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オートセーブは深夜0時に  作者: 夕凪の鐘
Episode19 あなたの夢は何色ですか
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100話 流れ弾クロスファイア

「まだ食べてるのは遅くねえか?」

「うっさい! こっちは真剣な話してたの! 話す相手もいなかったあんたは黙ってて!」

 三門(みかど)玲司(レイジ)の頼んだ中華そばほど量が少なくないとはいえ、三人とも半分以上残っているのはいくらなんでも遅いのでは。なんてレイジは思いつつ、特にすることはなくデザートも頼む気分ではないためスマホを取り出し時間を潰そうとした。


「あの……ここ、よかったら……」

 西浦(にしうら)あかりは誰も座ってないテーブルから椅子を一つ引っ張りだし、荷物置き場にしている椅子と入れ換えた。配置としては淡路(あわじ)小通(コミチ)の向かい、すなわち吉川(よしかわ)青空澄(アスミ)とアカリの間だ。

 彼女はテーブルから少し離れた円形のベンチに腰掛けようと後ろ歩きをするレイジを見上げて言った。あれだけ騒ぎを起こし、アスミにもあることないこと言われておきながら、その相手に純粋に気遣った言葉をかける優しさは素直に受け取っておきたい。だがしかし、その右隣に座る人からの視線と心の声のせいで足は前に進められない。こっちに来てもいいというのは何だったのか。


「人を待たせていることを自覚しろ。まだまだ時間かかるから、ゆっくり休んでくれと言ってるようなものだろうが。」

 会う約束などしていない彼女に当たるのはお門違いだが、座るという選択肢を選べない以上はこの返ししかなかった。


「そ……そうよね。ごめんなさい、余計なこと言って。」

 アカリは笑った。結構まずいことを言ってしまったと自覚していたレイジだったが、彼女は傷ついた素振りも怒った素振りも見せなかった。表情だけではなく、心の声も同じだ。悲しみも怒りもない。その表情が表す通りの、嬉しさだけが伝わってくる。


 アカリは俗に言うマゾヒストなのだろうか。そう思えるとレイジは彼女のことをどこか不気味に感じ、反射的に距離をとってしまった。そして何かしら理由をつけて席に着くのを回避しなければならないと考えたレイジは後ろを振り返り、クレープやタピオカドリンク等を売っているお店に駆け込んだ。

 適当に商品を眺めていれば、多少なりとも時間は潰せるだろう。そう考えたレイジは列には並ばずショーケースの前に立ち、棚のあちこちに目を配らせていった。


 コミチはチャンスだと思い席を立った。レイジはしまったと思ったが、既に遅かった。

「私はあれがいいわ。あの人気ナンバー5のクレープ。」

 最上段の左端から目で追って、コミチは五番目のクレープを指して言った。買うつもりなら一緒に買っておいてほしいという意味なのだろうが、本人が買うつもりでないことなど知るよしもないコミチは図々しくもオーダーを入れてきた。


「二人も見てくれば?」

「今度余計なことを言うと口を……」

 レイジが言いかけたところでコミチは日傘を傾けた。それによって彼女の瞳はアスミたちからは見えなくなり、代わりにレイジだけに見えるようになった。うまいこと目元に影ができ、眼孔が鋭く光って見えた。

「……バレたのは誰のせいです?」

「分かった。ちゃんと奢るから。」

 その返事に頷いたコミチは列に並んだ。再び日傘を傾けて二人の方を見ると、空いた手を握りどや顔で親指を立てた。それは交渉成立を意味し、そのジェスチャー一つで二人は正しく理解していた。

 

「……アスミ。」

「な、何よ……」

 今テーブルに残っているのはアスミとアカリの二人。このテーブル、クレープ屋からはさほど離れておらず見通しも良いため重大とは言い難いが、一度に全員が席を外すわけにもいかないのだ。レイジは論外としてコミチが戻ってくるまでは二人同時に席を離れることはできず、その彼女が並んで受け取るまでにかかるであろう時間を考えると、待っているのももどかしい。

