9話 約束だから
完全に相手を振り切った。ラクアによって大きく体力を削られたレイジは、今が唯一のチャンスだと直感し、最後の力を振り絞り、缶めがけて走り出した。
もう相手の動きを読んでいる余裕はない。読んだところでこれ以上勝負が長引くと、タイムアップになってしまう。ここからはもう純粋な体力勝負だと判断したレイジは、トモエがこっちに来たことに気がつかなかった。
トモエは条件反射のごとく持っていた野球ボールをレイジに投げつけ、頭に直撃させた。ボールの勢いは凄まじく、レイジはそのまま倒れこんでしまった。
「3、2、1……タイムアップ!」
5分経った。レイジはそのまま起き上がれず、突っ伏していた。意識はある。しかし立ち上がる気力はなかった。勝利の余韻に浸っているトモエのやかましい声が、余計に悔しい気持ちにさせる。
一方ワタルは今まさに怒りを爆発させようとしていた。3人を同時に相手しつつ、徐々にぬかるみに誘導し一瞬の隙に全てを賭ける。
やはりレイジはすごく、そして面白い男だと改めて感じていたところ、彼が今猛烈に侮辱されている。
トモエのこういった空気の読めない言動は今に始まったことではないが、ヘキサフリートのトモエ以外の皆が今、ワタルはトモエに怒鳴るだろうと気づいていた。
「トモエェ! 貴様何勝負に割り込んでんだ! そもそも貴様はカリンが敗れたのを見て逃げ出したんだろぉ!? 貴様がレイジと戦う資格はねえ! とっとと失せろこの終身名誉愚か者がぁ!」
ワタルはトモエの髪を鷲掴みし、一方的に怒鳴り散らす。
「痛い痛い痛い離してワタル! 悪かった、私が悪かぐあああぁしがあああぁ!」
容赦のない脛蹴りを食らわす。
「まあまあワタル、そのへんにして。」
ツトムはワタルの肩に手を当て能力を使い、ワタルを疲れさせた。最低限の説教を済ませ、これ以上怒鳴る気の無くなったワタルは髪から手を離しレイジの元に向かった。トモエはそのまま足を抱えてうずくまった。
「マサタ、治療は済んだか。」
「精神的なケアが必要だね。よっぽどショックだったみたい。さっきからずっとブツブツ独り言喋ってる。味が合わないのかも。」
新都将太。ヘキサフリートの1人で、食べ物に医療効果を与えることができる。同じ医療効果を与えても、食べ物の種類や人の好みによって効き具合が変化するのが特徴だ。常にタッパーやコンビニの商品を持ち歩き、いつでも能力を使えるようにしている。
「精神的な癒し……カリンの出番ね。」
「ふぇ!? な、なんで私なのよ! 別に、私は食べさせてあげたいとか頭撫でたいとか思ってないから!」
語るに落ちるとはこのことか。あまりのちょろさに提案したクオンも少し引いていた。
「そこまで言ってないけど……これでも着て胸とかお尻とか顔に当ててやればいいんじゃない? 私……私たちの体になんか興味ないだろうし。カリンと違ってね、カリンと違ってね!」
クオンはさっきカリンが着ていたビキニを影の中から取り出した。
「ちょっと! なんで今わざわざ言い直してまで“たち”って言ったの!? 一緒にしないでくれない!?」
うずくまったままトモエが叫ぶ。
「着ないわよ! それになんであなたがそれを持ってるの!?」
「クオンも着てみたかったんだろ。サイズ的にまず無理がある気がするけど。」
茶化すラクアに、クオンは剣を取り出し斬りかかる。
「まったく、夜だってのにお前たちはどこにいても騒がしいな。」
また1人ここにやって来た。妙な気配を覚えたレイジは無意識に警戒してしまったのか急に起き上がった。
金髪に真っ赤なマントが目立つ少年。レイジはその容姿を見てすぐにわかった。彼こそが例の大騒動の主謀者、そしてSランクの上であるS+ランク。その4人組、四天格のリーダー、赤羽十四哉だった。
「俺の名前は赤羽十四哉。お前の知っての通り、四天格の一員だ。お前がもしヘキサフリートに入ることになれば、自然と関わる機会が訪れるだろう。そして、入団試験は以上だ。三門玲司、お前のヘキサフリートへの入団を許可する。この後は自由にしろ。」
トシヤは背を向けて戻っていくが、それだけの言葉とトシヤの脳内意識だけではレイジは彼の底が見えなかった。
