101話 誰が味方か誰が敵か
騒ぎも落ち着いたところで、昼食を再開する。三門玲司は空いた席に入れてもらい、三人が食べ終わるのを待ちながら状況を整理していた。
「なあ青空澄、お前最初あれだけ俺のこと邪険にしてたのに、どういう風の吹き回しだ?」
「あんたを呼んだのは小通だし、それで本当にあんたが来たってだけだしね。私がいること知ってたんでしょ?」
正直な話、吉川青空澄には気付かれた瞬間通報されるくらいの覚悟はしていた。そうなっても右目の能力で捩じ伏せることで平穏無事でいられただろうから、レイジは行くことを選んだ。
「陽光もいると思ったんだがな。まあ、あいつはこんな趣味持たねえか。」
ヨウコというのはかつてアスミ、そしてレイジと同じドリームアカデミーに中等部まで通っていた神楽坂陽光のことだ。今はアスミと同じ煌ノ杯女子学院に通っている。
「あっ、またガチャガチャのこと馬鹿にしたわね! でもいいわ。今日これから、連れていってあげるから。」
この町には複数のゲームセンターがある。となればガチャガチャの台も多く存在する。彼女たちが今日ここを選んだのは、これからすぐに回しにいくためなのだ。
「いや、俺金ないし……」
「ダウト。それに最初は見てるだけでいいから。」
どんな言い訳をしても、ここから帰してはくれないだろう。レイジは諦めてアスミたちに付き合うことにした。
「あなたたち、実は仲良いんじゃない?」
「良くない!」
二人の会話を聞いていた淡路小通は、自分が呼び出したがゆえに騒ぎが起こってしまったことに責任を感じていたが、今の彼らからはギスギスした空気が漂ってなかったので少しホッとしていた。
アスミはすぐさま否定するが、過去を知っているのは彼女だけではない。彼女の知る自分の過去があれば、自分の知る彼女の過去がある。レイジは記憶に残るなかで特に印象的なものについて語りだした。
「そうでもないぞ。俺たち、昔……」
アスミは幼い頃から特に外遊びが好きで、行き先を決めずに友達を連れて走り回っていた。レイジもその被害者の一人だったことを語った。
「俺も一度こいつに連れ回されてな……」
「言うなバカー!」
レイジも一度連れられ迷子になり野宿した。アスミ以外の子とははぐれ、連絡をとる手段もなかった。そのときレイジは持っていた食糧すべてをアスミに渡し、財布しか残ってないことを隠していた。
「財布だって知らなかったアスミはそれを最後の食糧だと思い奪いにきてさ。散々殴られた。」
「あのときは、本当にごめんなさい! 私にくれたお菓子よりよっぽど大きかったし、次見たときも膨らんだまんまだったから……まさか本当に、食べ物全部私にくれてたなんて……」
結果的には二人とも後遺症なく助かったし、他に負傷者もいなかった。レイジは根に持つようなことはなく、翌日からはいつも通り接していた。
しかし七年経った今になってもアスミにとって心残りなのはかわいそうだ。どうにかして忘れられないかと考え、レイジは思い付くままに言った。
「アスミは運だけは良かったんだ。後一日救助が遅ければ、俺はお前の足を食べてたかもしれないからな。」
「そんなこと考えてたの!?」
本気で気持ち悪がられているが承知の上だ。他の二人にも聞かれているが、どうということはない。
紙コップを持つあかりの手が震えている。いち早く気付いたコミチは口の中のパンケーキを飲み込むとレイジたちの方を向いて言った。
「二人とも、その辺にしないとアカリの機嫌が悪くなるわ。」
「うぇっ!? ち、違うのよアカリ。そもそもこいつから話を始めて……」
アスミは向かいの席に座るアカリに必死に弁明するが、彼女がどんな表情をしているのかは見えていない。
レイジとしては自分のことを不特定多数の女性と軽々しく会話する不埒な男だと思ってもらった方が良い。アカリに諦めてもらうにはこれぐらいサクサクと好感度を下げてもらいたい。
「私はあなたの味方よ。」
「お前なぁ!」
胸ぐらを掴みにかかるレイジだが、アスミは紙一重でかわす。
彼女の能力が再び活きる。自分の動作を成功させるタイミングが直感的に分かるというもの。レイジの掴みを避けられるタイミングが分かったその瞬間行動に移し、難なく回避する。
アスミはこれによって谷を飛び越えたり対岸まで辿り着いたりと、幾度も苦難を乗り越えてきた。しかしタイミングが分かるだけで確実に成功させられるわけではなく、飛んだあとに何らかのトラブルが人為的に発生すれば失敗する。
これでレイジは飛び越えようとした同級生の足めがけて石を蹴飛ばし崖の下に落としたが、アスミは追って飛び降りてなお助かるタイミングが分かると躊躇なく飛び込み、枝に着地してしならせて同級生を抱えて舞い戻った。
