13話 心蝕む絶対偶像
レイジはまた1人になった。ミライとセツナも、ヒカリを追うように帰っていった。
これから3人で練習をするようだが、もう彼はそこに交じる必要がない。ヒカリにノートも返して、今日これからすることはなくなったレイジは、退院の準備を始めた。
そろそろ病室を出ないとあの6人がお見舞いに来そうなので、面倒ごとになる前に撤退することにした。家も近いし、1人でも帰れるだろう。レイジは部屋を片づけ、病室を後にした。
「あら、おかえり。早かったわね。」
「ただいま。あれ以上病院にいても暇だしな。」
家に戻るとイブキがいた。昨日の朝に会っていたのに、随分久しぶりに会った気がした。
「お前も帰り早いじゃん。今日は部活なしか?」
「まあね。で、あんたはいつから復帰できるの?」
イブキは吹奏楽部に所属している。ライフセーバーによって鍛えられた肺活量は伊達じゃない。もっともライフセーバーになる前の幼少期から異常な肺活量で、それが評価されてライフセーバーになったわけだが。
「学校には明日から行くさ。部活はもう少ししてからかな。」
イブキは全然レイジのことを心配していなかったようだ。冷たい夜の海を漂い浜に打ち上げられていても生きているのだから、銃で撃たれたくらいで死ぬなんて思わなかったのだ。
「それと、話があるから私の部屋に来てくれるかしら。」
レイジにはわかっている。彼が失くした2本のナイフのことだ。
「で、これは何かしら。」
イブキはレイジを部屋に入れると床に正座させ、机の引き出しからナイフを取り出した。
「俺のナイフだ。銀のやつは高校のグラウンドの隣の山、鉄のやつはここの海の中だろ。」
「わかってたなら自分で拾っておきなさいよ。」
わかっていたわけではない。心を読んで、たった今知ったことだったのだ。下手に答えず、どこにあったのか知らないふりをしておけば、今の正論じみた返しをされることもなかっただろう。
「で、一体何に使ったのよ。」
銀のナイフは2日前、カリンと勝負したときのことだ。
カリンが放った2発目のシュート。ボールを風で後押ししてレイジごとゴールに吹っ飛ばそうとしたとき、レイジは左手でボールを抑えつつ、右手でナイフを取り出しボールに突き刺した。ボールは破裂し、ナイフが刺さったまま上に吹っ飛んだ。風の軌道から逸れたボールはゴールを飛び越え、横の山まで飛んでいったのだ。
「ふーん。それで潰れたボールにナイフが刺さっていたわけね。まあ私なら、こんな道具使わなくても素手で破裂させられるけどね。」
「そりゃお前の能力ならあのルールで絶対負けねえよ。手でボールに触れればいいだけなんだからな。」
「……私のことまで知ってるなんて、やっぱりあんたをここで預かるのは危険だったようね。1発受けてみる?」
イブキは心臓マッサージの応用版ともいえる、真空掌という技を使う。
相手の胸に手を当て心臓を狙い、力を込める。胸を押して、体の外側ではなく内側から直接心臓にショックを与え、気体の流れを狂わせることで相手は呼吸ができなくなる。
加減次第では窒息死させる、まさに必殺の技だ。ボールに対しても応用が効き、ボールの内部から衝撃を加えれば一瞬で破裂する。つまりボールに触れることさえできれば、ゴールを奪われることもないのだ。
少しずつ距離をとるレイジ。イブキもジリジリと迫るが、突然足を止めて本題に戻した。
「まあいいわ。で、もう1個は?」
「鉄の方を最後に見たのはその後。ワタルに奪われてそれっきりだ。海の中にあったってことは、どこかであいつが落としたんだろ。」
割とまともな使い方をしている。それがイブキの感想だった。
「それだけ多彩な用途があるなら、昨日銃で撃たれたとき持っていればケガせずに済んだんじゃない?」
「ごもっとも。まあ、行き止まりだったのが大きな誤算で、最初から使う気はなかったからギリギリまで無いことに気づかなかったわけなんだが。」
「まったく、そんなものに頼らないとまともに戦うこともできないのに、それさえ使おうとしなかったなんて呆れたわ。いい? この島で、私たちのように街を守る高ランクとして生きていくには、そんな緩い考えでは駄目よ。戦う強さが無いのなら、誰かに任せてあんたはサポートに徹しなさい。」
