11話 無力なヒーロー
確かにレイジは、コスモが言っていたこととほぼ同じことを言った。言われたことに傷つけられ、2人に相談できなかったミライのために、間接的な助けをしたのだと思っていた。それが逆に彼女を傷つけ、挙句自分まで敵意を抱かれた。
「突然友達を呼んでくるなんて聞いて、ヒカリが高校で独りになってないとわかって安心してた。でもヒカリ、この人は本当に友達なの? 隠していることがあれば、言ってくれない?」
ミライには完全に誤解された。ミライは、ヒカリがレイジに脅され無理やりついてこられたのだと思っている。
それは誤解だ、コスモのことなど知らない。そう答えたかったが、ヒカリまで彼を疑い始めていて、弁明する気もなくなった。
「グルだって? それは違うな。俺がコスモに、一方的に味方しているだけだ。あいつは俺のことなど何も知らない。俺はあいつがお前に言っていた言葉を知っているだけ。コスモは一切関係ない。」
今の失言は自分だけが悪い。コスモとミライが余計険悪な仲にならないよう、コスモを庇うことしかできなかった。
そしてレイジは、ヒカリの部屋から出ていった。コスモの居場所がわからない以上行く当てはなかったが、おそらく学校には誰かがいる。そこから情報を集められなくもない。そう考えたレイジは、ミライたちの通う高校に向かった。
レイジはミライたちの高校に着いた。もうすぐ部活が終わり、多くの学生が一斉に出てくる。そこから情報を集め、コスモの元へ行く。
レイジは鞄からCDとペン、そして色紙を取り出し、手に持ち校門の前に立った。門から出てくる学生からは冷たい目で見られたりひそひそ声で嘲笑われたりしたが、親切な人からはいい情報を得られた。
「もしや御主もコスモちゃんのファンですかな? 拙者コスモちゃんファンクラブ会員第2号でございまつる。生憎コスモちゃんは既にお帰りなのです。あ、ちなみに第1号は会長様でおられます是非加入の際はお訪ねするかこちらに連絡を。それと是非拙者とも連絡先交換を是非。」
この学校の情報を定期的に得られるようになったのは収穫だ。レイジは連絡先を交換し、全員が下校したのを待ってから学校を後にした。
コスモはいつも校門前に迎えにきたマネージャーの車で下校している。だから放課後仕事に行くのか帰宅しているのかは誰にも知られていない。
地域ごとに高校が割り振られているのだから、例外でなければ家の特定はさほど困難ではない。仮に仕事がない日だとしても、すぐ家に帰ったりはしないだろう。家の前に張り込んでいる奴に狙われる可能性があり、1人で家に居る時間が長いと危険なのだから。
毎日仕事にいってるわけではないのだろうが、誰一人として放課後コスモを見たことがないのは疑問だった。
仕事がない日はどこにいるのか。そのヒントさえ掴めれば、今日会うことができるかもしれない。考えながら歩くレイジは、近くで邪な気を感知した。
コスモを誘拐する。その計画を今夜、実行するという企みを……
レイジは連中に近づき、物影から心を読み取った。そしてそこから離れ、クオンに連中の組織名とコードネームを伝える。
「もしもしクオン、こんな名前聞いたことあるか?」
「ええ、知ってるわ。特Aクラスの犯罪グループよ。でも急になぜ?」
レイジは連中がコスモを誘拐しようとしていることと、今いる場所や計画の日時を伝えた。
「そう、この件は私たちが対応するわ。今すぐ電話を切ってすぐ逃げなさい。」
切る前にクオンに電話を切られた。その直後、連中の1人がこっちに向かってきている。レイジはクオンの言葉の意味を理解し、すぐに逃げ始めた。
能力者というのはこの島にいくらでもいる。四天格だろうとヘキサフリートだろうと、所詮その学年内での上位集団。1つ上の学年や、成人にだって彼らクラスの能力者はザラにいる。
現に今彼を追っている男は上位のランクのようで、無数の分身を生み出すことができる。
全身が黒いスーツのため、遠目で見たら分身ではなく別人に見える。十字路の多い住宅地に逃げ込んだレイジを追い詰めるために、分身の数と場所を調整して袋小路に誘導しようとしている。
だがその分身は一切動けず、男がどの道に誘導しようとしているのかもレイジにはわかるので、敢えて分身の多い道を進み、大通りへ向かっていった。
