10話 偽りの輝きに惹かれて
「あ、おはようレイジ。うわぁ、なんか、すごく眠たそう。」
学校に着くと、ヒカリが挨拶をしてきた。
同じクラスで席は一つ前、部活も一緒だったのに、すごく久しぶりに会った気がしてならなかった。昨日の放課後からの、簡潔にまとめきれない一連の出来事のせいだろう。
加えてレイジは帰宅後、CDを一枚聞いては次のCDを取りに行き、気に入ったのはリピートして聞いていたためろくに寝ていなかった。
ボーカルアイドル、コスモ。その歌声と気迫は、レイジの心を強く刺激した。結局その後家にあったCDをすべて聞き、寝るのがかなり遅くなったのだった。
「ああ、昨日はあれだ。大変だった。」
「カリンさんをおぶって帰っていって、その後どうしたの? こんな時期にビキニを買ってきてなんて言ってくるし。」
確かにそうだ。カリンを海の家まで運んだ後、ヒカリに水着を届けてもらった。そのとき何に使うのかと聞かれたが、適当なことを言ってごまかし強引に追い返していた。
「水着の件はなんでもないんだ。その後は……ヘキサフリート全員と勝負して勝って、入団を許可されて、でも断った。」
「あのヘキサフリートに!? すごいねレイジ!」
ヒカリは目をキラキラさせている。
「すごい。すごいよ、レイジ……同じクラス、同じ部活、とても近いはずなのに、すごく遠くにいる感じ……私なんて……ううん、なんでもない!」
問題児こそ多いが、この島のトラブルを解決するために集められた集団。それがヘキサフリートと四天格。
だからレイジはそれらに近い実力をもった人を探し、ネオヘキサフリートを結成すると決めた。
誰かのためにこの力を使う。それが、ここに来た彼の為すべきことだ。そう考えていた。
たとえメンバーが揃ってなくても、困っている人を放っておくわけにはいかない。人手が足りなければ、ヘキサフリートに協力してもらえばいい。
だからレイジは話しかけた。
目の前の困っている人の力になるために。
「どんなにランクに差があったって、俺はそいつらを見下したりはしないさ。ヒカリ、最近のレッスンのほうはどうだ?」
レイジは知っていた。ヒカリが、ボーカルユニット関係での悩みを抱えていることを、そしてそれをなかなか言い出せずにいたことを。
自分の相談事に気づいてくれて嬉しかったヒカリは、さっきまでの暗い表情は消え、話すと決心した。
「そうなの! 聞いてくれる? 私たちの悩み! じゃあ、今日の夜にどこかのファミレスで待ち合わせでどう? あ、部活終わってすぐでもいいから!」
レイジはすぐに承諾した。悩みの種はわかっているから、それまでに自分の考えをまとめておくことが必要だ。
悩みの種は、ヒカリのユニットメンバーの一人、坂上未来の不調。その原因は、彼女と同じ学校に通い、そしてレイジが昨日の夜テレビで観てCDを聞き、興味をもったアイドル少女、新宿香李だった。
部活を終え、レイジとヒカリは一緒にファミレスに向かう。周りからは付き合い始めたのかと冷やかされ、相手にしてもきりがない。なんとか撒いてファミレスに着き、適当にメニューを注文した。
「それで、相談なんだけど……隣の高校に通う私の友達にミライって子がいてね。」
レイジは当然わかっている。中学までヒカリと同じ学校に通い、今はもう一人のメンバーとともに別の高校に通う少女。その学校にはコスモも通っており、時々感じていた劣等感が彼女を悩ませているということを。
レイジは先に話すことはせず、黙ってヒカリの話を聞いた。
「ミライは人一倍努力家。だけどコスモさんは生まれつきの天才。二人は学校でもいがみ合ってるみたいで、最近何か言われたようなの。ミライはそのことを全然話してくれなくて、でもかなりその言葉を気にしてるみたいで、最近の練習が全然うまくいかないから。私はミライに話してほしいし、ミライもきっと話したいと思ってる。聞けたところで解決できるかはわからないけど、それでも私、レイジにしか頼めないの!」
相当深刻な状況なのだろう。レイジは引き受けざるを得なかった。
「まずはそいつに会わないとな。今度練習はいつやるんだ? そのとき俺も行って情報を集めたい。」
「明日の午後五時からで、終わりは九時。部活やってるのは私だけで、後はみんなの塾の予定と調整して日程を決めてるの。」
ヒカリは手帳を開き、予定を確認した。