確かにそうだ。レイジは力で争いたくないから自分で勝負のルールを決め、あの5人に勝った。能力者のいない街で、戦い向きではない能力をもつ者が、自分を強いと思い込んでいた。
「お前の言う通り、俺は弱いのかもしれない。死なない能力だあったところで、死なない程度に痛めつけられる一方だ。けど、俺は強くなる。強くなって、いつかお前を倒す。」
「相変わらず口だけは頼もしく感じるわ。あんたはコスモを助けるのに1役買ったわけだし、彼女の過去について教えてあげるわ。コスモがあんな山奥にいた理由も関係してるしね。」
「あいつ、過去にとんでもないことがあったんだろ? ネットで調べてみても何の情報も無いのはなんでだ?」
「都合の悪い情報は消す。これがこの島の上層部のやり方。この島の外に情報がいったり、逆にこっちに入ってくることもないのもそのせいね。」
「都合の悪い情報か……聞かせてくれないか。コスモの過去に何があったのかを。」
そしてレイジは聞いた。コスモの抱える闇を……
幼い頃から既に溢れ出ていた輝きのオーラ。その歌声はすべての者を魅了し、最も輝いて見える存在だった。
ある日、コスモは拉致された。書き上げた論文が評価されず、社会が間違っていると思い始めたとある研究員によって、例の塔に連れ込まれた。
麻酔で眠らされている間に脳に機械を植えられ、スイッチ1つで思うがままに操られてしまうようになった。
それは歌を歌うため。
世界を滅ぼす、最高速の歌を……
常人には到底不可能なスピードで歌う必要があるその歌は長らく伝説となっていたが、コスモなら歌うことができるのではないかと思う者がいた。
男は彼女を塔に閉じ込め、改造を施した。改造が完了した後、その男は塔の入り口を破壊し、コンクリートでその穴を埋め、入り口の無い塔を作り上げた。コスモの行動を封じるために、梁に掛けた。そして男はスイッチを持って海外に避難した。
手始めにこの島を破壊する。そしてこの国をも滅ぼすために、コスモは男が海外に逃げるまでの丸1日放置された。
コスモは1つの賭けに出た。それはこの歌を歌い、脳に植えられた装置だけを破壊すること。遅かれ早かれ男によって装置が起動され、意識を制御できないまま世界を滅ぼしてしまうかもしれない。
やるしかない。そう思っていた。
「ふっ……ふはははは! これでこの世界も終わりだ!」
海外に逃げた男はスイッチを押し、テレビをつけた。いくら外部に情報がいかない島とはいえ、破滅の危機を迎えたからには外部に情報が行き渡らないはずがない。
しかしなかなかニュースは流れない。
「馬鹿な、ちゃんと押したはず! まさかあいつ!」
自力であの装置を外すことはできない。海外に出たくらいで反応しなくなるほど低性能な装置でもない。
考えられるのは2つ。
1つはコスモが死んだということ。脳に刺激を与えようにも、死んでしまっては何も起こらない。塔の高いところから飛び降りて死ぬことがないよう梁に掛けたのだが、他に自殺の手段があったとは思えない。
もう1つは、コスモにまだ意識があり、脳への干渉に抵抗していること。
何にせよ、島に戻らなければ真相は掴めない。
男は再び島に戻った後、とんでもない光景を目にした。塔は崩壊しており、山のあちこちが荒らされている。そしてコスモが、我を忘れて暴走している。
コスモは起動装置の破壊には成功した。しかしプログラムが暴走し、脳へ干渉し始めたのだ。その歌声で塔を崩壊させ、街の方に向かった。
今、彼女の暴走を止めようと、多くの高ランクの人が集まっている。ある人は避難誘導し、ある人は盾となり人を守る。建物の倒壊や自然破壊は防ぎ切れないが、幸運にも死傷者は出ていない。
上級生だろうと大人だろうと、彼ら高ランクの面々を、各々の能力が活きるように的確に統率する中学生がいた。
彼こそが赤羽十四哉。この学年初のS+ランクであり、15人の仲間と共に学校で大革命を起こし、並みいる同級生や高校生、大人をなぎ倒した、後に四天格のリーダーとなる男だ。
その圧倒的統率力が、暴走するコスモから皆を守っている。
その能力は"神の鎖"。