向こうは全部の道を把握している。住宅地の抜け方もわかっていて、そっちに向かわせないようにしているのをレイジはわかっている。だから行かせたくない道を選んでいけば、大通りの、人が多い所に出ることができる。
しかしここで、想定外の事態となった。工事で道が塞がっていたのだ。休工中で誰も現場にいない、追ってきてる男は工事のことを知らない。だからレイジは、道を通れないことを知ることができなかったのだ。引き返そうとしたときにはもう遅く、男に見つかり道を塞がれてしまった。
「ここまでこの俺から逃げきるとはな。けどお前、とんだ不運だな!」
絶対に捕まらないと確信していたが、思いもせぬ不運に焦りが止まらない。高い塀を登っている余裕はない。もう逃げ場は無くなった。レイジは戦うしかないと思い、ナイフを取り出そうとポケットに手を突っ込んだ。
ない……
銀のサバイバルナイフと鉄のサバイバルナイフ、1本ずつ制服のポケットの中に常備しているはずだが、どこにも見当たらない。
そうだ。
もう2本とも使ってしまった。
「尽く俺の手の内を読みやがって、お前も高ランクのようだな。正義の味方を気取って余計なことに首を突っ込む、大したこともしてないのに周りからは功績を称えられる。そんな生意気な連中も、これには敵わないだろう?」
そう言って男は拳銃を取り出す。
「やれるものならやってみろよ。」
レイジは男を挑発する。
男の注意がこちらに向いた瞬間、暗闇からクオンが男に峰打ちを食らわせる。この状況の突破口はきっとそんな感じになるだろう。レイジはそう思っていた。
「かかると思うか? そんなありきたりのハッタリなどに。」
男は銃口をレイジに向け、躊躇することなく発砲した。
意識が遠ざかる中、男の行き先ーコスモの居場所を読み取った。
「これが私の歌、私が生きている証。」
コスモは学校から遠く離れた山の中に1人で来て歌っていた。かつて彼女を苦しめた、入口の無い塔の残骸。今も残る、いや残しているそのコンクリートの欠片を、ときどき見にやってくる。
彼女の鞄に付けられた発信器を辿ってそこにやってきた誘拐犯は、耳栓を付けて彼女にジリジリと近づいていく。
「誰!?」
気配に気づいたコスモは振り返って叫ぶが、耳栓を付けた彼らにはまったく聞こえていない。
1人が手を挙げると、コスモは身動きがとれなくなった。所謂金縛り。抵抗することも声を出すこともできなくなる、恐ろしい能力だ。
動くことのできないコスモに、1人の男は奇妙な色の液体を飲ませた。コスモは激しく咳き込み、しかし喉や舌をうまく動かせないので咳き込んでもなかなか楽になれない。そのままコスモは手足を縄で縛られ、男たちに抱えられ連れていかれた。
男たちは山を下り車に乗り込んだ。車のエンジンをかけ、逃走を始めようとしたそのとき、車が何かに引っ張られる感覚がした。
「おいなんだ! 何が起こっている!?」
助手席に座っている男がドアミラーを見ると、そこには右手を前に伸ばしたワタルがいた。
ワタルは能力で自分の手を磁石のN極に変えることができる。今ワタルは右手を強力な磁石に変え、車を引きつけていた。作る磁界の範囲を限定し、その車だけを引きつける。こうしないと、あちこちから鉄を含んだ物が彼の右手目がけて飛んできてしまうのだ。
思うように車を動かせなくなった男は急速で後退させた。車がワタルにぶつかる直前、ズンという音が響くと同時に車の動きが止まった。男たちは車から降り、何が起こったのか確認すると、すべてのタイヤがパンクしていた。
「タイヤの手入れもちゃんとしないと、すぐに壊れちまうぜ。」
一目でタイヤの消耗具合を見抜いていたラクアは、即座にパンクするよう一つずつタイヤに触れ負荷をかけた。過剰に消耗させられるその力は、生物限定のものではないのだ。
「てめえら、ヘキサフリートか! こうなったら力技だ。ヘキサフリートだろうと関係ねえ! てめえらまとめてぶっ飛ばしてやらぁ!」
男は分身を生み出した。動かない分身など何の脅威でもない。だが、本物がどこにいったかがわからない。本物から目を離せば、その隙に拳銃で撃たれてしまう。
「まとめてぶっ飛ぶのは、あんたよ!」
カリンが札を構え、熱風を巻き起こす。飛ばされた分身は次々と消え、残った本物と他の連中が炎の渦に閉じこめられる。しばらくしてカリンは渦を消し、空中に飛ばされていた男たちは落下し始めた。