 ならば選択肢は一つ。一人が行き、もう一人はコミチが戻ってきてから行くということ。

 そして本題は、どちらが先に行くかだ。


 お互いに箸やフォークを置き、利き手をフリーにする。そして皿を端に寄せ、体の周りのスペースを広げた。さらに体を少し回し、向き合うように座る。何が始まるかは一目瞭然だった。


「レディー……ゴー!」

 二人は組み合った手に力を込めて押し合う。クレープを食べる順番をかけた腕相撲対決が始まった。


「……女子校ってあんな奴らばかりなんだな。」

「あの子たちの周りでは、あれが普通みたいよ。」

 周りの目も気にせず、勝つことだけを考えている二人は、力を込めるためならば唸り声を出すことも(いと)わない。それが顔に出ていることもまったく気にしてないほどに、夢中で戦っていた。


「勝った!」

 手の甲がテーブルに強く叩きつけられる音とともに、アスミは力強く左手でのガッツポーズを掲げた。今日一番の満面の笑みを浮かべるアスミだが、レイジからの視線に気付きさらに周囲から注目を浴びていることに気付くと恥ずかしそうに席を離れた。クレープ屋に寄ってきても、結局店員や並んでいる最中の客に見られているのだが。


「あいつだけこっそり能力使いやがって……」

 無効試合を提案すべく、敗北したアカリに真相を伝えにいったレイジは、彼女が右手を押さえて俯いているのに気付いた。よほど負けたのが悔しいみたいだ。


「大丈夫か? あいつ昔から加減を知らないからな。」

 レイジの声に気付いたアカリはその顔を上げた。さっきまでの顔つきとはまるで違う、偽りのない笑顔だった。


「ううん。別に、何とも……」

「アスミの奴、実は能力使っていたんだ。反則負けか再戦ってことにしてもいいと思ったんだが、あんたはどうしたい?」

 アスミの能力、それは普通に観察している分には発揮しているかもどんな性質を持っているのかにも気付けるものではない。

 名前は‘到来(とうらい)×Try(トライ)’。自分に限り、動作を成功させるタイミングが直感で分かるというもの。今の勝負で使用するならば、どんな相手と腕相撲しても一気に力を込めれば勝てる瞬間が分かるということだ。当然どうやっても勝てない相手との勝負中に発揮されることはない。

 しかしこれを成功させられるかどうかは巡ってきたチャンスを逃さないかどうかにかかり、場合によってはコンマ単位でずれるだけで失敗する。失敗したら必ずしも負けるというものでもなく絶対的デメリットは存在しないが、事前に分かるものでもないため即座に行動に移す思い切りの良さが重要になってくる。


 そのからくりを伝えようと思い話しかけたのだが、意外なことにアカリは負けたことを悔いていなかった。

「私のことは、いいんだ。」

 やはり満面の笑みだ。痛がることも悲しむこともなくなり、心から嬉しがって応えた。

 元からその感情がなかったわけではない。レイジが話しかけ、それにアカリが気付いてからだ。そこから感情がひっくり返り、マイナスなものがプラスへと変わった。

 

 やはりマゾヒストか。外面だけでなく内面からも見てとれるからこそ、確信を持てる。

 本人が満足ならそれでいいと思い、これ以上関わるまいと下がろうとしたところで、背後から迫る拳の気配を感じたレイジは咄嗟に首を傾けた。


「アカリに近づくんじゃないわよ!」

 アスミの放った拳はレイジの後頭部には当たらず空を切った。守ろうとしているのは伝わってくるが、クレープを決めている間は気にも留めていなかった。選び終えてレイジを探しだしたところでようやく気付いたといったところだ。