無限に鉄の鎖を生み出し自在に振り回し、掴んだ物は質量なんてお構いなしに振り回す。また、その統率力と判断力、皆の能力を見抜く目から、心と心を繋げる連携をも可能にする。今も彼は最前線に立ち、コスモの進撃を食い止めようとしている。鎖でコスモを捕らえたり抑えたりしようとするが、その歌声は鎖を一瞬で粉々にする。
彼女は段々と最高速の歌を歌い始めている。
数秒歌うだけで高層ビルが崩れるのに、1番だけでも歌わせてしまうと街の物は粉々になりかねない。一般人の避難が完了したのを聞くと、トシヤはコスモを抑え込みに向かった。
顔も名前も知らない少女。けれども彼は、命を賭けて立ち向かう。仲間を、この島を、そしてコスモを助けるために。
「コスモ! 聞こえるか! コスモ!」
トシヤは鎖を投げつけながら、必死に呼びかける。
「ボ……ク……ハ……」
「コスモ! もう止めるんだ! お前のしてることがわかるか! 機械なんかに負けんじゃねえ!」
「お前は歌が好きなんだろう? 歌うことができる、この世界が好きなんだろう! だったら壊しちゃ駄目だ! お前の大好きなこの世界を!」
次々と飛んでくるガラスやコンクリートの破片を防ぎながら、トシヤはさらに距離を詰めていく。
「世界は1つだけじゃない! もし今お前が生きている世界が嫌いなら、その世界を変えればいい! でも滅ぼしちゃ駄目だ! いくら壊してもいい! 全部無くしちゃ駄目なんだ! 辛い世界に耐えられないなら、誰かと一緒に変えていこうぜ! 俺たちだって、仲間がいたからここまで来れた。お前の世界、苦しい世界なんか、変えていこうぜ! 俺たちと一緒に!」
トシヤの叫びはなかなか届かない。防ぎ切れない攻撃に傷つけられながらも、彼は前に進む。その彼を、ワタルたち15人が応援する。不思議な光が、トシヤの元に流れていく。
「俺には聞こえる。皆の魂からの叫びが! だから、お前にも届け! 俺の、魂からの叫び!」
トシヤの心から鎖が飛び出す。その鎖はコスモの歌を貫き、彼女の心をがっしりと掴んだ。
コスモの視界に、光り輝く不思議な空間が広がる。周囲には何も無く、正面には心臓と心臓を鎖で結ばれたトシヤがいる。
「よく頑張ったな。もうお前を苦しめるものは無い。元の世界はだいぶ崩れちまったが、またゆっくり時間をかけて元に戻していこう。もちろんお前1人ではなく、俺たちと一緒にな。」
意識を取り戻したコスモはそのまま力を使い果たしたかのように目を瞑り落下していった。トシヤはコスモを抱き抱え、着地した。
「この滅茶苦茶な世界でも、仲間と一緒なら頑張っていける。一緒に叶えていこう、コスモの夢をな。」
その後研究員の男は逮捕され、世界滅亡の危機は去った。
しばらくして街が落ち着いてきた頃、コスモはアイドルになった。彼女の実力はあっという間に伸び、トップアイドルになった。そんな彼女のもつ計り知れない魅力は、絶対偶像と名づけられた。
そして彼女は3人目の四天格となり、トシヤたちや後に加入したイブキと活動している。
「ま、こんな感じかしらね。コスモはよく山に行くのは、その塔の残骸を見るためってところかしら。」
「本物の鎖だけでなく、心を繋ぐ鎖か。それで今のトシヤの能力が"シンの鎖"ってのになってるのは、神と心を掛けてってことか。」
「そうね。あいつはたくさんの人と鎖で繋がっているわ。たとえ4人の中で最弱でも、素質を評価されリーダーをやっているわ。」
「お前はいいのかよ。トシヤと繋がってなくて。」
イブキは首を振る。レイジにはわかっていた。イブキもまたトシヤたちと生まれた地が同じなのだ。ライフセーバーになるのを機に元の町を離れ、居候させてもらっている。
トシヤは、イブキが親以外の誰にも教えず町を去ったことを根にもっていて、一昨日2人が会ったときもイブキに対し強い敵意を向けていたのだ。
「で、和解の目処は立っているのかよ。」
「そんなものはないわ。あんな連中の仲間だって知られるだけで他の人からは距離を置かれるし、和解するメリットなんてないのよ。」
ただの意地だっていうのはわかっている。お互い無駄にプライドが高いから、ずっと進歩がないわけだ。
「ともかく、おかげでコスモの過去についてはわかった。ひとまず礼を言っとくぜ、イブキ。」
今度はトシヤたちの起こした大騒動についても聞きたいが、それはまた後日にするとしよう。