そのときと同様に、レイジの能力‘悪夢の瞳’は打ち消された。
「何でそこでキレるのよ。」
「諦めさせようってのに何で味方してるんだ!」
アスミの顔は、そんなの分かりきったことじゃないとでも言いたげな表情だ。
「今の彼女さんよりアカリの方がかわいいってあんたに認めさせるためよ。」
アカリの横恋慕を否定せず、むしろ奪いにいく背中を全力で押すということだ。厄介な相手を敵に回してしまったと後悔するが、結局話は変わらない。レイジの、自分の気持ちが変わらない限り、一ノ宮耀を裏切ることは絶対にないからだ。
「ごちそうさまでした!」
各々完食し、食器を返却棚に置きに行く。
(レイジ、ここは持っていってあげるの。)
心の声が聞こえることを逆手に取って、アスミはレイジに吹き込んだ。レイジはため息をつきながら仕方なくアカリの食器を受け取ろうとすると、一瞬指と指が触れ合った。
アカリの叫び声に続き、食器がテーブルに落下する音が響いた。
「ちょっとレイジ、フォローが遅い!」
幸い割れたりヒビが入ったりすることはなく、怪我人も出なかった。アカリはすぐに拾い片付けに行くが、レイジは固まったままだった。
一瞬の出来事だった。今まで聞こえていたのとは明らかに違った。指と指が触れ合ったあの一瞬、アカリの心の声がしたのだ。
「どうかしたの?」
コミチは不思議そうに聞いてきた。彼女の指に触れても何ともない。
「いや、何でもない……」
気になったことは誰にも話さないまま、レイジたちは店を後にした。
「じゃあまずは、行ってみようじゃない。あんたの言う思い出の場所に。」
アスミの悪い提案のせいで、レイジはあの場所へ行くことになってしまった。本来の目的地へ向かうためのルートからはあまり逸れないのも影響している。
「ここで告白したんだってね。何でわざわざこんな所まで来たの?」
そう聞かれるとレイジは返答に困ってしまう。彼の知る限り、深夜0時に間に合う範囲で見ることができた、最も大きい時計だったというのがただ一つの理由だ。
営業時間外であるがゆえに鳴らない大時計。それでも時を刻む機械という役目を果たしているのに変わりはない。
「あのときは必死で……何て言うか、俺はここで次の日を迎えたかったんだ。あいつと一緒に。」
無駄に遠出をして、お金もかけて、それでも前に、未来に一歩踏み出せたのだから、有意義な時間だと思えた。
「じゃあ決まりだね、アカリ。初キスはこの下で。」
「上書きするんじゃねえよ! 俺はあいつとともに歩くって決めたんだ。アカリも分かってくれるだろ!?」
さっきから黙りこくっているうえに心の声も聞こえてこないアカリにも納得してもらわねばならない。けれども彼女の険しい形相からは、レイジの求めていた納得しての自制という心の変化は微塵も感じられない。
「おーい、聞こえてるかー。」
アカリの体がビクッと震えた。レイジの方を見上げると、屈託のない笑顔を向けた。
「素敵な思い出ですね。」
「だろ! だから頼むからこの素敵な思い出を……」
「私とも作ってください。」
ついにレイジは頭を抱えだし、一人先に歩きだした。その後もアスミたちにその夜の出来事を聞かれたが、まともに応じる余裕はなくただひたすら歩いていった。
「着いたー! ゲーセン!」
百貨店を出てすぐの所に、最初のゲームセンターがある。ようやく粘着から解放され、レイジは少し気が楽になる。とはいえ問題はここからだ。彼女たちが没頭しているガチャガチャに興味を持つような素振りを見せてしまえば最後、今度の日曜日も確実に付き合わされる。
レイジは店に入ってすぐクレーンゲームに目を向けた。以前ヒカリとゲームセンターに来たときに獲った景品の新作が出ている。
お土産に獲ってあげようと思い両替機を探すレイジだが、すでに三人が並んでいた。
仕方なく手持ちの貨幣で終わらせようとレイジは台の前に立った。そして一発で獲得すると、店員から心のこもってない拍手を受けた。
「へぇー、意外な才能ね。」
「前にちょっとやりこんだからな。」
レイジは目線をクレーンのアームから逸らさず景品をポケットにしまい、二回目に挑戦した。
店員のみが知る裏ワザ。心を読むことでやり方を知り、持ち合わせの技術で再現する。これが種明かしだ。
「アカリの分も獲るなんてやるじゃない。」
「バーカ。」
適当な相槌を打った直後、レイジの爪先に重みが伝わる。踏みつけてきたアスミの右足を退かそうとスカートに手を伸ばすが、すぐさま気付かれグリグリと押される。
「分かった、渡せばいいんだろ!」
ヒカリとお揃いにするのは別の機会に回せばいいし、今回獲ったのも適当に部屋に置いておけばいいだろうとなげやりになった。そんな裏事情を知らないアカリは受け取るとまた泣き出すのでレイジは渡してすでに離れた。