「顔を出すくらいなら突然行っても問題ないだろう。何か見られて困ることはあるか?」
「完全に未公表の新曲の練習だから、周りに広めないでほしいな。二週間後にライブやって、それを動画に撮ってアップロードするまでは情報を広めないのが、私たちのユニットの約束なの。でも別に、隠れて練習しているわけじゃないから、見る分には構わないって言ってくれると思うわ。」
「あと、コスモは部活とかやってるのか? そいつにも会ったほうが、解決策が見つけられそうだし。途中抜けて、コスモを探しにいくかもしれない。」
「コスモさんは仕事で忙しいから塾にも部活にも行ってないわ。でも、成績はかなり良いみたい。」
勉強においても天才型か。ミライって子が劣等感を抱く理由がなんとなくわかる。
自分に何かで勝る人には、他の何かで自分が勝っていないと強烈な焦燥と嫉妬に襲われる。そして自己嫌悪に陥り、何事もうまくいかなくなる。誰のせいでもなく、ひとりでに悪循環に飲み込まれる。
解決策はある。親友のヒカリやもう一人にも、どうしようもできないこと。しかしレイジには簡単にできること。
それは、恋人ができることだ。
アイドル界最大のタブーである恋愛。一度でも発覚すれば、あっという間に広まりアイドル界から消されてしまう。
あれだけ有名なコスモのことだ。恋人がいるはずがない。だが、ミライたちは企業と契約はしておらず、個人で活動している。つまり、スキャンダルというものはない。
恋人がいるというのがミライにとって自慢できることなら、コスモに何一つとして勝るものがないというコンプレックスをなくすことができる。
もしミライが、恋人ができようとそれで自分が勝ち組になったわけではないと考える人だとしても、自分を見てくれる者、自分を選んでくれる者がいること、それはレイジだけでなく、ヒカリやもう一人、その他にもいることに気づくことができれば、もう独りで悩む必要はないとわかってくれるはずだ。
「まずはコスモに会いにいく。というよりは見にいくだけだな。話をせずとも、姿を見るだけで充分だ。」
「わかったわ。セツナに、明日のコスモさんの予定について聞くように言って見る。」
セツナというのはヒカリたちのユニット"蒼の月光"のメンバーの最後の一人で、コスモとは同じクラスでそこそこ話をする仲のようだ。
「ああ、ただし、理由を聞かれたら困るな。まあそれはそのセツナって子に任せよう。」
とりあえず、ヒカリの相談はこれで済んだようだ。後は明日の成果次第といったところか。二人は最後にデザートを注文し、食べ終えた後ファミレスを出た。
「それじゃ、明日よろしくね! レイジ!」
家まで送ってもらったヒカリは、駅に向かうレイジに手を振り姿が見えなくなるまで見送った。
誰一人傷つけてはいけない。過去の出来事を思い出しつつ、レイジは家に向かった。
翌日の放課後、レイジとヒカリは一緒にヒカリの家に向かう。今日もデートかよ、なんて周りに囃し立てられるが、今日は構っている余裕はなかった。
元々今日はセツナの家に集合する予定だったが、男子が来るなんて聞いてない! なんて言ってついさっきヒカリの家に変更することになった。
セツナの予定についてはセツナは尋ねたようだが、なんで聞いたの? と返されたところ何も言えず、怪しまれたのか教えてくれず帰ってしまったようだ。どこまでも駄目な奴だとレイジは彼女に会う前から思っていた。
家に着いた二人はヒカリの部屋に入り他の二人が来るのを待つ。ヒカリの部屋は、急に来ることになったにも拘らずよく片付けられており、日頃からちゃんと掃除しているようだ。
少女漫画は持ってないようだが、自作小説や衣装、設定集などを隠している。変に引き出しやクローゼットを漁らないでと言っていたのは、それらがばれたくないからだそうだ。
しばらくして、玄関に気配を感じるようになった。
「セツナが玄関でオロオロしてるから、出迎えてやってやれ。」
セツナは顔を知らない男子に会うのを警戒しているようだ。そのうちミライも来るだろうから、二人で一緒に入ろうと考えている。
実際それでいいのだが、レイジはヒカリを出迎えに行かせた。
そしてその隙に、レイジは机の引き出しやクローゼットを漁り始めた。
