103話 偶然が呼ぶ奇跡
バスのドアが閉まり、再び発進する。後方には律儀に横断歩道まで戻り向かい側の店へと向かう三郷楽阿と酒々井鉄道の姿があり、だんだんと遠ざかっていく。
彼らが向かったのは右手に見えるショッピングモールで、目的はそのなかの鉄道模型店だ。模型店自体そこまで広いものでもなく、多大な時間をかけるような場所はないのだが、眺めるだけでいくらでも時間を潰せる人であれば何時間でも居座ることができるだろう。
一応満足したらこちらへ来るつもりではいるのだが、何時間後になるのかは分かったものじゃない。
三門玲司一行の行き先は、ここよりさらに大きいショッピングモールの中にあるゲームセンターだ。ついでにそこから数百メートル離れた所にある映画館。その隣にも広いゲームセンターが存在する。昼食を済ませた後はそちらへと移動する。
「あの……ここ、座ります?」
今日で初の顔合わせとなり会うことさえ聞かされていなかった少女、美南哀月はレイジに席を譲ろうとする。彼以外の同行者四人は皆、バスの座席に座っているが、ツトムたちが降りた今、立っているのはレイジだけだ。
しかし席を譲ろうとした理由はそれだけではない。隣に座る西浦あかりと距離を詰める機会を作るためだ。
他の二人、吉川青空澄と神楽坂陽光の反応を見ても、ここで断るという選択はできそうにない。
「ありがとう。お邪魔するよ、アカリ。」
レイジはゆっくりと隣に座り、ポーチを膝の上に乗せる。そしてそれを、後ろから覗き込むアスミたちの頭に投げつけた。
「痛いなー、せっかく髪整えたのに……」
「ちゃんと座ってろよ。また怪我しても知らねえぞ。」
中等部のときの話だ。しかしそれは、今するべきではなかった。
「もー、昔の話なんてしたらアカリが機嫌悪くするでしょー。」
「大したことじゃないよ。むしろ崖から落ちたっていう恐ろしい話だから。」
ヨウコのフォローもあり、プライベートではなく授業の一環、惚け話でなく生死をかけたハプニングだったと説明する。とても羨ましいものではないと分かってくれるはずだ。
「じゃあ、ついでにアカリの昔のことを教えてあげるね。これが三歳のときの写真で……」
アイリは自分のスマホから‘アカリフォルダ’なるものを開き、写真をレイジに見せてきた。
「今ものすごい睨んでたけど。」
「あれは照れ隠しだから。」
能力の真髄を明かされた唯一の友人という肩書きは伊達ではなく、アカリのあの表情から一瞬で本心を見抜いていた。心が読めるレイジでさえも隠された本心は見えないというのに、能力なしで知りえているのは流石の一言に尽きる。付き合いの長さもあるのだが、一番大きなものは信頼であろう。
とはいえアカリとアイリは中学へ上がってから、煌ノ杯女子学院の中等部へ進学してからの知り合いだ。ゆえに幼い頃の写真等は、親が共有しているわけではなくアイリが内緒で彼女の成長アルバムを漁り写真に残していたというわけだ。
バスが停車し、停車場を知らせるアナウンスが鳴る。ここで降りるため、慌てて荷物を揃えて順番にバスを降りた。
「ここからはどうするんだ? 自由行動でいいのか?」
ここへ来た目的があるのは、ガチャガチャマニアのアカリとアスミだけだ。急遽参加したヨウコとアイリも、他に行きたい所がある。同じ敷地内でも、それぞれの行きたい場所に行けるくらいには充実している店だ。
「あんたが常にアカリといてあげれば、それでいいよ、ねー。」
アスミの提案に、間髪入れずアイリとヨウコは賛成する。当のアカリはというと、レイジの方を見つめて笑っている。
「……分かったよ。お前らもあんまりはしゃぎすぎるなよー。」
受け入れたレイジに、アカリは少し涙ぐんだ顔を見せる。普通の人ならば逆だろう。
今の流れにおいて、聞く前は、拒否されたらと思うと不安だから心配そうな顔をする。そして返事を聞いて安心すれば笑顔を見せる。アカリの場合、その一連のすべてであべこべの心情が露になる。
まさにアイリの知る通りだ。アカリは思っていることと反対に近い態度をとってしまう能力がある。それは表面上だけでなく、心の声も。だからレイジは、表面通りの声しか聞けなかった。それをアカリの本当の感情だと誤解し、変な人だと思い込んでしまった。
「それじゃあ、出発!」
「おー!」