「で、両替はもう十分なのか?」
「そうね。今日の分はこれぐらいってところかしら。」
重量感のある財布に変わっている。アスミたちにとっては小銭用の財布だそうだ。さらにガチャガチャのカプセルを入れる籠も準備をしてある。
ガチャガチャの並んだエリアで各々回す台を選択し、次々と百円玉を流し込む。カプセルを開ける前に次の貨幣を投入し、一定のカプセルが溜まると台を離れて店の外で開け始めた。
珍しい物が当たったかとかコンプリートしたかとか、別々のガチャを回していながらそれなりに会話が生まれていくなか、レイジは黙ってその光景を眺める。
やはり不思議に思う。アスミとコミチは心底楽しそうに話しているが、アカリの表情はどこか影を帯びている。表情だけでなく、内心も、楽しんでいるのとはまったく違う感情だ。
そんなことを考えるレイジの視線に気付いたアカリは彼の顔を見る。レイジは咄嗟に顔を背けてごまかすものの、見ていたことは知られてしまった。
それからも歩ける範囲で数ヶ所のゲームセンターを回り、狙いのガチャを回しては外で開封の繰り返し。気付けば夕方になっていた。
「じゃあそろそろ帰ろっか。家着いたら写真上げてね。」
ガチャガチャ仲間の娯楽は狙いを当てることに留まらない。今まで当てた物を並べて綺麗に写真に収めて見せ合うのもまた一楽。帰宅後のSNS上のやりとりとして、彼女たちの交流は続くのだ。
アスミとアカリは北へ、レイジとコミチは東へとそれぞれ別の駅から帰宅する。改札の前がお別れの場だ。
「では日曜日、待ってますね。」
アカリは淀みのない笑みを浮かべ、レイジに最後の言葉を告げて去っていく。アスミも後を追うように去っていき、レイジはコミチとともに駅へと歩きだした。
「お前は行かないんだな。」
「私も行きたいけど、それじゃあ電車の中は私たちの二人きりじゃない?」
別の電車で行けばいいじゃないかというのが正論かもしれないが、アカリに余計な不安を抱かせない配慮だとコミチは考える。彼女もやはりアスミ同様アカリの後押しにつくようだ。
そして問題の日曜日がやって来た。場所は前回の最寄り駅の二つ手前、レイジにとっては近くなったがアカリたちからは遠くなり乗り換えも必要になってしまった。しかしこれから行く所はさらに多くのガチャガチャが設置されている、この島有数の大型娯楽施設である。無料巡回バスが通っておりここで時間を合わせるため、まずは改札を出た所に集まるように計画を立てていた。
アスミとアカリは二人の少女とともに電車を乗り継いでいた。最初の乗り換えを終えたところで、二人の高校生が彼女たちの存在に気付いた。
「なあ楽阿、あれって……」
「なんだよてっちゃん……えっ!?」
三郷勤とその幼なじみの酒々井鉄道が隣の車両にいることに気付いたのが、アスミたち四人衆だった。しかし彼の、ラクアの目に映っていたのはその中の一人、|美南《みなみ》哀月だけだった。
「あの四人、確か同じ高校だよね、煌ノ杯女子の。」
「あ、ああ……でも、こんな朝早くからどこへ……」
次の駅で、ラクアとテツジは乗り換えた。目で追っていたアイリたちも同じく改札を抜けて乗り換える。次に乗った電車も同じだった。
「まさか行き先も同じなんじゃ……」
「聞いてみなよラクア。もしかしたら、もしかするかも。」
テツジの後押しも空しく、ツトムは会いに行く勇気は出なかった。向こうから気付いてくれることも期待したが、残念ながら叶わなかった。
次の乗り換えも、さらには下車する駅も同じだった。先に改札を出たのはラクアたちだが、後ろからアイリたちも改札を抜けていくのに気付くとそこから足が進まなくなった。そこからの行き先が気になって仕方がないのだ。
「動かない。誰か待っているんだね、きっと。」
テツジの言う通り、アイリたち四人は改札を出たところで立ち止まっていた。
そして数分後、待ち合わせている人が来たのか彼女たちの声が上がる。どうやら約束の時間を過ぎていたようだ。
「来たみたいだ。それにしても、時間を守れないなんて、いくら女の子でも良くないよな。」
「それには同感だ。どんな顔してるんだか……」
ラクアがチラッと目を向けた瞬間、彼女たちの前に現れた人物に殺意が湧いた。
「だから電車がなかったんだって。」
「それでもちゃんと連絡しなさいよ。こっちからのメッセージはシカトするしさ……」
アスミの小言を聞き流しながら、レイジは目の前にいる会ったことのない少女に疑問を抱く。そして横から全速力で迫ってくる殺意に気付き、咄嗟に四人から距離をとった。
「てめえかああ!」
ラクアの怒りの一撃が、レイジの顔に直撃する。朝からなんて災難だと嘆きつつ、レイジは地面に叩きつけられた。