「レイジ、そろそろ私の番。」

 振り向くとコミチは前から二番目に進んでいた。彼女が注文するタイミングでお金を出さないといけないため、レジの方へと歩き出す。そしてアスミも列の後ろについた。


 しばらくしてコミチのクレープは出来上がり、アスミのは受け取り待ちだ。コミチと入れ替わりに席を立ち、アカリはショーケースを眺める。

 

「本当に、私も奢ってもらっていいんですか?」

「ああ、気にしなくても……」

 レイジはチラッとアカリの顔を見たところで口が止まった。不安そうに聞いているのかと思ったら、笑顔で聞いていたのだから。

 申し訳なさげではなく、期待に溢れたその表情をどう受け止めていいのか分からない。駄目だと言って突き放したときの反応が見たくもなるが、今までの彼女を見る限り想像の斜め上の反応をされる気がしてならない。


 一方のアスミはというと、クレープを受け取って食べ始めている。それ以前にコミチが食べ始めていたのだが、こちらのことなど気にも留めず幸せそうに食べている。

「先に並んでいるから、決まったら声掛けてくれるか?」

 決めてから少しでも早く食べられるように、あらかじめレイジが並んでおく。決まる前にレイジが先頭に進んでしまえば並び直しになるが、前に頼んだ二人はそこまで時間をかけていなかったので問題ないとは思っての提案のつもりだった。


「いえ、ここにいてください。」

 アカリは清々しい笑顔で淡々と答えた。表情からは微塵も読み取れないが言葉だけから推測すれば、決めるのに時間がかかるタイプだから待ってほしいということなのだろう。それ以外の意図があるにしても、レイジは考えたくなかった。

 現に何も読み取れないのだ。


「あんた本当に人間なのか?」

 レイジはアカリの頬を両手で掴み引っ張った。感触は人間の肌そのものだが、それだけで信用できるものでもない。

 そして今度は泣き出した。声に出しはしなかったが、心の声では嫌がりだし、レイジの手を払い除けた。


「あっ、悪い……そんなつもりじゃ……」

 レイジは機嫌を直すべく早く頼んでしまおうとしたが、どうも一時的な拒絶だったらしく涙を拭うとまた元の位置に戻ってきた。

 距離を置かれているわけではない……と捉えれば良いのだろうか。騒ぎを起こされるくらいならどんな形であれ静かにしてもらえる方が助かるのだが、ますますアカリの底が見えない。

 数分後、アカリは人気ナンバー3の商品を選び、アスミたちが食べ終えた頃にようやく食べ始めることができた。二人は先にそれぞれ頼んでいた本来のランチであるパンケーキとローストビーフ丼に再び手を着けていた。アカリも同じくローストビーフ丼が残っているが、二人のランチのボリュームは圧倒的にコミチのより大きい。

 

「女子の癖にそんなに食うのはどうかと思う。共学のコミチの方がよっぽど女子高生してる。」

「不当な差別! これぐらい食べて何が悪いの!」

 この一件に関しては、レイジの私立の女子校に対する偏見とのギャップによるものなので反発されても仕方がないとは思った。しかしアスミによる過剰な反発にはカチンときたレイジはスマホを取り出し彼女のアカウントをサーチした。


「あっ、ブロックされてる! 死ね!」

「食いながらスマホ見んな。」

 食べながら続きを見ようとしていたアスミはペーストしてレイジのアカウントを覗こうとしたが、このときにはレイジによって既にロックされていた。


「お前らがそんなに食ってると俺も欲しくなるわ。また買ってくるか。」

 そうブラフを立てるとアスミはスマホを閉じて急ピッチで食べ始めた。レイジが頼んだ料理が来たタイミングで店を出ようとしているのだ。そうなってしまうと本来の目的は果たせないため、レイジは追加の注文を諦めた。


「ところでさ。」

 心が読めるという仕様上、レイジは分かっていることではある。しかし三人は疑問に思っていること。それは、家も学校も離れたコミチがなぜ二人と知り合ったのかということだ。聞かれたがっているからには、聞いてあげねばなるまいと、何も知らないふりをして尋ねた。