「おい、ちょっと待てよ。確かに俺はSランク止まり、お前たちS+ランクより下のランクなのはわかっている。だが俺はヘキサフリート最強のカリンに勝った。四天格最弱のお前とくらい勝負してもいいんじゃないか?」
レイジは言い返した。少しの沈黙を挟み、トシヤは振り向いて答えた。
「俺以外の3人のことも知っているような言い方だな。あいつは既に情報を漏らしたのか……まあいい。お前の勝負、受けてやる。」
あいつというのは、彼女のことか。レイジがそう思った直後、また1人、その彼女がやって来た。
「騒がしいと思って来てみたら、まだいたのね、あんたたち。別にまだいても構わないけど、私はいつも通りのトレーニングを始めさせてもらうわ。どうぞお構いなく。」
やってきた者の正体はかつてレイジを助け、そして今一緒に暮らしているイブキだった。
イブキの目線がトシヤに向けられる。両者は何も言わず睨み合い、トシヤはチッと舌打ちした後、背を向けて言った。
「レイジ、お前との勝負はまた後日だ。俺は帰る。」
「どうでもいいけど、また問題起こしたりしないでよね。」
イブキがトシヤに向かって告げる。
トシヤは振り向きも返事もせず帰っていったが、イブキはそれ以上は言わなかった。
「よし、この話はここまで。何はともあれレイジ、今から親睦会だ。イブキ、いつものやつ借りるぞ。」
「好きにしなさい。何かあったらすぐ駆けつけるから。」
イブキの許可を得たワタルはマサタ、ラクアとともにバーベキューの道具を取りに海の家に向かった。
「じゃあその間に私たちは調理と買い物ね。私とレイジは調理班、カリンとトモエが買い物班で。」
クオンは得意げに仕切るが、自分で班を分けた癖して内心仕事をする気がなくレイジ一人に任せようと考えている。
クオンは、というより残った中に誰も料理ができる人はおらず、調理はいつもラクアがやっている。
ツトムは様々なバイトを経験しており、どんな料理も作れるようになっていた。そんなツトムをなぜ用具準備に向かわせてしまったのか聞きたいが、それ以前にレイジも料理が作れない。
レイジの家にはメイドが居り、母親が留守でも食事には困らなかったため、一切料理の練習をしなかったのだ。
レイジは分担に文句を言うが皆が皆反論してくる。あれこれと揉めている内に3人が戻ってきて、ワタルが準備、マサタが買い物、ラクアが調理に向かった。
全員が席に着き準備が整ったところで、親睦会が始まった。レイジの過去、トシヤたちの過去などについて打ち明け合い、ワタルはレイジに頼みこんだ。
「急な話だがレイジ、トシヤとイブキの仲をより戻してくれ。貴様ならわかるだろ? あの2人の本音が。いつまでもあのままでいてほしくないんだ。」
トシヤとイブキ、2人の因縁について聞かされたレイジは、この問題を解決することが、以前イブキに誓った、彼女の力になるということだろう。
イブキへの恩を返すため、彼女に自分を認めてもらうため、レイジはワタルたちの頼みを引き受けた。
「ああ、あの2人は必ず、俺たちで仲直りさせる。だが1つ条件がある。それは……」
レイジは6人を見渡して言った。
「俺は、ネオヘキサフリートを創る。」
ヘキサフリートの一員にはならない。が、他のメンバーを5人集めて新グループを作る。それがレイジの要求だった。
「入団は強制じゃないし、それは自由にやってくれて構わない。だからレイジ、俺たちに手を貸してくれ!」
ワタルは問題なさそうに承諾した。
厄介ごとはまだまだ続きそうだ。一同は解散し、レイジは家に戻った。
「おう、おかえりレイジ。風呂の用意できてるから早めに入ってくれ、イブキも戻ってくる頃だろう。」
家の人はリビングでテレビを見ていた。映っているのは1人のアイドル。新曲のプロモーションビデオのようだ。レイジはその歌声に、どこか惹かれるものがあった。
「興味あるか? お前やイブキと同い年のトップアイドル、新宿香李だ。」
どこかで聞いた名前だった。いろいろありすぎて少し前のことでも忘れてしまったのだろうか。
「なあ、この子のCDって家にあるか?」
レイジは言われた本棚からCDを1枚選んで部屋に持っていき、パソコンに入れて曲を流した。