「これで、おしまい!」
トモエが拘束リングを次々と投げつける。男たちの両腕はリングで拘束され、そのまま男たちは地面に叩きつけられた。
「大丈夫かい、コスモ。」
マサタは車に残されたコスモに呼びかけるが、うんと頷くだけで言葉が返ってこない。彼女は飲まされた薬によって声を出せなくされていた。
「今助けるから、これ、飲んで。」
男たちが彼女に飲ませたであろう液体が入っていたと思われる瓶を鞄から取り出したマサタは、残っている液体の色や匂いから解毒成分を分析し、正確なイメージを水道水の入ったペットボトルに植え付け、出来上がった液体を渡す。
「ぷはあ。助かったわ。ありがとう、マサタ、それにみんな。」
「お礼なら俺たちの他に、もう1人言ってやってほしいやつがいるんだがな。まったく、いつになったら来るんだか、通りすがりのヒーローさんは。」
そのとき、皆の携帯にイブキからメッセージが届いた。
レイジが銃で撃たれ大量出血、倒れていたところを発見され、病院に搬送されたという内容のメッセージが……
連中は確保され、警察に連行された。
7人はレイジが搬送された病院へ向かう。レイジはクオンに誘拐のことを伝えた場所から少し離れた、通行止めとなっていた道で発見された。分身使いの男は拳銃を持っていたから、あの男に追いかけられ逃げ場が無くなったところを撃たれたのだろう。
「ねえ、あなたの力で治せないの?」
「輸血を完了させて傷を塞いだ後なら、自然治癒を促してすぐに治すことはできるけど、今はどうすることも……」
マサタの能力はイメージした医療薬を作りあげること。薬で治せる範囲のものはなんとかなるが、手術が必要なものはどうしようもできない。
「こいつは、なぜかたまたまコスモの学校の近くにいて、たまたま奴らの情報を知ったんだ。そして迷わず計画を阻止しようとした。1度も会ったことのないお前を、危険を顧みず助けようとした。」
「レイジのおかげだよ。もう少し事件の発見が遅れていて、解毒薬の摂取が遅れていたら、コスモは一生声が出せなくなっていたかもしれない。」
それを聞いたコスモは驚き、レイジの方を見た。
「この人は、一体誰なの?」
「三門玲司。ヘキサフリートへの加入を認められた、遠い街から来た不思議な奴だ。」
コスモはレイジの名前を呟き、そのまま顔を覗き込んだ。
「私、このまま残るわ。」
「命に別条はないようだし、今日はもう帰ろう。明日また俺たちが見にくるから、コスモは仕事に集中するんだ。ライブ、もうすぐなんだろ。」
でも、と言いかけるがコスモはその後言葉を出せなかった。
「ほんと、無茶ばっかりするんだから。大丈夫よコスモ。こんなのちょっとしたケガよ。こいつのことだしすぐに元に戻るわよ。」
「そんなこと言ってコスモと2人きりにさせたくな痛ああぁ!」
カリンがトモエの腰に膝蹴りを食らわせる。
「じゃあ、悪いけど私帰るね。明日また収録があるの。」
そう言ってコスモは病室を後にした。帰った後ライブのイメトレをすると言う。
「んじゃ、俺たちも帰るか。カリンはもう少しいてもいいぞ。」
「わ、私も帰るわよ。置いてかないでくれる!?」
皆が病室を出た後、レイジは目を覚ました。起き上がると腹に痛みを感じるが、じっとしていれば問題ない。ゆっくり休んでいれば、朝には痛みも治まっているだろう。
レイジはふと時計を見る。今さっき日付が変わったところだった。
「そういえば、最初にこの島に着いて目を覚ましたのも、深夜0時だったな。レイジだけに、なんてな。」
レイジは独り言を呟く。
「俺は撃たれた後、奴の行き先を、コスモの居場所を特定できた。でも結局、その情報を誰にも伝えることができなかった。コスモはどうなったのだろうか。俺は、あいつに何ができたのだろうか。俺は、何もできなかったのか。」
レイジは夜空を見上げ、ため息をつく。
「そもそも俺は、ミライを助けるためにここに来た。事件に首を突っ込んで無様にやられ、ミライたちをほったらかしてこんなところにいる。情けなさ過ぎて笑っちまうぜ。」
レイジは明日、どんな顔をしてヒカリに会えばいいのかわからなかった。コスモの安否について聞くのも、怖いと思っていた。
「明日……誰にも会いたくねえな……」
レイジは再び眠りについた。