二人が戻ってくる気配がした。レイジは素早く元通りに戻す。予め持ってきた未記入のノートと、ヒカリが内緒で書いている、痛々しいことが書かれた日記帳をすり替えて……
ヒカリはセツナを連れて部屋に戻ってきた。レイジはセツナに名乗りあげ、礼儀正しく挨拶をした。
「あ、えっとぉ、私は……」
「あ、ミライも来たから迎えに行ってくるね。」
玄関のチャイムが鳴ると、ヒカリはすぐ部屋を出て玄関に向かった。友達の部屋で、会ったばかりの異性と二人きり。これほど気まずいものはない。けれども戸惑っていたのはセツナだけだった。
「まあ座れよ。」
レイジは座布団をポンポンと叩く。セツナは一切近づかずに答えた。
「いえ、結構です。というかあなた、今日初めて来たのにくつろぎ過ぎじゃないですか?」
「なかなかいい部屋だぜー。今度お前の部屋の居心地も確かめさせてくれよ。」
「断固拒否します。もし勝手に入ってきたら通報しますよ。」
「何早速揉めてるのよ。大丈夫よ、レイジはちょっと発想がぶっ飛んでるだけで、悪い人じゃないわよ。」
ヒカリがミライを連れて戻ってきた。初めてミライの容姿を見たが、決して悪くはないと思える。腰まで届く青い髪、背丈もそれなりにあり、生足の映えそうな長い足。赤い髪のコスモと並んでステージに立つと、何とも鮮やかな光景になりそうだ。
「改めて紹介するね。私と同じクラスのレイジ。誕生日が私と三日違いで、席がすぐ後ろ、初めて会った入学式のときから、私たちのことを知ってたの。」
確かにそんなことにしていたな。会話の種を探すためにヒカリの心を読み、このユニットをきっかけに交流したのだった。
当然心を読まなければこのユニットのことは知らないままだったろうし、ヒカリと違うクラスだったら、あるいはヒカリがクラスに知り合いがいてぼっちではなかったら、このユニットと関わることはなかっただろう。
「部屋まで来てなんだが、俺は特に何もしないから。お構いなく練習を始めてくれ。」
レイジがここに来たのはミライの心の声を聞くためだ。既にいろいろ聞こえてきているが、先にこっちから動くのは不自然なので、練習を始めてから話のきっかけを見つけることにした。
「じゃあ始めようか。前回録ったやつで気になったとこがいくつかあって、まずここが……」
レイジがわかったことは少しだけだった。
まず、コスモはミライに、アイドルを辞めろと何度か言っていること。そしてそれはミライだけでなく、メンバー一人一人それぞれの欠点を告げていること。彼女だけでなく、ユニットごと否定されているから、二人を傷つけないために話せずにいたこと。コスモがそのようなことを言った理由は本人を見つけないとわからない。
とりあえず、コスモがミライに言っていたことを、もう少しオブラートに包んで伝えてみることにした。
「なあ、ちょっと気がついたんだが……」
「あら、何もしないんじゃなかったんですか?」
こいつは本当に邪魔でしかない。レイジはセツナを無視して話を続ける。
「ここを歌ってるときのヒカリが、あまり声が響いてない気がするんだよな。声量が足りないわけじゃないけど、なんて言うか、思いがこもってないっていうか。」
ミライがはっとした素ぶりを見せた。比較的優しく言ったつもりだが、言っていることはコスモと同じだとわかったようだ。
「そうかなー? 言われてみれば、そんな気もしなくもないかな、なんて。」
「後セツナは自分らしさがない。完全に二人に埋もれている。」
別にこいつには直球で言ってしまって構わないと思った。
「なんですかその言い方は!? 私たちを馬鹿にしてるんですか!? 確かに私はDランクで、二人に大きく劣ってますけどランクがすべてじゃないんですよ! ヘキサフリートを倒したからって調子に乗り過ぎじゃないですか!?」
そう、ランクだ。コスモは最高クラス、S+ランクの一人、そしてトシヤ、イブキと同じ四天格のメンバー。Sランクであるミライが下に見られる気持ちは痛いほどわかる。
ヘキサフリートには勝った。だが四天格には、イブキには相手にされない。ミライは、レイジと似た心情を抱えているのだろうか。レイジは今のセツナの言葉で、ランクの差による劣等感を忘れてほしいと思ったが、この一連の言葉のせいで、取り返しのつかないことになってしまった。
「あなた、コスモとグルなのね。」
ミライが初めてレイジに向けて言った言葉は、彼の心に強く突き刺さった。