「三人は、どういう集まりなんだっけ?」

 その質問を待ってましたと言わんばかりにアスミは得意げに笑う。決して誇れる繋がりではないとは思ったが、言ったところでまた噛みつかれるだけだ。

「よく聞いてくれたわね。私たちは……」

 各々スマホを手に取り、画像フォルダを漁りだすととっておきの一枚を表示してその画面を見せつける。棚を埋め尽くすように並んだフィギュアの写真だ。


「ガチャガチャ仲間よ!」

 自慢気に、そして目立つように大声でのアピールだが、レイジはまったく心に響かなかった。知ってたうえに無関心のことで、リアクションは何一つ取らない。


「これだけじゃないわよ。他にも……ほらっ!」

 引かれているのを自覚してないアスミは違う写真を見せてくるが、何を見せられようと同じことだ。


「レイジさん……こういうの、興味ありませんか?」

「その写真を撮るためにガチャガチャに張り付いてる姿想像すると気持ち悪い。」

 その言葉にカチンときたアスミは空のカプセルを投げつける。言われた本人であるアカリは、それでもなお本当の自分を受け入れてもらおうとする。

 そして勇気を振り絞り、震える声で言った。


「今度の日曜日、一緒に遊んでください!」

 端から見れば、ガチャガチャオタクが素人を沼に引き摺りこもうとしている場面だ。それがたまたま同年代の異性だからってことで、デートに誘っているようにも捉えられてしまう。事実それがアカリの本心だ。


「いや、俺彼女いるし。三次元(リアル)で。三次元(ガチ)で。」

「え……そんな……」

 証拠の写真を見せたいところだが、知られてしまうと耀(ヒカリ)の身に危険が迫りそうだ。アスミはさっきのレイジのアカウントへのアクセスのとき、彼女と思わしき存在に気付いていた。しかしブロックした今、その素性を知り得る手段などない。


「ここを上がったところに大時計があるだろ? あそこで俺は告白したんだ。俺たちの、思い出の場所なんだ。」

 忘れもしない、一ヶ月前の出来事。タイムリープを抜け出し未来へと踏み出した、大切な瞬間だ。


「いいじゃん。デートの一回ぐらい受け入れてやれよ。」

 そんなことには耳を傾けず、アスミはアカリの後押しをする。そして今まで散々避けていたレイジに自ら近づくと耳元で囁いた。

「フるなら、ちゃんと納得させないと。アカリが本当に諦めたら、そのといいはあたしも引く。けど、曖昧な理由しか言えないなら……」

 そこで口を耳元から離し、レイジの顔の前へと下がった。

「お前の過去、もっとたくさんの人にバラすから。」


 それだけは嫌だ。誰も過去の自分を知らない天国のような島、唯一の居場所であるこの島さえも失ったら、もう行く場所はない。あっさりとコミチとアカリに素性を明かしたアスミのことだ。ここで逆らえば即座に拡散してくるにちがいない。


「分かった。アカリを納得させる。」

「まっ、臆病者のあんたらしい決断ね。」

 アカリの提案する遊びには乗っかるが、そこから付き合いを深めるかは不確定だ。まだ浮気でも何でもない。


「バレなければ、いいかな……」

 小声で呟き自分の選択を後押しすると、レイジはアカリに向けて応えた。

「分かった。今度の日曜、よろしくな。」

 その言葉が届いた瞬間、アカリは再び泣き出した。叫ぶような感じではなく、固まった表情から涙がポロポロと流れるような。


 感情が読めない、不思議な少女。彼女の底に眠る本当の気持ちに気付けたとき、不可解なリアクションと急速的に動いた恋愛感情、すべての謎が明らかになる。

 そのために向き合うべき瞬間だと、レイジは認識した。

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