彼女たちは一気にテンションを上げ、横断歩道を渡り出す。なんだかんだで、アスミたち三人はまとまって動くようだ。
「まずは両替!」
「ちょっ、速いよアスミー。待ってってば……」
一目散にエスカレーターへ向かい、駆け上がっていく二人。片や走りながら財布のチャックを開けだし、片やスマホで録画の準備をしながら追いかける。昔と何も変わっていない。
その後ろを、少し遅れてアイリが追いかける。本当は能力を使って二人の足を止め、店の中を走らないよう注意したいようだが、他にも多くの客がいて迂闊に使用できない。結果自身も店内を走って追ってしまっている。
「俺たちも急ぐか?」
「ううん……これでいい。」
本当は早くガチャガチャを回したいだろうに、一向に急ぐ気のないアカリ。そこには何かしらの理由があると思われるが、レイジにはそれが分からない。だから聞いた。言葉にすれば分かることだってあるのだ。
「レイジは走るのが遅いってアスミたちから聞いたので。」
「ごめんねえ!」
レイジとアカリは二階に上がり、ゲームコーナーへと向かった。すでにアスミは台の周りをうろうろと歩き、回すガチャガチャを決めようとしている。
「私も行っていいですか?」
「そのつもりで呼んだんだろ? 好きにしてきなよ。」
レイジにそう聞くと、アカリも両替して台を見渡しにいった。この前の店とは比べ物にならないくらいの多さだ。うっかりすると大量にお金を使ってしまいそうだ。
アカリは自分が回すガチャガチャ一つ一つの解説をしながら納得がいくまで回している。すべて揃えることで繋がる物、推しのキャラ一点狙いで回す物など。レイジはそれを聞きながら彼女の姿を眺める。
「一度やってみる?」
レイジは考えていた。そう聞かれたときの答え方。自分が回したいって思って選ぶと、ガチャガチャ中毒という名の沼に嵌められるだけだ。自分じゃない誰かのために回す。それなら節制が効く。
とは言うものの、アカリが欲しいと思う物はすべて自身で集めてしまっているだろう。かといって欲しがらない物を渡しても気を遣わせてしまう。
ならばその価値を、別のものに与えればよい。
「何が出るかは分からない。もう持ってるかもしれないし、要らないって思うかもしれない。けど、これは俺の、人生初のガチャガチャだ。一番最初の思い出っていう形で、受け取ってもらえないか?」
レイジが選んだ台は、ストラップ紐付きのおもちゃだ。財布やスマホ、鞄等、色々な所に付けられる。この中ではそこそこ使い勝手が良いと思い、回そうと考えたのだった。
「うん。あなたの初めて、嬉しいよ。」
そう返事を聞くと、レイジは百円玉を投入しレバーを回した。出てきたカプセルを取り出し、アカリに見せるようにして蓋を外した。
中から出てきたのは指輪だった。そんなのはラインナップになかったと台を見て確認するが、どうもシークレット枠らしい。アカリ自身も予想だにしなかった中身に、思わず感情が露になる。
「指輪……くれるんですね……」
アカリの表情、前回人間かどうか確かめるべく頬を引っ張ったときと同じだ。アイリの知る通りなら、このときのアカリの本心は……
「あっ、またアカリ泣かしてる! 何しでかしたのよレイジは!」
そしてレイジはアスミたちにも見られてしまった。ケースから覗かせる指輪をアカリに向けている自分の姿と、その目の前で涙ぐむアカリの姿を。
「一発目でシークレットなんてやるじゃない。あんた、ガチャガチャの才能あるよ。」
「その手には乗らないぞ。だいたい今回で大事なのは中身じゃない、人生初めてのカプセルをあげたってことだ。」
アスミとヨウコがベンチに座って集めたカプセルを整理している横で、レイジは先ほどの状況の説明に追われる。当のアカリは指輪に夢中で、にやけては擦ったり照明に反射させたりしている。影から写真に収めているアイリの姿には目もくれない。
散らかしたガチャガチャを片付け、下のフロアのフードコートへと移動する。相変わらず麺類を注文するレイジに対し、女子校組はとんかつ、とんテキとがっつりしたメニューを頼んだ。
「普段からそんな食ってるのか?」
「ううん。学院のカフェテリアはもっと少ないよ。ってかレイジが少ないんじゃない?」
さも普通のことのようにヨウコが答える。昔に比べて食べる量が跳ね上がったのはそっちの方だとレイジは内心突っ込んだ。
