツナが鍵を持ってるだろうに。それがヒエイの心の声だった。これを聞いてすぐさま行動し始めた。
「ちょっと心配だったからセツナのとこ行ってくる。」
「行ってら。」
もう何かを企んでいるわけではなさそうだ。レイジはセツナが向かった部屋を探しにいったそのときだった。
インターホンの音もノックもなしに玄関のドアが開き、誰かが入ってきた。今いる部屋からは玄関が見えないが、その気配で誰なのかが一瞬でわかった。ヒカリだ。レイジは玄関にいるヒエイがうまく追い返してくれることを祈っていたが、ヒエイはレイジを裏切った。今の状況を、すべてレイジのせいとしてさらに捏造も加えてヒカリに伝えているヒエイは悪魔以外の何者でもなかった。ヒカリが猛ダッシュでこっちの部屋に迫ってくる。泣いて蹲っているセツナを見られたら、ヒカリの怒りは爆発するに違いない。レイジはセツナを置いてトイレに逃げ込んだ。
「レイジ! いないか……ってセツナ、大丈夫!? 泣かないで、もう大丈夫よ。私がいるわ!」
もうレイジは出るに出られなくなった。もうこうなったら意地でも立てこもるしか手はないと思い、レイジはここから一歩も出ないと決めた。レイジがトイレにいることはすぐにバレたが、ドアを挟んでお互いの顔が見えない状態での言い合いになる以上、心の読めるレイジは決して不利ではない。
「出てきなさいレイジ。話を聞かせてもらうわよ。」
「生憎だが俺は今用を足そうとしてるんだ。音を聞かれるのは恥ずかしいからちょっと離れててくれないか?」
「……聞いて、レイジ。」
「聞かないでくれ、ヒカリ。」
「私、レイジのこと凄く好きだった。それは友だちとして、初めて私に話しかけてくれた日からずっと。でも、急に自分が抑えられなくなって、それで……」
服の匂いを嗅いでしまったというわけか。自分が嫌われてしまうと思ったから思い切って本音を話したのだ。茶化すところではないのはレイジにもわかる。
ヒカリはレイジの日常の象徴だ。この前の誘拐犯のような高ランクたちの戦いには巻き込まれないが、普段の学校ではいつもそばにいる。レイジにとってのヒカリはそんな存在だった。
けれどもヒカリにとってレイジは自分のすべてになっていた。学校生活だけでなく、ボーカルユニットとしてもレイジが関わり始めてからは、ヒカリは完全にレイジに依存してしまった。ヒカリに見せつけるように他の女子と関わり距離を切り離そうとしたのが裏目に出てしまった。ここで思いっきり突き放すことを言えば、ヒカリはもう立ち直れないだろう。ここまで親愛度が高まってくると、もう手遅れなのだ。
自分だけの何かをもてず、他人に劣等感を覚えながら生きていくのは苦しいことだ。部活やクラスメイトなんて些細なことではない。ヒカリが心の底に宿している願いは……
「俺がお前を嫌いになるはずがないだろ? 一緒に出かける仲じゃねーか。なんなら2人でユニット組んでもいいんだぜ? 俺はちょっとだけギター弾けるし、練習すれば文化祭のネタとしても使えるレベルにはなれると思うからさ。」
ヒカリの願い、それはレイジと一緒にステージに立つこと。楽器を弾けるのかは知らなかったから、舞台袖にいてくれるだけでもいいと思っていた。夢のまた夢だったステージでの共演も、可能性が見えてきた。顔は見えないが、ヒカリの心からはもう曇りが消えていた。
「そ、それ、いいんじゃない? でも、私なんかでいいの?」
ヒカリは不安なのではない。ある言葉が聞きたいだけだ。レイジはそれを言った。嘘偽りの言葉ではない。レイジの本心であり、ヒカリの望んだ返事を一切の迷いもなく返した。
「ヒカリだからだ。俺はいつかヒカリと一緒にステージに立ちたい。たまにでいいから、練習に付き合ってほしい。」
「ふふっ、いつだって付き合ってあげるわよ。でも、途中で諦めたりなんてさせないんだから。」
2人は微笑み合い気持ちがスッキリした。ちょうどそのとき、セツナの母親が帰宅してきた。
「……ヒカリ、俺は無実だ。信じてくれ。」
「さっさと出てきなさい。たっぷり弁明を聞かせてもらうから。」




