102話 不幸な能力を持ってしまった少女
午前十時発のバスに乗るから、十分前に駅に着くようにしよう。それが前日の夜の打ち合わせによって決定されていた。一人方面の違う三門玲司は九時五十分近くに着くように設定して路線情報を確認したところ、約束の五十分より前に着けるちょうどいい電車はなかった。代わりにあるのは五十六分着の電車で、バス乗り場までの距離を考えても間に合わないような時間ではないと判断した。
当日レイジはその電車に間に合い、遅延することなく目的地に到着したのだが、メンバーと合流してからは怒涛の展開に振り回された。
集合場所にはなぜか知らない人もいて、遅れたことを謝罪しようとしたら三郷楽阿からのドロップキック。
とにもかくにも、レイジにとって災難な一日の始まりだ。
「偶然会って同じ電車、同じ車両に乗って……行き先も同じじゃないかと期待していたら……何でお前なんだ!」
「知るか! 俺だって会う約束はしてねえんだ!」
基本的に温厚なラクアがここまで感情を乱している原因、それはここにいる四人の女子の中で唯一レイジが初顔合わせとなる美南哀月だ。
話を戻すと、今日ここに来たのは西浦あかりと遊ぶためであって、来る予定があったのはアカリとそのガチャガチャ仲間である吉川青空澄の二人だけだった。
しかし二人はそれぞれ内緒で一人に連絡を取り、一緒に来ることにしていた。そして呼ばれたのはアイリと神楽坂陽光。ヨウコはアスミ同様レイジとは昔からの知り合いであり、この島に来てからは一度も会ってないためこの機会を利用してきた。一方アイリの方は、不安だからという理由でアカリが同行を頼み入れたのだった。
そして二人は当日行くことを承諾したが、そのことは一切レイジに伝わってこないでいた。まずこれがトラブルの原因その一だ。
「じゃあ別々に行動するのか?」
「いや、一日中一緒だと思う。」
知り合いだろうが初対面だろうが、一緒に過ごすことに変わりはないじゃないかと叫び、ラクアの怒りは収まらない。彼は電車でアイリの姿を見つけ、そして自分たちの行き先と近い所にいると知り動揺が収まらなかった。
要は、ラクアはアイリに恋をしている。その相手が自分の目の前で、しかも他の女子たちとともに男と、それもレイジと出かけようとしていると思うと、感情を抑えきれなくなってしまったのだ。これがトラブルの原因その二である。
「いいか。いくらレイジでも、手を出したら許さないからな。」
間違ってもラクアの危惧しているような状況にはなることはない。アカリが初めてのデートで不安だからと呼んできた親友と仲が深まるようなことになってしまえば、レイジの身に何が起こるか想像するのも恐ろしい。
けれどもここまで一方的になじられ暴力も振るわれて、黙っていられるほどレイジはお人好しではない。
右手の拳が、ラクアの腹に突き刺さる。衝撃で彼の体は突き飛ばされるが、殴った側のレイジにも痛みはあった。ラクアの能力、触れた者の体力を過剰に削る‘オーバーワーク’により、レイジの右腕には力が入らなくなった。もう一度殴るどころか意図的に動かすこともできない状態にされたが、その一撃で十分だった。
「こっちの事情も知らない癖に……うざってえんだよ!」
「ストップ、ストーップ!」
レイジとラクア、二人の間に酒々井鉄道が割り込み、騒ぎを押さえようとした。彼の声を聞いて、ラクアは我に帰り拳を押さえた。レイジは右腕の痛みに堪えきれず思わず膝を着いた。
アスミはレイジがこれ以上暴れないと直感すると、彼の元へ駆け出した。
「もう、朝から何やってるの! まずは二人とも謝りなさい!」
ラクアの方も、アイリに悪い印象を持たれてしまったと後悔し、これ以上敵意は向けてこなかった。レイジも問題をまた増やしたくはないので、お互い素直に謝り合って一段落着いた。
「あーあ、バス行っちゃったし。レイジが遅れるからこうなるんだよ。」
十分おきにバスが出るため、一本逃したのは大きな問題ではない。しかしそれは一人で来たときの話。一緒にいる人たちに迷惑をかけたことは、悔い改めなければならないことだ。
「その通りだ。すみませんでした。」
たった一言、それでも素直に言うことで、アスミたちの心配は消えた。そして気を取り直してバス乗り場へと足を進める。