フードコートを抜けて、そのまま出口が見える。しかしバス停はまだ先で、ここで出てしまうと暑い外を歩くことになるため反対側へ曲がった。ついでに二階へ向かう。エスカレーターを上がったところに、スポーツ専門店があった。
「ちょっと寄っていかない? うちらのユニフォーム決めるにも、実物見ておきたいじゃん。」
アスミの提案の下、四人はスポーツシャツを見に行った。練習用に一枚、お揃いのを買うつもりだが、レイジも見に行くことにされてしまった。
「ボールもあるよ。これは一個でいい?」
「そうね。今日は使わないし、とりあえず一個でいいと思う。」
アイリはバスケットボールを手に取った。使わないなら買わなくていい気もしたが、写真を撮るのに必要らしい。
「こうなるならコトリも連れてくれば良かったね。」
「しょうがない。でも、レイジがいるし。」
ここの四人と大船切裏。合わせて五人が、今年のレギュラーとなる予定だ。
「ところでレイジのチームはどうなの? 出るんでしょ? エクストリームバスケ。」
「さあな。こっちはまだそんな話は進んでない。」
大会は十一月からで、練習解禁日もまだ先の話だ。彼女たちの高校をはじめ、いくつかはすでにメンバーを決めにかかっている。とはいえレイジの高校の代表も半ば決まっているようなものだ。
「うちら四人と、コトリで組むんだ。とりあえず今日は代わりにレイジが入って……」
写真を撮るためだけにシャツを買わされるのか。不満が残るが仕方がない。レイジはボールと自分のシャツを持ってレジへと向かった。
「待って! 水着も買う!」
目敏く水着コーナーに気付いてしまったヨウコに連られて女子陣は各々眺めにいった。アカリの水着を選ぶ義務があると言われ、レイジも連行されていく。
試着室は一つしかないので、選んだら順番に着替える。
「じゃーん! どう?」
「俺に聞かれても……アカリのにしかコメントしないぞ。」
瞬時に何も反応がなかったのに物足りなさを感じたアスミは、不貞腐れて別の水着を探しにいく。その影響で水着コンテストへと発展してしまったが、もう止めることはできない。
いまいち乗り気じゃなかったのはアイリだ。自分のスタイルに自信がないというのもあるが、特にアピールしたいとは思っていないようだ。
少なくとも似合ってないとは思われたくないようで、レイジに変と思われなければそれにしようと考えすぐに選び終えていた。当然レイジも似合わないなんて思いもせず口にも出さない。ホッとして自分の水着を選び終えたアイリは次の瞬間、テンションが跳ね上がった。
「きゃー! すっごくかわいいよアカリ、天使!」
今日初めて試着し水着姿になったアカリに、これ以上ないと言っても過言でないほどの誉め殺し。一方アカリはここまで食いつかれるのは予想外のようだった。
「レイジ、あれの三倍は誉めて。」
「いやどう見ても引いてるじゃん。」
アイリの急変にも動じないアスミは、瞬時にレイジへフォローを入れるよう吹き込む。レイジも彼女のことを真似する気になどなれなかったが、アカリの本心は見えてきた。
バスケットボールとシャツと水着を買って、ようやくスポーツ店を後にした。入ったときとは別の出口へ来たため、目の前にあるスーパーボールのガチャガチャに気付いてしまった。
こうなればやることは一つ。アカリとアスミはすぐさま財布から百円玉を取り出していた。
ジュエリーボールという、普通のスーパーボールより少し大きめで、表面がキラキラしている物だ。お金を入れると中のレースを下ってボールが出てくる。二人はそれを手に取り、早速地面に当てて弾み具合を試していた。
「あっ、ヤバい……」
アカリは強く打ち付けてしまいキャッチできず、ボールはそのままフェンスを乗り越えてしまった。エスカレーターの横を通り、一階へと落下していくボール。それを咄嗟に掴もうと、アカリはフェンスを乗り越えようとした。
「危ない!」
レイジはすぐさまアカリの左手を掴み、おかげで飛び降りるのを阻止できた。
そのときだった。
ありがとうと言うアカリの声。言葉ではなく心の声が、その瞬間、はっきりと聞こえてきた。
アイリにも教えていない、アカリの能力の真相。彼女の本心を知るための最後のピースは、思いもよらぬ瞬間に見つかった。