「なんだよ。歩いていくんじゃなかったのか。」
「いいだろ別に、無料なんだし。」
ラクアとテツジもバスの列に並んだ。彼らの行き先はレイジたちよりずっと手前で、早く着くためには歩いていく方が良さそうに思えた。現に二人も本来は歩いて向かう予定だったのだが、ラクアが乗りたいと言い出したのだ。
「待つにしても、高々十分じゃねえか。」
「まあ、乗る乗らないなんて個人の勝手だけどよ。」
聞くだけ無駄だと思い、レイジはそれ以上深く追及しなかった。一分でも長くアイリと一緒にいたいってのは丸分かりだからだ。
「それで、そっちは何しに行くの?」
「鉄道模型を見に行くんだ。彼は付き添いだけどね。」
テツジは実際の写真を見せた。店のホームページにある写真には、壁いっぱいに車両の模型が並んでいる。さらには模型を走らせる鉄道ジオラマという本格的なレールの写真。普段見られる物でもなかったのもあり、アスミとアカリは強く興味を引かれていた。それは彼女たちが、鉄道のガチャガチャも嗜んでいるためであろう。彼女たちも車両の形式や歴史について詳しいため話が弾んでいた。
「ああいうのって女子には引かれるって思ってたんだけどな。」
「好みは人それぞれだしな。」
取り残されたラクアはテツジから離れてレイジの元へ行った。ここへ来たのは彼の希望であり、ラクア自身そこまで本物や模型に興味があるわけではない。たまたまバイトも休みでお金も貯まっていたため、付き添いに行くという話になっていたという。
置いてきぼりを食らったのは二人だけではない。それをアピールするかのように、服の裾を引っ張る者がいる。
「そういやお前も来てたんだったな。久しぶり、ヨウコ。」
「へへっ、来ちゃった。」
アスミ同様、ドリームアカデミーから煌ノ杯女子高校へ入学した少女。ヨウコも本来今日来る予定ではなかったのだが、アスミの咄嗟のひらめきにより呼ばれてきたのだった。
「お前も背が伸びたな。」
「レイジほどじゃないけどね。」
バタバタしたせいで忘れかけていたが、ヨウコとは一年半ぶりの再会を果たした。お互い聞きたいことが色々あるため、今日のことではなく昔のことを話し合った。必然的にラクアを会話の輪から弾き出すことになるが、一人ぼっちになるわけではない。もう一人と話す機会、そして話題を与えたことを遠回しに伝えるように、レイジはラクアに目配せした。
レイジの意図に気付いたラクアは、端に立って居心地が悪そうにしているアイリに話しかけにいった。気の毒なことに彼女からは今現在一切脈がないが、彼の方から行動に移せば変化が訪れるだろう。変化がどうあろうと、レイジはそれをラクアに伝えてあげるつもりはなかった。
「よ、よう……偶然だな、アイリ。」
「うん、久しぶりだねラクア。」
名前と顔を覚えていてくれたことに、ラクアは安堵し胸を撫で下ろした。しかし電車に乗り合わせていたことは知らなかったようで、こうして顔合わせをしても特段気にかけるような変化は起きなかった。
「そういえばさっき、あの人にお腹突かれたでしょ?」
「あ、ああ……」
アイリは自分を心配してくれているのか。そう受け取るとラクアは少し嬉しくなるも、みっともないとも思われたくないので痛がる素振りは見せなかった。
「殴った方が腕痛めてたし、腹筋固いのかなって思って……私もやってみていい?」
レイジが殴った腕を震わせていたのは固かったからではない。ラクアの能力の効果をまともに食らったからだ。しかしアイリは、彼が頑丈な腹筋で受け止めたのだと勘違いをしていた。
「い、いいぜ……怪我するなよ……」
ラクアもここで見栄を張り、アイリの拳を受けようと構えだした。しかし彼は葛藤していた。もしここで能力を使えば、アイリの腕を痛めてしまう。オーバーワークは運動量に比例するため、軽い一撃だけなら撃った側への反動も小さくなる。
けれども痛がることもなければ、固くないことにも気付かれてしまう。プライドを守るか、彼女を守るか。悩んだ末、迫り来るアイリの拳を前に結論を出した。
「じゃあ……ふんっ!」
ラクアの想像していたものより遥かに重い一撃が入った。能力を使用しなかったため当然アイリは腕に疲労が溜まることもなく、そこまで固いわけではなかったこともバレてしまった。
けれども今は、そんな嘘を疑っている場合ではなかった。
「大丈夫? そんなつもりじゃ……」
踞るラクアに、アイリは必死で謝罪し心配する。苦し紛れの彼の笑いに、喜びが混ざっていることなど彼女は考えもしていない。
「バスが見えたぞ。」
ロータリーをぐるっと回り、乗り場の前で停車する。後部のドアが開き全乗客が下車すると、代わりに前の扉が開いて次々と乗り込む。
ラクアとテツジは次のバス停で降りるため、席に座らず柱に掴まった。レイジも二人に倣って立つ。座席は二つでワンセットなので、女子四人を座らせる。それがマナーだ。
「そもそも何でこんなにいるんだ。」
レイジはアイリに来た理由を尋ねる。本人は心の声によって知っているが、もうすぐ別れるラクアにも納得させておいた方が余計な心配をさせないで済む。
「私は、アカリが不安だって言うから……」
そう。彼女はアカリに頼まれてやってきた。レイジとの初めてのデート、悪い印象を持たれてしまわないように見てもらうためにも、親友であるアイリが側にいるのは心強かった。
そして彼女の存在は、レイジにとっても大きなものだった。それはアイリが唯一、アカリの能力のことを知っている友達であるため。アカリ本人の心を読んでも知ることのできなかったその正体を、彼女ごしに知ることができた。なぜアカリが彼女を呼んだのか。なぜこの前は不自然な振る舞いをしていたのか。すべての謎は一本に繋がると同時に、アカリに対する印象が大きく変わった。親近感。そして、救われなければならない存在であると感じたのだ。
「私もアカリの応援だよー。ついでにレイジに会いに、ね。」
応援が増えると余計に気が重くなるからやめてほしいのだが、それを言っては余計に闘志を燃やされるだけだ。
「あれ? でもレイジ、文化祭で一緒に歌ってた子と付き合っているんじゃ……」
ラクアは観客の一人として、あのライブを見ていた。正式に付き合ったのはその後で公言してもいないのだが、何も知らない人たちにはカップルで発表しているように見えたのだろう。
それをこの場で発してしまったためにアカリの心は沈み、アスミたちにも刺激を与えてしまった。
「その彼女とはどういう経緯で付き合うようになったの!」
「誕生日が三日違いでな……」
原点を辿ればそこだ。同じクラスになって、初めての座席。それが偶然にも近かったのは、進学して最初の座席を誕生日順によって決めるという校則が存在していたからだ。
しかしこれによって、余計なトラブルを生んでしまった。
「それなら二日違いのアイリでいいじゃない!」
レイジの誕生日が六月十八日だと覚えているアスミは、知り合いに誕生日が近い人はいないかと考えたところ、思っていた以上に身近にいたことに気付いた。彼女の言葉を聞き逃さなかったラクアはレイジをキッと睨む。
「誕生日が近いってのはうちの高校だと席が近くなるってことで、自然と話す機会が多かったからだ。」
そもそも学校が違うのだから、アイリの方が近いとかは関係ない。第一に同じクラス、第二に席の近さに繋がる誕生日。それが合わさって芽生えたものであると補足を入れ、ひとまず修羅場はくぐり抜けた。
「それで、あんたはその子をどう思っているの。」
その子、一ノ宮耀はどんどん自分に依存していた。文化祭でライブを成功させて、そこをゴールにしてしまったショックで一日をリセットさせてしまったほどに。
レイジは彼女にとってどれほど重要な存在であるのかを噛みしめ、そして自信を持って口にした。
「責任をとらなきゃならないんだ。」
その瞬間、周りに一気に誤解されていく。一番顕著に現れたのがアスミで、一気に顔が赤くなっていく。
「お前スケベだな。」
「ち、違うし! だいたい責任とるって、どういうこと!?」
アスミを筆頭に誤解した連中にはもう一度伝えたいが、二人にはそんな時間はなかった。車内のアナウンスが鳴り、ラクアたちの降りるバス停に到着してしまったのだ。
「後で来てもいいぞ。連絡くれれば場所は知らせる。」
「うん、それは分かったけど……」
ラクアとテツジはレイジに哀れむような目を向ける。
「つらくなったら、こっちに来いよ。」
できることなら一緒に降りてちゃんと話したいが、それはできない。
できないだけに、彼らの優しさが心に刺さった。




